第493話 外壁上のラスボス戦(中編、切り札の剥がし合い)

 観客席を迂回して、ケイロトス前伯爵の元へと向かう。

 さて、その間に騎士系サードクラス、近衛騎士の情報をまとめよう。同じく騎士系サードクラスの守護騎士の上位互換らしく、領主や王族に任命されてなるらしい。スキルの殆どは守護騎士と同じであるが、その特徴として『任命した主君、及びその血縁が同じパーティーに居る場合にパワーアップする』そうだ。

 ただ、今日は一騎打ちなので、関係ない。注意すべきなのは、攻撃を一回無効化する『騎士の護り』と、魔法を反射する『ミラーシールド』である。攻撃をクリーンヒットさせても、油断は出来ないし、ジャベリン系魔法や〈プラズマブラスト〉は、反射された時に自分だけでなく観客席を巻き込まないよう、気を使う必要がある。

 幸いなのが、この二つのスキルは連発出来ない事だ。つまり、程々の攻撃で2枚の防御スキルを剥がし、本人にクリーンヒットを与えなければならい。

 しかも、ミスリルのフルプレートメイルにタワーシールド、更に家宝とまで言われた〈アイスウォール〉付きのガントレットといった、鉄壁ならぬミスリル壁な防御を打ち崩す必要がある。


 ……これは普段使わない特殊アビリティも駆使しないと、勝てそうにないな。


 観客席を巻き込まない位置にて、ケイロトス様と対峙した。先に、一騎打ちの条件を確認し、相互理解を求めた。


「先に確認させて下さい。私の勝利条件は、複合ジョブの有用さを見せて、ケイロトス様が納得して頂ける事。

全力を持って胸をお借りする所存ではありますが、魔法や僧侶の奇跡、〈プラズマブラスト〉が使えるプラズマランスなどの特殊アビリティを使用しても宜しいでしょうか?」

「構わぬ。確固としたレベル差があるのだ。其方の使えるスキル、魔法、魔道具、何でも好きに使うがよい。

 そんな事よりも、早く準備をせい。いつまで待たせるのだ、執事にも手伝ってもらえ」


 ケイロトス様が手を振って執事を呼び寄せようとしたが、俺は手の平を見せて押し留めた。

 これもアピールタイムであるのに、ちんたらと鎧を着る訳がない。後ろ腰に刺していたワンドを手にして、クルクルと回してからスキルを使用する。


「はい、直ぐに準備しますので、10秒程お待ち下さい。

 〈カームネス〉! 〈ホーリーシールド〉! 〈アボイド〉! 〈ムスクルス〉! 〈アリベイトマジック〉! 〈付与術・筋力〉! 〈付与術・耐久〉! 〈付与術・敏捷〉! 〈付与術・知力〉! 〈付与術・器用〉! 〈付与術・精神力〉!」


 特殊アビリティ〈無充填無詠唱〉の力を借りて、手持ちのバフを連打した。バフが掛かる度に身体に光が走るので、観客席からでも見て取れるのだろう。少し、ざわつきが広がっている。

 しかし、こんなものは序の口だ。周囲に見せつける為、態と目立つように変身ポーズを決める。


「……〈緊急換装・緑閃光〉!」


 一瞬の閃光が走り、全身の装備が入れ替わる。ミスリルフルプレート、癒しの盾、ミスリルソードの3点セットだな。〈緑閃光の揃え〉の効果と各種バフのお陰で、レベル65との差が少なくなっている筈だ。


・〈緑閃光の揃え〉:純ミスリルの武器と盾を同時に装備した場合、全ステータスを大アップする。


 これは賭けでもある。レベル41程度でも、今まで得た力を組み合わせれば、レベル65を上回る事が出来ると知らしめてやるのだ。

 実は、ちょっとだけ憤りを感じていた事がある。ハイムダル学園長は、60階層以降は魔境であり、70、80階層は危険すぎるから、地上の魔物の領域でレベリングをしろと言う。安全策だとは思うが、誰に対しての安全策なのか?

