第509話 キノコ孫5兄弟と巨大幸運のぬいぐるみと裏取引

「〈プリズムソード〉!」


 聖剣クラウソラスを鞘に納めたまま柄だけ握り、スキルを発動させた。召喚したのは黄色い光属性の光剣1本のみ。

 視界に映るカーソルを操作して、天井付近に移動させてから、カーソルを捻ってY軸を固定する。後はX軸とZ軸方向にカーソルを移動させれば、天井に生えたヒカリゴケを楽々削り落とせるのだ!


 ……試行錯誤の結果だよ?

 柄の長いトンボで天井を掃除するのも、意外と重労働だったので、改善を試みた結果である。MPは多めに消費してしまうが、時折遭遇する小角餓鬼を、適当に投げるだけで処理出来るのが良い。

 下からだとY軸の位置調整がやり難く、天井ごと削ってしまう事もあるけど、多少破壊をする程度なら問題ないな。試行錯誤の段階で天井にぶっ刺し、天井を切り取って落とした事に比べれば、些細な事である。


 そんな訳で、重労働は〈プリズムソード〉にお願いし、レスミアと二人でヒカリゴケを箒で掃き集める。後はリードで繋いだ歩きマージキノコが胞子を撒いていく。大分、作業が精錬されてきた。小角餓鬼も片手間に倒せるし、キノコが踏みそうな罠も〈罠解除初級〉消していく。ただし、31層以降で登場した凶悪な罠に関しては、勝手が違う。


「レスミア、通路の真ん中に崩落の罠があるから、注意。キノコが入らないよう壁際を歩いてくれ」

「はーい。それじゃ、抱っこするよ~」



【罠】【名称:崩落の罠】【アクティブ】

・スイッチを踏むと天井の岩盤が崩落し、対象を生き埋めにする罠。瓦礫自体は大きくはないが量は多く、通路を塞いでしまう程である。



 赤いポップアップ【崩落の罠】が指す位置にスイッチがあるので、避ければ良い。俺もキノコが勝手に歩き回らないよう抱え持ち、通路の壁際を歩いた。すると、後ろに居たレスミアが、感慨深げに溜息を突く。


「この子も、ちょっと軽くなっちゃいましたねぇ。もうすぐ、お別れなのかなぁ」

「結構な胞子を撒いて来たから、その分軽くなっているんだろうな」



 そんな調子で進んだところ、歩きマージキノコが胞子を撒いた直後に座り込んで動かなくなった。どうやら、体内のマナを使い切った様である。少し可哀想ではあるが、脳天にナイフを突き刺し、縦に引き裂く。すると、キノコの真ん中に琥珀色のキノコ飴が入っていた。以前、手に入れた物よりも、少し大きい気がする。手間暇掛けて育てたお陰かな?


【素材】【名称:キノコ飴】【レア度:B】

・キノコの旨味を凝縮した飴。飴なので甘くはあるが、そのまま食べても味が濃過ぎて美味しくは無い。料理に活用すべし。この飴を一欠けら鍋に入れて煮込むだけで、美味なキノコスープへと早変わりする。


 そして、レスミアが連れていた方も、動かなくなっている。何故か、キノコの頭を撫でているけど……まぁ、のそのそ歩く姿は可愛いと言えなくもないし、育てた分だけ愛着が湧くのは仕方がない。俺はペットロスしないように、線引きしていたけどな。


「キノコ飴を収穫するから、そろそろ良いか?」

「……はい。ここまで、よく頑張ったねぇ。貴方のキノコ飴は、大事に使うからね」


 レスミアは子煩悩と言うか、母性愛が強いのか、少し涙ぐんでいた。

 心を鬼にして解体し、取り出したキノコ飴をレスミアに持たせてあげる。ただ、それでも悲しそうにするので、最後のお別れをしてあげる事にした。土属性魔法ランク0〈ディグ〉で穴を掘り、裂いた歩きマージキノコを入れて埋葬してあげたのだ。こういうのは、心の整理に必要な事であるからな。

 まぁ、放っておいてもダンジョンに飲まれて消えるだろうけど、気分の問題である。



 さて、ひと悶着あったが、育てて収穫まで1時間半ほどだ。老夫婦に聞いた時間よりも少し短縮出来た。試行錯誤は終わったので、ある程度育ったキノコを発見すれば、更に時間短縮が可能だろう。


「レスミア、午前中いっぱい回る予定だったから、もう一周か二周行けるけど、大丈夫か?

