第477話 ジュリエンヌと素材置換調合
40層のボス戦を周回するうちに、お昼となった。ボス部屋から転移魔法陣で移動し、休憩所にてストレージに保管してある昼食を取る……のだが、ちょっとした考えがあり、レスミアにお願いして料理を作って貰うことにする。折角、炊事場付きの休憩所なので、利用するのも良いだろう。
石で出来た竈はあるのだが、火起こしするのは面倒だ。携帯型の魔道具コンロとフライパンで調理を開始した。レスミアが作り始めたのは、豚挽き肉とトマトのピリ辛炒め煮である。作り置きのトルティーヤに挟んでタコスにしようというのだ。
そして、俺もお手伝いをする。炊事場にある水場……壁から伸びた石製のパイプ、そこから水が湧き出ているので、軽くキャベツを丸洗い。食欲旺盛なのが2人もいるからな、3玉程洗ってから、まな板で四つ切りにして芯を取り除いた。
さて、後は千切りにするだけだが……新スキルを使ってだ!
「〈ジュリエンヌ〉!」
包丁を右手に持ち、まな板の上にキャベツを置いた状態でスキルを使用する。すると、両手が勝手に動き始めた。左手を猫の手にしてキャベツを抑え、右手の高速に包丁を振るい始める。機械のような正確さで、あっと言う間に千切りが完成していた。
そう、料理人レベル40で覚えた新スキルである。
【スキル】【名称:ジュリエンヌ】【アクティブ】
・包丁類(刃渡りが短い刃物)でのみ、使用可能。対象を高速で千切りにする。
また、魔物相手にも使用可能だが、射程と効果範囲が短いので、護身用と割り切ろう。使用した後は、洗浄だけでなく
〈アンティセプス〉で包丁を除菌するように。
「おお~、ザックスがプロの料理人みたい!」
「ははっ、千切りくらい俺でも出来るけど、この細さと早さは無理だ。流石は料理人のスキルと言ったところか。〈ジュリエンヌ〉!」
「え~、それくらいなら、私も出来ますよ。
ヴァルト、ちょっと代わって。弱火にしたから、焦げ付かないように、適度に掻き混ぜてくれれば良いからね」
料理人なレスミアのプライドに火が付いたのか、勝負を吹っ掛けられた。取り敢えず、先に切った分は〈ジュリエンヌ〉で千切りにして置き、残りの2玉で勝負する事になる。四つ切りにして、芯を取るところまでは準備してから、二人で並んだ。
既に芯を取る手際で負けているのだが、ここからはスキルに任せよう。先に芯取りを終わらせ、得意気に微笑むレスミアに準備が出来た事を伝える。
「私も毎日お料理していますからね。負けませんよ!」
「ふっ、俺のスキルに勝てると思っているのか!……いや、ちょっと待って、ニンジャジョブを外すから」
決め台詞と共に、包丁を空中に放り投げ、クルクル回してからキャッチしたのは俺の本位では無い。ニンジャジョブをセットしていると、格好を付けたくなるのでしょうがないのだ。
ジョブを入れ替えてから、気を取り直して、千切り対決を始めた。
「それじゃ、よーい、始め!」「〈ジュリエンヌ〉!」
審判フィオーレの合図と同時にスキルを使用する。俺の両手が猛然と千切りを始めるが、隣のレスミアも負けていない。包丁がまな板を叩く、リズミカルで小気味よい音を奏でる。
そうこうする間に、四分の一個が切り終わる。切り終わったキャベツをボウルに移し、再度千切りスキルを使用した。レスミアも、ほぼ同時。いや、早さとしては少しだけ俺の方が早いが、ボウルに移す手際の差で追いつかれたか。
そんな勝負を続けたところ、最終的にレスミアの方が数秒早く終了するのだった。
「う~ん、これは……引き分け! かな?」
「あれ? 俺の方が遅かっただろ?」
「……いえ、私の負けですよ。見て下さい、最後の方だけですが、斬り方が大きくなってしまいました」
レスミアが指で摘まんで見せたのは、3㎜程の幅のキャベツである。確かに千切りにしては少しだけ大きいが、厳しすぎる気もするなぁ。俺の方は機械で千切りしたかのように、1㎜幅で統一されているけど……
少し、しょんぼりしてしまったレスミアを慰めるべく、手を握って摩ってあげる。
「いつも料理を作ってくれてありがとう。レスミアが料理を得意なのは分かっているけど、折角のスキルなんだ。少しくらい楽をしても良いと思うよ。ほら、俺がキャベツ一玉全部、自力で千切りするのは大変だけど、スキルを使ったお陰で疲れもしていない。
