第487話 グライピングは居るけどグランピングじゃないので、キャンプの準備は自前です

「……ルティルトお嬢様からの噂話で聞いた覚えがあるが、君が『宝石髪の末姫』の思い人のザックスだったか。

 その見事なミスリル鎧を見れば、伯爵様が期待しているのは分かるよ。

 今回は、巻き込んですまなかった。お詫びとして、ドロップ品は全てそちらに譲ろう」

「いえいえ、俺達の助けなんて要らなかったじゃないですか。むしろ、邪魔してすみません」


 グライピングを魔法の弓術で一掃したスキー客?の皆さんと挨拶を交わしたところ、セアリアス子爵家(ルティルトさんのとこ)の従者だと判明した。

 弓を使った男女が夫婦のようで、30代半ばくらいの優男風な物腰の柔らかい旦那さんと、女性騎士のような逞しい感じの奥さん。もう一人は、同僚のスキー好きな植物採取師さん。どうやら、スポーツとしてスキーを楽しむついでに、採取をして回っているそうだ。


「昔取った杵柄という奴だよ。若い頃に、レベル上げはしたのだが、最近は事務仕事ばかりでね。身体を鈍らせないために、たまの休みは、こうしてスキーと洒落込む訳だ。この階層なら、魔弓術で楽に魔物を倒せるからね」

「〈アローレイン〉と〈ガトリングアロー〉でしたか? その前に使った〈魔弓術・火属性〉は、属性の付与か何かで?」


 採取目的とは言え、たった3人でダンジョンの41層に来られる強さは大いに気になる。アレコレと質問してみたところ、「隠す程の事じゃない」と自慢気に話してくれた。

 スカウト系のサードクラス『Dダンジョンダイバー』と、軽戦士系サードクラス『軽騎兵』が覚える弓スキルの事らしい。

 〈アローレイン〉は、魔力製の矢を雨の如く降らせるスキル。

 〈ガトリングアロー〉は、魔力製の鏃を連射するスキル。

 〈魔弓術・属性矢〉は、直後に使用するスキルの魔力製の矢に、初級属性を付与するスキル。


 現状だと〈ツインアロー〉くらいしか攻撃スキルがないので、遠距離攻撃が出来るくらいの利点しかない弓矢であるが、サードクラスになれば属性攻撃が出来るようになるそうだ。

 そんな興味深い話を聞いていると、途中から奥さんの方が割り込んできた。女性陣は女性陣で挨拶をしていたはずなのだが、奥さんに気に入られたのか肩を組まれて、レスミアが引っ張られて来ている。


「ねぇあなた、聞いた?

 この子達、最近流行りの『白銀にゃんこ』の売り子さんよ。ウチの子よりも若いのに、40層を超えてくるなんて、立派よねぇ」

「おー、この間、お前が朝早くから買いに行ったケーキのか?」

「そうそう、アレアレ。そう言えば、お祭りで新作のお菓子を販売するなんて噂も聞いた事があるのよ。もしかして氷結樹の実のお菓子かしら?

 なんだったら、私達が採取した分を少し分けてあげるわ。うん、ウチの分は、年末に遊びに来る孫の分があれば十分だし……」

「いえいえ、お祭りのは別のお菓子ですし、今日はダンジョン攻略に来ているだけですよ?」

「あっはっはっ! ウチのお嬢様がお世話になっている事だし、子供が遠慮するんじゃないよ!」


 どうやら、ウチの店のお客さんだったらしく、ルティルトさん経由の宣伝で買いに来てくれていたそうだ。そのうえ、白銀にゃんこの知名度のお陰か、奥さんは上機嫌でアレコレ持っていけと、採取袋ごと押し付けてくる。俺の肩をバンバン叩いて、持たせようとする様は、田舎のおばちゃんかな?


