第490話 雪上の射撃戦

「ソリの裏面の形状だぁ?

 あー、どうだろうな。子供ん時に作ったのは真っ平だった気もするが……雪なんて潰れるから、どんな形でもいいんじゃないか?」


 雪山フィールドにてキャンプで一泊した翌朝である。起きて来たベルンヴァルトに、ソリを見せて意見を募ったのだが、知見は持ち合わせていないようだった。幼年学校で作ったというソリは、板っ切れにロープを括り付けただけらしい。まぁ、子供の雪遊びなら、それでも十分なのだろうな。


 結局、実地で試すしかないようだ。

 俺とレスミアが魔導バイクに乗り、チタンチェーンでつないだ後ろのソリにベルンヴァルトが座る。フィオーレはベルンヴァルトが背負った背負籠の中だな。籠入り娘再びである。

 一応、ソリは大きめに作ったので、二人乗りも行けなくはないのだが、フィオーレが難色を示したのだ。


「え~、恋人でもない男に、後ろから抱き着かれるのはちょっとね~……アタシもお年頃な乙女なんだからさ~」


 珍しく女の子らしい台詞を吐くフィオーレであるが、その顔は本気で嫌がっているというより、揶揄いが多分に含まれているように見えた。ただ、それに対してベルンヴァルトは失笑して返す。


「ハハッ! そんな子供みたいにガリガリなお前さんを、女に見る訳ないだろ。第一、角も生えてねぇし、対象外だぜ」

「なんだこらぁ~、角フェチめ~!」


 鬼人族にとって角は、異性としての魅力アピールなのだろうか?

 それは兎も角、ベルンヴァルトの武者鎧をぺちぺちパンチするフィオーレを宥めつつ、いつもの背負籠にしまいこんだ訳だ。これなら、墓地フィールドでも使っているし、なによりクッションや毛布に包まれるので、暖かくして移動ができる。そんなセールストークをすると、手の平を返して籠に潜り込むフィオーレだった。



 キャンプ場の片付けをして、ヴァルムドリンク等の寒さ対策をしてから、外に出る。まぁ、休憩所にゴミを残しておいても、12時間経過すればダンジョンに飲まれて消えてしまうので、多少汚したままでも構わないのだが、元が日本人なだけあって、綺麗にしておきたくなる。レスミアも綺麗好きなので、掃除の手間を惜しまない性格は合っているように思われる。細かい所や手間のかかる所は〈ライトクリーニング〉様様だけどな。因みに、ゴミ出しする時は、休憩所の範囲外に置いておけば早く消える。



 森の中を横に突っ切る為、ゆっくりと走り出した。先ずはゲレンデに出る事と、比較的平坦な道で慣れる意味もある。後部座席にタンデムしているレスミアには、ソリの様子を見るようにお願いしてある。


「今のところ、大丈夫ですよ。ちゃんと、滑って付いて来ています」

「OK、もう少し速度を上げるか」


 しかし、森の中なので直線が多い訳でもなく、木を避ける必要もある。すると、後続のソリが木に引っ掛かりそうになっては、ベルンヴァルトが木を蹴って軌道修正していた。もうちょい、大回りに避けないと駄目か。


「おーい、なるだけ直線に走ってくれよ! 大きい氷の欠片があると、揺れる!」


 何のことかとレスミアに確認してもらって、この魔導バイクの悪い所も発見した。

 この試作魔導バイクは中級ゴーレムコアの力で、雪をゴーレムの一部としてタイヤを成形している。ただし、成形してばかりだとタイヤの径が大きくなってしまうので、接地面で成形、タイヤが上に来るまでに解放するを繰り返しているのだ。地面に穴が開いてしまうのと、土を巻き散らしてしまうのは、副産物な訳である。


 ただ、今回は雪を材料としているのが、揺れの原因のようだ。雪を圧縮するので氷と化してしまい、タイヤ成型から解放されても、大きい氷の破片が残る場合があるのだ。(土なら簡単にバラバラになっていた)

 そして、出来た氷の破片は、タイヤ跡の溝に落ちるので、直線ではそれ程気にならない。しかし、カーブすると、氷の破片が溝に入らず雪上に残り、ソリがそれを踏んでしまうのだった。


 ただ、氷の破片を踏んでも、雪の方にも食い込むので、多少の揺れと、ソリが傷付く程度である。ソリの前面下辺りは金属補強しておくべきだったか?

