第511話 屋台の売れ行きと色物

 お祭り開始の鐘が鳴り響く。


 貴族街側にある南の外壁の外では、レースや剣闘大会の出場者を集めた開会式が行われている筈だ。開会の挨拶をするエディング伯爵は元より、娘のソフィアリーセも同様に参加している。ルティルトさんは、その護衛兼レースの選手として参列している事だろう。

 レースも剣闘大会も、騎士団の力を見せる絶好の機会なので、貴族出身者が張り切るそうだ。


 因みに、俺にも「バイクでレースに参加しないか?」や、「お爺様とあれだけ戦えたのだ、剣闘大会に出てはどうかな?」なんてお誘いがあった。

 しかし、バイクはアドラシャフトの試作品である事と、帰省期間と試合日程が被る事を理由に辞退してある。

 まぁ、まだ貴族でもない俺が出しゃばるのは、良くないからな。やっかみも増えそうだし、参加するにしても、来年で良いさ。今年は平民側のお祭りを、のんびり楽しめば良い。



 ……なんて考えは甘かったかも知れない。

 開店から1時間経過したのに、お客さんの波が途切れないのだ。立地が良かったお陰でもあるが、白銀にゃんこの評判も良かったせいでもある。


「1本下さいな。白銀にゃんこがケーキじゃなく、鶏の串焼きの屋台を出すなんて驚いたわ」

「毎度ありがとうございます! 甘い物でしたら、隣の綿菓子も試して下さいね~……ちょっと、並びますけど」


 最初のうちは、常連のお客さんがお試しで1本ずつ購入していってくれた。貴族街で働く人が多いので、皆さんお行儀良く並んでくれるので助かる。平民街の酒場とかだと、割り込みや喧嘩はよくある光景(ベルンヴァルト談)らしいが、最初に行列を作ってしまえば、大多数はそれに倣うものだ。

 そして、買っていってくれた奥様方が、家族で分けて食べたり、広場で井戸端会議の話題にしたりして、新規のお客さんも増え始めた。

 更に、天狗族のお客さんも増え始める。レルフェちゃんとヤパーニちゃんが、職場で宣伝しておいてくれたそうだ。天狗族は翼があるので分かり易い。列に並んでいた茶色の翼の少年が、接客していたヤパーニちゃんに気安く声を掛ける。


「おっ! 本当に売り子やっているぜ。スカイループに出んだろ? 時間は大丈夫か?」

「いらっせ~! めっちゃ、羽ばたいてるっしょ?

 それと、集合場所は中央門の上だから、飛べば直ぐだし~。それより、沢山買って行ってね~!」

「ああ、ハレの日の贅沢にゃ、丁度良い値段だわな。味の方はヤパーニを信用するとして……スパイシーの方を6本くれ。

 俺達もリングの監視員やってっからよ、持ち場を離れられない友達にも頼まれてんだ」

「毎度あり~! 沢山買ってくれたから、紙袋はこみこみサービスしとくよー。

 それにしても、お祭りの日にまで配達するとか、きゃぱいね~。あっ、もしかして、ずっしょの友達のパシリ?」

「ちげーよ! 俺が一番近かっただけだっての。ほら、早よ寄こせ」


 俺も串打ち作業をしていると、姦しい会話が聞こえたんだが……所々何言ってんのか、分からん。「羽ばたいてる」とか言っていたが、直ぐ近くで揚げ物をしているのに危ない。注意しようかと目を向けたが、別段羽は動いていなかった。

 「ずっしょの友達」くらいなら、『ずっと一緒の友達』だと分かるもんだが、若者言葉は難しいね。いや、俺も若いし、レスミア達とは普通に話せているので、天狗族特有の言葉だと思うが。


 細かい事はさておき、そんな訳で天狗族のお客も徐々に増えて行った。彼らは酒飲みなせいか、スパイシー唐揚げ棒が良く売れる。ただ、買った後はその辺の道端で宴会を始めるのは困ったものだが。いや、アレも一種のディスプレイか? 美味しそうに食べてくれれば宣伝にもなる。


 2種の唐揚げ棒が売り上げを伸ばす中、綿菓子の方にも行列が出来ていた。しかし、列の進みは遅い。何故ならば、綿菓子を作るのに、時間が掛かるからである。こればかりは綿菓子を1台しか準備しなかった俺のせいだな。

 ただ、それでお客さんが離れるとか、退屈そうにしている訳ではない。皆さん、スティラちゃんが綿菓子を作る様子を楽しそうに見ているからだ。

 綿菓子機は、屋台の角に設置。そして、お会計と手渡しする場所を側面にすることで、正面から横に流れを作り、作業風景が見える様に工夫をしたのだ。魔絶木の半透明な木材で作った囲いがあるので、子供の背丈でも綿菓子機を作るところが見える。子供達は半透明な囲いに顔をくっ付けて、雲が巻き付くのを夢中で見るのだった。角っこの上には、綿菓子オブジェもあるので、子供にはテーマパークの様に見えているのかも知れない。

 付き添いのお母さんや女性客は、綿菓子機だけでなく、スティラちゃんの様子も楽しんでいるようだ。うん、一生懸命働く猫ちゃんとか、見ているだけで癒されるからしょうがない。


 そんな訳で、綿菓子販売も順調そうだ。

 こうして見ると、商品によってお客さんの傾向が分かれているのも面白い。綿菓子は主に、子供連れや女性客ばかりで、ぱっと見だと男は一人も居ない。反対側のスパイシー唐揚げ棒は、男性客が多い。真ん中のノーマル唐揚げ棒は、男女半々といったところ。狙った訳ではないけど、お客さんからしても商品を迷った時の指標になっているのかもな。




