第486話 雪山の床暖採取地とスキー客
林の中を抜け採取地へと辿り着いた。ただ、お目当てだった氷結樹は見当たらない。そればかりでなく、雪山とは思えない光景を目にしていた。それは、採取地の部分だけ雪が無く、茶色い地面には赤く丸い花が沢山咲き乱れていたのだ。
背の高い木は生えていないものの、ちらほらと低木なプラスベリー(白)や、葉物系の薬草と加速草智、キノコ系の踊りエノキと踊りなめこ等々が実っている。背の高いのは水筒竹くらいか?
【素材】【名称:ザゼンソウ】【レア度:C】
・ダンジョンのマナを吸収し、自己発熱する変異したザゼンソウ。雪山に咲き、発熱で周囲の雪を解かす。この時、多数のザゼンソウが円環状に生えると、その内側も温めてくれる。温められた場所では、雪山では生えない素材も収穫できる。
この花は食べられないが、花弁を乾燥粉末にしてから振りまく事で、凍結している物を解かす効果がある。
上向きのランプシェードのような形をした5㎝程の赤い花である。鑑定文にあった通り、雪の無い部分の円周上には、ザゼンソウが連なって円を描いている。
「おお~、本当に暖かい~!」
「ああ、生き返ります~。ザックス様、ちょっと休憩して行きませんか?」
鑑定文を聞かせるや否や、女性陣がザゼンソウの円の内側へと飛び込んだ。ペンギンコートを脱いでも大丈夫なくらいの暖かさらしい。俺もブラストナックルを外して、外の寒さを感じてから内側へと入る。確かに、冬の屋外から暖房の掛かった部屋に入るくらいの温度差がある。多分、普段のダンジョンのような春の陽気よりは温度が低いが、ヴァルムドリンクを飲んでいるので、丁度良い塩梅の温度の様だ。
折角なので、小休止をすることにした。地面に座った方が暖かいらしいので、背の低いテーブルに暖かいお茶と焼きたてのお菓子を給仕しておく。まだまだ先は長いので、甘いもので体力を回復させてもらわないとな。
俺は左程疲れていないので、収穫をする。
ベルンヴァルトは率先して水筒竹を収穫して手伝ってくれるのかと思いきや、早速収穫した黄色の竹……エール筒竹を開けて、ぐびぐびと飲み始めた。
「ヴァルト、飲むなとは言わないけど、程々にしとけよ~」
「わーってる、わーってるって。
それより、上の方に面白いもんが出来てたぜ」
投げて寄こされた水筒竹を素手でキャッチする。すると、手にひんやりとした冷たさが伝わって来た。不審に思って軽く振ってみたが、水音は聞こえない。どうやら、中身が凍っているようだ。
「ザゼンソウの暖かさも上まで届いていないのか……どのくらいの高さからこうなっていたんだ?」
「あー、霜が付いていたのは俺が手の届かない辺りからだな。
ギリギリ手が届く辺りも面白いぞ。ホレ、ワインがシャーベットになってら」
ワイン筒竹はガラスの様に透き通っているので、中が見える。本来ならば赤く透き通ったワインが、凍って濁ったような色に変化していた。どうやら、ザゼンソウの暖かさは3、4mまでしか届かず、それ以上の高さだと凍ってしまうようだ。
なるほど、背の高い採取物が無い訳である。ただ、氷が手に入るのは良いな。冬場の今は必要としていないが、春や夏になれば欲しくなる。冷凍庫な魔道具も販売しているけど、大型錬金釜クラスにはお高いので、なかなか手が出ない。
ストレージに入れておけば、凍ったまま保存出来るので、これを機に確保しておくのも良いだろう。
収穫をしながらベルンヴァルトに話を進めると、二つ返事で了承を貰えた。
「そりゃあ良い。冬場じゃなくても、酒がロックで飲めるんだからな。
……おおっ、そうだ! 凍った水筒竹だけじゃ少ないだろ、外の雪も持って帰ろうぜ」
水筒竹を全て俺に渡した後、ザゼンソウの採取地から出て行く。そして、外に積もった雪を握り、雪玉を作り始めた。いや、鬼人族の筋力で握られているので、ほぼ氷玉だな。確かウィスキー等を飲む際、丸い氷を使う事もあると聞いたことがある。それの原始的な方法なのだろう。
俺としては、雪を食べる事にちょっとだけ拒否感があった。雪が降る原理を知っていれば、空気中の埃などが多分に含まれていると思われる。積雪にシロップを掛けてかき氷を作る想像なんて、子供時分に誰しもが考える事ではあるが、大抵は親に止められるからなぁ。
……いや、むしろダンジョンの中の方が綺麗じゃないか?
