第497話 外壁上の愚者と赤色の……

 アホボンの放った〈プラズマブラスト〉は、紫電を撒き散らしながら直進し、最前列の壁魔法に激突した。中心を外れ、右側を丸く抉り取ると、2枚目、3枚目と打ち抜いて行く。しかし、3枚目の石壁でかなり減衰、4枚目を突破出来ずに止まる。壁魔法から外れた部分のレーザーだけが、抉れた形で直進して、奥に抜けて行くのだった。


……やっぱり弱い。つーか、ちゃんと狙えよ。

 1枚目なんて、それほど離れてないのに……ランク7は識別機能により、標的付近にしか効果が及ばないので、外壁の胸壁を破壊する事無く擦り抜けていったが、下手をしたら誤爆するところだぞ。


 そんな心配をしていると、右腕が引っ張られた。扇子を広げたソフィアリーセが囁いてくる。


「(ねぇ、ザックス、今のって……)」

「(ええ、多分そうです)」


 周囲の人達も、ざわついている。小声で「昨日より細いよな?」とか「ちっさ」なんて聞こえる辺り、気が付いている人は多そうだ。

……怪しいのは、あの扇か? 簡易ステータスの謎も残っているが。


 ただ、アホボンには聞こえていないようで、自慢気に胸を張り、扇子で左の手の平を叩いて音を鳴らす。周囲の注目を集めて気持ちが良いのか、馬鹿笑いを上げた。


「ハッハッハッ! 見たか、この威力!

 撃ちながら薙ぎ払えば、ここに居る全員を殺すのも簡単に出来る。

 さぁ、跪け! 私に逆らった事に対して許しを請うが良い。ソフィアリーセを差し出せば、寛大な心で許すかも知れんぞ!」


 ああ、成る程。ケイロトス様に対しても喧嘩腰だったのは、〈プラズマブラスト〉のお陰か。多分、あの威力で薙ぎ払ったとしても、セカンドクラス以上は殺せないと思う。麻痺が精々か? いや、〈ミラーシールド〉で跳ね返されて終わりだな。


 既に支配者な気分で笑うアホボンに対し、エディング伯爵が振り向いて、俺に目を向けた。何を言われるのかは、既に予想していた。


「ザックス、見せてやれ」

「了解です! 〈緊急換装・雷槍顕現〉!」


 昨日の特殊アビリティをセットしたままだったので、再利用する。ミスリルフルプレートは既に着ているので、右手にプラズマランスが出現した。

 ソフィアリーセには下がるように言い、ルティルトさんに護衛を任せる。そして、魔法陣に充填を始めながら前に出た。


「チッ! 伯爵家に取り入ってミスリル装備を手に入れるなど、生意気な。

 近付くな、無礼者が。平民風情が触れて良い身体ではないのだぞ」

「はいはい、邪魔だから退いてくれ」



 標的の壁を狙うのに邪魔だったので、アホボンを押し退ける。ギャアギャアと五月蝿かったが、プラズマランスを構え魔法陣を見せつけると、絶句したように押し黙る。魔法陣の大きさの違いに気が付いたようだ。


 これで十分。〈無詠唱無充填〉の力を借りて、瞬時に魔法陣を完成させると、オマケも付け加えて発動させた。


「〈魔功の増印〉!〈プラズマブラスト〉!」


 槍の先端の魔法陣に光輪が追加されて、威力アップ。更に、プラズマランスの付与スキル〈雷精霊の加護〉の効果で威力2倍に強化された魔法陣が、目が眩む程の閃光を放つ。俺の身長をも超える極太レーザーが発射され、次々に壁魔法を飲み込んで行った。




 魔法の最中に、今後の展開を予想して、特殊アビリティ設定を変更する。遊び人と、ニンジャに〈詳細鑑定〉も要るな。




 そんな仕込みをしていると、魔法の効果が終了し、レーザーの閃光が収まっていく。後に残されたのは、物理的に残る〈ストーンウオール〉と〈アイスウオール〉の下の方だけ。用意していた7枚全てを消し飛ばしたのだった。