 いや、取り敢えず、大事には至ら無さそうなので、様子見かな?


 途中、グライピングが隠れている光点を発見したので、大回りに避けながら進み、森を抜けた。頂上まで続くS字のゲレンデの右下辺りと思われる。下の方は緩やかな傾斜で初心者向けだったが、この辺は少し傾斜が急になり、中級者向けに見えた。

 後ろに聞こえるように「曲がるぞ!」と声を掛けつつ、車体を傾けて曲がる。減速し過ぎた為、足で雪を蹴ってバランスを取り、方向転換。アクセルに魔力を流して、ゲレンデの上を目指して加速する……のだが、前に進むどころか、後ろに引っ張られるようにして、少し後退してしまった。


 何事かと思い後ろに目を向けると、ソリに乗ったベルンヴァルトが、雪にツヴァイハンダーを突き立てているところであった。大きくカーブしたと思ったのだが、予想以上に慣性でソリが振り回されたようだ。

 それを見て、アクセルに流す魔力を増やす。こういう時は、前に加速して引っ張った方が安定する筈だからだ。ソリと魔導バイクを繋ぐチタンチェーンが悲鳴を上げる。ゴーレムコアが雪を大量に取り込み、タイヤ幅が広がると共に、前に加速し始めた。流石に坂道に4人分の重量があるので、左程速度は出ない。それでも、小走りくらいには進めるので、歩いていくよりは断然に良いな。



 S字のゲレンデの真ん中の直線部分へと入る。傾斜はキツくなっているが、魔導バイクは十分な速度を出すことが出来ていた。もちろん、魔力の消費も激しいので、マナグミキルシュを食べて回復もする。いや、後ろのレスミアに食べさせて貰っているが、イチャ付いている訳ではなく、只のガソリン補給なのだよ。


「ザックス様、右の森の奥から魔物の反応です!」

「ん? こっちも索敵範囲に入った。この速度は、ヴィルファザーンの方か?」


 右側は森になっているため、その姿は確認出来ない。今までのセオリーなら、迎え撃って撃墜するのだが……バイクは止めずに魔法の準備をする。

 暫く走っていると、俺達の上空をヴィルファザーンの編隊が飛んで行った。しかし、休憩所の時の様に見逃してくれるわけではない。5羽共、魔法陣を光らせて充填しながら旋回しているからだ。向こうも充填時間がいるせいか、少しの間並走する。いや、速度としては向こうの方が圧倒的に早い。〈ジェットゲイル〉による加速か? 地上で使えば雪を巻き上げるので分かり易いが、上空ではいまいち分からん。飛行機雲でも引いてくれれば、もっと飛行機っぽいのにな。


 左上の上空を飛んで行ったヴィルファザーンは、俺達を大きく引き離してから、再度旋回する。丁度、ゲレンデの開けた部分で向かい合った状況だ。

 このままでは、すれ違う前に〈ウインドジャベリン〉が降ってきてしまう。なので、向こうの射程に入る前に、こちらから打って出る事にした。左手に持っていた銀カードを掲げ、斜め上のヴィルファザーン……V字編隊の右翼に狙いを定める。


「〈魔攻の増印〉! 〈プラズマブラスト〉!」


 銀カードから出ていた魔法陣が光を放ち、紫電のレーザーを撃ち放つ。ただし、プラズマランスから撃った物と比べると、大分小さい。レーザーの直径は6割くらいか? 銀カードの〈フェイクエンチャント〉なので、威力が劣化したのだろう。


