第474話 綿菓子機の完成

「〈スティッキーペースト〉!

 ……っと、このまま支えていてくれ。反対側にも〈スティッキーペースト〉!」

「この半透明な板は魔絶木か……まるで職人みたいだけどよ、箱でも作るのか?」

「いや、綿菓子を作っている様子が見えるように、半透明な囲いを作るんだよ」

「ああ、祭りで売り出す商品だっけ? それが何か分かんないだが」


 テオの協力を得て、アトリエで工作を始めた。

 今作っているのは、綿菓子機の周囲を囲む部分である。放出された綿が外に広がらないようにするため、且つ子供が見て喜ぶよう、透けて見える魔絶木で作成しているのである。

 いや、最初は鍋の底に魔道具を取り付ける予定だったが、覗き込まないと見えないのはマイナスだよな。見栄えと食感で楽しむお菓子なので、パフォーマンスも重要なのだ。


 魔絶木の板材には魔力が通らず〈メタモトーン〉効かない。ティクム君にパズルボックスを作った時は、市販の接着剤を使ったが、強度を高める為〈スティッキーペースト〉を使用した。


【スキル】【名称:スティッキーペースト】【アクティブ】

・簡易版〈メタモトーン〉、指でなぞった表面部分のみ粘着質に変える。そして、接着した部分を強固に融合させる。火土魔法の亜種。


 これも魔絶木には効かないのだが、端材の木の棒を粘着化してからくっ付ければ、接着できる。魔絶木の板と木の棒を組み合わせて行き、八角柱な囲い(手前だけは高さが低い)を作成した。


「出来たこれの中に、綿菓子機の魔道具に置いて完成!」

「だから、綿菓子……綿のお菓子か? 只のフライパンに缶が乗っかっているだけにしか見えんけど?」

「綿みたいな、ふわふわなお菓子を作る魔道具だね。今日まで暇を見つけては開発して来たんだ」


 簡単に解説すると、フライパンの真ん中に、回転する簡易属性動力コア(風属性)を設置、その上に発熱する簡易属性動力コア(火属性)を接着し、その上に細かな穴の開いた鉄製の缶をくっつけた。

 上の缶にザラメを入れて溶かし回転させる事で、小さな穴から糸状のザラメ液が出て、綿になる寸法だな。

 火力が強すぎて焦げたり、回転数が早すぎて接合部が壊れたり、缶の穴のサイズが大き過ぎてザラメが飛び散ったりと、色々試行錯誤した結果である。



 男二人で実験するよりも、観客が欲しい。白銀にゃんこにお邪魔して、スティラちゃんに披露することにした。

 接客していたフロヴィナちゃんに断ってから、バックヤードのテーブルに綿菓子機を設置する。


「……はい、どうぞ。ご利用ありがとうございました~

 今なら、お客さん途切れたから良いよ。お祭り用のお菓子の試作だっけ?」

「わーい、ありがとにゃ!……何これ? フライパン?」

「ちょっと待ってな、今動かすからね」


 先程作った半透明な囲いの中にフライパン型綿菓子機を置く。囲いの開いている部分から、フライパンの柄が出る形だな。そして、フライパンの柄の方にあるスイッチを入れると、同じく柄に設置してある補助動力箱(魔水晶in)から魔力が流れ、缶が回転を始めた。囲いの中に手を入れて、缶の温度が上がるのを待つ。30秒ほどして、触れない程に熱くなってから、缶の中にザラメを投入した。

 最初はカラカラと音が鳴っていたが直ぐに止み、程なくして缶の穴から細く白い糸が出始める。それは液状に溶けたザラメが、遠心力で飛び散り、空気中で冷却された物だ。それが回転するごとに白い綿の様に増えていく。


「わぁ! 本当に綿が出て来たにゃ!」

「ほお~、原理は分からんが凄いな」

「後は出て来た綿菓子を、棒で絡めとって、丸めて行く……」


 割り箸など無いので、予め発注しておいた木の棒である。いや、端材で作っても良いのだが、口に入れる物なので、ナールング商会経由で調達してもらったのだ。

 それで、くるくる回して綿を絡めとる。これは、何度かアトリエで試作していたので、慣れたもの。最初は焦げ臭い綿菓子が出来たもんだが、今回は大丈夫のようだ。

 竹筒で計量し、投入したザラメ1回分で、スティラちゃんの顔よりも大きな綿菓子が完成した。


「面白いね~、こんなに大きくなるんだ~」

「みんな試食してみてくれ。……あ、こうやって、指で摘まんで、千切って食べるんだよ」


 初めて見る綿菓子に、みんな興味深そうに見てくるのだが、見るだけで手を出そうとしない。そこで、実際に食べて見せる事で、食べ方を示した。

 ……初見だと、食べ物に見えないか。ちょっと、問題かな?


