第502話 平民と貴族の意識差と、黒刀

 あらすじ:ルティルトさんのステータスを見たら、怒られた。


 俺には、何故怒られたのか理解出来なかった。他のメンバーは特に問題にしていないのに、ルティルトさんだけNGな理由が思い浮かばなかったのだ。

 取り敢えず、お嬢様仲間なソフィアリーセなら理解しているのかな?と思い、目線を向けると、苦笑しながらも頷き返してくれた。そして、先程契約した書類を捲り、一番後ろのページの一箇所を指してルティルトさんに見せる。


「ルティ、駄目じゃない。契約書は全部読まないと。わたくしは、読んだ上で契約しましたのよ?」

「なっ!……後ろの方に、小さく書いてある?!

 ソフィ、貴女は良いのでしょうけど、私には婚約者が他に居るのよ。家族や結婚相手以外にステータスを見せるなんて……」


 解説してくれるのかと思いきや、揶揄い始めた。いや、矛先を逸らしてくれたんだろうけど。


 ……そんなに大した情報は、載っていないと思うんだけど?

 俺が雑談で話したように、ステータスの成長傾向が分かるだけだからな。(他人のステータスや、取得済みジョブを確認するには〈パーティージョブ設定〉の力が必要)

 スリーサイズや身長体重でも載っているなら、お怒りは分かるのだが、残念ながら無い。


 仕方が無いので、同じく苦笑していたレスミアに助けを求めた。目線で以心伝心は難しいので、ちゃんと言葉にして質問する。すると、合点が言ったように教えてくれた。


「あはは、大した話ではありませんよ。教会で結婚式を上げる際、新郎新婦がステータスを見せ合って、本人確認をするだけですから。

 あ、私は初めてパーティーを組む時から、ザックス様に惹かれていたので、ステータスは見られても良いと思っていました」


 また、俺の知らなかった常識のようだ。此方に来て4ヶ月、順応したと思ったが、まだ知らない風習があったみたいだな。

 レスミアと初めてパーティーを組んだのは覚えている……ああ、ちょっとだけ、恥ずかしそうにしてて可愛かったな。そう言う意味かよ。


 因みに、ステータスを見る事を伝えているのは、パーティーメンバーだけである。一時的に組んだフノー司祭やテオ達、レベリングの時だけ組む白銀にゃんこメンバーには教えていない。


