第499話 ネクロドッペルミラーの浄化
ネクロドッペルミラーの詳細に付いて、周囲の者に話した。死者の幻影を纏うという説明に、皆がドン引きしたように、呻き声を漏らす。
そんな中、ケイロトス様だけは、合点がいったかのように、腕組をしていた手で顎を撫で付けた。
「犯罪者共が外壁を乗り越えて来たのかと思とったが、ステータスの偽装とはな……現神族め、厄介な魔道具を作りおる」
それと言うのも、平民街と貴族街を繋ぐ門には、犯罪者検知の結界が施されており、赤字灰色ネームは通る事は出来ない。
その為、犯罪者の侵入経路は、外壁を乗り越えるか、穴を掘るかである。3階建ての建物よりも高い外壁であり、普通ならかなり困難であるが、魔法やスキルがある世界なので、乗り越える事も出来なくはない。俺が知っているだけでも、闇猫の〈猫体機動〉、ニンジャの〈壁天走り〉、天狗族の空を飛ぶスキルとかだ。
ただし、街を守る第2騎士団が、外壁上も立哨や警備巡回しているので、簡単に通れるものでも無い。
そして、アホボンが身に着けていた欺きネックレスならば、犯罪者検知の結界を通り抜けられるのは実証済み。何故なら、他領から転移ゲートを使って移動して来た場合、その出口は平民街側にあるからである。つまり、中央門は通って来ているのだ。
「そう言えば、アホ……フオルペルクが身に着けていた欺きのネックレスは、コイツのアイテムボックスに格納されたままなんです。何とか回収したいところですね」
俺は〈詳細鑑定〉を見た時から、ずっと使命感の様なものを感じていた。特にネクロドッペルミラーは存在してはいけない……何と言うか、雪女アルラウネを見た時に抱いた気持ちと同じである。
ただ、俺は他人のアイテムボックスに、干渉する術は知らない。
敢えて言うなら、術者が死亡した後、中身が周囲にバラ撒かれるってのは、習った覚えがある。実地では見たこと無いけど。
方法が無いなら、尋問の後に処刑して押収するのだろうか?
そんな懸念を話すと、ケイロトス様がカラカラと笑った。
「ハッハッハッ! それならば、心配要らぬ。騎士が覚えるスキルで、無理矢理取り出す事が出来るのだ。
どれ、魔封じの枷が届いたら、見せてやろう」
なんでも、捕縛した犯罪者のアイテムボックスを
程なくして、他の騎士団員(犯罪者連行役)と執事さん(アイテムボックス役)が到着した。
氷壁に囚われた状態のバルギッシュ(気絶中)からは、取れる範囲で武装解除はしてある。そして、氷壁を解除してから身ぐるみを剥ぎ、後手で手錠のような魔封じの枷が着けられた。
【アクセサリー】【名称:魔封じの枷】【レア度:B】
・ミスリル製の手錠。物理的な自由を奪う為だけでなく、魔力的な自由も奪う。特殊なスキルが付与されており、装備者は魔封じの状態異常が科せられる。
・付与スキル〈罪科の縛呪印〉
・〈罪科の縛呪印〉:装備者自身を魔封の状態異常にし、過去に犯した罪の重さによりステータスをダウンさせる。魔物には効果は無い。
中々面白いスキルの様だ。ケイロトス様に詳しく聞いてみたところ、窃盗程度の犯罪ならば、筋力値や敏捷値などのステータスが下がり、身体が重く感じる程度。それが赤字ネームになると、全ステータスが大幅に下がり、動くのも困難になる程らしい。ついでに、魔封の状態異常になれば、体内の魔力を動かせず、魔法やスキルが使えなくなるので、捕縛には打って付けの魔道具だと言える。
「これくらい拘束しておけば良いだろう。
……では、見ておれ〈御用改め〉!」
ケイロトス様は、捕縛したバルギッシュの心臓辺りに手を当てると、スキルを発動させた。
なんか、騎士と言うよりも、江戸時代の与力とか岡っ引きが使いそうなスキル名だ。いや、アレも警察組織なので、間違ってはいないけど……何故に和洋折衷なんだ?