 俺はここまでダンジョンの情報を調べては、実体験し、調査をして報告書にまとめて来た。調べに調べ、ジョブやスキルの組み合わせを検証すれば、強敵だった魔物でも楽に倒せるようになっている。まだ、この生活を続けたいと考えている自分が居るのだ。それが、あと20層程度で終わるとは考えたくもない。


 自惚れかも知れないが、特殊アビリティを使いこなし、サードクラスのスキルを得た俺なら、同じレベル65でもっと強くなれると思う。複合ジョブが無いパーティーメンバーの皆だって、魔物に合わせて複合ジョブに切り替えて行けば、戦える筈だ。

 ハイムダル学園長の情報は判断基準ではなく、判断材料にしたい。それが、俺達に合うのか、修正して更に先に進めるのか……この一騎打ちで、最前線の力を体験させてもらおう。手も足も出ないようならば、俺が自惚れていただけの話である。ただし、一矢報いる事が出来れば、……いや、圧倒する事が出来れば、この先の進路が見えてくるのかも知れない。




 観客席のざわめきが大きくなっている。注目を浴びるのを楽しいと感じながらも、更なる準備を進める為、ミスリルソードを抜刀して、横に広げて見せた。一瞬で完成させた〈フレイムスロワー〉の魔法陣を、剣に巻き付ける。


「〈魔剣術・初級〉! ……並びに、〈ストーンウォール〉!」


 足元に石壁を作り出して、3m上に昇った。斜め下を見ると、ケイロトス様が戸惑っている。

 ……クックックッ! 急な一騎打ちで戸惑ったのは俺も同じなので、ちょっとスッとしたな。

 さて、混乱に拍車を掛けて行こうか。


 名乗りを上げてから、魔剣術の赤い光を纏った剣を突き付け、〈名乗りの流儀〉による効果を押し付ける。


「俺はニンジャナイトのザックス! ここに見参! この一戦にて、俺達の未来を決める!

 さぁ、貴公も名を名乗れ!」

「一体、何の茶ば……我こそは、ヴィントシャフト前領主にして『氷壁伯』! ケイロトス・ヴィントシャフトである!

 可愛い孫娘を奪おうとする若造が、吠えるなぁ!!

 …………何だ、今のは?!」

「前口上は、一騎打ちの開戦の狼煙なり! いざ、推して参る!」


 程よく混乱するケイロトス様に、親切に戦闘開始だと述べてから、石壁から飛び降りた。

 ただし、空中で身を捻り、背中を向けて着地する。その途端に、背後で爆発が起こった。〈着地爆破演出〉の爆発を起こし、二人の間を土煙で覆ったのである。振り向いてから、左に〈フェザーステップ〉。土煙で向こうが見失っている内に、先制攻撃を!


「〈稲妻突き〉!」


 土煙のカーテンを押し破って前に加速した。狙いはケイロトス様の右手側、あわよくば麻痺させて、その手に持つミスリルスピアを取り落とさせるのだ。

 向こうも俺の接近に気が付き、タワーシールドを右側へと構えようとしているが、俺の方が早い。しかし、不利を悟ったのかケイロトス様がバックステップで後ろへと逃げる。必然的に、逃げられて出来た時間でタワーシールドが間に合ってしまった。渾身の〈稲妻突き〉がタワーシールドと激突し、衝突音を派手に鳴らす。大いに傷を付けるが、貫通には程遠い。ケイロトス様は押された勢いのままにバックステップで距離を取った。

 対して、〈稲妻突き〉の効果が終わり、短い硬直のせいで、追撃する事は出来ない。いや、〈波状の攻め立て〉を使えば、硬直を無視して追撃も可能だが、完全に避けられた今は使うべきではない。もうちょい温存して、隙が出来た時に畳みかけるのが正解の筈だ。


 硬直が解けるや否や、反撃が来た。

 音すらも貫かんとするミスリルスピアが、風鳴と共に突き出される。

 ……早い!

 癒しの盾を斜めに構えて、紙一重で受け流しするが、〈カウンター〉する隙など無い。盾ごと押されて後ろに下がると、連続突きが殺到した。回避と受け流すのが精いっぱいである。一撃は重いし、鋭い。更に、逃げた先を狙うかのような、先読みの一撃で、反撃の糸口すらつかめない。受け流しで剣を振るった際に〈ミラージュフェイント〉が出るが、見切られているのか無視して攻撃してくるし……経験の差か?

