第488話 相方はペンギンと安眠の気付け薬

 レスミアに見送られて、休憩所から外に出た。

 目指すは、罠があると教えてもらった場所である。森に入って右側が、ここの休憩所。その反対、左側にあるらしい。〈敵影表示〉のマップには、歩いた場所が地形表示されるので、間違える事も無いだろう。そして、ここまでの道中に隠れていたグライピングは討伐済みなので、新たに再出現していなければ、安全と言う訳だ。


 更に時短として、こいつを使う。ストレージから、魔導バイクを取り出した。


「お、墓場フィールドで使ってたバイクじゃねーか。雪の上も走れんのか?」

「多分ね。『周囲の物質で身体を形作るゴーレムの特性』ってあるから、土や砂じゃなくても行けるはずだ。手紙には石畳まで抉ったって書いてあったし、固体をゴーレム車輪として取り込むと思う。

 まぁ、無理だったら、走るだけさ」


【魔道具】【名称:魔導重バイク(試作漆しち号機)】【レア度:B】

・中級ゴーレムコアを動力源とした、新型のゴーレム馬?である。本体フレームはウーツ鋼合金製であり、耐久性に優れており、多少衝突してもビクともしない。特筆するべき点は車輪である。周囲の物質で身体を形作るゴーレムの特性を生かし、接地面のみを固めて車輪代わりにしているのだ。ただし、高速で回転する車輪で、土固めの形成と解放を繰り返すので、MP消費が多い。

 他にも揺れ対策を盛り込んであり、道を破壊して走る様は、既に馬ではない。


 魔導バイクに跨り、魔力を絞ってじわじわと注いでいくと、ゆっくりと走り始めた。前輪に目を向けると、確かに周囲の雪を取り込んで、タイヤを形成しているようだ。雪のせいか知らないが、土の時よりタイヤがぶっとくなっているけどな。


「よし、行けそうだ。ヴァルト、後ろに乗れ!」

「おいおい、鎧付けたままだけど、大丈夫なのか? 重いぞ?」


 フレームはウーツ鋼になっているので大丈夫だろうと思っていたのだが、ベルンヴァルトが後ろに乗った途端、雪のタイヤが沈み込んだ。重さに耐えかねたようだ。

 それでも、魔力を多めに流すと、ゆっくりと走り始めた。流石は中級ゴーレムコア、レア度Bは伊達じゃない。タイヤは雪じゃなくて氷くらいに固まっているように見えたが、走ればこっちのものだ。アクセルを回して、走りだした。



 半ば雪に埋もれながらも、歩いてきた道を逆走する。周囲の雪を取り込みながら走るので、除雪車な気分だな。

 森の入り口付近なので、木々も斑に生えているだけ。その合間を走る事で、歩きよりずっと早い速度を出せていた。

 それほど時間も掛からず、未踏破部分、左側へと突入する。ただ、未踏破なだけあって、途中でグライピングの群れに遭遇した。〈敵影表示〉に小さな赤点が光っているので、近づく前に下車する。〈ペネトレイト〉で突撃するのは、流石に多勢に無勢である。この雪では小回りも効かないからな。ストレージにしまってから、会敵した。


「〈ファイアジャベリン〉!」


 2匹まとめて貫通すれば良かったのだが、消えた反応は1つのみ。地図上は直線状だったのだが、雪の高低差のせいで3次元的にずれていたようだ。仕方がないので、ベルンヴァルトと2羽ずつ相手にすることにした。各々〈ヘイトリアクション〉を掛けて、体当たりを〈シールドバッシュ〉で殴り飛ばす、待ち戦法だな。フィオーレが居ない状況下では、下手に小細工を弄するよりも確実である。


 先に1羽〈シールドバッシュ〉で気絶させ、時間差突撃して来たもう1羽の攻撃を、右手のブラストナックルで受け流す。そして、受け流した勢いのままに、左手から生える柄を握り、先の気絶させた方を〈一閃〉で2枚降ろしにした。