 静寂に包まれる中、勝利宣言代わりに槍を掲げると、周囲から歓声と拍手が巻き起こる。それに気を良くして……ニンジャをセットしているせいか……目立つように上で槍を振り回してから、石突きで地面を叩き、仁王立ちをする。先程のケイロトス様の真似だな。

 そして、口をぽかんと開けたままアホ面を晒している奴に、指を突き付け、貴族っぽく威厳のある……いや、弁護士の如く、証拠を突き付けた。


「今のが本当の〈プラズマブラスト〉だ!

 貴殿のしょぼくれたモノとは別物なのは、一目瞭然!

 したがって、貴殿のレベル65を証明する事は出来ていない!

 大方、魔道……」

「な、何を馬鹿な事を!

 そもそも、レベル40程度の貴様が〈プラズマブラスト〉を語る方が、可笑しいのだ!

 その豪華な槍魔道具なのだろう?! 平民には分不相応だ。私に献上しろ!!」


 酷く動揺したアホボンは、俺の言葉を遮り、無茶苦茶な理論を捲し立てる。そして、最後には手を伸ばして、プラズマランス奪い去ろうとしてきた。


 ……証言ゲット!


 実力行使に出て来るとは予想外だったが、特に問題は無い。寧ろ、こちらの手が届く範囲に来てくれたので、手間が省けたというものだ。

 槍を囮に誘導し、空いた左手で、アホボンの伸ばした腕を打ち払った。


「『豪華な槍も』って、お前も魔道具を使ったと、白状してるじゃねーか!」


 ツッコミをした瞬間、アホボンの動きが止まった。


【スキル】【名称:ツッコミ芸人】【パッシブ】

・相手の行動に対して適切なツッコミを入れると、その行動をキャンセルし、スタンさせる。ただし、無理があるツッコミをしてしまうと、相手の攻撃力をアップさせてしまう。

 少し売れて来たので、1時間に一度発動できる。


 コレが効いたと言う事は、ツッコミ内容が適切だったと言う他ならない。つまり、魔道具を使ったのは確定である。怪しいのは、発動媒体に使っていた扇子かな?

 動きが止まっている間に、扇子を没収して〈詳細鑑定〉を掛ける。



【武具】【名称:雷閃の銀扇】【レア度:D】

・装飾が施された銀板を重ねた扇。主に近接防御に使う武器であり、畳んだ状態で殴りと受け流し、開いた状態で斬撃とバックラー代わりに使えるが、十全に使うには技量が必要。

 ただし、本製品は過度な装飾が施されており、強度は弱い。パーティー等に持ち込める護身武器として使用しよう。

 魔法が付与されており、回数制限があるものの簡易的な魔道具として使える。

・付与スキル〈プラズマブラスト〉【2回】



「やっぱり、〈フェイクエンチャント〉で作られた魔道具の様です」


 薄い銀板を重ねたような扇子を開いてみると、真ん中の1枚に魔法陣が刻まれていた。それを周囲に見せてから、エディング伯爵に〈詳細鑑定〉の銀カードを1枚渡す。


「それは、真なのか?」

「ええ、ご自身で確認して下さい。後は、レベルも本当に65なのか怪しいところですよね……」


 〈フェイクエンチャント〉製の魔法なので、正規の物より少し小さめになる。しかし、それにも関わらず、アホボンは充填に時間が掛かり過ぎな気がしたのだ。

 魔道士に成れば〈充填速度 小アップ〉を覚えるので、あそこまで遅い筈はない。

……アレではまるで低レベルのような……ああ、鑑定してみれば早いか?

 念の為、アホボン自体に〈詳細鑑定〉を掛けてみた。すると、見えたのは燦々たる有り様だった。


「うわぁ……魔法使いレベル15に、灰色ネーム?!

