第484話 囚われのジェットゲイルと雪に潜む不良皇帝

 ピンク色の実を全部収穫して少しすると、青白い氷のような氷結樹がマナの煙となって消えて行ってしまった。実を全部採取すると消えてしまうのは、ダンジョンの採取地でよく見られる光景である。こうして消えて行った後は、別の場所が採取地となるのだ。まぁ、フィールド階層の場合は、どこかの部屋とかじゃなく、至る所に生えてくるけどな。一応、植生だとかで生え易い場所はあるらしいが。


「おお~、なかなか甘酸っぱくて、うま~。これなら、パクパクいけるよ~」

「フィオ、そのくらいにしておかないと、身体が冷えちゃいますよ」

「あー、うん。寒くなって来た……」


 雪の上に落ちた氷結樹の実を拾い集めてから、フィオーレが味見とばかりに食べ始めていたが、数個でギブアップしたようだ。寒がりなレスミアは、拾い集めた分も早々に俺に渡してきた。昼食時や、暖かい所で食べたいそうな。


「コタツに入って冷たい物を食べると、幸せな気分になれますからね~」

「ああ、コタツアイスか」

「はいはい! それなら、もっと数が欲しいな!

 歩くだけじゃつまんないし、もっと採取して行こう!」

「……一応、踏破が目的だから、〈サーチ・ストックポット〉の反応が近い奴だけな。

 この階層は、攻略した後に奥から入った方が楽なんだ。

 取り敢えず、林から出よう」


 〈サーチ・ストックポット〉の反応は林の奥……昇っていく方向なので、このまま突っ切った方が早いと思う。しかし、林の中には、身を潜めている魔物が居るらしいので、避ける事にした。先ずは安全第一、雪山の環境に慣れないとな。



 来た道を戻りゲレンデに出てから、改めて登り始める。

 俺とレスミアは、装備品の〈接地維持〉があるので、雪の上でも普段通りに歩ける。残りの2人はスノーシューで歩けるとはいえ、少しだけ速度が落ちている。それでも、雪国出身のお陰か、雪の上を歩くのを苦にしていないようだった。


「天気は良いし、雪の状態もずっと均一だからな。地上の雪山よりは楽だぜ」

「冬の山に入る時点で、アタシとは全然違うね」

「そりゃ、ダンジョンに行けない子供でも、ウサギや鳥くらいは狩れるだろ? 夕飯にすんだよ」

「わ~、田舎って感じ!」

「うっせぇ、幼年学校の頃の話だ。途中からアドラシャフト領都に移り住んだから、都会育ちでもあるぜ」


 そんな雑談を交わしながら先に進んでいると、魔物の反応をキャッチした。右奥の林から鳥が5羽、飛び出て上昇して行く。恐らく樹の枝に泊まっていた状態から、〈ジェットゲイル〉で飛び出したのだろう。木に積もっていた雪が、音を立てて落ちた事で、他の皆も気が付き戦闘態勢を取る。


「〈ダウンバースト〉で落とす戦術を試す!

 フィオーレは、ジャベリンを避けてから、〈囚われのメドゥーラ〉で脚を封じろ!」

「りょーかい!

 ……でも、空を飛ぶ相手に意味あるの?」


 フィオーレが首を傾げてボヤいてから、踊り始めた。いや、それを試すって話を朝食の時に説明したんだが、納得していないようだ。俺的には鑑定文の内容から、効果あると睨んでいるが……

 ともあれ、直ぐに使えるランク0〈ブリーズ〉魔剣術を使ってから、〈エレメント・チャージ〉の力を借りて、〈ダウンバースト〉の魔法陣を充填する。同族性だと充填速度が速くなるうえ、〈ダウンバースト〉はランク6にしては、魔法陣が小さいので、10秒も掛からず完成した。

 ヴィルファザーンの群れも、こちらへ向かっている途中である。そのV字編隊の先頭の1匹をロックオンして、魔法を発動させた。


「〈ダウンバースト〉!」


 飛んでいたヴィルファザーンの内、3羽が真下へと落下した。おっと、範囲魔法だとは知らなかったが、編隊を巻き込むほどの範囲はあるようだ。ただし、落下した3羽は雪の上に落ちたものの、柔らかい新雪だった為に生きているようだ。雪に埋もれているが、〈敵影表示〉の赤点は消えていない。


 取り敢えず、落下地点とは距離はあるので後回し。その間にも近付いてきている残りの2羽が、急降下しながら魔法陣を向けて来ている。高さ5m程からの一方的な魔法攻撃であるが、直線的なジャベリンなら避ける事はそう難しくない。

