第498話 暗殺者の正体
ルビー色の宝石髪の乙女は、鎖を外そうと手を伸ばしながら忌々し気に吐き捨てた。
「鎖だと?! 槍も使わずに鎖などを使うとは……貴様、軽戦士か騎士ではなかったのか!」
どうやら、プラズマランスを捨てたのが意外だったらしい。姿を消した状態で情報収集でもしていたのだろうか? ついでに口が悪い。鈴を転がすような声なのに勿体ない。まぁ、女性騎士……ルティルトさんも男に嘗められないよう、男口調で話すことは多いので、元々騎士なのだろう。何故、娼婦のような格好で隠れていたのかは疑問だが。
チタンチェーンは、〈念意操鎖〉の効果で蛇が獲物を締め上げるが如く固めているので、余程の力でなければ剥がす事は出来ない。
ルビーの乙女は、鎖に手を掛けたものの、抜け出せない事を悟ったのかミスリルダガーを構える。そして、巻き付いた鎖を断ち切り始めた。
血に塗れたミスリルダガーが見えたお陰で、俺は彼女を敵だと再認識する。しかし、アホボンを殺し掛けている辺り、立ち位置が見えない。愛人か部下か知らないが、痴情の縺れだとしても、欺きのネックレスを奪う理由が分からない。
分からない時は、情報収集! 〈詳細鑑定〉!
【妖人族】【名称:バルギッシュ、52歳】【基礎Lv60、DダイバーLv60】(赤字ネームのため攻撃可)
……??52歳?! いや、見た目は20歳前後のお姉さんなのに?!
いや、そう言えば、以前に会った妖人族も見た目詐欺だった。耳が尖っているのも(街道で会ったフェアズーフ)、尖っていないのも居た(白銀にゃんこのクレーマー、ビガイル)ので、同じ種族でもバラツキがあるのかも知れない。
そして、赤字ネーム、これで完全に逃がす訳には行かなくなった。ただ、疑問点は晴れていない。更なる情報収集の為、足元へ〈ストーンウオール〉を使った。
石壁の上でポーズを決めて名乗りを上げ、眼下のルビーの乙女に指を突き付けた。
「俺は35の顔を持つ万能騎士にして、ソフィアリーセの婚約者ザックスなり!
さあっ! お前の所属と目的を答えよ!」
「何のつもり……俺の名はバルギッシュ!
……ん? 妖人族じゃなく、現神族?
しかも、他国の軍人が作戦行動中って……
情報は増えたが、疑問点まで増えてしまった。取り敢えず、赤字ネームではあるが、他国の軍人なので殺さず捕縛するのが最善だろう。
しかし、秘密を暴露された方は溜まったものではない。怒気を露わにして、ミスリルダガーを投擲してくる。
「……貴様!一体何をした! 所属を知られたからには生かしてはおけん!」
飛んでくるダガーをサイドステップで躱し、石壁の上から降りる。その間にバルギッシュは、チタンチェーンを破壊して立ち上がっていた。更にアイテムボックスの黒い四角から、弓を取り出し、矢も無しに引き絞る。その弓には半透明な魔力矢が生成された。雪山でも見た魔弓術である。
……距離が中途半端だ。1射目を避ければ接近出来る!
〈ボンナバン〉で跳んだところを撃たれるのも不味い。ミスリルフルプレート装備だけど、サードクラスのスキル相手に過信は出来ない。
矢を躱すか防御してから、踏み込んで格闘戦に持ち込む。捕縛なら、関節技や絞め技を狙うのが良いだろう。いや、露出の多い女性だからって、ラッキーを狙っている訳じゃないぞ。
ファイティングポーズを取り、いつでもガード出来るようにしながら前に出る。すると、相対するバルギッシュは、弓を構えたままバックステップを踏む。接近戦を嫌がっているのかと思えば、少しだけ弓を斜め上に向けて、スキルを発動させた。
「〈影縫い〉!」
……影を狙わないと意味が無いのに、何で上?