風もなく埃も立たない環境なので、この雪はダンジョンのマナから作られていると思われる。
取り敢えず、雪玉を量産するベルンヴァルトは放っておいて、適当なグラスに雪を詰めて、ザゼンソウの熱で溶かしてみる実験を試みた。すると、溶けた水は非常に澄んでおり、目に見えるような不純物は無かった。飲んでみても、味におかしなところも無い。
ベルンヴァルトの氷玉だけでなく、雪もストレージに確保しても良いな。もちろん、綺麗そうな所に積もっている分だけね。
順調に収穫を終えたのだが、最後の最後でミスをしてしまった。それは、ザゼンソウの収穫である。
以前、状態異常対策の薬品を購入したのだが、その中の凍結対策としてザゼンソウが使われていたのだ。
【薬品】【名称:解氷粉末】【レア度:C】
・ザゼンソウの粉末。粉末にすることで、凍結の状態異常に効果がある。振りかけると身体や服、装備品の凍結を解除する。ただし、重度の凍結、身体が冷えるのには効果が薄い。
その為、ザゼンソウも収穫しようと〈自動収穫〉を使ってみたのだが、採取地を囲むザゼンソウまで収穫してしまったのだ。円環状に生えていたザゼンソウが一部途切れた事で、採取地を覆っていた暖かさが消えて行ってしまった。
正確には、冷たい風が中に吹き込み始め、暖かい空気を押しのけてしまったのだ。とばっちりを受けたのは、休憩中の女性陣。程なくしてくしゃみをする声が聞こえた。
「クシュッ!……なんか寒くなってない?」
「ごめん、ザゼンソウを間違って採取したせいで、暖かくなる効果を消してしまったみたいなんだ」
「え~、折角ぬくぬくしてたのに~」
「まぁまぁ、私達は十分休憩させてもらったじゃない。
ザックス様達も交代で休憩して下さい。少しでも暖かい物を飲んだ方が良いですよ」
「ああ、ありがとう。
ただ、俺とヴァルトはまだまだ元気だからね。片づけを済ませたら出発しようか」
採取と言っても〈自動収穫〉なので、疲れる要素が無いのだ。合間に、MP回復としてマナグミキルシュも食べていたので、栄養補給も出来ている。エール筒竹を呷っていたベルンヴァルトも言わずもがな。採取地の外で雪遊びに興じているくらいには、元気だからな。大量生産していた氷玉も回収して、元来た道を戻った。
ゲレンデにまで戻って来たのだが、行きには無かった筈の氷結樹が5本生えているのを発見した。林とゲレンデの境界近く、つまりグライピングと戦った辺りなので、見落とした可能性は無い。
つまり、俺達が採取をしている間に、新しく生えて来たに違いない。
「〈自動収穫〉!
ほら、ダンジョンのエントランスで、スキー板を抱えた人達が居ただろ?
多分、彼らは採取グループだと思う。出口側……つまり、雪山の上の方から滑って移動して、採取地を回るんだってさ。
他の場所で採取地が採り尽くされて、ここに新しく採取地が出来たんだろうな」
「へ~、ラッキーじゃん。
あ、沢山取れるなら、あの暖かい採取地で食べれば良かったなぁ」
と言いつつ、枝から摘まみ食いするフィオーレ。身体が冷えるってのに、なんで食べるのかね?
