第504話 領民に慕われる貴族
30層へと降りて来た。この階層は前の2つと違い、かなり混雑していた。流石はレッサーコカトリス精肉店である。恐らく祭り用の食材確保をしているパーティーだろう。入り口から見えるだけでも10パーティー程確認出来る。ついでに、皆さん先を争うようにショートカットを走っているのだった。
「まあ……本当に飛び降りて走るのは、一般的なのですね」
「……あー、そうですね。いつの間にか広まったみたいです」
最初の頃は、ショートカットを走っているのは俺達だけだったのにな。その後、テオ達に教えたり、コカ肉の調達を任せたりしている内に、周囲が真似し出したのかね?
そうこうしている間に、後ろから来た数名のパーティーが「お先!」と、俺達を抜かしてショートカットを走っていく。ボスは逃げないが、1パーティー毎にしか戦えないので、順番待ちが発生する。なるだけ周回出来るよう、道中のショートカットは競争になるのだろう。
俺達も遅れないよう、走り始めた。
ボス部屋前の休憩小屋は人で溢れており、その外まで行列が出来ていた。俺達もそれに並び、ジョギングで疲れた様子のソフィアリーセには椅子を出して休憩させる。ついでに疲労回復効果もある祝福の楽曲〈癒しのエチュード〉をフィオーレに弾いてもらったのだが……ちょっと目立ち過ぎか?
列に並んでいた他の探索者が、挙って振り返っていた。
ドレス姿で優雅に椅子へ座り、音楽を流させ、護衛を何人も侍らせる……うん、分かり易い貴族っぽさだ。そりゃ目立つ。
実態は、疲れて椅子に座っているだけだけど、その姿勢の良さや微笑を浮かべた美貌に、疲れの陰りは見えない。
行列の皆さんがヒソヒソ、ザワザワし始めた時である。前の方から1人列を抜け、こちらに歩いてくる男がいた。見知った顔は、テオである。ここでよく会うな、とも考えたが、俺から頼んでいたコカ肉の調達に来ていたのだろう。
「よおっ、ザックス! やっぱりお前達だったか」
「よっ、テオも元気そうで何よりだ。コカ肉はありがとうな。お陰で祭りの唐揚げも、かなりの量が準備出来たよ」
「ハハッ! 困った時はお互い様だ。俺の方もギルドへの貢献を稼がせて貰ったしよ。何故か、受付嬢からの受けも良いんだぜ」
そう言って、俺の肩を叩くテオだったが、そのまま肩に腕を回し、内緒話を仕掛けて来た。
「(おい、見慣れない美人が増えてんじゃねーか。特に上級貴族っぽい、お嬢様は誰なんだ? どっかで見た覚えはあるんだけどよ?)」
「ああ、新しくパーティーに加わった、ソフィアリーセ様とルティルト様だよ。俺達も漸く6人揃ったから、先ずはボス巡りをしているところ」
「おー、そっちも揃った……ソフィア、リーセ? そういや、あのサファイアみたいな髪の毛……
『蒼玉のソフィアリーセ』! 領主様のご息女じゃねーか!?」
急にテオが驚きの声を上げた。
その声が周りにも響き、列に並んでいた人達からも、「やっぱり!?」「おお、噂に聞いた通りの髪だ」「去年のお祭りでも、貴賓席に居たのを見かけたわ。こんなに近くで見られるなんて……」と、ざわめき始める。
そんな声が続く中、口元を押さえていたテオが振り返り、その場で膝を突き、頭を下げた。
「お、大声を上げてしまい、すみませんでした。俺……私はヴァロール男爵家のテオバルト……あ、違った、出奔したので、今は只のテオと申します。
ザックスとは、砂漠フィールドを協力して攻略した友人でして……ええと、お世話になってます!」
テンパっているのか、大分しどろもどろである。肩を叩いて「落ち着けって」と声を掛けて宥めるが、余り効果は無かったようだ。
取り敢えず、今の発言に対して、フォローをしておく。
「今でも、偶に夕飯に招待して、酒を飲み交わす友達ですよ。明後日からの祭りでも手伝ってもらいます」
「は、はい! 白銀にゃんこの屋台に使う、ジューシーコカもも肉を調達してました!」
ソフィアリーセと視線を交わし、頷き合う。
『ちょっと、領主のご令嬢に会って、緊張しているだけだよ』と、伝わったのか分からないが、ソフィアリーセは微笑んで言葉を返した。
「……ザックスの友人ならば、そこまで畏まる必要はなくてよ。それに、ここはダンジョンの中ですもの。爵位を重んじるよりも前に、探索者の本分を、お互いに頑張りましょう。
わたくしのザックスと、これからも仲良くして下さいませ」
「はい、ありがとうございます!」
只、友達を紹介しただけなのに、こんな仰々しい反応になるとは思わなかった。やっぱり、その領地で暮らす人にとって、領主の縁者というのは、特別な存在に見えるのだろうかね?