 出来れば、道中に撒いて来た胞子がどれだけ成長しているのか見ておきたいのだけど……」

「あはは、大丈夫ですよ。行きましょう。エリンギも美味しいので、沢山取れるのに、越したことはないですから」


 そんな訳で、元来た道を引き返す事にした。

 軽くジョギングペースで走りながら、壁際に集めたヒカリゴケを観察する。直近の物には変化はなかったが、半分を過ぎた辺りから、小さなエリンギが生え始めていた。しかし、そこから採取地の方に戻っても、あまり大きくなってはいない。どれもこれも小さいままで、〈自動収穫〉が効かないくらいのサイズである。

 恐らく、天井から削り落とした分だからだろう。ヒカリゴケはマナの多い場所に生えると聞く。その為、元々マナの少ない地面に集めたとしても、ヒカリゴケの分のマナでしか育たなかったのだろう。

 エリンギ取り放題かと思ったが、見通しが甘かったようだ。多分、時間を掛ければ成長して行くと思うが、長々と待つ時間も無い。リポップした小角餓鬼殿に、食べられてお終いだろう。



 レスミアと二人で残念がっていたのだが、採取地まで戻ると予想を裏切る光景が広がっていた。そこはキノコパラダイスと化していたのだ。元々、小角餓鬼に荒らされていたので、採取物の大部分を放置し胞子を撒いたのだが、それが育ったようだ。至る所からエリンギが、にょきにょきと生えて来ている。ただ、その代わりに、木々以外の植物が枯れたり、元気がなくなって萎れたりしているが、恐らくマナを横取りされたのだろう。

 通路の小さなエリンギとは違い、大きく育ったのは、喜ばしい事である。レスミアのジョブも植物採取師に変更し、二人で〈自動収穫〉して回った。




「ザックス様! 孫ですよ、孫が5兄弟も! この子達も育てませんか?!」

「はいはい、孫じゃなくて、只のキノコだって」


 レスミアの母性愛が再発したので、ツッコミを入れておく。〈自動収穫〉で収穫できない程大きくなったキノコが5本見つかったのだ。最初に水やりした付近なので、栄養というかマナが多く残っていたのだろう。先の2匹よりも大きい状態なので、樹液で育てるにしても、それほど時間は掛からないと思う。ただし、5匹の散歩は手に余るので、却下しておく。全員ウロチョロするから、絶対にリードが絡まるに違いないんだ。


「二人で5匹を連れ歩くのは無理。罠があった時、抱えて運んだだろ?

 人数分の2匹までにしよう。どの道、数が多い程、ヒカリゴケも沢山要るから、時間が掛かるだけだよ」

「あ~、それを言われると、無理は言えませんね。

 仕方がありません、大きい子を2匹選びましょう」



 こうして、追加で2匹を育てて、収穫まで一巡。キノコ飴を計4個入手することが出来たのだった。

 〈プリズムソード〉は真似出来ないが、長いトンボを使った方法なら、誰でも時間短縮してキノコ飴を入手する事が出来る。この方法も、報告書にまとめて、エディング伯爵へ送っておくか。『騎士団で、この方法を使って採取するなら、キノコ飴を買う権利も下さい』っと。毎日使うのは贅沢だけど、月1本……分割して使うので週1回は、美味しいスープが楽しめる……くらいは情報量として要求しておく。休みの日に採取しても良いけど、手間は手間なので、買えるに越したことはないよな。




 昼前にはダンジョンから脱出し、帰路に就いた。大通りを歩きながら、お祭りの準備を眺め、怪しそうな人は〈詳細鑑定〉でチェックもする。今朝も人通りは多かったが、昼になって更に混雑していた。既にお祭りが始まっているかのように錯覚するが、準備を進めている屋台は、どこも販売は始めていない。これは、商業ギルド主催の売り上げコンテストの為、屋台参加者へ時間厳守との通達がされているからである。なんでも、売り上げ上位には、豪華景品が出るそうだ。


 俺達白銀にゃんこの屋台が良い場所を確保したのに、あまり反対されなかったのは、これも関係している。祭りの半分しか出ないので、上位入賞は無理だろうと、判断されたのだ。

 貴族関係もアレコレ大変だが、商人も大変だ(他人事)。まぁ、俺達は店を経営している延長で参加するだけの、エンジョイ勢だけどな。



 中央門を抜けて、平民街へ戻る。こちらでも、祭りの準備が盛んに行われていた。大通りの両サイドには屋台が立ち並ぶ。テラス席のある貴族街と違って、こちらは俺のよく知る屋台である。なかなかに派手な屋台もあるようで、派手な看板や、のぼり旗だけでなく、大きな人形が飾られたところもある。あのビア樽を抱えた、ずんぐりむっくりした人形には見覚えがある。ただし、屋台と同じくらいの大きさなんだが……


「なぁ、アレって、幸運のぬいぐるみ……クゥオッカワラビーだよな?」

「あはは、幸運の尻尾亭の屋台らしいですよ。この間、女将さんとお喋りした時に、自慢していましたから」


 なるほど、アレなら酒場アピールは十分である。お祭りと言えば酒は欠かさないから、鬼人族や天狗族みたいな飲兵衛は吸い寄せられるだろう。

 少し歩くと、白銀にゃんこの看板も見えて来た。ダンジョンギルド第2支部の前の広場が、俺達の出店場所である。今日の午前中に、ウチのメンバーが飾り付けた屋台を設置して、調整しているのだ。看板の寝そべる白猫と店名は同じであるが、唐揚げと綿菓子が描かれている。それだけでなく、提灯みたいな唐揚げ(張りぼて製)と、大きな綿菓子(綿は本物)が両サイドに吊るされていた。


 ……中々に目立つ飾り付けであるが、初見の人に伝わるかな?