それは兎も角、手を当てている所に黒い四角、アイテムボックスが開かれた。そして、黒枠に手が沈み込んでいく。端から見ると、心霊手術で心臓を取り出そうとしているかのようだ。無論、手を入れているのはアイテムボックスなんだろうけど。
黒枠内に手首まで入ったくらいで、バルギッシュが目を覚まして悲鳴を上げ始めた。
「ガハッ! ぐがっががっがああああ!」
……本当に心臓を抉り出そうとしてないよね?
ちょっと心配になる程の、悲鳴だ。
後で聞いた話であるが、アイテムボックスから無理矢理取り出すのは、かなり痛みを伴うそうだ。それこそ、腹の中を素手で掻き回されるくらいらしい。ゾッとする話である。
そして、黒枠の中から手が引き抜かれると、栓が抜かれたシャンパンように、中身が溢れ出てきた。
食料品や武器、煙玉のような魔道具だけでなく、着替え等の生活用品っぽいのまで出て来る。人の事は言えないが、雑多に詰め込んでいたのだろう。便利なのでしょうがないが。
そんな中から、目当てのネックレスを見付けて拾い上げる。〈詳細鑑定〉で本物を確認してから、ケイロトス様へ渡しておく。これも実物を見てもらった方が早いからな。
残りの雑多な物は、執事さんがアイテムボックスに押収して行った。俺も、他にも似た種類の魔道具がないか、怪しい物に〈詳細鑑定〉を掛けておいたのだが……他には見当たらない。
アイテムボックスの中身は全て押収され、息も絶え絶えなバルギッシュが馬に荷物の様にして乗せられた。しかし、顔だけはこちらを向けて、忌々しそうに脅しを掛けてくる。
「物の価値も分からん劣等種族共め。それは支配者たる我らの物だ。奪われたと上が知れば、外交問題になるぞ」
「赤字の犯罪者が何をほざく!
その上とやらの情報、吐いてもらうぞ……収監しておけ!」
「「「ハッ!」」」
ケイロトス様の一喝で、バルギッシュは地下牢へと連れて行かれた。
色々とゴタ付いたせいで帰る訳にも行かず、そのまま伯爵邸にて昼食を頂き、午後の会議へと出席する事に相成った。
議題は主に、貴族街への犯罪者侵入に付いてである。ケイロトス様は尋問への立ち会いに行っているが、街を守る第2騎士団のシュトラーフ団長が呼ばれ、状況説明から議論が交わされていた。
ん? アホボンの処遇?
それならば早々に、エディング伯爵判断で上に投げる事になっている。
灰色ネームなので処刑しても問題無いのだが、マークリュグナー公爵から苦情が入り、敵対する事になるのは想像に固くない。かといって、犯罪者としてマークリュグナー公爵に引き渡せば、保釈金等が得られるものの、向こうで無罪放免になるだろう。またソフィアリーセを狙ってくる可能性を考えたら、NGである。
その為、王都で行われる新年会議において、現神族とマークリュグナー公爵の癒着を示す証人とする事になった。公爵と現神族の影響力を削いでいる王族にとっても、良い手札に成るだろう。
なので、アイツは新年まで、牢屋の豚箱暮らしである。
そんな事よりも問題なのは、年末年始の祭りを控えて人通りが増えている事だ。周辺の町や、転移ゲートを使った遠方からも観光客が来ているので、この時期は特に人が増えるらしい。
「簡易ステータスを偽装されていては、発見出来なかったのも道理か……祭りの準備で忙しくなる故、以前の赤字ネーム警戒を打ち切った矢先であるが、対処せぬ訳にも行きますまい。
エディング様、第2騎士団は街道調査を停止し、更に周辺の町村から余剰人員を領都に集めましょう。同じく第1、第3騎士団からも警備に人員を出すよう要請します」
「うむ、既に第1騎士団は護衛騎士を除き、全員が祭り準備と警備に駆り出しておる。第3は……安定している管理ダンジョンならば、1週間程人員を減らしても大丈夫であろう。
おい、候補を絞り出しておけ」
「畏まりました」
シュトラーフ団長とエディング伯爵が、人員確保の話し合いを続ける。指示を受けた文官達が、慌ただしく動き始めた。
因みに、おさらいではあるが、ヴィントシャフト騎士団の割り振りはこんな感じ。
第1騎士団は、領主一族の護衛騎士、南の外壁の防衛、見習い騎士の育成、予備戦力、砦に出向。
第2騎士団は、各町村の防衛と領地内の治安維持、新規ダンジョンが発生していないか街道調査。
第3騎士団は、ダンジョン討伐と、管理ダンジョンの維持管理、街道の無い遠隔地の調査。
これらの中から、運営出来る人員だけ残し、余剰を全て領都に回すそうだ。それだけに、人殺しの犯罪者である赤字ネームへの警戒度が伺える。
「ザックス、件の賊の名はビガイルで相違ないのだな?