挨拶が終わったテオは、立ち上がりながら、俺に組み付いてヘッドロックを噛ましてきた。
(「おいおい、領主様の援助を受けているって聞いてたけどよ、『わたくしのザックス』ってどういう意味だ? お前、レスミアさんが居ただろ?!」)
……話した事、なかったっけ?
プリメルちゃんとピリナさんが料理を習いに遊びに来る時も、上級貴族と鉢合わせしたくないからって、休日は避けていたからな。話題に上げていなかったかもしれん。
仕方が無いので、順番待ちの間に掻い摘んで話すことにした。
ただその前に、「プリメルとピリナも、挨拶をさせるからっ」と、テオは列の前の方へ戻って行く。
それと入れ替わるようにして、前に並んでいた他のパーティーから女性が1人歩み出てきた。
それを警戒して、ルティルトさんが横から歩み出て、ソフィアリーセを背中に隠す。そして、手にしていたウーツ鋼製の短槍の柄で地面を叩き制止させた。
これには相手の女性も驚いたのか、その場でしゃがみ込んで貴族の礼を取る。
「何用か? 先程の彼は、パーティーメンバーの知り合いだった為の対処である。ソフィアリーセ様に挨拶がしたいのならば、面会予約を取りなさい」
「は、はい! あ、そうではなく、領主様の御息女をお待たせするのも、失礼かと思いまして……順番をお譲り致します。お先にどうぞ」
女性が目配せをすると、前に並んでいた数名が横にズレ、一礼した。しかし、話はこれで終わらない。
更に前に並んでいた人が、ポンッと手を叩くと、同様にズレて道を譲ったのだ。
「そういう話なら、俺達も退きますよ。商人にとって、街道を守って下さる騎士団と領主様には、感謝をしておりますから」
「おお、それなら我々も譲ろう」
と、前に並んでいた人達が、次々に道を譲り始めたのだった。
……これも人徳って奴かな?
貴族ってだけでは、こうはなるまい。ヴィントシャフト家が、良政を敷いている証左だろう。
あのアホボンなら「貴族は優先だ」等と言って押し退けて行きそうであるが、領民に慕われる本物の貴族ならば、自ずと道を譲られるのか。
俺も貴族を目指すなら、ヴィントシャフト家のように慕われたいものだ。
道を譲られたソフィアリーセに、注目が集まる。すると、ルティルトさんが一歩横に退き、手を差し出す。その手にエスコートされ、優雅に立ち上がったソフィアリーセは、軽く微笑んだ。ついでに、BGMが〈癒やしのエチュード〉から荘厳な曲に切り替わる。
「皆の心意気、有り難く存じます。
しかし、わたくしは今、探索者としてダンジョンに赴いているのです。余り甘やかさないで下さいませ。皆と同じように順番待ちを致しますね。
勿論、皆の感謝の言葉は、父であるエディング伯爵へ伝えましょう。きっと、お祭りの準備にも熱が入りますわ」
ソフィアリーセの澄んだ声は、列に並んでいた者全てに届いたようで、拍手が沸き起こった。その口々で賛美する。
「やだ、格好良い~」
「見た目だけでは無く、心まで宝石のように澄んでいるのか」
「ああいう貴族様にこそ、上に居て欲しいねぇ」
「ああ言われたが、長くお待たせするのもイカンだろ。おい、コカトリスなんて、速攻で倒すぞ!」「おお!」
それが一段落すると、こちらに一礼してから列を戻し始めた。これで一件落着かな?