「わわっ! 口の中で消えたニャ! なにこれ~甘~い」

「ホントだ、スッと溶けちゃうね。綿とか雲みたいなお菓子か~、屋台の飾り付けに綿を使ってみるのも良いかも?」

「へー、面白いな。子供とかプリメルが喜びそうだ。俺にもやらせてくれよ」

「あ、私も私も、やりたいニャ!」


 なかなかの高評価のようだ。俺としては、懐かしくはあるけど、ただ甘いだけの綿菓子なので、量は食べたくないのだが。

 喰い付いた二人には、綿菓子機の使い方を説明して、実際に作ってもらう。祭りの予行演習と思えば、何人かには作り方を覚えてもらいたいので、丁度良い。まぁ、そんなに技術が要る作業でもないけどな。


「……ザラメが中に残らないよう、綿が出なくなるまで回してから、スイッチを切るのを忘れないように。途中で切ると、缶の中で残ったザラメが焦げ付いちゃうから」

「了解、りょうーかい。……お、こんな感じか? ……なかなか丸くするのは難しいな」

「にゃはは! 先っぽだけ大きくなってる!」


 先に手を挙げたテオから、レクチャーした。スティラちゃんの前に、お手本を増やした方が良いと思った……生贄ともいうが……まぁ、見るだけでも楽しんでいるので良いだろう。

 その一方で、最初に作った綿菓子を黙々と食べていたフロヴィナちゃんは、お客さんが来て接客に行った。すると、程なくして、俺に声が掛かる。


「ザックス君! ちょっと、ちょっと」

「はいはい、どうした? ……ああ、いらっしゃいませ」

「こんにちは、お昼にオーナーさんが居るのは珍しいから、挨拶をと思ってね。

 それより、なあに? また、新しいお菓子を作ったの?」


 お客さんに見覚えがあると思いきや、近所の奥さんだ。レスミアやフロヴィナちゃんと井戸端会議をしているのを、偶に見かける。どうやら、フロヴィナちゃんが脇に置いた綿菓子に、目を付けたようである。

 さて、どう対応しようか? 

 笑顔で対応しながら、考えを巡らせる。すると、奥さんと一緒に子供が2人付いて来ている事に気が付いた。子供たちはオヤツを買ってもらえるのか、ショーウィンドウに張り付いて、どの焼き菓子にするのか悩んでいるようだ。

 ……ふむ、宣伝に使わせてもらうか。


「ええ、年末に売り出す、お祭り限定のお菓子ですよ。

 子供向けに開発したので、良かったら試してもらえませんか? ええ、お代はサービスですよ」

「あら? 良いの? 悪いわねぇ」


 流石に食べ掛けではアレなので、後ろでテオが作っていた物を、試供品としてあげる事にした。ちょっと、不格好だけど、商品ではないのでセーフ。


「では、お子さん達にどうぞ。綿のようなお菓子、綿菓子と言います。二人で仲良く分けて食べるんだよ」

「あ、こうやって、千切って食べるんだよ~」


 フロヴィナちゃんが自分の分を千切って食べて見せると、子供達は真似をして、恐る恐る口に運ぶ。すると、次の瞬間には、「何だコレ!」「口の中で消えちゃう、面白~!」「あ、お前食べ過ぎだろ!」などと騒ぎ始めた。すると、直ぐに奥さんが雷を落とす。