 雷速で飛んだレーザーは、瞬く間に右翼のヴィルファザーンを飲み込んだ。そして、銀カードごと魔法陣を左に動かし、残りの3羽にもレーザーを照射する。右に左にと動かし、蛇行するレーザーを当てて行くと、1羽、また1羽と墜落してく。〈敵影表示〉の光点も消えたので、〈プラズマブラスト〉の一発で全羽撃墜したようだ。弱点でもないのに、この威力は流石中級のランク7魔法と言わざるを得ない。



 そのままバイクを走らせて、ヴィルファザーンの墜落現場近くで停車した。ゲレンデに広がるように散らばった死骸は、俺達が来るのを待っていたかのように霧散し始め、ドロップ品へと姿を変える。手分けして拾い集めたところ、雉の破魔矢だけでなく、切り取られたような雉の翼が落ちていた。

 いや、正確には、雉の左右の翼を広げた状態で切り落とし、縦にくっ付けてから持ち手を付けたような扇である。



【魔道具】【名称:火消しの雉翼扇チヨクセン】【レア度:C】

・ヴィルファザーンの力を宿す翼を加工した扇。ひとたび炎を扇げば、火の勢いを弱め、数回扇ぎ続ける事で、消火する。

 また、扇を水に浸し、魔力を込めてから扇ぐと効果が格段に上がり、一凪で広範囲の炎を消却する。



 まるで、西遊記の芭蕉扇のような効果である。ヴィルファザーンとの初戦の時、〈フレイムウォール〉を徐々に小さくして消し去ったのは、この効果によるものだろう。

 昨日手に入っていれば、キャンプの時の焚火で効果を試したのに、タイミングが悪い。まぁ、効果はおいおい試すとして、レア物ショップでは50万円で販売していた物が手に入るとは、運が良い。この先の火山フィールドで必要になるので、どうしても必要だったのだ。



「ねぇねぇ、ザックスってば、さっきの魔法は銀カードから使ったんでしょ?

 あたしも使ってみたいな~なんて……」

「ん? ……サンプルには良いか?

 フィオーレは〈魔攻の増印〉が使えないから、多分一撃で倒せないと思うけど」

「いいよ、いいよ~。あの、ドバァ~って撃つのを楽しそうじゃん?」


 フィオーレの場合、魔法使いのジョブが一桁レベルのままなので、魔道士で覚える〈魔攻の増印〉は習得していない。更にソードダンサーだと、魔法威力に関係するステータスの知力値もDである。(因みに、俺はB)

 付与術や祝福の楽曲で知力バフを掛ける手もあるが、今回は見送る事にする。素のままの威力も見てみたいからだ。まぁ、ギターを弾きながら魔法を撃つなんて、曲芸過ぎるけどな。ギターピックの代わりに銀カードで弾けば……狙いが付けられないか。


 取り敢えず、魔法使いジョブに変更したフィオーレに、〈プラズマブラスト〉の使い方をレクチャーしてから、出発した。



 ゲレンデを走っていると、先にグライピングが隠れているかまくらを発見した。ゲレンデを通行止めするかのように、5個並べるとか、面倒くさい奴らである。いや、上から滑ってくる分にはジャンプ台代わりになったりするかも? 


「あいつ等でも、横に並んでいるなら薙ぎ払えば良いよね? 魔法陣展開!」

「あっ、ちょっと待て! この位置からだと不味い、雪崩になるかも知れないぞ!」


 少し離れた所で停車するや否や、フィオーレが充填を始めたので、慌てて制止して中断させた。〈プラズマブラスト〉は、ランク7魔法なので敵味方識別機能は有る。それは周囲の環境にも影響は殆ど出ないのだが、対象となる魔物の周辺は例外なのだ。〈エクスプロージョン〉であれば、魔物の周囲だけ爆破されるし、〈プラズマブラスト〉なら雷属性のレーザーが周囲を焼くのだろう。