 納刀と同時に振り替えると、先程受け流したグライピングが、木の幹を蹴って反転しているところである。ペンギンの短い脚から風が吹き出し、弾丸の如く加速した。

 一瞬だけ悩んでしまう。カイトシールドを構えるか、回避するか。その時、余計な閃きで第3の選択を取る事にしてしまった。保険で付けていた遊び人だけど、試すには持ってこいだ。

 〈摺り足の歩法〉でスライド移動し、紙一重で突撃を回避しながら、そのグライピングの背中に右チョップを打ち下ろした。


「その角、固すぎだろ! ムースの使い過ぎだ!」


 殴られたグライピングは雪の中に突っ込んで停止する。しかし、直ぐさま起き上がると、羽を振り上げて地団駄を踏んだ。

 ふむ、鳴き声と態度から、怒っているのか?

 頭の角が一瞬だけ赤く光ったのは、多分攻撃力アップのバフだろう。ツッコミは失敗の様だ。


【スキル】【名称:ツッコミ芸人】【パッシブ】

・相手の行動に対して適切なツッコミを入れると、その行動をキャンセルし、スタンさせる。ただし、無理があるツッコミをしてしまうと、相手の攻撃力をアップさせてしまう。

 少し売れて来たので、1時間に一度発動できる。


 頭の鶏冠が、整髪剤で固めたように尖っているから故のツッコミだったけれど、野蛮で畜生な魔物には理解が及ばなかったようだ。なかなか、難しいスキルだ。そもそも、適切なツッコミかどうかって誰が判断しているのか? ツッコまれる魔物側だったら、難易度が高過ぎじゃね?


 地団駄を踏んでいたグライピングが、足元から風を吹き出し始める。そして、足元の雪を巻き上げながら、俺目掛けてジャンピングタックルを仕掛けて来た。

 多分、攻撃力がアップしている筈なので、態々受けるつもりはない。身を屈めながら〈摺り足の歩法〉で位置を修正、頭突きのタイミングを合わせて潜り込んだ。グライピングの羽と言うか前ヒレを掴み、背中に乗せるようにして背負い投げをした。ペンギンと柔道をするなんて、前代未聞じゃないだろうか?


「分類上は鳥なんだから、空を飛んどけや!」


 地面に叩きつけず、背負い投げの勢いで、反対側へ放り投げた。

 見た目よりは軽いグライピングは、思いの他よく飛び木に激突。木の上に積もっていた雪が大量に落下してきて、埋もれてしまった。暫し、様子を見るが、動く気配はない。折角、ツッコミを絞り出したというのに……


 ふと、視線を感じて振り向くと、ベルンヴァルトがこちらを観戦していた。どうやら、あちらは2羽共、倒したようだ。あまり待たせるのも悪い、検証はここまでだな。

 グライピングが雪の中から飛び出すのに合わせて〈一閃〉して倒した。


 結局〈ツッコミ芸人〉の扱いが難しいことが分かっただけである。いや、根本的な話なんだが、ツッコミしている=近距離で攻撃出来る隙なので、攻撃した方が早くね?となる訳だ。

 うん、戦闘力が殆ど無い遊び人だからこそ、ツッコミで敵の隙を作って、仲間の攻撃チャンスを作るのが本来の使い方だろう。

 俺みたいに攻撃手段が沢山ある場合は、二度手間でしかない。もっと、固くて隙の少ない敵ならば……40層のチェーンヒュドラとかならば、意味があるかも? いや、〈ダーツスロー〉や〈影縫い〉の方が、遠距離から止められる分、早いか。

 さて、どうしたもんやら。



 先程のツッコミを入れた個体が、レアドロップのペンギンチャームを落としてくれた。ラッキー! 50万円相当なので、ボーナスはありがたい。そのお陰で、〈ツッコミ芸人〉で悩んでいた気持ちが吹き飛んで行った。


 ウキウキ気分で先に進むと、程なくして目的地の広場に到着した。石灯篭とザゼンソウが、円環に連なっているのは休憩所と同じなので、これは事前に知っていないと間違えるな。もしくは、トレジャーハンターで罠と見破るか。そう、石灯篭を見ると、罠である事を示す赤いポップアップが表示されているのだ。



