第507話 祭りの前日とダンジョンの隣人騒音
お祭りの前日の朝、見送りの為に貴族街の転移ゲート前までやって来た。
「俺だけ先に休みを貰ってすまんな。祭りの最終日には戻って来るからよ」
「そっちは移動時間があるから、しょうがないさ。それより、相手の父親に婚約を願い出る台詞は考えたのか?
何だったら、俺のを真似ても良いぞ?」
「ハハッ、あんな回りくどいのはゴメンだぜ。男らしく、ぶちかましてくるわ」
年末年始の休みを利用して、ベルンヴァルトは故郷の村に行って来るのである。アドラシャフトの領都から、北に2日程の山の中にある村らしい。そこで、恋人であるシュミカさんの実家にご挨拶ってね。
まぁ、騎士ジョブを得たし、レベルも41、相応にレアな武者鎧を手に入れているし、ルビーの指輪や角飾り等のアクセサリーも準備していた。よっぽどのヘマをしない限りは大丈夫だろう。
そして、転移ゲートの受付に行っていたフォルコ君が戻って来る。
「お待たせしました。次の次ですよ。
それと私は、荷物を向こうのパーティーメンバーに渡してから、アドラシャフト家に寄り、ザックス様の帰省に関しての確認をしてきます。
昼には戻りますが、商業ギルドにも顔を出しますので、屋台の進捗確認はその後ですね」
「ああ、フォルコもありがとう。屋台はフロヴィナを始めとした女性陣が張り切っているから、多分大丈夫だよ」
ベルンヴァルトの荷物は多い。武者鎧は流石に物々しいので木箱に詰めて持って行き、雪国なので雪山フィールドで使った耐寒装備も持たせた。そして、手土産の酒類とか食料、お菓子等を詰め込んだ木箱もある。流石のベルンヴァルトでも、デカい木箱を3個も背負うのは邪魔だろう(背負えないとは言わないが)。
その為、フォルコ君がアイテムボックスでの荷物持ちを買って出てくれたのだ。祭りの根回しといい、フォルコ君が居てくれて助かるわ。
2人を見送った後、大通りへと戻った。
街は祭りの準備で賑わっている。俺達の出店する平民街側も混んでいたが、貴族街の大通りも負けないくらい混雑していた。その原因は、両脇に作られた屋台……テラス席が作られているせいである。4車線くらいの幅の大通りが半減して、真ん中を通る馬車の通行規制がされているのだ。そりゃ、混むさ。
まぁ、貴族的に食べ歩きなんてNGだから、しょうがないのだろう。その代わり、要予約(貴族の紹介必須)な人気店でも並べば入れるのが、良い所である。
家の女性陣は、フォルコ君が商業ギルドから入手してきた出店リストを見て、何処に行こうかキャッキャと話し合っていたな。祭りの真ん中で帰省するのと、屋台も行うので、自由時間も少ないのが悩ましいそうだ。
そして、緑色を基調とした隊服のヴィントシャフト騎士団の姿もよく見かける。設営を手伝ったり、交通整理したり、巡回警備したりと、明らかに人数が多い。恐らく、例年の祭りよりも、増えている筈である。例の現神族/妖人族の捜索も、秘密裏に行われている筈なのだから。
俺もそれを手伝うべく、コッソリと〈詳細鑑定〉で通行人の簡易ステータスを覗き見していた。ただし、人通りが多過ぎるので、手当たり次第である。いや、ビガイルの顔は覚えているのだが、ネクロドッペルミラーで姿を偽装できるのだから、固執する意味は無い。同じ顔の奴を見掛けたらラッキー程度に考えておき、直感で〈詳細鑑定〉した方が良いと判断したのだ。
まぁ、端から見たら、俺も不審者かも知れないけどね。
周囲を見回しながらも、彼女であるレスミアに腕を引っ張られているのだ。
「ザックス様、私達も急ぎましょう! 午前中に2個は欲しいですからね!」
「そんなに急がなくても、歩きマージキノコは逃げないって……見つからない可能性もあるけど」
「それなら尚の事、探索に時間を掛けなきゃですよ!」
昨晩、キノコ飴を手に入れる方法を知った顛末を雑談で話したところ、ベアトリスちゃんが喰い付き、お強請りして来たのだ。
「年末に帰省する時に、家族へのお土産としてキノコ飴欲しいです。料理の腕前を上げたのを見せるだけでなく、食材や設備に恵まれた職場だって自慢したいのです」
「はいはいっ、私も欲しいですよ!
アドラシャフト家にお世話になるのですから、美味しい手土産が欲しいですよね? 少なくとも、向こうの料理人の皆さんは喜んでくれますよ!
料理を教えてくれたメイドさんにも、お返ししたいですし」
こんな感じで料理人コンビが、結託して来たのだった。
俺としては、祭りの前日なので屋台の方を手伝いたかったのだが、フロヴィナちゃんが「屋台は任せて」と言うので、折れた次第である。
「明日はプリメル達も来るから、大丈夫じゃない?