 揚げ物は珍しい料理であるし、綿菓子に至っては、先週ちょこっと宣伝で配っただけの知名度だろう。


 そんな懸念をレスミアと話しながら屋台に近付くと、その前でお喋りをしているフロヴィナちゃんと天狗族のヤパーニちゃんを見つけた。そして、更にもう一人、先程話題にした幸運の尻尾亭の女将さんである。


「あ、ミーアとザックス君、ダンジョンお疲れ~」

「わっ、ミーアのきょコ、凄!お嬢様みたいで、マジでキュンじゃん?!」

「あらあら、そんなドレスみたいな恰好でダンジョンに行くの? まるでお貴族様みたいねぇ。

 そんなに恥ずかしがらなくても、とっても綺麗よ」

「あはは、ありがとうございます」


 レスミアのドレス装備の事である。第1支部の方でも目立つのに、平民街じゃ目立つのは道理だな。少し恥ずかしそうにしているので、屋台の人形に付いて話し、話題を逸らした。すると、女将さんは、自慢気に人形を手で指し示す。


「ええ、数年前に職人さんに発注して作った特注の巨大幸運ぬいぐるみなのよ。良い目印でしょう?

 昼間は子供にも人気なのだけど、最終日には下の方が真っ黒になるくらい汚れてしまうので、お祭りの後は洗うのが大変だったわ……今年はコレがあるから、助かります」


 そう言って女将さんが手提げポーチから取り出したのは、銀のカード。以前、差し上げた〈ライトクリーニング〉の物に違いない。3回使える内の、最後の1回を取っておいたそうだ。プレゼントしたものを喜んでくれるのは、こちらとしても嬉しいものだ。

 ……ああ、そう言えば、幸運の尻尾亭は面白い物を、屋台で売ると話していたなぁ。交渉の為所だな。


「銀カードを活用されてくれているようで、なによりです。

 ところで、幸運の尻尾亭が屋台で売るのは、エールと串焼き、それと海辺の村から取り寄せた大海老と聞いていましたが、準備は順調ですか?」

「ええ、勿論ですよ。ただ、乾物以外の海産物は、新鮮な状態で使いたいので、届くのは今夜の予定ですけど」

「ほうほう、それは良い。

 ところで相談なのですが、その大海老と、この〈ライトクリーニング〉の銀カード、トレードしませんか?」

「うふふ……とても魅力的な相談ね……

 確か、銀カードは1枚1万円の販売でしたわね? 大海老2匹と交換では如何かしら?」

「1匹5千円は、高いなぁ……いや、ロブスターみたいな大海老なら、そんなものか?」

「あら? ロブスターを知っていらしたの?

 ただ、元々数が少ない事と、輸送費が掛かるので高いのよ。わたしからは大海老4匹、銀カード2枚と交換を要求しますわね」


 海辺の村がどこにあるのか知らないが、ヴィントシャフトを中心とした衛星村、街は、大抵馬で2日以上離れていると聞く。輸送費を言われると、しょうがない気がした。それに、女将さんなら、ぼったくりもしないだろう。

 それで、商談成立とし、握手を交わしておいた。


「初日の午前中は忙しいのよ。午後以降にウチの宿にいらして下さいな」

「分かりました。銀カードもそこで交換と言う事で」


 ……海老ゲットだぜ! エビフライにしよう!

 女将さんは宿に戻って行ったので、俺達も撤収する事にした。午後は、俺達が帰省している間に、この場所を使う屋台チームが確認に来るので、開けておかなければいけないのだ。

 屋台を丸ごとストレージにしまい、家に帰って昼食にしようと声を掛ける。すると、フロヴィナちゃんが、なにやら考え込んでいた。


「う~ん、話には聞いていたけど、あっちの人形大きいよねぇ~。アレに比べて、私たちの屋台、地味じゃない?」

「アレは相手が悪いと思うけど……まぁ、パッと見、何の屋台か分かり難いのはあるかもな」


 先程感じた懸念を話すと、手を叩いて感嘆の声を上げた。


「あ~~、私達からすると、最近唐揚げとか、珍しくなくなってきたからね~。プリメル達にも試食して教え込んだし、簡単な料理だから、分かってもらえると思い込んでたよ~。

 よーし、看板にでかでかと書いちゃおう『ジューシーコカもも肉を油で揚げた、カリカリな唐揚げ』って感じでさ!

 綿菓子は……インパクトが足りない! もっと綿を増やして、等身大の綿菓子を飾ろう!

 私、お布団屋さんに行って、綿を買って来る! お昼は先に食べてて!」

「面白そうだから、アタシも付いて行こっ」


 そう言って、フロヴィナちゃんとヤパーニちゃんは、楽し気に走って(飛んで)行った。

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