第506話 ペットの散歩
護衛騎士の二人と共に、先行する。レスミアをトレジャーハンターに変更しておいたので、後続の皆も迷う心配はない。パーティーメンバーは〈敵影表示〉に青の光点で表示されるからな。
後ろが付いて来ているのを〈敵影表示〉のマップで確認しつつ、不審者(推定)な緑色の光点を追った。
現在も緑色の光点はフラフラと、不規則に移動している。俺達に気付いているのか、距離を取るように移動しているが、クネクネ曲がるので、真意は見えない。
そして、漸く近くまで来た時、向こうの方が小部屋の中の赤い光点……魔物と接敵しようとしていた。護衛騎士のDダイバーは、チャンスだと足を早める。
「不審者が戦闘中の間に、鑑定を掛ける。賊だった場合は、そのまま背後から奇襲だ」
「了解です」
近くなので、直ぐに辿り着く。
T字路の陰からコッソリと覗き込み、小部屋の入り口付近に居る不審者を確認する。すると、魔法を使う声が聞こえた。
「〈魔攻の増印〉〈サンダーストーム〉じゃ!」
メタリックグリーンなミスリルワンドを構えた老人が、雷属性魔法を放った。ここからでは小部屋の中は見えないが、雷の閃光と神鳴りの落雷音が立て続けに発生している。
確か、ランク3の範囲魔法だ。サードクラスは確定である。
こちらもコッソリと〈詳細鑑定〉を掛けた……人族でローブを着こなした魔導士のお爺さんに、人族のDダイバーのお婆さん……弓道着の様な装備を着たおば様が、小部屋の中に向け弓を構えた。
「〈魔弓術・火龍
魔力矢を火龍に変化させるスキルだ。小部屋の中で爆発音がすると、〈敵影表示〉の赤点が消えていった。流石はサードクラス、年配の2人でも楽勝のようだ。
戦闘が終了すると、おば様が振り返り、俺達の方へ声を掛けてきた。
「そこに隠れている人達。私達に、何か御用かしら?」
弓は構えていないものの、弦に手を掛けているので、警戒されている。
俺達の方も〈詳細鑑定〉の結果を展開し、賊でないのは分かっていた……しかし、お爺さんの方が握っている物が気になり、声掛けをする事になった。Dダイバーの護衛騎士が進み出て、名乗る。
「我々に敵意は無い。第1騎士団所属、エディング伯爵の護衛騎士ファストラートである。現在、御息女の護衛任務中であるが、〈敵影表示〉でフラフラと移動する貴殿等を不審に思い、確認に来た次第である。
それは、一体何をしているのだ?」
ファストラートさんが指差したのは、お爺さんが片手に握っているロープの先……大きな樽サイズのキノコに足が生えた、歩きマージキノコである。魔物ではないので〈敵影表示〉にも映っていなかったのだろう。
ローブに繋がれた歩きマージキノコは、ロープの長さ以上に進む事が出来ず、方向転換してはノタノタと歩き回っている。
……なんか、ル◯バみたい。
「あらあら、どうしましょうか。お爺さん?」
「ああ、何の事はない。歩きマージキノコの幼体は、串焼きにすると美味いんでな。年末年始の酒の摘みに、採りに来ただけじゃよ」
「酒の摘み……あっ! ギルドマスターの酒飲み友達のネストールさんですか?
一度、お会いした覚えがあります。ほら、ギルマスとウチの鬼人族が飲み比べしたり、ブランデー筒竹を作るのに〈マナドネ〉した……」
酒の摘みと言うキーワードで思い出した。確か、28層の迷路階層で、天狗族の宴会に居たお爺さんである。成る程、歩きマージキノコを連れ歩いて胞子をバラ撒き、その場で収穫する算段か。
俺が納得していると、ネストールさんも俺の顔を見て、手を叩いた。
「おー、あの時の小僧じゃないか。
この間ギルド騎士に任命されていたのも、お前さんだよな? あの時は、タダ酒をありがとよ」
ああ、騎士の任命式の時か。天狗族が酒樽に群がって宴会し始めたのは覚えているが、このお爺さんも居たらしい。
取り敢えず、この場の緊張は解けたようだ。
脅威も無くなったので、後続のメンバーも合流する。すると予想外な事に、ソフィアリーセも面識があるように声を掛けた。
「あら? お爺さんは確か……家の料理長と仲の良い、専属契約したキノコ採り名人のお爺さんよね? ほら、キノコ飴を納品してくれていると、挨拶を受けた覚えがあるわ」
「……その髪はソフィアリーセ様では、ありませぬか。しまった、こんな所でバレるとは……まぁ、散歩ついでの小遣い稼ぎじゃよ」
……キノコ飴?……ああっ!そう言う事か!