あ~それと、実家へのお土産なら、私も花乙女の花弁が何枚か欲しいな~」
「そっちまで手が回らないから、ストレージの在庫分なら良いよ。
ああ、それと、今月分の給料を支給するね。年末ボーナスとして、色を付けておいたから、祭りで遊ぶ軍資金とか、実家へのお土産に使ってくれ」
「「「ありがとうございます!」」」
「わーい! お祭りの屋台で使おうっと!」
白銀にゃんこの収支は、ケーキ販売のお陰で大幅に黒字であるので、今月もボーナスを追加したのだった。更にぶっちゃけると、各種魔法カードの売り上げが凄過ぎて、ボーナスくらいは屁でもない。帳簿を付けているフォルコ君が、商業ギルドに収める税金を計算して、絶句していたからなぁ。白銀にゃんこの利益よりも、カードの税金の方が多かったから……
昨晩は、そんなやり取りがあり、今日はダンジョンデート?(キノコの散歩)に誘われたのだった。
祭りの前日なだけあって、探索者や採取業者の数も少ない。昨日の混雑が嘘のように、エントランスの転移ゲートの列は短く、早々に下に降りる事が出来た。
降り立ったのは33層である。歩きマージキノコは31層以降ならば、出現するので何処でも良いのだが、ここを選んだのには訳がある。今日はレスミアと二人だけなので、牛頭鬼の相手が面倒なのだ。魔法を連打すれば倒せるけれど、護衛対象(キノコ)が居るのだから、手間を掛けずに1撃で終わらせたい。
そして、昨日の老夫婦が37層に居た事を考えれば、自ずと見えてくる事もある。牛頭鬼を楽に倒せる火力スキルが有るから……ではなく、小角餓鬼が出ないからである。
小角餓鬼は雑魚であるが、各種ジョブの中で厄介なのが居る。それは、〈潜伏迷彩〉で隠れる採取餓鬼の存在だ。歩きマージキノコを散歩させていると、透明化から不意打ちして飛び掛かってくるのは、以前の攻略中に経験済み。なにせ、キノコの切れ端でも喰い付いてくるので、丸々と太った歩きマージキノコに喰い付かない訳はないのである。
ただし、〈第六感の冴え〉で潜伏を見破れる俺ならば、その問題も消える。反応は小さくなるが〈敵影感知〉と〈敵影表示〉があれば、見逃す筈もない。一昨日の偽装していたバルギッシュとは違い、赤い光点だから一目瞭然なのだ。
「…………近くには居ませんね。のっしのっしって重そうな足音ですから、居れば聞き取れる筈ですから」
「歩きマージキノコは〈敵影感知〉にも、〈サーチ・ストックポット〉にも引っ掛からないから、地道に探すしかないな。
取り敢えず、他の探索者の邪魔にならないよう、遠回りをしつつ、採取地があれば寄ろう」
〈サーチ・ストックポット〉は採取地や採取物を探査するスキルなので、採取物ではない(食えない)歩きマージキノコは引っ掛からないのだ。地味にステルス性能がある奴である。
ルートは適当に決め、近場の採取地の方向へと走り始めた。
「〈一閃〉!」
瓦礫に隠れていた採取餓鬼を、諸共に両断した。黒魔鉄で強化された耐火の黒刀であるが、切れ味は十分である。ウーツ鋼ですら切れると説明文にはあったので、只の岩が斬れぬ道理はない。まぁ、保険として魔剣術で保護はしているけどね。刃に纏う魔剣術の光は、少しも散らなかったので、刀自体の実力だろう。
切り捨てた死体は捨て置き、そのまま前進。その先で、のんべんだらりと屯している小角餓鬼共に奇襲を掛け、風属性ランク7魔法〈トルネード〉で一掃した……のだが、ランク7魔法は効果時間というか、エフェクトが長い。先を急ぎたいので、ドロップ品は諦めて先に進んだ。
「ザックス様、弱い方の範囲魔法で十分じゃないですか? 残った魔物は、私が倒しますよ」
「そうだな。固まっている所に〈ストームカッター〉を撃つから、残った奴は近い方が倒そう。
あ、通路の真ん中に罠だ」
「私も見えていますから、大丈夫です。なんなら、壁を走れば罠はありませんし」
そう言うと、並走していたレスミアは壁際に寄って行き、壁を走り始める。以前、第1ダンジョンの低層を駆け抜けてもらった時の経験則だそうだ。罠が発動するスイッチは大抵床に有るので、壁を走って魔物も罠も無視して走り抜ける。
……俺もニンジャの〈壁天走り〉で真似をしようかね?
ステータスを開いてジョブを入れ替えている。その間も横着して、止まらずに走っていたのがいけなかった。いや、直前の会話がフラグだったのか?