簡易ステータスの偽装をしているじゃないか!」


【人族】【名称:フオルペルク、17歳】【基礎Lv15、魔法使いLv15】 (灰色ネームのため攻撃可)



 以前のレベルから変わっていないどころか、犯罪者落ちしていたのだ。直ぐ様、ケイロトス様とソフィアリーセにも銀カードを渡し、確認してもらう。鑑定スキルは自分にしか見えない。俺一人では、嘘だと言い逃れされてしまう可能性があるが、権力者を複数人巻き込めば問題無い。


 事態を把握したエディング伯爵は、迅速に捕縛指示を出した。


「フオルペルクよ、其方を偽証罪、詐欺未遂及び、その灰色ネームの犯罪に付いて取り調べを行う。護衛も含めて、捕縛せよ!」

「あああ、絶対にバレないって言ってたのに!?」

「待ってくれ、俺は何も知らん! 金で雇われただけで……」


 護衛騎士2名は逃げようとしたところを、ヴィントシャフトの騎士に取り押さえられた。

 肝心のアホボンは、魔力を封じる手枷を付けられたところで〈ツッコミ芸人〉の効果が切れて喚き始める。


「エディング伯爵、これは冤罪だ! そこの平民が私を陥れたに違いない!」

「私も〈詳細鑑定〉で確認済みだ。

 分不相応なレベリングならば、学園の退学で済む話であるが、簡易ステータスを偽るとは、世界を創り給うた夫婦神への背信行為である。恥をしれ!」

「なっ、違……私は騙されただけなのだ!」


 往生際悪く、自己弁護とも呼べない言葉を繰り返す。

 俺はとしては正直、聞くに耐えないので聞き流し、アホボンの身に着けている物に〈詳細鑑定〉を掛けて調べていた。恐らく、偽装用の魔道具がある筈なのだ。


「ソフィアリーセ! 大体、貴様のせいでもあるのだぞ!

 公爵である私の誘いを悉く断りやがって! 素直に俺の女になっていれば、甘い夢だけ見せて、使い捨ててやったものを!」

「なっ! 女性をなんだと思っているのですか!」

「厚顔無恥にも程があるだろ、〈ダーツスロー〉!」


 流石にソフィアリーセを悪く言うのには耐えられず、〈ダーツスロー〉で口封じをした。ついでに、ウーツ鋼の釘も地面の影に刺して〈影縫い〉しておく。多目に魔力を込めて影に刺したので、レベル差も含めて簡単には解除出来ないだろう。

 ソフィアリーセを背中に隠すように移動してから、エディング伯爵に提案する。


「これ以上の尋問は、女性の居ない所で、騎士団に任せた方が良いと思います。

 それと、目に見える場所のアクセサリーや服を〈詳細鑑定〉しましたが、偽装の魔道具は見付かっていません。ボディチェックを提案します」

「うむ、その提案を受け入れよう。

 其方を婚約者に選んだソフィは、男を見る目があったようだ。この愚か者が身内にならず、ホッとしたぞ。

 よし、騎士団本部の地下牢へ連れて行け!」


 肩を叩かれて、労いの言葉を掛けられたが、比較対象がアレでは素直に喜べない。同じ貴族の子弟でも、義弟であるアルトノート君の方が、分別がありそうだからなぁ。


 縄で拘束された護衛2人が、ヴィントシャフト騎士に連れて行かれる。そして、アホボンにも縄が掛けられる……その時、騎士が縄を取り落として、驚きの声を上げた。


「おい、どうした? 早く拾えよ」

「い、いや、急に縄が切れて落ち……うぉっ! 血、血がっ!」


 その状況は、俺も見ていたのだが、意味が分からなかった。騎士が縄を取り落としたと思ったら、アホボンが胸から血を吹き出したのだ。喉の下辺りから、縦に切り裂かれたように服が破れ、その下からは血が溢れ出ている。


 一瞬、義憤に駆られた騎士が強行に及んだかと思ったが、違う。一番近くの騎士が驚いてオタオタしているからだ。

 灰色ネームなので、死んでも構わないのだが、情報源が無くなるのは困る。状況は分からないし、不本意ではあるが、〈無詠唱無充填〉の力を借りて、〈ヒール〉を掛けた。多分、応急処置にはなる。