 槍から逃げるように右側へ流されると、今度はタワーシールドで〈シールドバッシュ〉で殴りかかってくる。大きく後ろに逃げる他なかった。

 そんな攻防を繰り返していると、ケイロトス様が剣の間合いまで近付いて来ている。


「フハハッ! 威勢のよさは口上だけか! 見習いよりは出来るようだが、年季が足りんわっ!」

「くそっ! これならどうだ!」


 よく見ると、槍を短く持っていたからこその、速度のようだ。このままでは防戦一方である。打開策の一手として、連続突きの合間に、間合いの外からミスリルソードを振るい〈エレメント・スラスト〉を打ち出した。火属性版の小型の〈エアカッター〉は、至近距離なので外れる筈もない……のだが、相手の胴鎧に当たると、傷一つ残さず弾かれて霧散して行ってしまった。


 ……ミスリルは魔法防御も強いって、癒しの盾の解説文にあったけど、ここまでか!

 2発目も撃ってみたのだが、同じ結果に終わる。属性ダメージくらい入っているのか? 全然揺るがないので、効いた気がしない。なら、もっと威力の高い奴で!

 槍の一撃を、剣で切り払いながら、スキルを発動させる。


「〈エレメント・ブラスト〉!」


 魔剣術の魔力を全て使い、連鎖する小爆発が、ケイロトス様を押し留めた。タワーシールドを構えて爆発を受け切っている辺り、無防備に喰らっていいスキルではなかったようだ。多少のダメージにはなった筈……だと良いな。魔剣術、弱点が付けないと貧弱じゃね? 弱点が無い人間相手には不向きかもしれん。


 しかし、爆発が終わると共に、敵が前に出た。それに対し、一旦大きく後ろに下がる……筈が、バックステップの途中で、背中をぶつけて、止まってしまう。思わず後ろを見ると……


 ……壁?! なんでこんなところに石壁が……って、俺が出した奴だよ!


 ケイロトス様が、タワーシールドを構えて突進して来るのが見えた。咄嗟に左肘を石壁に叩きつけて、無理矢理身体を右に向け〈ボンナリエール〉で後ろに跳んだ。


「〈シールドラッシュ〉!!」


 その直後、交通事故のような激突音が3連打で鳴り響いた。こちらが急停止すると、〈ストーンウォール〉で出した石壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるところである。

 〈シールドラッシュ〉……ハイムダル学園長との雑談で聞いた覚えがある。名前が一文字違いの〈シールドバッシュ〉は、敵をノックバックで押し留める(+気絶)のに対し、〈シールドラッシュ〉は盾を打撃武器として使う、純粋な攻撃技なのだとか。

 結構分厚い石壁なのに、それを殴り壊すとか、中々の威力である。回避一択だな。


 「〈ウインドジャベリン〉!」


 相手が硬直しているのをチャンスと見て、速射性の高い風属性のジャベリンを放ってみたのだが、あえなく盾で受け止められた。ミスリル製のタワーシールドにこそ刺さらなかったが、〈エレメント・スラスト〉とは違って防御している辺り、多少のダメージにはなっているようだ。

 あわよくば、魔法反射の〈ミラーシールド〉を使わせられると思ったが……

 ……もうちょい、威力の強い魔法でないと使わない気か? いや、向こうは俺が〈プラズマブラスト〉を使える事を知っている。警戒しているのか?

 〈無充填無詠唱〉があるので、MPさえ残っていれば即時使えるが、プラズマランスの付与スキル〈雷精霊の加護〉で強化された〈プラズマブラスト〉を反射されるのは御免である。

 つまり、ケイロトス様は〈ミラーシールド〉を温存する事で、俺の決め手になり得る〈プラズマブラスト〉を封じているのだ。


 ……ランク7魔法を連打すれば、ゴリ押し出来ると思うけど、複合ジョブのアピールにならんのだよな。

 魔法戦士のスキルでは、近衛騎士の防御力を突破出来ない事を確認済み。次はニンジャタイムと行きますか。


 一旦、剣を納刀し、右手のピースを左手で握り、忍びの印を形作った。


「出でよ! 〈火蜥蜴の術〉!