 ついでに、ベルンヴァルトとフィオーレにも確認を取ると、素っ気なく返された。


「男同士で、気にするもんでもねぇさ」

「アタシも、どうでも良いかな~。て言うか、説明受けたっけ?」

「ああ、契約書には書いてあったけど、読まずに署名してたからなぁ。デザートのお代わりを要求する方が大事だったみたいだ」

「アハハハッ! それはデザート優先に決まってるよ! お菓子、お代わり下さい!」


 領主の館だと言うのに、遠慮の無い奴である。豪胆と言うか、図々しいと言うか。

 取り敢えず、ステータスを見せ合うのは家族だけと言う事は分かったのだが、ルティルトさんが気にしている理由が分からない。

 すると、給仕をしてくれたマルガネーテさんが、新しいケーキを取り分けながら、俺に貴族視点の補足説明をしてくれた。


「貴族は皆、教会での行事を大事にしております。子供が生まれると夫婦神へご報告に行き、その後も節目、節目で教会の行事があります。

 ステータスが関係しているのは、13歳の『ジョブ選定の儀』と『結婚式』でしょうか。どちらも、家族に見せる、家族になる人へ見せるといった特別な行事なのですよ。

 ……平民との意識差が有るとは存じておりましたが、ここまで興味が薄れているとは知りませんでした」


 マルガネーテさんが、チラリとフィオーレに目を向けるが、当人は気にした様子もなく、ケーキをパク付いている。


 ……御免なさい。そいつ『食欲>神様への祈り』だから平民代表にされても困るんですよ。

 どちらかと言うと、多少は気にしていたレスミアの方が一般的っぽい。




「……教会の行事以外で見せては駄目なんて、教義も無いもの。ルティが潔癖過ぎるだけよ」

「……はぁ、もうそれで良いわ。」


 結局、お嬢様同士で話し合った結果、ソフィアリーセが舌戦に勝利した。

 簡単に要約すると、『教会でもなく、結婚式といった行事でもないので、ステータスを見られても問題は無い』

『更に、本当にステータス見ているのか、ザックス本人にしか見えないので証明しようがない』

『この事を喧伝しなければバレようがないので、婚約者にも黙っておけば大丈夫』

 だそうだ。


 ルティルトさんには、説明不足だった事を謝罪し、正式に納得して頂いた。

 ジョブを変更するのに、ステータスを見るのは〈パーティージョブ設定〉の仕様である。出来るだけステータスは見ないとも約束する事で、何とか一件落着した。


 ついでに『良い仕事をした』みたいな笑顔のソフィアリーセにも、お礼を行っておいたのだが……茶々入れされた。


「ザックス、ソフィと口喧嘩する時は、丸め込まれないように気を付けなさい。この子、昔から口だけは回るのよ」

「……人聞き悪い事を言わないで頂戴。

 そう言う事なら……ルティは去年、同級生の男子に言い寄られてね。その時の断り方が……「待ちなさい!それは内緒だって約束したわよね?!」」


 二人は幼馴染なだけあって、これくらいはじゃれ合いの様だ。契約が終わった後は、そのままお茶会で親睦を深めたのだった。





 〈詳細鑑定〉のブラックカードも作り終わり、家までゴーレム馬車で送ってもらうと、既に夕方近くなっていた。


 遅くなったが、まだ5の鐘には間に合う。俺とレスミアは二人で、フェッツラーミナ工房へ急いだ。

 レスミアは複合ジョブどうするか、まだ迷っているけれど、女性向きの刀が作れるか聞きに行くらしい。後、マイ包丁の手入れだな。やっぱり本職の研ぎは、仕上がりが違うらしい。


 日が傾き初めているので、二人で寄り添い、腕を組んで先を急ぐ。その手にはダイヤモンドの指輪が光っている。今朝プレゼントしてから、訓練の時以外は付けっぱなしなので、余程気に入ってくれたようだ。時折、光に翳しては、うっとりしているからな。

 うん、見るからに舞い上がっている。取り敢えず、歩きながらは危ないと注意しつつ、エスコートした。


 そして、目的地であるフェッツラーミナ工房の近くまで来た時、漸く異変に気が付いた。


「あれ? 煙突が無くなっているよな?」

「ですよねぇ? モクモクと煙を上げているのがあった筈です」


 工房の上に突き出た煙突が目印だったのに、跡形も無い。2人して周囲を確認するが、他は見覚えがある通り。そもそも、貴族街の勝手口から、通りを真っ直ぐ進むだけなので、間違える筈もない。


 フェッツラーミナ工房へ到着したところ、通り側の販売用店舗は変わらず残っていた。扉には『営業中』の札も掛かっていたので、そのまま入店すると、中では女将さんのラーミナさんが箒で掃き掃除をしていた。特に変わりなく元気そうである。


「いらっしゃい! あら、ザックスとレスミアちゃんじゃない。白銀にゃんこのオーナーさん自ら来てくれるなんて……ああ、以前発注した刀の催促かい?」

「ええ、そんなところです。あと、ついでに何ですけど、工房にあった煙突はどうしたんです? 影も形もないので、驚いたんですが……」

「あっはっはっ! 何言ってんだい、アンタが手配したってフォルコから聞いているよ!」


 何事かと思いきや、剣客に必要な刀匠……刀鍛冶として上に報告し、公的資金が投入された結果の様だ。エディング伯爵からは刀の研究、及び量産化への資金援助と材料金属の融通。そして、王族からはミスリル炉と最新の排煙循環装置が贈られ、ついでに技術共有の為の鍛冶師が、3人送り込まれたそうだ。


「ウチの旦那も、役人さんに『俺の工房に余計な口出しするな!』って、突っぱねたんだけどね。次に来たのが、なんと王様からの使者だったんだよ!

 領主様だって遠目に見た事がある程度なのに、更にその上、貴族の親玉からの命令だったんだからね。アタシは腰抜かすくらいに驚いたよ!

 それでようやく、ウチの旦那も渋々受け入れたって訳さ」


 ……危惧していた通り、頑固職人みたいな対応だったよ。


 詳しく聞いたところ、工房にミスリル炉を入れる為、3日間の改装工事をして一新されたそうだ。

 先ずは新型のミスリル炉、地面から魔力を吸い上げて、薪などの燃料無しで加熱する優れ物。そして、従来の炉(ウーツ鋼までの金属対応)には新型の排煙循環装置が着けられた。これは、炉から出る煙や排熱を分解し、火晶石へ作り変える優れ物。出来た火晶石は燃料に使えるので無駄がない。

 ついでに、排熱循環装置を取り付けるのに邪魔だからと、煙突は解体されたそうだ。


「アタシは煙突が無くなるなんて、ちょっと寂しかったのだけどねぇ……ウチの旦那ときたら、手の平を返したように、新しい炉に夢中さ。ミスリル炉の使い方を王都の鍛冶師に教わり、お返しにウチの炉で刀の作り方を伝授するってね。

