第510話 お祭りの開始

 お祭りの初日の早朝、今年最後の白銀にゃんこの営業を行った。帰省と屋台の営業との兼ね合いだな。店頭に張り紙をして、事前告知をしておいたせいか、日も登らぬ早朝から沢山のお客さんが詰めかけ、行列を作ってくれた。まだ、営業を開始して2ヵ月弱の店なのに、ありがたい限りである。


 そんな日頃の感謝を込めて、急遽〈ライトクリーニング〉の銀カードの販売数を普段の5倍、50枚に増やすと告知すると、歓声が湧き上がった。開店前に並んでくれた人、全員に行き渡る程の数である為、後ろの人ほど大声で喜んでくれている。早朝なので、騒音の苦情にならないか、心配になった程だ。


 銀カードが買えたお客さんは、同時にケーキやお菓子も大量に購入して行ってくれた。


「銀のカードを1枚と、生クリームチーズケーキを5つと、環金柑ソースのレアチーズケーキを5つ下さいな。

 それと、今回でスタンプカードが3枚溜まるから、追加で銀のカードを、もう1枚頂戴ね。

 年末のお掃除は大変だから、銀のカードが余分に手に入って、本当に助かるわぁ。暫く、お休みなのは残念なのだけど、お祭りの後から再開するのよね?」

「いつもありがとうございます!

 はい、来年の営業はお祭りの後です。それと、屋台も出しますから、是非来て下さいね~」

「ええ、変わった鶏料理と、雲みたいなお菓子なのでしょう? 気になるから、勿論よ」


 常連のメイド長らしきおばちゃんが、今日も大量に購入してくれた。フロヴィナちゃん曰く、先着10名の銀カードをよく狙いに来る猛者らしい。そして、祭りの屋台に関しても、店頭にポスターを張り出している。お客の皆さんも興味を惹かれているようで、「買いに行きますよ」と声を掛けてくれる人も多い。


 銀カードを大盤振る舞いしたせいか、ケーキの売れ行きが好調で、1時間もしない内に品切れしてしまった。その後は焼き菓子を中心に売るのだが、薬品類やマナグミキルシュ等も売れ、今年最高の売り上げを叩き出して、最後の営業が終わるのだった。




 営業を終えて家に帰ると、早速フロヴィナちゃんが、疲れをアピールするかのようにソファーに寝転んだ。そして、それにくっ付くようにスティラちゃんもソファーに上り、丸くなる。


「あ~、今朝は一段と忙しかったよ~。まだこれから、お祭りなんだよね。ちょっと億劫~」

「えー、楽しみだよ? 今朝のお客さん達も、来てくれるって言ってたにゃ!」

「ヴィナとスティラ、早く朝ご飯を食べちゃって! 9時の開始までに、準備しないといけないんだから!」


 ベアトリスちゃんが、朝食を並べながら、皆を急かす。屋台は売り上げコンテストがある関係上、販売開始時間が決められている。貴族街の方で、エディング伯爵が領主として開会式を行うので、それに合わせているそうな。

 既に時間は7時過ぎなので、料理をしている時間など無い。なので、今日の朝食は、ストレージに入れてある出来合いの物だ。しかし、今朝の白銀にゃんこの混雑もさることながら、祭りの屋台は同等以上に混むに違いない。エネルギー補給に、いつもよりしっかり食べてから、出発した。




 大通りには人通りが増え始めている。開店前ではあるものの、どこの屋台も準備が進められているので、物色して見て回る人は多い様だ。そんな観客の視線を受けながら、俺達も準備を進めた。臨時の手伝いであるテオパーティーや、天狗娘2名も合流し、人手が増えた事で設営は滞りなく進んだ。


 昨日の状態と比較すると、看板に煽り文句が追加されている。

 『高級コカトリス肉の新定番! カリカリジューシーな【唐揚げ】登場!』

 『男の為の酒に合う新お摘み!【スパイシー唐揚げ】! 男を試す【激辛カレートッピング】もあるよ』


 テオ達のお陰で十分な量の『ジューシーコカもも肉』と『コカ胸肉』が確保出来た。その為、2種類とも高級品であるコカ肉で提供する事が出来る。その名の通り、ジューシーなもも肉は普通の唐揚げに、少し淡泊な胸肉はカレー風味の唐揚げにした。ただし、『カレー風味』というだけあって、カレー粉(獄炎スパイス)を使っているがかなり薄めてあり、女性陣が食べてっピリッとする程度の辛さ。辛さ耐性の低い一般人でも、お酒の肴には十分である。


 そして、激辛カレートッピングは、騎士向けだな。騎士寮のメニューにカレーが加わって1ヶ月強、徐々に人気を博して来ているらしい。ルティルトさんが懸念していたように、辛さチャレンジ馬鹿騒ぎをする男性騎士も出て来ているそうな。

 そんな彼らをターゲットに、『激辛カレー』に『男を試す』と挑発するようなキャッチコピーを入れ、一本釣りするのだ。勿論、普通の人が間違って買わないように、トッピングを追加できるのは、普通のスパイシー唐揚げを食べた人にのみ、挑戦権が与えられる。女性陣がヒーヒー言う程度の辛さのキーマカレーを、スパイシー唐揚げの上に乗っけて提供する。(水筒竹を縦に割ったお皿付き)