取り敢えず、保険を仕込んでおいたけど、杞憂に終わったようだ。再び椅子に座ったソフィアリーセの元へ行き、周囲に聞こえないよう、声を潜めて労いの言葉を掛けた。
「(ソフィ、お疲れ様。人気者は辛いな)」
「(本当にね。外じゃ油断も出来ないのよ。わたくしは、もうちょっと休憩したかっただけなのにね)」
本音はそっちだったか。
スタミナッツのお菓子を手渡しつつ、問題が無かった事も報告しておく。
「(ここに居る人達を〈詳細鑑定〉しておいたけど、賊が紛れている可能性は無し。只の善意の行動だったと思う)」
「(ありがと。護衛騎士にも伝えておくわ)ルティ?」
「はっ! 人混みこそ警戒せねば、いけないからな。結果的に白だったが、あの中を通らない判断は助かりました。護衛騎士にも伝えておきます」
そう、あの行列の中にも、偽装した賊が紛れている可能性もあったのだ。何せ、他人に化けられるのだから、たちが悪い。
俺は、最初に進み出てきたテオを始めとして、全員に〈詳細鑑定〉を掛けてチェックしていたのだ。無論、〈無充填無詠唱〉でコッソリと……いや、友人が殺されて、成り代わられるとか、悪夢どころでは無いからな。
取り敢えず、列を抜けて戻って来たテオパーティーを迎え入れた。
テオにソフィアリーセと婚約した話をしたり、女性陣がお喋りをしたりしている間に、列は進んで行った。
ウサ耳娘なプリメルちゃんをソフィアリーセが可愛がると思ったが、普通に談笑するだけだったようだ。
後で確認した話であるが、スティラちゃんを猫可愛がりする様な事は、身内しか居ない場でしかやらないらしい。今回の件もそうだけど、貴族としての体面を保つのも大変だ。
順番は進み、俺達の番となった。ここからは、ソフィアリーセの要望でジョブを戻している。学園ダンジョンの最下層である30層と同じ階層なので、比べたいそうだ。ここで登場するボスは、デカいヒヨコに蛇尻尾が生えたレッサーコカトリスと、お供にもふもふ羊なカラフール2匹。
楽に倒すなら麻痺煙玉で麻痺らせるのが一番であるが、力試しを兼ねているので、そのまま戦闘へ突入した。
「「〈ウインドジャベリン〉!」」
フィオーレの〈魔道士のラプソディ〉が演奏される中、俺とソフィアリーセの魔法がお供のカラフールに向けて放たれ、2匹を串刺しにした。
俺は右手のガントレットの上から着けたブレスレットを発動媒体にして、撃ってみたのである。以前、正八面体の魔結晶型魔物マリス・エレマンがドロップした宝石から作ったアクセサリーだな。普段使い出来る物として、レスミアとソフィアリーセが選んでくれたのを、今日お披露目した訳だ。
使い勝手は……慣れが要るな。ワンドだと、指すようにして狙いを付けるが、ブレスレットだと手首を敵に向けるので、少し狙い難い。範囲魔法なら問題なさそうだけど、点で攻撃するジャベリン系の精密射撃は厳しいな。ただ、魔力の充填は早い。
【アクセサリー】【名称:サファイアブレスレット】【レア度:C】
・水属性の力を秘めたサファイアをあしらった、ウーツ鋼製のブレスレット。ウーツ鋼特有の紋様と装飾が施されており、男性に人気の商品である。ウーツ鋼製なので、これ自体を防具として扱う事も可能であるが、装飾のため肉抜きされており、強度は下がっている。過信はしないように。
サファイアを魔法の発動媒体にする事で、水属性魔法の属性ダメージの威力を上げる。
まぁ、水属性魔法でない為、威力はアップしていないが、倒せたので問題無し。
その一方、ソフィアリーセは自前の銀扇を広げて、魔法を撃っていた。広げた羽一枚ずつに4種類の宝石が着けられており、使いたい属性の羽にだけ魔力を流し、威力アップの恩恵を得るらしい。
【武具】【名称:四重宝の銀扇】【レア度:C】
・4枚の銀板に4種類の宝石(ルビー、サファイア、エメラルド、タイガーアイ)を、それぞれ施し束ねた扇。初級属性魔法を発動する際、対応する宝石を発動媒体にすることで、属性ダメージの威力を上げる。
また、過度な装飾と共に、軽量化の肉抜きも多分に施されているので、強度は弱い。その為、非力な女性でも扱えるが、武器としての強度は無い。
・付与スキル〈知力増加 中〉
初めて会った時にも使っていた扇であるが、改めて〈詳細鑑定〉させてもらった。うん、宝石4つに付与スキル付きとか、豪華過ぎる。流石は伯爵令嬢といったところか。
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