 回復の奇跡の光が舞い踊り、出血の勢いが弱くなる……その時、アホボンの首元から、ネックレスが宙に浮かんだ。服の下からひとりでに抜け、ススーっと空中を移動し始めたのだ。取り敢えず、それに〈詳細鑑定〉を掛ける。



【アクセサリー】【名称:欺きのネックレス】【レア度:B】

・ミスリル製のネックレス。外法により龍脈の歪みを利用、システムに干渉する。

 ※存在してはならない。破壊せよ。

・付与スキル〈ステータス偽装〉


・〈ステータス偽装〉: アクティブスキル。簡易ステータスに表示される内容を、装備者の好きなように変更出来る。



……何だコレ???

 予想外過ぎる内容に、二度見してしまう。破壊しろ?

 しかし、悠長に見ている暇はなかった。欺きのネックレスが飛んで行く先に居た騎士達が、倒れ始めたのだ。


「な、なんだコレは……ぐおっ!」

「……くっ、足を斬られた!」

「誰か〈潜伏迷彩〉で隠れて居るぞ!」


 その言葉で、ようやく合点がいった。

 〈敵影表示〉には赤い光点が一つ……これは位置からして、欺きのネックレスを取られたアホボン(灰色ネーム)である。そして、欺きのネックレスが飛んで行く位置には、小さな緑色の光点が表示されていた。


 恐らく、欺きのネックレスは〈敵影表示〉すら、誤魔化せる。そして、小さい光点と言えば、かまくらに隠れるペンギン……姿を隠した奴を〈第六感の冴え〉で見破った状態。

 つまり、ステータス偽装した敵が隠れているのだ!


 〈敵影表示〉には緑色の光点ばかりだったので、完全に油断していた。今思えば、馬の方から感じていた微弱な気配、あれも〈第六感の冴え〉で隠れていた敵の気配だったに違いない。


 敵だと判断した瞬間、〈ボンナバン〉で前に跳んだ。

 倒れている騎士は……死にそうな人にだけ〈ヒール〉を飛ばして、〈フェザーステップ〉で合間を抜ける。そして、2回目の〈ボンナバン〉で飛んだ先で、欺きのネックレスが黒い四角に飲まれていくのが見えた。アイテムボックスだ。

 〈敵影表示〉に小さい光点があり、微弱な気配がすると言っても、透明では補足が難しい。

 大きく移動される前に、重いプラズマランスは足元に捨てて、ストレージからチタンチェーンを取り出した。コイツには〈念意操鎖ねんいそうさ〉が付与されたままなので、魔力を流してやれば、少しは動かせる!


 鞭のように振るわれたチタンチェーンの先端が、地面近くで何かに当たった。そのまま、蛇のように巻き付くようイメージすると、ぐるぐると巻き付いていく……恐らく、足に巻き付いた!

 全身を拘束するには長さが足りない。先ずは厄介な透明化スキルを解除する事にした。


「〈遠隔設置〉〈レイディスペル〉!」


 司祭のスキル〈レイディスペル〉は、持続型の魔法を解除する効果がある。スキルも魔力で発動させているので、効果があると思い使ってみたのだが、効果があったようだ。


 虚空から、人の姿が浮かび出てくる。

 チタンチェーンは、その女性の膝下に巻き付き、その生足の柔肌に喰いこんでいた。

 その姿に思わず、躊躇してしまう。何故なら、露出の多いドレス……悪く言えば、男を誘うような娼婦のドレスを着た女性だったからである。


 その顔、いや髪の毛には見覚えがあった。

 ルビー色に輝くポニーテールは、宝石髪の乙女に相違無い……確か、アホボンの護衛である女騎士だ。

 今回は宝石髪の乙女の2人(ルビーの女騎士と、アメジストのメイド)を連れていないと思ったのだが、隠れていたとは。


 ……痴情の縺れにしては、物騒過ぎるよな?

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