第512話 スカイループルーフの開始

 空飛ぶ色物集団……もとい、スカイループルーフの選手達が、中央門の上に戻って行く。解説者である、郵便課の係長ミルダさんの話は、賞品の内容に移っていた。


『……そして、今回の優勝者に贈られる商品は……海と温泉の街、ウーファーにある高級温泉旅館ペア2名3泊の宿泊券よ! 勿論、飲み放題&食べ放題付きなだけでなく、商業ギルドからは、有給休暇5日をセットで進呈致します!

 ただし、移動手段はセットに無いから、自前で飛んで行ってね。西の方の街道に沿って1日飛べば着くから、有給が2日多めなのよ』

『おおー、海岸沿いにある温泉街か。今年はやけに豪華だな。そんな予算があるなら、騎士団のレースの方にも回して欲しいぜ』

『うふふ、今年は良いスポンサーが居たのよ』


 そして、2位~5位の賞品は、そこそこ高い酒樽1個。6位以降は、貴族街で流通している酒を1瓶だそうだ。

 何というか、賞品が天狗族らしいね。女子力が欠片もない。いや、選手の三分の二くらいは、女の子らしい衣装なので、女子力が無い訳ではないと思うが、優先度の違いか?



『では、栄えある第1走者!

 ウーファー出身で、貴族学園の咲誇ショウココースを卒業した才媛! 

 今年配属の新人ながらに、窓口での評価は高く、多くの男性客を魅了!

 人呼んで【純白の翼は天使の現身うつしみ】、トゥルネー!』


 騎士団広報部のガナールが、高らかに選手の紹介をすると、選手の一団から一人歩みでて、空中へと浮かび上がる。先頭を飛んでいた、白いドレスの女性だ。彼女は、中央門の屋上から空中に出ると、カーテシーで一礼をする。気品のある所作に、観客の声が少し収まった。そして、その瞬間を狙ったかのように、宙を舞う。白の翼とドレスを翻し、2回転ジャンプをして、空中に着地したかのようにポーズを決めた。

 それはまるで、フィオーレが踊るバレエのジャンプである。空中で浮かんだまま決めポーズまで決めるとは、器用なものだ。


 周囲の観客から拍手が巻き起こる。しかし、演出は更にもう一つあった。彼女の足元から光が立ち上ったのだ。翼を広げた決めポーズと相まって、天使に見えなくもない。その様子は周囲の観客から、大きなどよめきが走る程であった。


 ……まぁ、俺には見慣れた光の柱だから、驚きはしないけどな。

 ただ、あんな目立つお客が居たとは聞いた事が無い。使用人を介して手に入れたのかも?


 観客の歓声に答えて、手を振るトゥルネー。既に勝敗は決したかのように振る舞う彼女に対し、水を掛けるアナウンスが入った。


『トゥルネー! そんな演出を使うとは聞いていませんよ!

 …………混乱の元になるから、私が解説しておきます。使うのは、その後になさい』


 解説者のミルダさんと、トゥルネーが言葉を交わすが、拡声器の魔道具がないトゥルネーの声は聞こえない。そんなやり取りの後、注意されたトゥルネーはコースを飛び始めた。最初のパドックと同じく、俺達の居る方とは逆に飛んで行くので、姿はかなり小さくしか見えない。屋台に並んでいた観客も、ざわつきながらも流れ始めた。俺達も屋台業務に戻り、販売を開始したところで、再度アナウンスが入る。


『先程の光による演出に関して、釈明を申し上げます。アレは、最近発売された魔道具、浄化の銀カードの魔法効果によるものです。決して、本物の天使ではありませんので、誤解なさらぬよう、お願い致します』

『あー、補足すっと、教会への根回しが済んでないんだ。田舎の方だと稀に、自称天使が詐欺を働くからな。教会も煩いんだわ。トゥルネーは見目が良いだけの、只の人なので悪しからず』

『トゥルネー、ちゃんと銀カードを見せる様にして使うのならば、使用を許可します。ただし、女性を巻き込まないような位置で使うのですよ。あの浄化魔法は、汚れを綺麗さっぱり落としてくれますが、化粧も一緒に落としてしまうのですから』


 やっぱり、〈ライトクリーニング〉のようだ。串打ち作業を続けながら、歓声の上がる方へ目を向けると、光の柱が立ち上がり、盛り上がりを見せていた。

 そういや、貴族街では宣伝した(騎士任命式)けれど、平民街では宣伝していないから、驚く人が多いのかも?