危うく誤魔化されるところだった。キノコ採りだけならば、採取地を巡ればいいだけなので、歩きマージキノコを散歩させる必要性はないのだよな。胞子を撒いてから育つまで、そこそこ時間が掛かるし。同じルートを通って周回しても割に合うかどうか。ただし、キノコ飴が目的ならば、辻褄が合う。
「もしかして、その歩きマージキノコをロープで繋いで散歩させているのは、キノコ飴を得る為ですか?
ああ、成る程、大角餓鬼に食われない様に守りつつ、キノコが歩けなくなるまで一緒に歩くと」
「むぅ、キノコ飴がコイツから採れる事を知っておるとは、ヤルのう。
婆さんがキノコリゾットを好きなのでな、こうして散歩ついでに集めておるんじゃ。余った分は、伯爵家に納品して酒代にな。ああ、キノコを摘みにするのも本当じゃぞ」
「もう若くないのですから、お酒も控えてくれると、良いのですけどねぇ」
老夫婦は仲が良く、柔らかい表情で笑い合った。何と言うか、犬の散歩ついでに山菜採りしていました、程度のノリである。
ただし、言うは易く行うは難し、だろうなぁ。
キノコ飴は、歩きマージキノコが寿命を全うした状態で、解体しないと手に入らない。その間、魔物から守りつつ、どれだけ歩けばいいのやら。
駄目元で、その辺を聞いてみた。儲けの種なので、簡単には教えてくれないだろうと思ったのだが……
「まぁ、ええじゃろ。ここ10年で稼がせて貰ったからのう。後進に教えるのも吝かでない。ただ、結構面倒じゃから、真似する人は少ないと思うぞ。
歩きキノコを捕獲して、守りながら散歩して歩いて、大体2、3時間と言ったところか。胞子を出した分だけ早くなるのじゃが……」
ネストールさんはロープを引っ張って、歩きキノコを壁際に連れて行くと、杖でキノコ頭を叩いた。しかし、胞子は出ない。
次いで、ヒカリゴケが生えている所に引っ張って行き、杖でキノコ頭を叩くと、今度は胞子を放出した。
「コヤツ、考える知能が有るのか知らんが、ヒカリゴケの近くや採取地でないと胞子を撒かんのじゃ。しかも、一度撒いた場所では、胞子を撒かなくなる。
だから、ヒカリゴケと採取地を求めて、歩き回る必要があるのじゃ」
再度、キノコ頭を杖で叩くが、胞子は出なかった。
「採取地で沢山胞子を出せれば、2時間程。ヒカリゴケのみだと、3時間くらいじゃな。キノコ飴の単価は高いが、その時間で他の採取をした方が儲かるからのう。
儂らのように、老後で暇な時間がある者しか、採りにこんじゃろ」
「いえいえ、キノコ飴は美味しいですから、料理人は皆欲しがりますよ!
私も偶然手に入れた1個は、使ってしまいましたし……ザックス様、私も年末年始用に欲しいです!」
「今日はレベリング優先だから駄目。また今度な」
レスミアがお強請りして来たのだが、流石に却下しておく。今から2時間もロスするのは、レベリングに影響が出てしまう。
レスミアを宥めていると、苦笑したソフィアリーセが前に出た。そして、俺達……いや、伯爵家の者として礼を言う。
「ネストール殿、有益な情報提供、有り難く存じます。この件は、第2騎士団の採取部門へと展開し、キノコ飴の供給量を増やせるよう尽力致しますわ。
情報料は後日、父であるエディング伯爵と騎士団から支払うとお約束致します……それと、わたくしからも提案を。今までヴィントシャフト家と専属契約して働いて頂いた事への感謝を示します。ネストール殿が持ち込んで下さるキノコ飴は、今まで通りの値段で買い取るのは如何でしょう?
勿論、供給量が増えて値段が下がったとしても、据え置です。これからも宜しくお願い致しますね」
「おお、そこまでご配慮頂けるとは、有り難い。しかし、それでは儂の方が、貰い過ぎな気もしますかな?