 

 こっちも〈ファイアジャベリン〉でカウンター出来ると格好良いのだけどな。充填が完了していないのでしょうがない。〈オフセットマジック〉の効果で敵の魔法を打ち消して、逆にジャベリンで貫き返すとかロマンがあるけど。


 ……いや、ニンジャをセットしていないのに、なんで格好良さを考えんだ? 先ずは、堅実に勝てる方法を模索しないと。


「いっくよ~! 〈囚われのメドゥーラ〉!」


 敵の魔法に狙われなかったのか、フィオーレが早々に踊り始めた。その声を聞いてから、上空の2羽へと目を移す。

 1戦目と同じならば、魔法を撃ち終わったヴィルファザーンは、再び舞い上がろうとする。〈ジェットゲイル〉の突風を地面に向けて出し、戦闘機の様に急上昇するのだ。


 ただし、鑑定文によると〈ジェットゲイル〉は。さて、足が動かなくなる〈囚われのメドゥーラ〉を掛けたら、どうなるか?

 その実験結果は……1羽は、斜め下に向かってジェット加速し、雪の中へ突っ込んでいった。そして、もう1羽は、急上昇には成功したものの、そのまま上空で宙返りをした後、地面に向かって墜落した。加速状態で、頭から突っ込んだせいか、〈敵影表示〉の赤点が消えて行く。


 結論、加速の方向性を決める足を封じれば、制御不能なロケット弾と化す。

 雪に突っ込んで自爆したのは偶然であるが、地面に落とすだけでも十分である。難点は、〈囚われのメドゥーラ〉の効果が確率発動な点かな?


 先に〈ダウンバースト〉で落とした3羽へ目を戻すと、1羽が雪の上で羽をバタつかせて藻掻き、2羽は周囲を走り回っている。おっと、倒れた奴は、レスミアの矢に撃ち抜かれたか。

 5羽中3羽にしか〈囚われのメドゥーラ〉が効いていないので、確率としては6割……中確率ならこんなものか?

 確実性があるとは言い難いが、戦術に組み込むには十分である。それに、踊りの中で華麗にジャンプを決めると、足を動かなくする効果が追加発動するのだ。

 あ、走り回っていた1羽が雪上に倒れた。その隙を逃がさないよう、レスミアが〈ツインアロー〉で射貫く。 

 墜落現場は少し距離があるので、このままレスミアに任せよう。


 しかし、最後の1羽はしぶとくも、飛び上がろうとしていた。雪を蹴ってジャンプし、〈ジェットゲイル〉の突風で雪を舞い上げながら、空へと上がる。


「なんて、許す訳無いだろ! 落ちろ!〈ダウンバースト〉!」


 充填待機させていた魔法で、再度叩き落した。

 墜落したヴィルファザーンは、雪に埋もれてしまったが、2度目の墜落のせいか起き上がってこない。そこに、レスミアが雪ごと射貫く事でトドメとなった。



 結局、対ヴィルファザーンとして、〈ダウンバースト〉や〈囚われのメドゥーラ〉で飛んでいる奴らを引きずり降ろす。効かなかった奴には〈ヘイトリアクション〉からの〈フレイムウォール〉か〈シールドバッシュ〉で叩き潰す、辺りが有効かな?

 〈語らいのブルーバード〉も魔法のタイミングをズラすのには有用であるが、〈囚われのメドゥーラ〉と比べると一歩落ちる。敵との距離が遠いときは〈語らいのブルーバード〉、近くなったら〈囚われのメドゥーラ〉みたいに使い分け出来ればいいが……フィオーレに提案はしておくか。


 範囲魔法一発で終わらないのは少し面倒ではあるが、これらの戦法を組み合わせて行動すれば、楽に戦えると思う。ヴィルファザーン自体は、鳥なだけあってHPも低いみたいだからな。地面に落としさえすれば、苦労はしない。




 少し先に進み、次の〈サーチ・ストックポット〉の反応がある真横にまで来た。反応の強さからして、林の中を少し進めば氷結樹の実が生えているだろう(願望)。

 ただ、林に入る前に怪しい物を発見した。そこに近づく前に腕を横に広げて、皆を停止させて、作戦タイムに入る。


「あそこのかまくら……一番手前の木の下にある、丸っこい雪だまりな……魔物が潜んでいるぞ」

「かまくら? ええと、潜んでいる魔物と言うと、雪の上を滑る鳥型魔物でしたね。〈敵影表示〉にも反応が無いですよ?」

「えー? アレは木の上の雪が落ちて来ただけじゃない?」

「いや、上の方があんなに丸いのは不自然だぞ」


 その周囲にも落ちて来た雪があるので、かまくらと聞いてイメージする、丸っこいドーム状とは少し違う。ただ、雪国出身なベルンヴァルトが、同じように怪しんだ。もちろん、俺も判断材料があってのことである。