ステータスを閉じた時、横合いの壁に赤字のポップアップが出ている事に、遅れて気が付いた。更に、それはレスミアの直ぐ前である。
「レスミア、罠だ! 壁から降りろ!」
「え?!」
注意は、ほんの少し間に合わず、壁のスイッチ付近を踏んでしまう。すると、その踏んだスイッチを中心に、壁が円錐状に凹んだ。当然、足場を無くしたレスミアは、地面に落下、ギリギリ着地に成功して止まった。
胸をなでおろしている暇はない。何故なら、円錐状に凹んだ壁から、爆音が響いたのだ。
「……っ! ……!」
「煩い! 何だコレ?!」
思わず手で両耳を押さえるが、音は小さくならない。まるで、手を貫通して頭に響いている感じだ。頭に爆音が響きすぎて、目がチカチカする。
「……! ……!」
効果範囲から逃げようと、猫耳をペタンと伏せて耐えているレスミアに指示を出すが、最早自分の声すら聞こえない。仕方がないので、レスミアの手を引っ張り、前に逃げた。
そして、少し移動したところ、頭の中に鳴り響いていた爆音が消えて行く。周囲を見回すと、通路の両側の壁が変形していた。罠のスイッチの部分だけでなく、その左右にも円錐状に凹んでいる。片側3つ、通路の両側合わせて6つの凹みである。
取り敢えず、ポップアップはまだ出ているので、〈詳細鑑定〉を掛けた。
【罠】【名称:騒音の罠】【アクティブ】
・通路、及び小部屋の壁に設置される罠。巨大スピーカーを召喚し、爆音で効果範囲に居る者を難聴の状態異常にする。
なお、特殊な魔力音波なので、耳栓をしても防げない。
……厄介な隣人か! ダンジョンの壁にスピーカーを付けるな!
などと、突っ込んでみたが、自分の声も聞こえない。よく見ると、HPバーの横に、耳に×が付いたアイコンが点灯している。なる程、難聴の状態異常を示すマークのようだ。
厄介なのが、難聴の状態異常を治す薬品や、僧侶系の奇跡は覚えていない事である。時間経過で治るとは聞いているが、意思疎通が出来ないのは厄介である。
もちろん、レスミアの声も聞こえない。口をパクパクしているだけである。
取り敢えず、身振り手振りで先に進む事を伝え……伝わったか分からないので、レスミアの手を握って進む事にした。
見慣れたダンジョンの中でも、無音なのは少し不気味である。五感の内の一つが無いだけで、ここまで不安になるとは思わなかった。〈敵影表示〉などで索敵は出来るが、音も重要な一因だからな。
5分ほど先に進むと、赤い光点が1つ灯っているのを発見した。難聴の状態異常はまだ回復していない。まぁ、目当ての1匹ではあったけど……その隠れている小角餓鬼に向かって、スキルを発動させた。
「〈……〉!」
虚空から6面ダイスが3つ転がり出てくる。その合計は【4】【4】【2】で10。〈ブラックダイス・ブラスト〉の効果は【13】以下の場合に、敵にダメージを与えるである。よって、賭けに勝った。岩場に隠れた小角餓鬼は、爆発で吹き飛び、壁に叩きつけられて、動かなくなる。
その瞬間、急に音が聞こえるようになった。〈勝ち逃げからの踏み倒し〉の効果で、状態異常を帳消しにしたのだ。
「あー、あー。良し!聞こえるようになった」
「あっ! 聞こえるようになったんですね!
良かったぁ。私のミスに巻き込んですみませんでした」
「いや、アレは初めて見る罠だったから、〈罠看破中級〉でないと、見えない奴だろ。闇猫は初級しか持っていないから、しょうがない……あれ? レスミアは難聴の状態異常に掛かっていないのか?」
「え? はい、物凄く煩い音でしたけど、罠の範囲から抜ければ、普通に聞こえましたよ?」
どうやら、難聴の状態異常に掛かったのは俺だけのようだ。今更ながらに気付いたが、難聴のアイコンが出ていなかったわ。
罠の内容を含めて、二人で情報交換をする内に気が付いた事がある。先程のレスミア、猫耳を手で押さえずに、勝手に猫耳がペタンとなっていたよな?
闇猫のスキルを見直してみたところ、該当するスキルを発見した。
【スキル】【名称:耳ペタ防音術】【パッシブ】
・一定以上の大きな音を低減する。また、状態異常の難聴に掛からなくなる。
レベル30で覚えたスキルである。狩猫系は〈猫耳探知術〉のお陰で耳が良くなるのだが、同時に大きな音にも弱くなる。範囲魔法とかでも煩そうにしていたのだが、〈耳ペタ防音術〉を覚えてからは気にならなくなったと聞いた覚えがある。
状態異常の防止までしてくれるのは、忘れていたよ。
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