【罠】【名称:安眠の石灯籠】【アクティブ】

・安息の石灯籠を模した罠である。周囲に採取物を実らせて探索者を誘き寄せ、範囲内に入った者に睡眠の状態異常に掛ける。この効果が発動した後、採取物は全て消え去る。寝不足な人ほど眠り易くなり、睡眠時間も伸びる。



 名前から睡眠系と推測していたが、予想以上に酷い。いや、この雪山フィールドで、採取物……特にザゼンソウを消されたのでは、気温が氷点下へと落ちてしまう。そこに睡眠の状態異常が加われば、最早即死トラップと言っても良いほどだ。

 ただ、気になるのは『寝不足な人ほど眠り易く』だな。つまり、問答無用で眠るのではなく、ある程度は抵抗出来そうなのだ。これは、試しておいた方がいいな。睡眠の状態異常なんて定番であるし、この先を考えたら体験するのも悪くない。

 鑑定文と共に、ベルンヴァルトにも展開して、趣旨を説明しておいた。呆れられたけど。


「あー、出掛けに話していたのはそれか……ったく、俺が連れて帰るのは良いけどよ。寝て帰ったんじゃ、レスミアが怒るんじゃないか?

 ほら、『ご飯作って、待ってたのに!』って。ああ言うの、女はうるせーぞ」

「一応、対応策は考えてあるから、それが効くことを期待しよう。駄目だったら、さっき手に入れたペンギンチャームをプレゼントする方向で許しを請うしかないけどな。

 現状だと、睡眠の状態異常は対応する薬品もスキルも無い。どのくらいの脅威か身をもって知るのは重要だと思うんだ。万が一、中で寝てしまったら、ロープを引っ張って救出してくれ」


 一応、睡眠の状態異常対策としては、聖楯の〈全状態異常耐性極大アップ〉があるが、コストが重い。普段使いには向かないのだ。

 腰にロープを巻き付け、反対側をベルンヴァルトへ渡しておいた。後は、気付け薬の小瓶を手に持っておく。

 そんな準備を整えてから、安眠の石灯籠の輪の中へ足を踏み入れた。



 しかし、入って10秒ほどしても、何も変化は起きない。石灯篭を見ながら後ろ歩きで、もう少し中へ歩いて行く。

 すると、5m程入った時である。石灯篭の光が、赤い光へと変化した。その途端に、眠気がやって来る。頭に靄が掛かる前に、〈ボンナバン〉と頭の中で叫び、円の外へと跳躍した。


「おいっ! 起きてるか! しっかりしろ!」


 眠気に抗っていると、頬を叩かれた。一瞬だが眠り掛けていたようだ。

 ベルンヴァルトに起きていると知らせるのも億劫だったので、右手を上げてビンタをガード。そのついでに、手に持っていた小瓶……胡椒瓶に入れた獄炎ソルトを口の中へ、パッパッと振り入れた。


「辛っっっ! ががあああぁ、舌が燃える!」


【素材】【名称:獄炎ソルト】【レア度:D】

・少量のゴーストペッパーの微粉末を、塩に混ぜたスパイス。その名の通り、舌が燃える程の辛さを誇るが、量を加減すれば、食べられなくもない。


 思わず、その辺に積もっていた雪を握って、口にしてしまった。しかし、気付けとしては十分だ。眠気がマシになり、立ち上がる事が出来た。


「うしっ! さっさと帰ろう。ヴァルト、バイクに乗れ!」

「おいおい、大丈夫なのか? 俺が運転するぞ」

「いや、何かしていないと、眠くなりそうだ。具体的に言うと、徹夜した2日目の夜くらいだ」


 帰り道は、魔物を掃討した後なので、走るだけである。居眠り運転にならないよう、獄炎ソルトを舐めつつ、休憩所へと帰還した。

 その後も気合で眠らないようにして、夕飯を皆で食べた事は覚えているのだが、食べ終わってから速攻で寝てしまったらしい。ついでに、舌が麻痺していたので、味もよく覚えていない。恐るべし、睡眠の状態異常。


 まぁ、睡眠不足の状態でもなければ、抵抗するのは可能と分かった。気付けさえあれば、安全圏に逃げるくらい(〈ゲート〉で脱出とか)は出来るだろう。

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