「そこのかまくらと木々の奥辺りに、小さい赤点が光っているんだ。普段の魔物の反応とは違うけど、多分、剣客のスキル〈第六感の冴え〉の効果だと思う。皆、戦闘準備」



 〈第六感の冴え〉は隠れている者を発見するスキルだ。普段よりも反応が小さいけれど〈敵影感知〉の圧力も少し感じるので、間違いないと思う。

 魔剣術を使ったうえで、魔法を準備。更に、ストレージからウーツカイトシールドを出して、左腕にベルト固定した。ブラストナックルの甲から生えた刀もあるが、〈魔喰掌握〉で取り込んだ分は、見えている柄の分しか重さを感じないので、同時装備しても問題無い重さである。


「戦術は今朝話した通り、俺とベルンヴァルトで、突進してくる魔物を〈シールドバッシュ〉で気絶させる。レスミアは止めを。フィオーレは敏捷値ダウンの〈スローアダージオ〉を頼む」

「〈ヘイトリアクション〉は俺で良いな?」

「ああ、敵は回り込んで来るらしいから、俺が背中側を守るよ」

「ガハハッ! あんま近過ぎると、熱いから背中合わせは止めてくれよ」


 ベルンヴァルトが皮肉交じりに笑い飛ばす。スキルや魔法を使うには、どうしてもブラストナックルを経由するので発熱するのはしょうがないのだ。レスミアとフィオーレは、俺の事を焚火代わりにしている節はあるし。

 まぁ、一人だけ特殊武具で楽をしている後ろめたさはあるので、皆の暖が取れれば良い。MP回復もマナポーションを飲めばいいだけだ(マナグミキルシュは、グミが溶けるのでNG)


「それじゃあ、私が攻撃して、誘い出しますね」


 そう宣言したレスミアが、矢を番え、弓を引き絞る。配置はベルンヴァルトを前衛に、その斜め後ろの左右に、俺とレスミア。そして、俺達で作る三角形の中心に、踊るフィオーレである。


 以前買い替えたパイロキルシュ・コンポジットボウは、魔力を通すと弦の張力が強くなり、威力が上がる。限界まで絞られた弓から放たれた矢は、視認するのが難しい程の速度である。瞬く間に飛来した矢は、かまくらに突き刺さり埋没する。


 「ブワワーーー!」


 トランペットでも吹いたかの様な鳴き声と共に、かまくらが壊れ、中から黒い物が飛び出してきた。更に、その声に呼応したかのように、他の雪だまりや、木々の奥から同じような黒い魔物が飛び出して来る。計5羽のペンギンは、順次雪を吹き飛ばし、弾丸のような速さで突進を始めた。


「数を減らす! 〈ファイアジャベリン〉!」


 先頭を滑る、背中に矢が突き刺さったペンギン狙い、魔法を撃ち放った。あわよくば、複数巻き込めないかと思ったが、先頭ペンギンの胴体を貫くのみ。直線状に居た他のペンギンは、横にスライドするように滑って行く。


 そう、雪を滑る鳥とは、ペンギン型魔物の事である。いや、ヴィルファザーンの様に鶏サイズかと想像していたが、その体積は5倍程も大きく、大型犬サイズなのだ。大きさ的にエンペラーか?

 黒い背中に白いお腹なツートンカラーに、目の所が黄色いペンギンさんである。ただし、その頭にはリーゼントのような角が生えている。不良皇帝ペンギン?



【魔物】【名称:グライピング】【Lv41】

・雪山を滑走するペンギン型魔物。ゲレンデを滑走しながら獲物を狩るのが大好きで、滑りながら獲物に突撃、硬質化した鶏冠で串刺しにする。風属性魔法の亜種〈ジェットゲイル〉を足から出す事により突風を巻き起こし、坂道でも逆走することが出来る。また、嘴から吐くブレスにはデバフ効果があり、浴びると敏捷値が低下してしまう。獲物の敏捷値を下げたところを、高速滑走で串刺しにするのが基本戦術。

 また、氷風属性魔法の亜種〈イグルースニーク〉を使うことで、雪の中に隠れる事が出来る。林の中では、雪の中から奇襲を掛け、木々を利用した三次元突撃で獲物を狩る。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:滑走ペンギンの毛皮】【レアドロップ:ペンギンチャーム】

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