料理用の魔道具と一緒さ。このスキルを覚えて、重労働な家事を楽にしよう」
「……そうですね。すみません、少し意固地になっていたみたいで。そのスキルがあれば、千切りに使う手間と体力を他に使えますからね。もっと美味しい料理を作りますよ!」
レスミアが笑顔に戻ったので、握り合っていた手を引き寄せた。そして、腰を抱き寄せ、見つめ合う。頬を撫でてやれば、何をされるのか察して目を閉じてくれる。
しかし、横合いから、雰囲気をぶち壊しにする、腹の音が鳴った。
音の鳴った方を見るとフィオーレが、バツが悪そうな顔をしている。更に2度目の腹の音が鳴ると、その音を掻き消すようにテーブルをバンバン叩いた。
「……あ~、いちゃつくなら、帰ってからにしなよ。『グ~』お腹すいたんだから、早く食べよう!」
「おう、そいつらがいちゃつくのは何時もの事だろ。そんな事より、このトマト煮、ピリ辛で結構いけるぞ。もうちょい、肉っ気が欲しいとこだけどな」
「あっ! ズルいヴァルト! 先に食べ始めるなんて!」
いつの間にか、ベルンヴァルトが自分でタコスを作って食べていたようだ。それを見たフィオーレは、トルティーヤを十枚ほど鷲掴みすると、コンロの方へ駆け寄っていく。どうやら、欠食児童達を待たせるのが限界のようだ。
レスミアと笑いあってから、午後も頑張ってレベル上げをする為に、昼食の準備の続きに取り掛かった。
ただし、トルティーヤにトマト煮の挽肉だけを乗せて食べる二人に対して、レスミアの雷が落ちる。
「二人とも、お肉だけじゃなくて、キャベツも挟みなさい!」
「まあまあ、俺達も迷惑かけた部分もあるからさ。
……他に挟む具材をストレージから出すよ」
キャベツの千切りは沢山あっても、肉とソースが足りなくなりそうだ。出来合いの肉料理を取り出して、〈ジュリエンヌ〉で薄切りにしておいた。トンカツの薄切りとか、ちょっと面白い。タコスにキャベツとトンカツの薄切りを数枚挟んで、ウスターソースを掛ければ疑似的なカツサンドの出来上がり。
そんな感じで、色々な料理を挟んだタコスパーティーを楽しんだ。
因みに、料理人レベル40では、もう一つ新スキルを覚えている。
【スキル】【名称:食材の目利き】【パッシブ】
・ダンジョン産の食材を、鑑定系スキルで調べた場合、熟成度(マナ保有量)や属性が分かるポップアップを表示する。
ただし、鑑定できるレア度に限る。
以前手に入れた、食材の属性一覧資料を作ったスキルだろう。試しにキルシュゼーレに使ってみた所、こんな感じに表示された。
【食品】【名称:キルシュゼーレ】【レア度:C】
・幽魂桜が魔物のマナを凝縮して実らせたサクランボ。極めて糖度が高く、煮詰めたジャムの様な甘さを誇る。
また、実らせた状態で更にマナを吸わせると、熟成が進む。果実の色が赤から紫になるにつれ、発酵してアルコールへと変化するのだ。紫色に変じた果実を1粒潰し、ジョッキに水や炭酸水を注げば美味しいカクテルになるだろう。果汁を菓子の香り付けに使うのも良いが、熟した物はアルコール度数が高いので注意。特に、真っ黒になるまで熟すと、甘味が消えてアルコール度数が急激に高くなる。
【光属性】【熟成30%】
キルシュゼーレは、マナを吸わせると、色が変わる果物である。今調べたのは赤い実であるが、【熟成30%】らしい。他にも、紫や黒の実の熟成度も数個ずつ調べる事で、傾向が見えて来た。
赤い実は60%未満、紫が80%未満、黒は81%以上で変化するようだ。ただ、面白いのは、同じ赤い実であっても熟成度が違うと味も少しだけ変わるらしい。デザートとして食べていた際に、このスキルに関して話していたら、舌が敏感なレスミアが気付いたのだ。10%と40%を食べ比べると、40%の方が甘いらしい。俺も、事前に知っていれば違いが分かる程度の小さなものだ。ただ、その食材同士の小さな違いが、料理の味やバフ効果に影響を及ぼすのかも……とはレスミア談。