もー全員揃って、1日中工房に籠もるくらい鍛冶馬鹿なんだから、世話すんのも大変だよ!」


 そう言いながらも、楽しそうに笑うラーミナさんだった。


 暫く苦労話?を聞いた後、工房主であるリウスさんが呼ばれて出てきた。トカゲ顔なので表情は分かり難いが、雰囲気は楽しそうである。「作業中なので、余り時間は取れんぞ」と前置きがあったのも、現在進行形でお弟子さんが刀を作成中だそうだ。奥の扉を開けた時、相槌の音が聞こえたので、間違いはない。


「ウム、ザックスよ。色々文句ヲ言いたい時もアッタガ、ミスリル炉は悪くナイ。感謝する。イズレ、ミスリル製の刀を作ってヤロウゾ」

「それは頼もしい。今は42層ですけど、51層を越えたらミスリル鉱石を取ってくるので、お願いしますね」

「……試作品をくれてヤルと言ったンダ、キヅケ!」


 怒られてしまった。怒られついでに、今日の用事も話しておく。折れた刀の修繕と、追加の刀の調達だ。少しドキドキしながらも、折れた刀を渡す。

 リウスさんは刀を引き抜くと、目を細めて折れた部分を観察した。無論、折れた破片の方もだ。ただ、折れた経緯を話し始めたら、問答無用で拳骨を落とされた。HPがギリギリ減らない程度ではあるが、痛いものは痛い。ミスリルフルプレートを着たまま来た方がよかったか?


「大馬鹿もんガッ! 折れヤスイ刀で、ミスリルの大盾に挑むナンゾ、武器を壊しに行くのとオナジダ! 武器がカワイソウだろうガ!」

「イツツ……すみません。魔剣術で保護しているから大丈夫だと思ったんですよ。ただ、まだ魔法の保護が効いている上から、〈ブレイクシールド〉なんて武器破壊のスキルで一気に折られてしまいました」

「ムッ……あの武器折りのスキルか。ソレハ相手が悪かっタナ。鍛冶師からスルと、天敵ダ。

 それに、王都の鍛冶師カラ、剣客や魔法戦士の話ハ聞いてイル。鉄では、足りヌか……仕方ない、少し待っテロ」


 リウスさんは、折れた刀をカウンターに置き、奥の工房へ入って行った。そして、布に包まれた棒状の物を持って戻って来る。カウンターに広げられた布から出て来たのは、ベタ塗したかのように真っ黒な刀身だった。いや、よく見ると光の加減で黒の濃淡が浮き上がり、波紋や刃筋がうっすらと見える。


「前に注文された、黒魔鉄製の刀ダ。普通の鉄と性質が似ているセイカ、存外早く出来タ。ウーツ鋼はまダダ。ミスリル鋼共々、時間が掛カル」


 なんと、もう新型の刀が出来たそうだ。ブラックメタリックな刀身は、中二っぽさもあるが格好良い。リウスさんは折れた刀を分解し、刀身を分離させると、黒魔鉄製の刀身と付け替えた。形状、寸法自体は前と同じらしく、鞘にもカチンッと音を立てて納刀される。



【武具】【名称:耐火の黒刀】【レア度:C】

・黒魔鉄製でありながらも、独自の製法で黒鋼へと鍛えられた刀。特殊な構造をしており、非常に折れ難い特徴を備えているが、下手に扱うと刃が欠けやすいので注意が必要。魔力を流すことで少し切れ味が強化され、ウーツ鋼製防具すら両断するだろう。また、柄に巻かれた魔物素材の糸により、多少の耐火性能を備えている。

・付与スキル〈火属性耐性 小〉



 ……パワーアップしている?!

 魔力が流しやすいだけと想像していたが、『切れ味強化』で『ウーツ鋼も両断』するとか、良い意味で予想を裏切ってくれた。柄は流用しているので、付与スキルも引き継いでいるようだ。

 これなら、ウーツ鋼やミスリル鋼で作った刀は、更に強くなると期待が出来るかもな。



 この他に、普通の鉄刀も2本購入する事が出来た。

 それは、王都の鍛冶師が刀の製法を習得する為、日夜励んでいるお陰だ。出来の良い物は王都に送る為、柄や鞘まで作っているらしい。ただし、まだ修練中なので、全部鉄刀だけどな。

 王都向けなだけあって、鞘にまで装飾が施されている。どうやら、王都の鍛冶師の中に、装飾が得意な人が居たらしい。王族向けとして送るのなら、最低限の装飾は必須だそうだ。


 その内の2本を融通して貰ったのだった。特にレスミア用に、少し短めの物もゲット。これで明日はレベリングだけでなく、剣客ジョブにもチャレンジさせてあげられるかも?

 まぁ、時間があればだけど。50層に到達する前には暇を見つけて、複合ジョブをゲットさせておきたいものだ。

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