それと、以前の沼地浄化の報告書に書いてあった、このフェアズーフと言う妖人族……いや、現神族は関係していると思うか?」
「〈フェイクエンチャント〉〈詳細鑑定〉!
はい、今日捕らえたバルギッシュも、『ビガイル隊』と呼称していたので、間違いないと思います。ついでに、耳も尖っていなかったので、姿を変えている可能性も大きいでしょう。
ただ、もう一人のフェアズーフは判断が付きません。偉そうな態度の奴でしたが、赤字ネームではありませんでした……あ、でも、バルギッシュが変装していたルビーの宝石髪の乙女を馬車に乗せていたので、怪しいと言えば怪しいですね。関係者ではあるかと……〈フェイクエンチャント〉〈詳細鑑定〉!」※内職以下略
そういえば、報告書には妖人族と記載したのに、エディング伯爵達は現神族だと分かっていたようだ。俺も、事前に知っていれば、もうちょい警戒して対応出来たのかも……ルビーの宝石髪の乙女を、助けられたかも知れな……いや、サードクラスのフルパーティー相手に、お荷物(初対面なうえ低レベルのフィオーレ)を抱えた俺1人では、勝ち目は薄いか。
IFを考えたところで、しょうがない。そんな考えを巡らせながら内職続けていると、エディング伯爵が完成しているブラックカードを指差した。
「……あの鏡の魔道具を使ったとなると、楽観視出来んな。最低でも10名程度は入り込んでいると、仮定して警戒に当たる。
ザックス、〈詳細鑑定〉のブラックカードはどれくらい作れそうだ?」
「夕方までに300枚程です。夜の空いている時間でも作っておきますので、計600枚は作れるかと……夜の分は明日にでも届けさせます」
「うむ、頼んだぞ。そこの白紙のブラックカードは、其方が預かっておいてくれ。今後、もし〈プラズマブラスト〉や〈燃焼身体強化〉が当たった場合、それに施すように」
売った〈プラズマブラスト〉の銀カードの枚数が少なかったせいか、催促を受けてしまった。ついでに言うと、俺の横に置かれた大型の木箱には、白紙のブラックカードが満載されている。なんでも、トルートライザ夫人の指示で量産されていたらしい。次に〈燃焼身体強化〉が当たった時には、これで量産するように、手紙が添えてあった程だ。
似た者夫婦なのかね。
それからも会議は続いた。〈詳細鑑定〉のカードを何処に配布するのか? 門番や巡回の騎士だけでなく、祭りの準備をしている者にも貸与して、怪しい者が居たら調べさせる等など。
配布先が決まる毎に、俺の作ったカードを持って、文官達が配達と説明に出掛けて行った。
そんな折、大きな足音を立てて、会議室に入って来る人が居た。それは、尋問に行っていたケイロトス様であるが、かなり不機嫌そうな顔をしている。恐らく、碌でも無い証言があったに違いない。
ズンズンとエディング伯爵の所にまで行くと、テーブルの上に置いてあったネクロドッペルミラーを手に取り、そのまま振り上げて、叩きつけようとした。
「お待ち下さい父上! それは貴重な証拠品ですぞ!」
「止めるな、エディング!
こんな物は存在しては駄目なのだ!!」
エディング伯爵と護衛騎士の2人掛かりで、ケイロトス様の行動を押し止めた。一応、王族にも報告する際の、証拠品と話していたからな。
ただし、それでもケイロトス様は破壊を優先したいようだ。一体、尋問で何を聞いてきたのやら……死体が絡んでいる辺り、碌でも無い事実なのだろう。
俺としては、大いに便乗できる状況だ。会議中は我慢していたが、やっぱりネクロドッペルミラー破壊しておいた方が良い。
「エディング伯爵、私も破壊に賛成です。王族に見せる証拠品ならば、欺きのネックレスでも十分でしょう?