ああ、そうだ。天狗族の連中が驚く様な、珍しい酒の一本でも付けて貰えれば、情報料は要りませんぞ」
「あなた、それはただ単に、珍しいお酒を自慢したいだけでしょう?
本当にもう……すみませんねぇ」
奥さんが肘鉄を入れてツッコミをすると、周囲から笑い声が上がった。
結局、交渉はエディング伯爵や騎士団と行う事として、老夫婦は散歩に戻って行った。
俺達もレベリングの再開である。一旦、〈ゲート〉で外に出てから、40層へと移動。3周程回り、新規加入の2人のレベルを40まで上げた。
チェーンヒュドラ戦も1戦目はガチで戦ったが、2戦目以降は、安全と速度を考慮して紅蓮剣の〈魔法生物特攻〉効果で楽勝に終わらせた。
その後、夕方までの余った時間の使い道に関しては、色々と意見が出た。
・基礎レベルを41にするついでに、複合ジョブ用の基本ジョブのレベリングをする。
・剣客や魔法戦士の解放条件を満たすため、藁人形の出る1層に行く。
・36層の墓地フィールドを経験するついでに、サクランボ狩り
・キノコ飴欲しい
現在時刻:16時。時間が足りないので、最後は却下っと。
この中で、1時間程度で出来そうな……墓地フィールドのサクランボ狩りに決定した。
既にレベル40に達したので、それ以下の階層も把握しておきたいそうだ。年末年始にダンジョンデビューした事が話題になった時、階層をスキップしていると話題に付いて行けず、恥ずかしい思いをするらしい。
……ああ、学園の先輩にも『34層を頑張って攻略しますね』とか言ったのに、途中の階層は飛ばしたからなぁ。
30層代で出てくる魔物とは、一通り戦ってきたので、残りはゾンビ共だな。
37層に降りてから、階段を登って36層へ戻った。
階段前の広場に出るなり、ルティルトさんが周囲を興味深く見回している。
「ここなのよね? 例のダイエットの剣をドロップするレア種が居る所は?
我がセアリアス家の手の空いている者……お爺様や叔父様が、毎日通っているのだけど、一向に出現しないと愚痴っていたよ」
「あー、俺達が遭遇したのは、ここなんですけどね。レア種の出現周期が分かるまで、頑張って下さい」
「ああ、立候補したのだから、簡単に諦めるセアリアス家ではないよ」
「ちょっと、ちょっと、二人共呑気に話していないで! 囲まれているわよ!」
ソフィアリーセが、焦った様に周囲を見回していた。しかし、4匹居る牛頭鬼ドラマーが、墓石を叩いてゾンビを出しているだけだ。どこも、10匹程度、計40匹しか居ないのでまだまだ少ない。ソフィアリーセを安心させるべく、努めて明るく返す。ええと、『満員電車くらい』じゃ通じないよな。
「ハハハッ! お祭りの時の、人混みくらい増えても大丈夫ですよ。折角覚えたのですから、ソフィは〈エクスプロージョン〉を準備しておいて下さい。増え過ぎた時の間引きに使います。
フィオーレ、〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉を頼む。
俺とヴァルトがバイクで突っ込むから、討ち漏らしはレスミアとルティが倒してくれ」
「あっ、以前の報告書にあった戦法だな!
ザックス、後で私にもバイクを貸しなさいね!」
バイクをストレージから取り出し、跨ってみせると、ルティルトさんが食い付いてきた。そう言えば、バイクに、興味津々だったよな。
取り敢えず、最初は手本として実演を見せよう。
「いっくよー! 〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉!」
フィオーレが踊りだし、白い雪が舞い散り始める。俺の手に持つ、黒豚槍も白い光を纏う。
「よし、敵陣に吶喊する! 〈ペネトレイト〉!」
「おうっ! 俺も行くぜ! 〈ペネトレイト〉!」
バイクを包み込む程の円錐結界を纏い、〈ヘイトリアクション〉も併用して、ゾンビの群れへと突っ込んだ。白い風の結界に触れる度に、ゾンビやスケルトンが面白いように吹き飛んで消滅していく。その魂を吸収した幽魂桜は、どんどんサクランボを実らせていった。
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業務連絡です。
3周年記念の近況ノートを公開しましたので、時間のある方はご覧下さいませ。
勿論、オマケの『女神様の気まぐれ解説』もあります。今回は、コメント欄からの質問「妖人族って何の亜人?」への回答ですね。
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