第489話 夜番は暇なので工作、焚火、内職

 目が覚めると、テントの外が明るい事に気が付き、跳び起きた。


 ……朝?! 寝過ごした!?

 休憩所で魔物は入ってこないとはいえ、他の探索者は入れるのだ。その為、夜番を交代でする予定だったのに、寝過ごしたらしい。ベッドの脇に置かれていたジャケットアーマーを羽織り、慌てて外に出た。


「ごめんっ! 今起きた!」

「おー、お早うさん。まだ、寝てても良かったんだぜ?」


 焚火の前ではベルンヴァルトが、お酒を楽しんでいた。そればかりか、長めの枝にソーセージを突き刺して、火で炙っている。「ほら、喰うか?」と、枝ごと差し出されたソーセージは、良い感じに焦げ目が付き、ジュウジュウと脂が音を立てていた。

 その暴力的なまでの美味そうな香りに、腹が鳴ってしまう。ベルンヴァルトは笑いながらソーセージを俺に押し付け、自分の分に齧りついては、旨そうにエール筒竹を呷るのだった。


 俺も一口齧ると、パキッと小気味良い音を立て、噛めば肉汁と脂が口いっぱいに広がる。流石はアドラシャフト家御用達の、牧場ソーセージである。普段食べていても美味しいのだが、焚火と言うシチュエーションも加わって倍美味しい。


 ついでに、カロリーが頭に回ったのか、寝ぼけていた事に気が付いた。

 ……いや、ダンジョンの中だから、ずっと昼だったな。

 ベルンヴァルトに現在時刻を聞くと、テーブルに置いてあった俺の懐中時計を見せてくれた。22時……まだ、日付も変わっていなかったのだ。


「俺の夜番は0時までだからな。それ喰ったら、2度寝して来ても良いぜ」

「いや、ここで交代するよ。睡眠の状態異常で眠ったせいか、眠気がさっぱり無いんだ。

 登山は明日も続くからな、ヴァルトも休んでくれ。〈ライトクリーニング〉!」

「そうか? まぁ、十分に飲んだ事だし寝るとするか。後は任せたぜ。

 ああ、残った摘みは夜食に喰ってくれや。夕飯、あんま喰ってなかったろ?」


 ベルンヴァルトは、竹筒が散乱するテーブルを指差して言うと、テントへと眠りに行った。


 テーブル上のは、休憩所内に生えていた水筒竹かな?

 水が入っただけの緑色の水筒竹は未開封で積まれ、色付きの竹……エール筒竹やワイン筒竹等の酒類は全て空になっている。いや、未開封の水色のサイダー筒竹を2本発見。最近ベルンヴァルトは、王都土産の蒸留酒のソーダ割りも好んで飲んでいるので、サイダー筒竹も欲しがるんだよね。別に構わんけど。


 取り敢えず、ゴミをストレージに格納してしまうと、残ったのはお摘みである。焚火で炙る用なのか、ソーセージに厚切りベーコン、四角いチーズとクラッカーが少量ずつ皿に乗っていた。

 それを見てしまったせいで、先程の炙りソーセージの美味さを思い出し、空腹を覚えてしまう。そう言えば、ベルンヴァルトの奴が、『夕飯、あんま喰ってなかったろ?』なんて言っていたな。自分では食べたつもりだったが、思い返すと昨夜の夕飯の記憶が曖昧である。もしかして、食べている最中で寝てしまったか?

 後でレスミアに謝っておくとして、腹ごしらえをしておくか。


 出来合いの料理はストレージに入っているが、折角なので焚火を使うことにした。ベルンヴァルトに倣って、ソーセージに枝を突き刺し、焦げ目が出来るくらいに炙る。そして、ホットドッグ用のパン(焼き立て)を取り出して、炙りソーセージと合体!

 まだ、完成ではない。更なるカロリー爆弾である、チーズも枝に刺して焚火で炙る。チーズがとろけて落ちそうになったところを、ホットドッグでキャッチ。上に乗せれば完成である。

 チーズの焼けた芳醇な香りを、ふうふうと軽く冷ましてから一口齧る。焼き立てのパンがサクリと小気味良い音を立て、口の中はソーセージの肉汁と脂、濃厚なチーズの味が広がった。


 ……うん、美味い。ジャンクな感じが堪らないな!