 流石に初対面の方々に、色々頂くのは気が引ける。ドロップ品を含めた交渉を続けたところ、沢山頂く代わりに対価として〈ライトクリーニング〉の銀カードを3枚進呈する事で決着が付いた。交渉材料として万能すぎる。


「悪いわねぇ。これ、並んでもなかなか買えないから、仕事仲間に自慢出来るわ!」

「うん、こちらとしては貰い過ぎなくらいだ。

 ああそうだ、おまけとして情報をあげようじゃないか。

 この先の休憩所『安息の石灯篭』を使うのなら、森の右奥に行くと良い。ただし、逆の左奥の休憩所は使っては駄目だよ。左の方は『安眠の石灯篭』という、よく似た罠だからね」


 その他、色々忠告も受けた。今回は不意の遭遇だったけど、面識の無い他パーティーとは挨拶程度に留め、救援も助けを請われた時のみで良いなど。


 不意の遭遇にしては、良い交流が出来たと思う。互いの無事を祈る言葉を交わしてから別れた。

 彼らは、流石に趣味と言うだけあって、スキーで滑るのが上手い。スキー客な3人はあっという間に滑り降りて行くだのった。




 折角頂いた忠告通り、右奥の森の中にある休憩所を目指して進む。

 その途中で、雪の中に隠れるグライピングとも遭遇した。林の中だと、木々から落ちた雪のせいで、かまくらがカモフラージュされて見つけ難い。簡単に見つけられる〈第六感の冴え〉が有って良かった。〈敵影表示〉に小さい赤点で点灯するので、確実にこちらから先制攻撃できる。


 林の中で戦うグライピングは、厄介さが一段上がっていた。何故なら、周囲の木々を利用して方向転換し、足場にして飛び掛かって来るからだ。

 ただし、反攻の手立ても同時に見つかっている。それは、足を動けなくする〈囚われのメドゥーラ〉だ。

 ヴィルファザーンと同じく、足を封じる事で〈ジェットゲイル〉を暴発させた。すると、明後日に方向に飛んで行くのは、マシな方。運の無い奴は木に激突したり、頭の角が木に刺さって抜けなくなったりした。

 そうなれば、止めを刺して回るだけである。生き残った奴が居ても、俺かベルンヴァルトが〈挑発〉してからの〈シールドバッシュ〉で気絶させられる。

 結果として、林の中の方が楽に戦えるようになっていた。



 そんな戦いを2回ほど行い、先に進むと大きめの広場を発見した。ザゼンソウが円環状に生えており、その内側に雪は積もっていない。そして同じく、円環状に立っている物がある。日本庭園にあるような三角屋根の小さい石像が、一定間隔で配置されていた。三角屋根の下には光る球があり、優しい光を放っていた。


【魔道具】【名称:安息の石灯籠】【レア度:B】

・魔物を寄せ付けない光が灯された灯篭。破壊不可、接触不可。


 ランドマイス村の森林フィールドや、第2ダンジョンの砂漠フィールドに有った物と同じだな。水場は無いが、端の方に水筒竹や採取物が生えているので、一晩過ごすには十分な環境である。他の利用客も居ないので、俺達の貸し切りとして使わせてもらうか。


「それじゃあ、今夜はここをキャンプ地にするよ。

 ヴァルト、テントを張るから手伝ってくれ」

「おう、いいぜ」

「あ、ザックス様、私は暖かい料理を作りますから、材料と調理器具を出して下さい」

「ん? 疲れただろうから、ストレージに格納してある出来合いの物でも構わないよ?」

「それも出来立てではあるでしょうけど、この雪ですからね。やっぱり、暖かいスープが食べたいじゃないですか!」


 料理好きなレスミアだけに、今日一日雪山を歩いていて鍋が作りたくなったらしい。お昼も出来合いの料理だったし、明日まで探索が続くとなると、料理がしたくなるそうだ。

 レスミアは料理人ジョブにすれば〈ウォーター〉で水を出せるし、テーブルや魔導コンロに鍋一式を出しておけば、十分に本格的な料理が可能である。まぁ、まだ元気そうなので、美味しい料理をお願いしておいた。