 つまり、ゲレンデを遮るかまくらを真一文字に焼き払えば、その下の雪まで溶かし尽くし、雪崩になりかねないのだ。


 その為、ちょっと不服そうにしていたフィオーレには、別の銀カードを渡しておく。魔法使いレベル5のフィオーレでは、ランク2までしか使えないからな。〈ファイアジャベリン〉ならば、直線に撃つので〈プラズマブラスト〉の練習にもなるだろう。

 通行止めをするかまくらには、2本の〈ファイアジャベリン〉で先制攻撃を仕掛け、残りは普通に倒すのだった。




 再度ゲレンデを走り昇って行くと、またもや森の方から魔物の反応をキャッチした。今度こそヴィルファザーンである。レスミアに、後ろへ指示を出してもらい、その間も走り続ける。すると上空を、編隊を組んだヴィルファザーンが横切っていた。最初の時と同じだ。そのままバイクを走らせていると、通り過ぎたヴィルファザーン達は旋回してから、並走し追い抜いて前に飛んで行く。 この後はまた旋回し、相対するようにゲレンデ沿いに飛んでくるのだろう。


 ただ、今回は魔導バイクを停車させ、待ち構える事にする。こちらも動いていては、魔法を当て難いだろうからな。


「フィオーレ! 前方の上空から来るぞ! 落ち着いて狙え!」

「おっけ~! もうちょいで完成する!

 ヴァルト、そのまま動かないでよ!」


 フィオーレは背負籠の中で膝立ちになり、ベルンヴァルトの肩に片手を置いて、銀カードを掲げた。その先に出ている魔法陣の充填率は、見た目からして7割程。思わず間に合うか気になり、ヴィルファザーンとの相対位置を確認してしまった。

 停車した分だけ、時間はありそうだ。俺の方は既に充填が完了しているので、暫し待つ。

 そして、充填が完成して直ぐ、フィオーレが叫んだ。


「いっけ~! 〈プラズマブラストぉぉぉ〉!」


 魔法陣が光を放つと、少し細めの紫電のレーザーを撃ち放たれた。

 そのレーザーは、V字編隊のヴィルファザーンの真ん中を貫いた。いや、正確には、先頭の少し後ろの何もない所である。相手の速度を計算に入れた偏差射撃が出来ていない!


「フィオーレ! 当たるまで動かせ!」

「にゃああああ! 当たれ~!」


 レーザーがぐねんぐねん曲がり、飛んでいたヴィルファザーンを何とか捉えた。敵もV字編隊を崩してバラけようとはしているのだが、無秩序に振るわれる鞭のようなレーザーに巻き込まれ、1羽……2羽を撃墜した。

 ただし、〈敵影表示〉の反応は消えていない。恐らく麻痺して落ちたんだな。

 〈プラズマブラスト〉のレーザーが消えていき、向こうが改めて編隊を組みなおしたところで、追撃した。


「〈ダウンバースト〉!」


 残った3羽の墜落を確認しながら、バイクを再発進させた。急だったので、後ろからフィオーレの苦情が飛んできたが、後回し。墜落ポイントまで急ぎ、向こうが立て直す前に、追撃に走るのだった。




「ザックス~、魔法も結構難しいんだね~。もっと適当に撃っているだけだと思ってたよ」

「相手の移動先を先読みして攻撃する偏差射撃は、ランク1の〈ファイアーボール〉の頃から練習するもんだからな。一朝一夕には無理さ。まぁ、〈プラズマブラスト〉は効果時間の間は動かせるから、当てやすい方だけど」

「あ~、でもMPも使い過ぎるよ。さっきの1回で四分の一くらい使っちゃった。マナグミキルシュちょーだい」


 魔法使いジョブに変えたからといって、レベルが低いからMP補正は小のままだからな。MP回復用にと、オヤツを強請られた。

 ふむ、魔法使いのレベルを上げれば、最大MPも増えるのだけど……このまま上げたとして、フィオーレの属性適性が火属性しかないのが問題だな。

 まぁ、火属性弱点の魔物や、適性関係なく使える銀カードの使用回数を増やすために上げておくのも一興か?

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