万が一、敵が奪還しに来て、新たな犠牲者が出るより、破壊してしまった方が良いと思います。
……〈詳細鑑定〉のカード作成代金と、賊の正体を見破り、追い詰めた貢献として、私に鏡の破壊許可を頂きたく、進言致します」
「おお、ザックス、良く言った!
エディングも良く聞け。この鏡の醜悪な使い方を」
ケイロトス様が聞き出した内容を話してくれたのだが、グロいので大幅に割愛する。
簡単に纏めると、鏡を使用する度に新鮮な死体が一つ要る。そして、同じ死体は他の鏡には流用できないので、枚数分だけ死体も必要。見た目も写すので、なるだけ綺麗な服で新鮮な方が良い。
ただ、バルギッシュから聞きだせたのは、これだけ。他の目的や、仲間の話になるとダンマリするらしい。
それに対し、アホボンは命乞いをしてべらべら喋ったそうだ。
ルビーの宝石髪の乙女は、マークリュグナー領のとある町の魔道具店の娘であった。見目の良さからアホボンが気に入り、ナンパしたのだが失敗。腹いせに、裏から手を回して魔道具店を経営破綻に追いやり、借金の肩として娘を召し上げた。
半年ほど弄んだのだが、反抗的な態度は治らなかったので、馴染の現神族に売ったそうだ……奴隷として。
アホだったのは、秘密裏な売買だった為、自身が直接やり取りした事だろう。人身売買を行ったせいか、簡易ステータスの名前が灰色ネームになったそうだ。
「アホなマークリュグナーはどうでも良いが、鏡は使用する者が居るだけで死者を産む。王都に持って行ったとしても、悪用しようとする者が紛れているかも知れぬ。この場で破壊する。
エディング、よいな?」
「……分かりました。破壊して下さい」
エディング伯爵が、渋々と言った様子で許可を出す。すると、ケイロトス様はバックステップで離れ、人の居ない場所へと移動した。そして、ネクロドッペルミラーを宙に放り投げると、腰に佩いていたミスリルソードを抜刀し、鏡部分を両断した。絨毯の上に、壊れた鏡が音もなく落ちる。抜刀術かと思う程の早業だ。
……これで一件落着……じゃないな。
俺の中の本能が、まだ壊せと言っている。ふむ、何となく理解した。これは、聖盾の付与スキルのように、条件指定がされているな。
それを真似て、ジョブを変更、久しぶりに村の英雄をセットした。
……成る程、英雄としての仕事みたいなもんか?
理屈ではなく、本能で理解した。特殊アビリティ設定を更に変更し、聖剣クラウソラスを取り出す。
「すみません、念には念を入れ、俺も破壊させてもらいます」
エディング伯爵にそう告げると、頷き返された。許可を得たので、割れた鏡を拾い上げ、人の居ない場所へ放り投げる。
そして、抜刀斬りにて、4分割にした。薄いミスリル製の鏡であるが、切った感触も殆ど無く断ち切れた……どうやら、何でも豆腐の如く切り裂く聖剣は、ミスリル製であっても同じようだ。
絨毯の上に破片が落ちる……それらは、聖剣が触れた断面から霧散して行く。いや、ダンジョンよく見るマナの霧ではなく、真っ黒な霧だ。
それは、モクモクと立ち昇り、2mくらいの高さで丸く集まっていく。徐々に凝縮する様に、真ん中へ集まって……邪気を感じた瞬間、スキルで両断した。
「〈ブレイブスラッシュ〉!」
閃光を纏った聖剣が、闇を斬り裂いた。
闇が反転し、浄化されたように清浄な白い光へと代わる。
それは、今度こそ一点へと凝縮され、小さな粒へと変じ、絨毯へと落下した。
……これで良し!
テーブルの上には欺きのネックレスがあるので、微弱には感じるがネクロドッペルミラー程ではない。脅威は去った。
絨毯の上に落ちた、虹色の粒を拾い上げる。直径1mm程度の大きさでありながら、神聖な雰囲気すら漂う一品だ。
【元素】【名称:魂魄結晶の粒】【レア度:S】
・龍脈の歪みを浄化した後に出来る結晶体。偏りの無い純粋なマナの塊であり、精霊や天使といった上位存在のエネルギー源にもなる。ただし、高密度に圧縮されている為、定命の者に扱える代物ではない。
……なんか、物凄いレア物になったぞ!
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