 白銀にゃんこに銀カード争奪戦に来る人も、貴族街で働いている人が多いからな。



 徐々に歓声が近付いてくる。トゥルネー選手が大通りを横断して、こちら側へやって来たようだ。周囲のお客さんが、「来た、来た」とか話して、向き直っているので、分かり易い。俺達も販売の手を止めて、鑑賞する事にした。


 それは、天女の舞い踊りの様である。ふわりふわりと3次元に移動し、スカートをはためかせ、腕や腰に付けられた白いリボンが天女の羽衣の如く、舞い踊る。

 なるほど、歓声が上がる訳だ。俺には踊りの知見なんて、フィオーレから見聞きした分しかないが、ワンランク上に見えた。ジャンプのキレはフィオーレの方が良いと思うが、それ以外の動きはトゥルネー選手の方が、優雅に洗練されている気がしたのだ。


 それは兎も角、俺としては天狗族が、あそこまで自在に飛べるとは思っていなかったので、そっちに驚いた。レルフェ達から、軽く聞いてはいるが、天狗族は翼で羽ばたいて飛んでいるのではない。鳥は、骨を骨粗鬆症レベルで軽量化して飛んでいるのに対し、天狗族の身体は、ほぼ人間だ。普通に考えて、身体が重すぎて、鳥の翼があっても飛べる訳は無い。それでは、どうやって飛んでいるのかと言うと、スキルの力で体重を空気と同じくらいに軽くしているのだ。要は、風船みたいなもんだな。レベルが低いうちは、体重を軽くした後に、羽ばたいて移動するが、徐々に風を巻き起こしたり、高速移動したりするスキルを覚えて行くそうだ。


 トゥルネー選手をこっそり〈詳細鑑定〉させてもらうと、セカンドクラスの烏天狗レベル25であった。レルフェ達は確か、ファーストクラスの木ノ葉天狗レベル15。レベル差は35もあるので、その分スキルを多く持っているのは間違いない。


 ……ポジション的には、戦闘機兼、戦闘ヘリみたいなものか。

 まぁ、既に6人パーティーなので、天狗族を新たに勧誘するつもりはないけどな。ジョブデータだけ下さいってのも、流石に失礼だろう。



 トゥルネー選手は、最後の通過点である街灯上のリングへと近付いた。比べてみて初めて気が付いたが、ここのリングの大きさは、結構小さい。羽を広げていては通過出来ないだろう。

 さて、どうやって潜るのかと、注目が集まる。

 すると、縦に建てられたリングに対し、飛び込む様に回転ジャンプをした。両腕で自身の肩を抱き、更にその上から白い翼で身体を抱きしめる。白いラグビーボールのように折り畳まれたトゥルネー選手は、リングを潜りぬけた。そして、回転しながら目立つように翼を広げ、空中で着地?を決める。決めポーズをしていた手には銀カードが握られている。


「〈ライトクリーニング〉!」


 次の瞬間、地面から光の柱が立ち上がり、決めポーズを取っていたトゥルネー選手を演出した。

 〈ライトクリーニング〉を、スポットライト代わりに使っているのである。確か、劇場では(多分、魔道具のライト)使われていたが、昼間の屋外では効果は薄い。その点、光魔法なだけあって、昼間でも目立つ〈ライトクリーニング〉を採用したのだろう。よく考えるものである。フィオーレが知ったら、銀カードを欲しがりそうだ。無駄使いはさせんけど。


 周囲の観客も大盛り上がりである。声援を掛けたり、手を振ったりする人も多い。それに応えてか、広場の上空を一周して手を振り返す。


「皆さん、応援ありがとう! わたくしの地元ウーファーは、美味しい海鮮料理とゆったり入れる温泉が自慢なのです!是非、旅行に来て下さいね!」


 ……観光大使かな?

 そんな宣伝が入る辺り、商業ギルドって感じだ。いや、ヤパーニちゃんの綿菓子着ぐるみを考えたら、人の事は言えないが。


 周囲の声援を受けながら、トゥルネー選手はゴールである中央門へと飛んで行った。

 1人目だというのに、随分と盛り上がったものだ。レルフェ達のパフォーマンスで、ここまで盛り上がるか、かなり不安だ。


 そんな心配を余所に、競技は続けられた……のだが、順に見ていく内に不安は大分解消された。


 2人目は、街灯の柱部分を掴んでポールダンスを踊ったり、リングの上端を掴んで逆上がりを見せたりと、アクロバティックなパフォーマンスを披露した。トゥルネー選手程ではないが、歓声も大きかった気がする。

 3人目はバイオリンを演奏しながら、ゆっくり優雅に飛んだ。ただ、綺麗な演奏だったのだが、屋外で移動しながらなので音が聞き難い。祭りの喧騒の中で、静かに聞いてくれる人ばかりではないのだった。

 4人目は踊りを披露したが、1人目と比べて見劣りした。


 こんな感じで、どんどんハードルが下がったように感じたのだ。他にも、観客の頭スレスレに飛んでハイタッチするだけとか、高速で飛んで行くだけとか、自身の屋台のチラシをばら撒くとか、大分手抜きな感じがする選手も居た。


 20人程いる選手も三分の二を過ぎると、観客も減ってきている。盛り上がらない選手が続くのだから、仕方ないとはいえ、順番を見直した方が良い気がするなぁ。

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