属性は食材の相性と考えれば分からんでもないが、熟成度による味の違いまで計算に入れて料理をするとか、もはや科学の実験である。しかも、美味しくて、バフ効果の強い料理にしなければならない。貴族の料理人がレシピを秘匿する訳だ。
もはや、俺には付いて行けない領域な為、レスミアに全面的にお願いしておいた。
昼休憩中に、レベルの上がったスキルをチェックしていると、面白い物を覚えたので、試してみる事にした。
炊事場の竈に錬金窯を置いて、上に排煙装置(只の穴に見える)がある事を確認してから、調合を始める。先ずは、事前に作ってある調合液を注ぎ、錬金窯の半分ほどを満たす。
今日の材料は、村時代に使っていたダガーを2本と、ウーツ鋼のインゴット片を2個(ダガーと同じ重さ分に切り分け済み)。インゴットは、鍛冶師のスキル〈インゴットキャスト〉で作った物である。ウーツ鉱石から〈リファインオーア〉で金属成分のみ取り出し、〈インゴットキャスト〉で成形って感じだ。丁度、ボス宝箱から出て来たウーツ鉱石を使わせてもらった。
【スキル】【名称:リファインオーア】【アクティブ】
・効果範囲内の鉱石に含まれる金属、及び宝石を抽出する。ただし、ダンジョン産の鉱石にしか効果はない。土魔法の亜種。
【スキル】【名称:インゴットキャスト】【アクティブ】
・効果範囲内の金属を融解、成型して規格通りのインゴットを作成する。ただし、事前に不純物を除去しておかなければ、混ざってしまう。火土魔法の亜種。
さて、準備は万端。ここからが新スキルの出番である。
混ぜ棒を持ち、錬金釜の水底に付けた状態でスキル〈素材置換調合〉を発動させた。
「〈素材置換調合〉! ……っと、底の魔法陣が光ったら、元になるダガーを投入」
やっている事は、創造調合に似ている。違うのは、完成品のイメージをしなくても良い所だな。
入れたダガーが溶けていき、完全になくなってから、次に素材となるウーツ鋼インゴット片を1個を投入する。後は、溶けて完成するまで魔力を流し続け、ぐるぐると掻き混ぜるのみ。
10分程経過すると、錬金窯の中の水面が青く光を放ち、完成した。モクモクと青い煙が立ち上っていく。
煙が収まり、錬金窯の中からダガーを取り出す。それは、元々鉄製のダガーだったのだが、今では刀身に波模様が入った……ウーツ鋼特有の紋様……ウーツダガーに変貌していた。
【武具】【名称:ウーツダガー】【レア度:C】
・ウーツ鋼で作られた大振りの短剣。短い分だけ取り回しが良く、近接距離での戦闘に使われる。護身用や、長柄武器を使う者の予備武器として人気がある。
ウーツ鋼自体は魔力が通しやすいので、スキルが少し使い易くなる。
……良し! 成功!
ニンジャの二刀流用に、もう一本〈素材置換調合〉やっとくか。
これは錬金術師レベル40で覚えた新スキルである。
・習得スキル
Lv 40:アイテムボックス中【NEW】、素材置換調合【NEW】
【スキル】【名称:素材置換調合】【アクティブ】
・鍋や釜に入れた2種の素材を調合し、新たなアイテムを作成するスキル。最初に入れた元素材(金属A革Bの武器)と、後から入れる置換用素材(金属A´)、同系統の部分を比較し置換する(A´B武器となる)
この時、異なる金属2種(金属A金属C)が使われていても、置換できる種類は一つのみである(結果A´A´になる)
ややこしい説明ではあるが、完成したダガーを見れば早い。柄に巻かれていた滑り止めの革はそのままなのだが、鉄製だった部分がウーツ鋼に置き換わっているのだ。意匠なども、そのまま同じ。
こうも簡単に、上位素材の武器へと作り変えられるのは、凄い。2軍落ちした武具などをこれで、作り変えるのも良いかも知れない。
ただし、刀系は駄目だな。問題なのは『異なる金属2種(金属A金属C)が使われていても、置換できる種類は一つのみである』この部分。刀の性質上、外側を固く、内側を柔らかい金属で形成しているため、置換したら丸ごと同じ金属に入れ替わってしまうのは、俺でも分かる。余計なことはせずに、リウスさんの研究を待った方が良い。
まぁ、俺の錬金釜は寸胴鍋サイズなので、元々刀が入らないけどな。
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