頭上を魔力矢が飛んでいく。意図は分からないが、外したのなら好都合。
顔を守る為、上げていた腕を下げてから〈ボンナバン〉で前に跳ぶ……筈が、不発した。それどころか身体が、動かなくなる。
「な?! 〈影縫い〉なのか?!」
「〈引き撃ち〉も知らぬ若造が! 死ね!〈魔弓術・火龍
バックステップから制動を掛け、スカートをはためかせ石畳を後退るバルギッシュが再度弓を引いた。撃ち放たれた魔力矢が、炎を噴き出し蛇のような火龍へと変ずる。まるでケイロトス様が使っていた〈炎龍破〉だ。多分、耐えられるけど、顔面狙いは不味い。フルフェイスの兜であっても、目の所は空いているのだ。
〈影縫い〉引き剥がそうと、身体の魔力を総動員する。そして、悪足掻きに……
「〈緊急換装・爆炎甲〉!」
大口を空けた火龍が、顔に噛みつく直前に、ブラストナックルの右手でガードする。正に間一髪。しかし、右手首に噛み付いた火龍は、赤い閃光を放ち大爆発を起こした。
次の瞬間には、〈空蝉の術〉で上空へと転移していた。ブラストナックルの〈熱無効〉のお陰で、炎は効かなかったようだが、属性ダメージが発生していたのだろう。ギリギリだったとは言え、詰めが甘い。
眼下に目を向ければ、囮が閃光を放ち、バルギッシュが顔を背けている。目眩ましが効かずとも、上にいる俺には気付いていない。自然落下に任せ、右腕を掲げる。そして、女の剥き出しな首筋、うなじに手刀を叩き込んだ。
所謂、首トンである。殺さずに無力化する方法として、思い付いたので試してみたのだが、アレは漫画表現だったのだろうか?
強めに叩いたにも関わらず、女は驚愕の表情でこちらに顔を向けた。〈着地爆破演出〉で、後ろが爆発せいである。注意を引き付けた事により、無力化出来てはいないと分かり、追撃を仕掛けた。
「〈三日月蹴り〉!」
至近距離で放たれた蹴りのつま先が、ドレスがはだけて露わになった太腿へと突き刺さる。ミスリル製のブーツに、スキルの破壊力が乗った一撃は、骨を砕く感触を残して蹴り飛ばした。地面を転がっていくバルギッシュは、弓を手放していない。女だてらに良いガッツである。
ただ、これで動きは封じた。あの足では立つこともままならないだろう。後は〈影縫い〉辺りで拘束し、騎士団へ引き渡せば良い。後ろから複数の足音、〈敵影表示〉で緑の光点が近付いて来ているからな。
〈影縫い〉用のダガーを準備しながら、近付く。それと同時に、先程得た違和感に付いても考えていた。
それは、細い首筋を叩いた筈なのだが、右手に当たった感触が広かったのである。間違って背中にチョップしたかと思った程だ。
更に太腿の方も、生足を蹴った筈なのだが、感触が硬かったような? いや、俺もブーツ越しなので、確証はないのだが……
その一方、素早く身を起こしたバルギッシュが、片膝立ちで弓を構えた。
「しつこいんだよ!〈ガトリングアロー〉!」
弓から、鏃サイズの魔力矢が連射された。考え事をしていた事と、攻撃に移るまでの速度が早く、サイドステップ1回では避け切れない。
左に跳躍して逃げた先にも、魔力矢が飛んできてミスリルフルプレートの至る所に着弾した。しかし、小さい鏃で貫通できる筈もなく、難なく弾く。胴体から始まった着弾の衝撃は、徐々に上がってきて……顔はアカン!
またもや目を狙われたので、両手でガードしながら、左右にステップを踏んで逃げる。
執拗に顔を狙ってくるので、迂闊にガードを下げられない。ケイロトス様とは違った強さと言うか、女性なのもあって非常にやり難い。
……膝立ちでパンチラするな。俺も男なので、ついつい目線が行ってしまうし、戦闘に集中出来んだろ。
取り敢えず、〈ガトリングアロー〉の防御に徹し、終わり次第〈アクアウオール〉を足元から生やして絡め取ってやろう。ヌルヌルのローション壁に……いかん、思考がエロに寄り過ぎだ。
そんな時、横合いから乱入する影があった。瞬間移動の様な早さで現れた青年騎士は、一刀のもとに弓を切り裂いた。訓練中に何度か話したエディング伯爵の護衛騎士だ。ミスリル製の軽鎧とショートソードを身に着けた軽騎兵である。
「暗殺者相手に、一人で突っ走るんじゃねーぞ!