 ……並びに〈鎌鼬の術〉! ……〈釜蛙の術〉! ……〈土竜の術〉!」


 幻影の火蜥蜴を召喚してから、サイドステップを挟んで連続召喚した。ケイロトス様を中心に、扇状に配置された幻影たちが、一斉に攻撃し始める。

 とは言っても、ランク1の単体魔法よりも弱い威力だ。目暗ましにしかならない。本命は、相手が戸惑っている内に〈ボンナバン〉で接近し、〈波状の攻め立て〉で攻撃系スキルを連打して押し切るのである。

 ケイロトス様はタワーシールドを構えて防御に徹している……のだが、俺が動く前に、右手のミスリルスピアが赤い光を放った。


「小賢しいわっ! 〈炎龍破〉!!」


 ミスリルスピアから炎の龍が飛び出した。東洋的な、蛇のように長い龍の方である。それは火蜥蜴に着弾すると、ビームを薙ぎ払う様に振るわれ、残りの3匹の幻影を連続して消し飛ばしていく。一番端に居た俺も狙われているが、幻影を狙っているせいか、膝くらいの高さである。その為、咄嗟にジャンプして躱してしまった。


「〈スパイラルウインド・チャージ〉!」


 ケイロトス様が槍を構え、全身に円錐状の風を纏って突進し始めた。〈ペネトレイト〉の上位互換か?

 突進系のスキルの特徴である急加速をして、猛然と迫りくる。俺は不用意にジャンプしてしまったが為に、地面に足が付いておらず〈ボンナリエール〉で逃げる事も出来ない。

 最初に掛けた〈カームネス〉のお陰で冷静に判断出来るものの、手札が無ければ防御するしかない。癒しの盾を構えて、着地と同時に受け流すと、覚悟を決めたのだった。


 しかし、螺旋に渦巻く〈スパイラルウインド・チャージ〉が癒しの盾に当たった瞬間、風に弾かれて盾ごと左手が万歳してしまう。


 ……やられる?!

 ミスリルスピアの穂先が俺の胸を貫いた。





 覚悟を決めた瞬間、視界が移り変わる。高い所から見た街並みが遠くに広がり、街の真ん中の時計塔が良く見えた。

 保険その1の〈空蝉の術〉の効果で転移したようだ。下を見れば、俺の残像がミスリルスピアに貫かれ、閃光を放って消えるところであった。

 予想以上に早く切り札を使わされたようだ。しかし、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 再度、ミスリルソードを抜刀し、大上段に構えてからスキルを発動する。


「〈一刀唐竹割り〉!」

「ぬぅ…………〈騎士の護り〉!」


 流石に脳天から一刀両断しては不味いので、右肩に剣を振り下ろす……が、剣を振り抜くどころか、肩アーマーに当たったところで受け止められてしまった。まるで、見えない結界に受け止められたように……攻撃を無効化する〈騎士の護り〉と思い至ったが、考えるのは後回し、着地と同時に〈波状の攻め立て〉で次なるスキルを連打する。〈幻影乱れ斬り〉は二刀流出ないと使えないので、他の……中途半端な位置で止められた剣を振り上げるスキルを!


「〈ホークインパルス〉!」

「〈フルスイング〉!」


 バグった挙動でミスリルソードを振り上げたのだが、振り下ろす前に、横薙ぎのミスリルスピアが振るわれた。こちらに振り向くことなく、ミスリルスピアの石突側で薙ぎ払われたのだ。


 ……そんなスキルの使い方、有りなのか!


 必要最小限の〈フルスイング〉が先に、俺の脇腹へと命中した。ノックバック効果も相まって、派手に吹き飛ばされて、地面を転がる。


 何回転かしたところで、地面を叩いて起き上がる。いや、痛みが無い……派手な吹っ飛びは〈リアクション芸人〉のせいか。しまった、ダメージ無効の切り札2枚目まで使ってしまったようだ。対して、ケイロトス様は〈騎士の護り〉のみ。1枚負けている。


 慌てて立ち上がると、ケイロトス様は肩を震わせて笑い始めた。


「はっはっはっはっはっ! よもや、セカンドクラスに〈騎士の護り〉を使わされるとはな!

 よくやった! 褒美に、本気で相手をしてやろう!

 〈主君忠義の盾〉!」


 ケイロトス様は全身に青いオーラを纏い、ミスリルスピアを構え直すのだった。

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