 更に、これを食べ切った人には第3段階サードクラスの辛さを用意した。キーマカレーに獄炎ソルトを振り掛けて提供するのだ。コイツは、辛党な俺でも辛い。辛さに慣れていない人には拷問レベルであるが、祭りという場面であれば、良いネタになるだろう。



【食品】【名称:ジューシーコカ唐揚げ棒】【レア度:C】

・下味を付けたレッサーコカトリスのもも肉に薄衣を付け、揚げた料理。串に刺した事で、食べ歩きも可能。

 シンプルな料理ながらも、衣の中に肉汁を閉じ込める事で、柔らかくジューシーな食感に仕上げている。

・バフ効果: HP小アップ、筋力値小アップ、麻痺耐性小アップ、緘黙耐性小アップ

・効果時間:10分



【食品】【名称:スパイシー唐揚げ棒キーマカレー乗せ】【レア度:C】

・下味を付けたレッサーコカトリスの胸肉に、カレー風味の薄衣を付けて揚げた料理。串に刺した事で、食べ歩きも可能。

 そして、キノコ類と各種野菜をじっくりコトコト煮込み、旨味を凝縮させたキーマカレーを乗せる事で、辛味と旨味とバフ効果を引き上げている。

・バフ効果:MP自然回復力小アップ、HP中アップ、筋力値中アップ、耐久値小アップ

・効果時間:20分



 注目するべきは、料理人コンビが研究を重ねたキーマカレーを乗せた事により、バフ効果が凄い事になってしまった事である。これ、祭りの剣闘大会に出場する選手が事前に食べたら、バフで有利にならんかね?

 参加する気も無かったので、レギュレーション的にドーピング扱いになるか知らんけど。


 設営中、重い天ぷら鍋の魔道具を動かしていると、一緒に作業をしていたテオがぼやいた。


「いや~、アレは食いもんじゃねーだろ。辛過ぎるわ。試食させて貰って、後悔したのは初めてだぞ」

「俺はキーマカレーの辛さ程度なら、美味しく食べられるけどな。辛い物を食べた回数分だけ、舌の経験値が違うのさ。獄炎ソルトだって、掛け過ぎなきゃ美味しいぞ」

「あの辛いのを何度も食べんのかよ。

 ……耐えるとか、男を試すとか、騎士団の連中が好きそうな言葉だぜ」


 スパイシー唐揚げは「辛いが美味しい」と食べていたのだが、キーマカレー乗せになると、「辛い辛い!」と騒いでいた。これが、辛さ耐性の無い一般人だからなぁ。段階を踏めるようにセーフティーも必要なのだ。


「そうそう、段階を踏んで行かないと、舌が痛いだけだって。

 トッピングを頼もうとする人には、必ず前のが食べられるか、確認してくれよ。スパイシーとキーマカレーを楽に食べられるようでないと、獄炎ソルトには挑戦出来ない事にしているからさ」

「あー、辛さに慣れるまで、何度も買って喰えってか? 商人みたいに、美味い事考え付くもんだ。

 俺としちゃ、美味いスパイシーの辛さで十分なんだがなぁ」


 気のせいかも知れないが、テオのテンションが低い様に感じた。騎士団に入らず、探索者として攻略を進めているのは、実家の連中を見返す為と聞いている。砂漠フィールドでパーティーを組んだ時は、夢に向かって進む貪欲さとか、ハングリーさが、もっとあった気がするのだが……


 ……いや、邪推のし過ぎだな。辛い物に挑戦しないだけで、弱気に見えるは失礼過ぎた。

 そんな考えは、頭の隅に放り投げ、作業を続ける。メニュー表は、後ろからでも見える様に、屋台の上の方にも貼っておこう。


 因みに、大きめの唐揚げ4個を串に刺した状態で販売し、1本千円である。辛いトッピングは100円也。

 唐揚げ棒1本で、この値段は高く感じるかも知れないが、高級肉であるコカ肉なので、地鶏の様な物と思ってもらえば、相応に見えるだろう。実際、原価計算するフォルコ君からは「1200か1300円くらいでも……貴族街なら倍取っても良いですよ?」なんて意見具申された。

 しかし、お祭り価格とは言え、高過ぎるのも敬遠されるだろう。街の真ん中とはいえ、平民街側なので値段設定は平民が気軽に買える方が良い。薄利多売とまでは行かずとも、ある程度の利益が確保できる値段で十分だと思う。何より、千円にしておけば、売り上げ計算も簡単だ。


「ザックスお兄ちゃんっ! こっち、手伝ってにゃ~」

「ああ、今行くよ」


 スティラちゃんに呼ばれたので、綿菓子コーナーに行く。すると、そこには、巨大な綿菓子が立っていた。いや、正確には、幸運の尻尾亭の真似をした巨大綿菓子オブジェだな。以前、ベルンヴァルトが使っていた金砕棒の先端に、巨大な丸い綿を取り付けた物である。昨日、俺も作成を手伝い、屋台の端っこに括り付けておいたのだが……それが斜めに倒れかけており、必死に支えるスティラちゃんが居た。