それと、良い女だからって容赦はするな! 何を仕込んでいるか……言わんこっちゃない!」
弓を破壊されたバルギッシュは、何処からともなく取り出したボールを地面に叩きつける。すると、破裂音と共に弾け、煙を噴き出した。
青年騎士が〈ボンナリエール〉で後退するが、煙はかなり広範囲に広がり飲み込んでいく。それは、俺の居る所まで充満した。
煙に巻かれる直前、フクロトビタケの胞子を連想し、口元を押さえて息を止める。そのうえで、〈無詠唱無充填〉の力で、念じるだけで〈ブリーズ〉で風を巻き起こした。しかし、1回では流し切れない。屋上で風が強い日が多いのに、今日に限って風が吹いていないのも痛い。
このままでは、息が続かない。仕方が無いので、ストレージから銀カードを取り出し、〈敵影表示〉の位置関係を見ながら発動させた。緑色の光点ではあるが、バルギッシュは敵と、念じながら。
「(〈トルネード〉!)」
バルギッシュが居る辺りを中心に、竜巻が出現する。それは、周囲の煙を吸い込んでいった。成功だ。竜巻は中心に向かって、螺旋状に風が吹き上がっていく。以前使った時も、識別機能で風の影響は受けなかったが、風自体は吹き荒れていたので、煙を吹き飛ばすのに使えると思ったんだ。銀カードを使ったのは、威力を弱めたかったからである。
周囲の煙が薄くなって来た頃、背後から馬の走る音が聞こえて来た。そして、昨日散々聞いた頼もしい声が掛けられる。
「無事か、ザックス! 後は任せておけ!」
「ケイロトス様! 殺さず、捕縛を!」
ミスリルスピアを構えたケイロトス様が、駆け抜けて行った。馬は、アホボン達の奴を鹵獲したのか? 恐らく騎士の〈騎乗術の心得〉だろう。あれは、馬と心を通わせられるからである。
「〈アイスウオール〉」
ケイロトス様が手綱を握っている手で、魔法を発動させる。それは、敵の位置よりも奥の方、竜巻の向こう側である。何でそんな所に?と疑問を感じている間に、竜巻の中へ突入した。
馬上から突き出されたミスリルスピアが、バルギッシュの右肩を貫き、そのまま跳ね上げる様に持ち上げる。何時ぞや、ベルンヴァルトが、小角餓鬼相手にやったのと同じだ。
そして、槍に女の身体を吊り下げたまま馬は走り抜け、竜巻を抜ける。そして、その先に作られた氷壁に、槍ごと突き刺し、バルギッシュの身体も壁に叩きつけられた。〈アイスウオール〉の効果で、接触した者を凍らせて、動きを封じるのである。
確して暗殺者バルギッシュは、百舌の早贄の如く、氷壁に囚われたのだった。
俺も合流しようと、動こうとしたのだが、手足が痺れて思うように動かない。どうやら、先程声を出した時に煙を吸ってしまったようだ。視界には麻痺の状態異常を示すアイコンが点灯していた。何故かパーティーメンバーのベルンヴァルトまで麻痺っている。近くまで来ていて巻き込まれたのか?