 いや、レスミアが作ってくれると『彩りが欲しいですね』と、野菜が挟まれて立派な料理になるのだが、偶には『ザ・男の料理』って感じのも悪くない。口の中が脂っこくなるが、サイダーで流し込むのも又良い。


 人によってはビールやエールの方が良いのだろうけど、一応夜番中だからな。俺も最近はベルンヴァルトの晩酌に付き合って、酒に慣れて来たとはいえ、強くなった自覚は無い。いや、比較対象がベルンヴァルトだから、良く分からんと言うのが事実か。テオは俺よりも強いけど、蒸留酒にノックダウンしていたし五十歩百歩である。


 まぁ、サイダーでも美味いから問題ないけどな。さて、2個目は厚切りベーコンとチーズを炙って、パンに乗せて食べるか。




 夜食を食べた後は、腹ごなしも兼ねて、周辺の監視に回る。休憩所の内周部を歩き、〈安息の石灯籠〉が機能している事を確認した。〈敵影表示〉で映る範囲に、魔物の反応も、他の探索者の反応も無い。

 周囲は昼間の様に明るいが、現在時刻23時過ぎ。流石に、この時間になってからやって来る探索者も居ないだろうけどな。

 ブラストナックルを装備してから、休憩所の外に出て、周辺の雪をストレージに回収しておく。水などの液体だと、容器に入れないと格納できないが、個体の雪はそのままでもストレージに入るようだ。ストレージの黒枠を雪に押し付けて、ブルドーザーの様に根こそぎ頂いた。あ、綺麗な上の方だけな。



 休憩所の周囲を除雪し終えた後は、焚火に戻った。

 さて、あと5時間ほどは夜番が続くのだが、一人では暇である。なので、工作に勤しむ事にした。実は、雪山フィールドを踏破するに当たり、魔導バイクとスキー板を使った移動法を考えていた。懸念点として、スノーモービルでも無いバイクが走れるかどうかだったが、それは実験済み。後は、持ち手付きロープを用意しておけば、ウェイクボードのように、バイクで引っ張って行けるだろう。


 ただ、持ち手付きロープなんて、5分も掛からず完成してしまう。暇潰しにもならんかった。

 なので、次はソリを作る事にする。いや、グライピングを見ていたら、連想してしまったのだ。うん、ソリを引っ張るのも定番である。ただ、砂漠フィールドで使った、猟師蠍の甲殻やカイトシールドを使うのは、止めておこう。砂漠では下るだけだったので、多少重くても使用できたのだが、ここの雪山フィールドは登りだからな。軽い方が良いに決まっている。只でさえ鬼人族は重いんだから、重量が嵩めばロープが持たない……ああ、こっちも一工夫するか。



 今回の材料は、どこのご家庭にもあるブラックスネークウィップを4本と、チタンインゴットをご用意ください。先ずは下拵え、持ち手の部分と、先端の菱形の刃を取り外します。そして、4本を連結して、長い鎖にしたら、錬金窯へ投入。〈素材置換調合〉を使って、10分ほど掻き混ぜれば……軽くて丈夫なチタンチェーンの完成!


 いや、ベルンヴァルトの重量だと、ロープの強度じゃ心許ない気がしたので……


 ソリの部分は、木材をベルンヴァルトが座れそうなサイズに切り出し、〈フォースドライジング〉で乾燥、〈メタモトーン〉で成形する。チタンチェーンを取り付ける部分を金属補強し、側面に掴まるハンドルも作成しておいた。

 ただ、問題は底面だな。現状は真っ平なのだが、接地する面積は減らした方が摩擦も減って滑りやすくなる筈だ。ただ、し、地面は積雪なので、摩擦係数は低い。そのままでも良いかも?


 少し迷ったが、日本で売っていたプラスチックのソリを思い返すと、溝が彫ってあったような気がする。取り敢えず、先人に倣って、模倣しておくか。細かい理屈までは覚えていないし、作ってから雪山に詳しいベルンヴァルトに意見を聞けば良いだろう。


 そんな作業をしたり、焚火でまったりしたり、内職をしていたら、あっという間に時間は過ぎて行く。

 朝までに2回だけだが、ヴィルファザーンが上空を横切って行った。ただ、本当に上空を飛んでいただけで、こちらを攻撃してくる事は無かった。恐らく、ワンダリングモンスター的に飛んでいただけとか、縄張りの見回りみたいなものだったのだろう。




 朝4時を過ぎると、レスミアとフィオーレが起きて来た。白銀にゃんこの営業時間に合わせた習慣だな。働き者の彼女で頭が下がる。ついでに、挨拶してから、物理的にも頭を下げておいた。


「レスミア、お早う。それと、昨晩は迷惑を掛けたみたいでごめんなさい。

 記憶が曖昧なんだけど、夕飯の途中で寝ちゃったんだろ?」

「おはようございます。ヴァルトから経緯は聞きましたから、大丈夫ですよ。

 お代わりをよそっている間に、テーブルに突っ伏して寝てしまったのは驚きましたけど……あ、昨日のスープ、少し取っておいたので、朝食に食べますか? 温め直しますよ」

「うん、ありがとう。頂くよ」


 レスミアは気にしてもいない様子で、笑って許してくれた。ポトフのような具沢山スープを、寝る前に1杯食べていたのが良かったのだろう。いや、味を覚えていないのは眠気のせいか、獄炎ソルトで舌が麻痺していたせいか知らんけど……余計な事は胸の内にしまっておいた。

 レスミアに朝食に使う食材を聞いて、ストレージから取り出していると、大口を開けて欠伸していたフィオーレが、昨日のスープと聞いて、小走りで駆け寄って来た。


「ミーア、昨日のスープ、アタシの分もある? 美味しかったから、また食べたいな~」

「はいはい、フィオとヴァルトに完食される前に分けておいたので、一人1杯くらいならありますよ」

「わーい! それじゃ、焚火でソーセージも焼こうよ。ザックス、出して!」


 フィオーレの方が年上な筈なのだが、料理を強請る姿は妹のよう。いや、レスミアの姉力が強いのか?