 その様子に慌てて駆け寄り、オブジェを支えるのだが……別段、重くもなかった。どうやら、屋台ごとストレージから設置した際、斜めになっただけで固定ロープが解けた訳ではないようだ。少しグラつくが、倒れる様子はない。

 スティラちゃんが大袈裟に慌てただけだったので、その頭を乱暴に撫でておく。


「もー、驚かせるなって」

「みゃー、あっちの子供が近付きそうだったから、フィオみたいにお芝居したんだよ!」


 どうやら、フィオーレの悪影響?だったようだ。スティラちゃんが目を向けた方には、小学生くらいの子供が4人おり、彼らを通せんぼするように、レルフェちゃんが翼と手を広げていた。子供達は、綿菓子オブジェが気になるようで、レルフェちゃんの手と羽の隙間から指差している。


「ほらほら、危ないかもだから、近寄っちゃメーでしょ」

「えー、あの白い綿帽子はなあに?」

「綿なんて、食べられないよね? お布団屋さん?」

「アレはね、綿菓子って新しいお菓子……」「わーい! 郵便屋さんのお姉ちゃん、もふもふ~」

「痛ッ! こ~ら~、アタシの羽を引っ張らない!」

「あたし、猫さんも好きだけど、鳥さんも好きだよ。美味しいもん」

「やば~い! 可愛いと美味しいを一緒にしちゃ駄目だって。それに、アタシは鳥じゃなくて、天狗族だよ~」


 流石のギャルでも、無邪気な子供4人には、タジタジのようだ。オブジェの固定は俺がやる事にして、スティラちゃんも子供の相手に派遣しておいた。すると、オブジェが安全に固定出来た頃には、向こうの方も丸く収まったようだ。


「雲のお菓子食べたい! おかーさん、並ぼ!」

「はいはい……本当にありがとうございました。少し目を離した隙に、居なくなっちゃうんだもの」

「いえいえ、ウチの屋台をよろしく~。

 あんた達、ふわふわな綿菓子に驚きなさいね!」


 子供達……4兄弟の母親が迎えに来たようだ。そして、親子は手を振りながら、屋台前の行列へと向かっていった。

 9時が近付き、徐々に行列が出来始めているのだ。迷子の相手をしてくれた2人を労いつつ、調理開始をするよう促した。


「お疲れさん。そろそろ、開始が近いから、調理を始めるよ。配置に付いてくれ。

 ああそれと、レルフェとヤパーニは、例のレース、11時で良かったよね?」

「うん。だから、10時半には抜けるからね。スカイループルーフは、ここの上も飛ぶから、応援よろ~」


 レルフェちゃんが指差したのは、近くに立っている街灯の魔道具……その上に、大きな輪っかが設置されていた。周囲を見回してみると、他の場所にも大きな輪っかは設置されている。ダンジョンギルド前の広場であるここには、街路樹や街灯が沢山あり、その中のいくつかにも輪っかが見えた。

 なる程、これなら応援に行かずとも、向こうから来てくれるって訳だ。屋台がどれだけ込むか予想が付き難いので、これは助かる。


 さて、それはさておき、ボチボチ開店の時間である。屋台の前には長い行列が出来ており、フォルコ君とテオが、ポール付きのロープを張って誘導している。直線に並ばれては、道路に出てしまって危ないから対策していたのだ。このロープ張りは白銀にゃんこでも既に行っているので、常連客の皆さんは、率先して従ってくれた。一部が従ってくれることで、他の人もそれに倣ってくれるからな、非常にありがたい。


 2つある天ぷら鍋では、どんどんと唐揚げが揚げられていく。既に1度揚げて火を通した状態でストレージに保管してあるので、仕上げの2度揚げを1分程するだけである。カリカリに揚がった唐揚げは、油切り保温パレットに移される。

 冷めないようにと、底の部分に板状の『簡易属性動力コア(火属性)』を仕込んだものである。いや、冬場だから冷めないようにと、俺が工作したんだ。万が一、売れない時間があっても、冷めきってしまわないようにってね。

 現状の行列を見ると、そんな心配は要らなかった気もするが、まぁ、備えあれば患いなしだ。


 さて、程よく油が落ちたところで、串に刺す。1本、4個が一人前であるな。1本千円は、庶民的には高く感じるが、コカ肉でバフ効果付きなので、貴族街のレストランで食べるよりはお安くなっている。ああ、バフ料理である事も、看板に掲げ済み。


 揚げ1人、串刺し1人、接客1人がワンセットで、ノーマルとスパイシーの2種類で計6名。綿菓子は作成と接客で2名。そして、交代要員に5名。計13名が今回の白銀にゃんこ屋台の人員である。

 最初の内は全員で対応する事にしている。串打ちは2名ずつに増やしているし、残りの3名は列整理と商品説明に回っている。ま、回していく内に、慣れているだろう。


 唐揚げ棒が積み上がって行く中、鐘の音が鳴り響いた。今日限定の臨時の鐘……お祭りの開始である。

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