まぁ、フィオーレなのでしょうがない。さっさと〈自動収穫〉してしまうのが吉である。先に全部収穫してしまえば、さしものフィオーレでも、諦めるだろう。
全てストレージに格納し終えると、少しだけ恨みがましい目で見られたが、「次の休憩のオヤツにな」と約束するだけで、手の平を返す程度である。
実を全て採られた氷結樹は、程なくしてマナの煙へと帰って行く。ただ、最後の1本が消える直前に、フィオーレが枝をパキッと圧し折る。何事かと思ったところ、その氷の様な枝を、パクリと咥えるのだった。
「うえぇ~、なにこれ? 氷みたいな見た目なのに、触感は木じゃん」
「いや、なんで喰おうとするんだよ……」
「え~、冬場なんだから、喉が渇いたら
そう言いながら、枝をポイ捨てするフィオーレ。しかし、年に雪が1回降るか降らないか程度の地域に住んでいた俺には、分からない感覚だ。
すると、同じく雪国出身なベルンヴァルトが、懐かしそうな顔で頷き返していた。
「おう、分かる分かる。雪山を走り回ると、暑くなって咽が渇くから、氷柱をポリポリ齧ったり、雪を喰うんだよな」
「雪山じゃなくて、庭で遊ぶ程度だったけど、美味しい奴と不味い奴があるよね!」
「そうそう、透明な奴が美味いんだよな」
良く分からんけど、雪国のあるあるトークの様だ。因みに、レスミアの故郷である猫の国ドナテッラも、それほど雪が降る訳では無いそうで、俺と一緒に興味深く耳を傾けるのだった。
オヤツにするには十分なくらいの氷結樹の実が採取出来たので、先を急ぐ事にする。
緩やかなゲレンデを登って行くと、時折、渡り鳥の様に飛んできたヴィルファザーンが襲ってきた。空を飛んでいる分だけ対処法が限られるので、面倒な敵である。
いっその事、編隊を組んで飛んでいるところを〈遠隔設置〉からの〈かすみ網の罠〉とかで一網打尽にしたくなるが、あの罠術は網を引っかける場所がないと使えないのだ。何もない空中に罠を仕掛けられたら強いのになぁ。
稀な事ではあるが、ゲレンデにかまくらを作って隠れているグライピングも居た。まぁ、〈第六感の冴え〉でなくともバレバレなので、かまくらに〈ファイアジャベリン〉を打ち込んでやったけど。
幸いなのは、この2種類は混在して出現しない事だな。恐らく、空を飛び回るヴィルファザーンと、かまくらに隠れ雪上を滑るグライピングでは、行動範囲が違い過ぎてパーティーを組めないのだろう。こちらとしては、上空と雪上の両方から襲われるのは、堪ったものではないので助かる。
ただし、次の42層から登場する魔物も居るので、油断は出来ない。この階層で、この2種類には慣れておきたいところだ。
お昼頃になれば採取地を探し、ザゼンソウの暖かい場所で昼食を取る。もちろん、氷結樹の実をオヤツに頂いた。ピンク色の実なのであるが、味としては甘酸っぱいブルーベリーを凍らせた物の様だ。そのまま食べても美味しいのだが、牛乳と砂糖と共にミキサーで混ぜて、ソフトクリームにしても美味しそうである。レスミアに提案してみると、予想以上に乗り気になり、帰ったら作ってくれる事になった。
元々凍っている実なので、混ぜ合わせるだけでもアイスになる。冷凍庫が無くても作れそうなのは良いな。
休憩を取りつつゲレンデを進み、15時を回った頃である。ようやく41層の半分、中腹辺りにやって来た。地図によると、中腹辺りから森の面積が増えて行く。一応ゲレンデは、ここからS字状に頂上まで続いているので、遠回りするのが正解らしい。
もちろん、直線で登る事も可能であるが、森の中を突っ切らないといけない。
「取り敢えず、そこの中腹辺りに 安息の石灯篭に囲まれた休憩所があるから、そこで一泊しよう」
「ハァ~、ようやく休憩所か~。結構、昇って来たよね~」
フィオーレの言葉に後ろを振り返ると、入り口だった41層休憩所が、下の方に霞む程小さくなっていた。流石に1日登っただけはあるな。ここで夕日でも見えれば良い雰囲気なんだろうが、ダンジョンなのでずっと昼間である。
ホッと一息入れていると、急にレスミアが緊迫した声を上げた
「上から、他のパーティーがやってきます! その後ろに魔物も!」
その声がしてから数秒後、俺の〈敵影表示〉にも、緑色の光点が表示された。緑はパーティー外の人間だ。それが3つ、赤い光点に追いかけられるようにして、こちらに近付いているのだった。
レスミアが先に気が付いたのは、スティングレイブーツの付与スキル〈天眼〉によるものだろう。数秒とは言え、緑点の移動速度を考えると、先に気付いたのは助かる。何故なら、後を追う赤い光点は増え続け、10個にまで増えていたからだ。
ここから逃げるにしても、微妙な距離だ。巻き込まれる可能性は高い。それに、見殺しにするのも目覚めが悪いな。迷う時間も惜しいので、即決して指示を出した。
「全員、迎撃準備! 〈魔剣術・初級〉!