 そして、炙ったソーセージが美味しかったのは、俺も同意である。レスミアに目を向けると、頷き返してくれたので、朝食として許可が下りたようだ。取り敢えず、ソーセージも追加で取り出すのだが、その前にフィオーレに仕事を言い渡す。


「フィオーレ、ソーセージを焼く前に、今朝の日課を頼むぞ。ジョブは……今、入れ替えた」

「あー、はいはい。アレ、やり始めてから、全部ハズレだけど、本当に当たるの?」

「俺は1回当たったから、何度もやっていれば当たるって……多分」


 ストレージから取り出した飢餓ノ脇差をフィオーレに渡し、スキルを使う様に促した。

 ダルそうにボヤキながらも、フィオーレが飢餓ノ脇差を左手に持ち、〈ダイスに祈りを〉を使用する。その直後、フィオーレの両手に大きなサイコロが召喚された。


 そう、〈燃焼身体強化〉……ダイエットの銀カード量産計画その2である。俺一人では、埒が明かないので、試行回数を増やすために、フィオーレの遊び人と付与術師のレベルも上げたのだ。まぁ、40層のレベリングついでだったから、大した手間でもないけど。


「……それじゃ、行くよ~ほいっ! 〈道楽者の気まぐれスキル〉!」


 運勢を占うサイコロが投げられると共に、スキルスロットマシーンが呼び出された。スキルの総数としては、俺よりも圧倒的に数が少ないので、フィオーレの方が当たる確率は高いと思われた……のだが、ここ3日、全て外しているので、〈ダイスに祈りを〉も併用し始めたのだ。


 サイコロが転がって行き、焚火用の薪に当たって止まる。出た目は【6】! 微妙ではあるが、ギャンブルを仕掛ける価値はあるだろう。〈パーティージョブ設定〉で開いていたフィオーレのジョブを、賭博師へと変更する。


「フィオーレ、〈いかさまの拙技せつぎ〉だ!」

「おっけ~、〈いかさまの拙技〉!」


 50%の確率で、ギャンブルの結果を一つズラす効果のスキルである。スキルの発動中であるが、無理矢理にジョブを変更する事で、使えるか試したのである。

 その結果、掛けには勝ったようで、出目が入れ替わり【7】が当たった。


「いえ~い! 当たったよ!」

「まだだ、これでスロットが当たれば!」


 サイコロが霧散して行き、そのマナの煙がスロットマシーンへと吸収されて行く。

 固唾を飲んで見守る中、回転が遅くなって行き……〈燃焼身体強化〉を一つ通り過ぎて〈飢餓ノ敏速〉が当選した。


「あ、あ、あ、ああああああぁぁぁ……これ、ハズレだよね?」

「飢餓ノ脇差の付与スキルだから、当たりと言えば当たりかも知れないけど、使えないからハズレだな。最後の最後の2択を外した気分だ」


 残念、あと一歩足りなかったようだ。出目が【8】だったら行けたかも?

 一応、欠食児童なフィオーレなら、よくお腹を空かせているので〈飢餓ノ敏速〉も効果があるかも知れないけどな。口には出さないが。


 飢餓ノ脇差を受け取り、フィオーレのジョブをソードダンサーへと戻す。

 さて、次は俺の番だ。ただし、手に持つ武器は、プラズマランスの方である。ダイエットの銀カードは、まだ在庫はあるので、〈プラズマブラスト〉も欲しいのだ。


 同じように〈ダイスに祈りを〉でサイコロを投げてから、〈道楽者の気まぐれスキル〉のスロットマシーンを召喚する…………転がって行くサイコロが出した目は【7】。先程は【7】で外したので、迷うことなく〈いかさまの拙技〉を発動させた。

 そして、サイコロの出目が【8】に入れ替わる。


「良し! 二分の一に勝った! 後はスロット」

「当たれっ! 当たれっ!」


 フィオーレの声援も効いたのか、スロットが遅くなり、止まりかけたところは、プラズマランスの付与スキル群だった。

 〈黒雷〉が過ぎ、


 〈雷精霊の加護〉が流れ、


 〈電光石火〉……で止まるかと思いきや、じらすように1個ズレて〈プラズマブラスト〉が当選した!


「わわわわっ! 本当に当たった!?」

「よし! 良しっ! 良し!! 新しい金策ゲットだぜ!」


 思わずフィオーレと二人で、ハイタッチをして喜び合った。

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