 採取物が少ない場所を選び、軽く整地してから、テントの準備をする。人数的に男女で1個ずつかな。

 ただし、1個は既に完成済みである。何故なら前回(村から帰る時)使った状態で、ストレージに格納したままであるからだ。ストレージから取り出して、整地した場所に置き、ペグを打ち直せば完成。こっちは3人用なので女性陣に使ってもらうかな。

 もう一つは、ベルンヴァルトが加入した後に、新たに買い足した物である。騎士団でも使われている大きめの6人用だ……いや、鬼人族のサイズ的にね。


 大きい方は初めて組み立てだったが、ベルンヴァルトは騎士団時代に使っていたらしく、俺に指示を出して、すいすい組み立ててくれた。ソフィアリーセ様達が加入したら、もう一つ買い足すか。

 テントが完成したら、中にマットレスと布団を引いておいた。寝袋? 一応買ってあるけど、ストレージがあるから、布団を持ち歩けば良いだけなのだ。

 後は、ベッドサイドに小さなテーブルと水差し、コップを準備しておく。念の為、オヤツの袋入りクッキーも添えてっと。

 そんな準備を整えていると、乱入する人影があった。勢いよくベッドにダイブすると、コロコロと転がる。


「うわぁ! テントの中にベッドまである! ふかふか~。

 家で使っているのと同じくらい柔らかいね~」

「そりゃ、同じ奴だからな。フィオーレ、ベッドに飛び込むのは良いけど、汚れたままじゃないか。

 しゃーない……〈ライトクリーニング〉!」

「ありがと~。アタシは晩御飯が出来るまで、ここでゴロゴロしてるよ~」


 早速、ベッドの上でクッキーを貪るフィオーレを浄化しておいた。これで良し。

 雪山を歩くには不利なフィオーレが、一番疲れているだろう。多少の無作法くらいは目を瞑るってものだ。


 テントを出ると、テーブルや椅子を広げた近くで、ベルンヴァルトが焚火を始めていた。「キャンプだから焚火は必要だろ」と請われ、薪を出しておいたのだ。この休憩所内なら、暖かいので焚火が無くても大丈夫そうだけどな。キャンプに焚火が鉄板なのは分からんでもない。

 焚火の手伝いは要らないようなので、料理を手伝いに行くのだが、こっちでも手は足りているようだった。


「はい、今日は切って煮込むだけですからね。ええと、3、40分くらいあれば完成するので、ザックス様もゆっくり休憩して下さいね」

「40分か……微妙に時間があるな。採取をしても良いけど、10分も掛からないだろうし。

 あっ、それなら、少し外に出てくるよ」

「今からですか? それなら、皆で行きますよ? あのペンギンの魔物は厄介ですし」

「いや、そこまで遠くないから大丈夫だよ。ほら、スキー夫婦が言っていた休憩所に似た罠。今後の為にも、どんな罠なのか、見てくるだけだって。

 レスミアは料理を頼むよ」


 少し不安そうにするレスミアに笑いかけてから、フィオーレを呼びに行く……のだが、テントの中で寝息を立てていた。

 しょうがないので、ベルンヴァルトと二人で行く事にする。ベルンヴァルトも晩酌をしたがったのだが、まだ夕飯には早い事と、罠の危険性を説くと同行してくれたのだ。


「二人でも大丈夫だと思いますけど、無理そうなら引き返して来て下さいね」

「ああ、行って来る。もし眠っていたら、叩き起こしてくれて良いからな」

「……叩き起こすって、今度は何をするつもりなんですか!」


 レスミアに見送られて、休憩所から外に出た。






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小ネタ

 タイトルのグランピングは、キャンプの一種の事ですね。

 グラマラス(魅惑的)なキャンピングの意味があるらしく、テントやバーベキューの準備まで会場側が整えてくれるので、手ぶらで行けるのが魅力らしいです。


 それに対して、グライピングは私が作った造語。

 滑走のドイツ語グライテンGleiten + ペンギンのドイツ語ピングイーンPinguin


 執筆中、予測変換でグランピングとグライピングが混在してウザかったので、タイトルネタにしましたw

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