敵は10匹、恐らくグライピングだ。追われている3人では多勢に無勢、俺達で救援するぞ!」
「はい!」「おう!」「りょーかい!」
ベルンヴァルトを先頭にして、配置に付いた。魔法も〈フレイムウォール〉だと、他パーティーを巻き込みそうなので、〈ファイアジャベリン〉で複数貫通を狙った方が良いか?
レスミアが矢を番え、フィオーレが〈スローアダージオ〉を踊り始める。
そんな準備をしていると、上の林から人影が飛び出してきた。早い筈だな、3人の探索者はスキーで滑り降りてきていたのだ。それを追うグライピングも、続々と林の中から滑り出てくる。
向こうもマント姿なので分かり難いが、30代くらいの男2人に、女1人か?
声が届きそうな距離になってから、声を上げて忠告した。
「こちらは探索者パーティー『夜空に咲く極光』! そちらを援護します!
戦えないのなら、そのまま滑り降りて!」
先頭の男が、俺の声に気が付き、滑る速度を少し落とした。そして、後ろを向いてから、少し逡巡し、声を上げる。
「ミスリルの騎士?!
……すまない! 巻き込んだ!
俺達も戦うぞ! 全員止まれ!」
リーダー格の男性が後ろに声をかけると、スキー板を横にしてパラレル停止を試みる。盛大に雪を巻き上げ、速度を落とした。
その間にも、グライピングは追ってきている。俺達は前の方のグライピングから足止めをするべく、攻撃を開始した。
「〈ファイアジャベリン〉!」
「〈ツインアロー〉!」
「空も飛べない鳥共め! 俺が相手だぁ!」
先頭の2羽を〈ファイアジャベリン〉で焼き鳥にし、矢が命中した奴を転ばせる。そして、後続に関してはベルンヴァルトが〈ヘイトリアクション〉を仕掛けた。後は7羽、ベルンヴァルトと俺の〈シールドバッシュ〉でどれだけ、対応できるか……
俺達が待ちの姿勢を見せていると、急停止した探索者の男女がマントをはためかせると、弓を取り出して構えた。ただし、二人とも矢は番えていない。空の弓を引くと、女性は空を仰ぐように斜め上に構え、男はグライピングに狙いを定めた。
「〈アローレイン〉!」
「〈魔弓術・火属性〉!〈ガトリングアロー〉!」
女性が空に向けて射った半透明な矢は、空中で弾けると、小さな矢となって雨あられと降り注ぐ。滑り降りて来ていた後続のグライピングは、背中を打ち抜かれて転げまわる。
そこに、男が赤いクリスタルのような矢……鏃のように短い〈ファイアジャベリン〉……を、撃ち放った。ただし、1発撃った後に続いて、赤い矢が連射して飛んで行く。弓の玄を引いてもいないのに、弓を向けた方へ連射する様は、確かにガトリングの様だ。
残りの7羽は、その男女の魔法のような弓術で、あっという間に掃討されるのだった。
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