超広範囲の麻痺煙幕とか、厄介過ぎる。
自分に〈ディスパライズ〉を掛けて、痺れを治した。後ろを見ると数人の騎士とベルンヴァルトが、麻痺っていたので治療する。増援に来て巻き込まれた騎士のようだ。それより後ろでは、動けている人が治療や、後送に対応している。
ベルンヴァルトに手を貸して助け起こすと、愚痴の一つでも言われてしまった。
「全く、見えない暗殺者が居るって、護衛騎士が守りを固めてんのに、ウチのリーダーだけ一人で走って行っちまうんだからよう」
「ああ、ごめん。あのネックレスを見逃す訳には、いかなかったんだ。説明する時間も惜しいくらいにね」
俺達は氷壁の方へと向かった。
途中で麻痺っていた青年騎士を治療し、共にケイロトス様の元に合流する。ここでは、馬が麻痺って座り込んでいた。可哀想なので、〈遠隔設置〉〈ディスパライズ〉で近付かずに治療した。いや、怖いやん。
因みにケイロトス様はピンピンしていた。
「ハッハッハ! レベルが違うのだよ! レベルが!」と自慢気に笑っていたが、麻痺対策の付与スキルでも持っていたのかもしれない。
取り敢えず、血だらけで気絶しているバルギッシュも、〈ファーストエイド〉で血止めはしておいた。死なない程度に、且つ動く元気が無いくらいが良い。
魔封じの枷が届くまでは、俺達で見張りをする。その間に、俺の得た情報や、欺きのネックレスの鑑定結果、バルギッシュのステータス、そして所属に関して情報共有しておく。
「現神族? いや、この女、耳は尖っていないぞ?」
「耳が尖っているのは、妖人族の特徴ではないのですか?」
「ああ、あまり一般的な話ではないが、妖人族とは昔の種族名だな。統一国家時代に種族名を改めた結果が、現神族だと聞く」
青年騎士と俺が、首を捻っていると、ケイロトス様が教えてくれた。噂話で、碌でも無い連中と聞いていた現神族、俺は既に会っていたようだ。
ただ、街中で……白銀にゃんこに来ていたビガイルは、耳は普通だったような?
そんな話をしながらバルギッシュへと目を向けると、おかしなことに気が付いた。出血の位置が、少しズレて滲んでいるのだ。分かり易いのは、青年騎士に斬られていた左腕。剥き出しの腕から出血しているが、まるで布に滲んでいる様に血が広がっているのだ。
「おいっ! この服触れねーぞ?!
……この巨乳もじゃねーか! ペッタンコだぞ?!」
青年騎士が、スカートを触ろうとして、スカる。更に胸に触ろうと手を伸ばすが、巨乳に手の平が食い込んでいた。柔らかくて食い込んだのではなく、幻影の様に貫通して見える。
そこでふと、気が付いた。
ステータス偽装の欺きのネックレスがあるのだから、見た目も偽装出来る魔道具があってもおかしくはない。
その考えを話しながらブラストナックルを外し、素手でバルギッシュの生足に触ってみると……ズボンの感触がした。透明な服がある?!
それからバルギッシュが気絶しているのを良い事に、ボディチェックを行った。
その結果、首元の透明な服を破り、手鏡が付いたネックレスを取り外した。すると、その瞬間、女性の姿が消えていき、黒尽くめの服装の男が出現した。
……ああ、バルギッシュって、男の名前だよなぁ。ついでに、幻のパンチラ喜んでいたのかよ……
男の耳は尖っているので妖人族/現神族に間違いない。見た目は25歳前後の青年に見えるが、〈詳細鑑定〉での年齢は52歳、見た目詐欺の種族である。
そして、暗殺者らしく黒尽くめな服装に、所々硬革が施してある。〈三日月蹴り〉で固かったのは硬革部分だったようだ。
うん、コイツの方が、俺より忍者っぽいな。
そして、極めつけだったのが、取り外した手鏡付きのネックレスだ。
【アクセサリー】【名称:ネクロドッペルミラー】【レア度:B】
・ミスリル製の手鏡が付いたネックレス。外法により龍脈の歪みを利用、システムに干渉する。
※存在してはならない。破壊せよ。
・付与スキル〈死者の鏡像〉、〈ステータス偽装〉
・〈死者の鏡像〉:この手鏡に写した死体の姿を写し取り、身に付けた者を偽装する。取り外すまで、生前の姿で行動できる。
・〈ステータス偽装〉: アクティブスキル。簡易ステータスに表示される内容を、装備者の好きなように変更出来る。
……おい! ルビーの宝石髪の乙女、亡くなったの?!
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