 屋台の営業を続けて、1時間半。常連のお客さんは既に捌け、行列の長さは半減した。今並んでいるのは一見さんの筈なのであるが、それでも列をなしてくれるのは、非常にありがたい。それと、列が短くなったことで、心理的に追われる焦燥感も減り、余裕を持った作業が出来ている。

 時折、激辛トッピングのキーマカレーに挑戦しに来る男性も出始めた。購入後に、列から離れた所で「辛い!辛い!」と馬鹿騒ぎをしているので、非常に分かり易い。騒いだ分だけ、興味を持った人が、ちらほら出始める。まぁ、あんまり騒ぐと迷惑になるが、祭りで周りも煩いのでセーフだろう。数軒先の屋台とか、音楽を演奏しているからな。



 そろそろ、交代で小休止を取ろうかと考えていると、隣で接客しているヤパーニちゃんが、声を掛けて来た。


「オーナーさん、オーナーさん、そろそろアタシとレルフェは、抜けるよ~。スカイループに行って来るから、アレ出して……〈アイテムボックス〉!」

「〈ストレージ〉……ほい、これで全部な。それじゃ、頑張って来い!」

「あははっ! アタシ達は賑やかしだって!

 ……でも、これで上手く宣伝してくるから、下から応援してね!」


 そう言って、サムズアップしてから、屋台を抜けて行った。

 天狗女子の2人が飛んで行ってしまったが、列整理をしていたテオを呼び戻す事で、作業自体は問題なく続けられた。この調子なら、順に休憩に出しても良いな。


 そうして11時の鐘が鳴る。その鐘の音が終わると、アナウンスが始まった。以前、立体駐車場でレースをした時にも聞いた実況の声である。確か、魔道具の拡声器で、放送しているんだっけか?


『あー、あー、みんな聞こえているか! 毎度お馴染み、騎士団広報部の実況担当、ガナールだぜ!!

 祭りが始まって屋台を冷やかしている事だろうが、そろそろ余興の時間と行こうじゃないか!

 先ずは、商業ギルド主催! ぴちぴちなカワイ子ちゃんが舞い踊る、スカイループルーフから始めるぜ!

 選手入場!!』


 そのアナウンスが聞こえ始めると、お客の皆さんの大多数が振り向き、上の方を見る。俺達屋台メンバーも、営業に支障が無い程度に、隙を見て上を見てみた。

 すると、中央門の屋上から、天狗族が飛び立ち始めていた。20名くらいだろうか? 様々な衣装を着た天狗少女が翼を広げ、隊列を組んで飛んでいる。彼女たちは、俺の居る方向とは逆の方へ飛んで行きながら、下の観客に向かって手を振っていた。競馬のパドックかな?


 そんな中、中央門の屋上に浮かんでいる、天狗族の男女二人が話を進めた。


『選手のお披露目中に、簡単なルール説明と行こう。

 中央門を起点として、丸く配置されている7つのリングを潜り抜けるコースを、一人ずつ一周してもらう……そう今、選手達が飛んでいるコースだな。

 ただし、この競技は早さを競うものではないぜ! リングを潜りながら、その途中、途中でパフォーマンスを披露して、観客を湧かせた者の勝利となる!

 判定に関しては、各所に配置した商業ギルド職員と、郵便課のミルダ係長に裁定をして頂く。

 長年選手側として参加していたミルダ係長には、今年は解説を手伝って頂きます。ミルダ、よろしく』


『はい、昨年まで私を応援してくれた皆さんには悪いのですけど、職場で昇進してしまったので、参加できなくなりました。その代わり、今年の選手の解説は任せて下さいね』

『ハハハハッ! ミルダが外されたのは、年齢制限の【25歳未満】に引っ掛かったからだろ。【未婚の天狗族女性】には、引っ掛からないのにな! ……グハッ!』


 拡声器の魔道具で、平手打ちのような音が響いた。俺は串打ち作業をしながら、ラジオ感覚で聞いていたので現場は見ていないが、失言をした男性アナウンサー、ガナールが鉄拳制裁されたようだ。周囲のお客さんからも、笑い声が上がっていた。


『デリカシーの無い発言は、物理的に塞ぎますので、悪しからず。

 さて、歓声の大きさから評価する催しですので、観客の皆さんはリングの近くや、コース上に集まって下さいませ。そして是非、気に入った娘や、パフォーマンスが良かったら、恥ずかしがらずに声を上げて下さいね。選手の方もやる気が出ますから。

 それと、選手の中にはスカートの衣装の娘も居ますが、中に短パンを履いていますので、邪な事を考えた男性は残念でした。なので、女性の皆さんは、旦那さんや恋人が少しくらい見惚れたとしても、許してあげて下さいね』

『はっはっはっ! 3年位前、過激な衣装でポロリをしたミルダ女史が言うと、実感が籠っているな! ……ゴフッ』

『苦い思い出を掘り出さないで! あれで失格になるし、付き合っていた恋人とも別れたんだから!』


 2度目の打撃音が響いた。夫婦漫才かな?

 そんな、ルール説明?がされるなか、周囲のざわめきが大きくなってきた。何かと思えば、選手達が俺達の上を通りかかっていたのだ。

 上を見ると、白いドレス姿の娘や、踊り子のような薄着の服、メイドのような……って、白銀にゃんこの制服のままのレルフェだ。他にも、ルティルトさんが着ているような姫騎士みたいな衣装、犬の着ぐるみ、フリルだらけのゴスロリっぽい服等々……そして、最後尾に変なのが飛んでいた。


 茶色のワンピースに、頭に白い被り物……綿菓子の着ぐるみである。

 明らかに色物な格好をしたヤパーニだった。彼女が出発間際に言っていた『例のアレで上手く宣伝してくる』とは、この事だ。いや、俺も許可を出したから知っていたが、いざこうして見るとシュールだなぁ。

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