「ほら、あんた達! 騒いでないで、お礼を言いなさいな!」

「「ひゃ! ありがとう!」」

「ははは、年末の祭りで売り出すから、気に入ったら買いに来てくださいね」

「ホントにもう……あ、そのクッキーと、マドレーヌを2袋ずつ下さいな」


 その奥さんは、焼き菓子を幾つか購入すると、騒ぐ子供達を連れて帰って行った。店を離れて直ぐに「お母さんにも、一口頂戴!」と騒いでいたので、受けは良い様だ。


「フロヴィナ、この時間帯は子供連れも多いんだったよね?」

「うん、親の買い物に付いてくる小さい子とか、幼年学校帰りの子供とか、ダンジョン帰りの見習いの子とかね」

「よし、それなら今日限定、子供限定で、綿菓子を試供品として配ろう」

「あ~、また宣伝だね~。

 ……でも、今日だけで良いの? それに子供だけ?」


 俺としては、子供向けのお菓子と言うイメージがある。ふわふわな見た目と食感は良いのだが、味は只の砂糖だからな。大人の女性が買うとしても、1回が良いところだろう。なので、白銀にゃんこのレギュラーメニューに入れても、早晩飽きられてしまうのは目に見えている。

 なので、子供向け、且つ祭り限定の付加価値を付けて売ろうと考えたのだ。


 そんな説明をしてから、綿菓子を作っているテオをスティラちゃんに、三分の一サイズ……リンゴくらいの大きさで量産するようにお願いした。木の棒はもう少し小さいので良いな。

 しかし、ちょっと頬を膨らませたフロヴィナちゃんから反論が来た。


「ザックス君の言う事はもっともだけど、今日だけなら女の人にも配った方が良いよ。

 白銀にゃんこの話題性を甘く見過ぎ!

 ほら、さっきの奥さんが、そこの角でお喋りしてる。新作お菓子って聞いたら、絶対にお客さんが殺到するよ~」

「いや、そんな、たかが綿菓子で……」


 フロヴィナちゃんが、カウンターから乗り出すようにして外を見て言う。手招きされたので、俺もカウンターから顔を出してみる。すると丁度、先程の奥様が、他の人と手を振って別れたところだ。残った2名の女性が、こちらへやってくる。


「こんにちは。新作お菓子の試食をやっていると聞きましたの」

「なんでも、綿みたいな不思議なお菓子なんですって!」

「いらっしゃいませ~。はい、本日限定で、1000円以上お菓子を購入して頂いたお客様に、お祭りで売り出す予定の綿菓子をサービスで差し上げていますよ。ぜひ、お買い求め下さいませ~」


 ……さっきの奥さんはインフルエンサーか!

 早速、2名の御婦人が釣れ、フロヴィナちゃんは笑顔で接客をした。しれっと1000円以上とか条件を付けている辺り、商売上手だ。




 それから、行列が出来るほどではないが、ひっきりなしにお客さんが訪れるようになった。フロヴィナちゃん曰く、普段の1.5倍くらいだそうだ。それに対し、テオとスティラちゃんで、綿菓子を作っては渡していく。まだ、慣れないせいで、小さい綿菓子を作る間に、お会計が済んでしまうのだ。

 俺は、手が足りなそうなところを手伝いつつ、余裕があれば天ぷら鍋を作っていた。正確には、鍋の底に簡易属性動力コア(火属性)を〈メタモトーン〉くっ付ける作業だな。火力が強く、不採用になった簡易属性動力コアを再利用するのだ。これがあれば、魔道具コンロが無くても、自前で加熱する天ぷら鍋が出来る。おっと、テーブルに直置きだと、加熱して危ないので足も付けよう。鉄のインゴットをコネコネしてっと。


 そんな作業をする間に、テオとも雑談をした。最近の近況も聞いてみたのだが、ダンジョン攻略はあまり進んでいないようだ。


「あの墓地フィールドが結構きつくてな。大群に当たると、延々と戦い続ける羽目になっちまう。

 プリメルの魔法頼みになるのもなぁ」

「ああ、〈エクスプロージョン〉でゴリ押しすればいいけど、MP負担が大きいからな。出来れば、早めに大角餓鬼を倒すとか、雑魚は〈ホーリーウェポン〉で倒すとかしないと」


 俺達はキルシュゼーレを採取するのに、わざとゾンビを増殖させて倒していたが、普通のパーティーではそこまで余裕はないらしい。サードクラスのヴォラートさんが居るけれど、後衛の護衛しかしてくれないので、必然的にテオが前で戦い大角餓鬼を倒しに行かないといけないそうだ。

 取り敢えず、現状を聞きつつ、アドバイスをしておいた。重戦士でも〈ホークインパルス〉のような強い攻撃スキルもある。〈エクスプロージョン〉を喰らわせて、弱った大角餓鬼ならば、十分に戦えるだろう。雑魚的掃討には、騎士の〈ペネトレイト〉+〈ホーリーウェポン〉の轢き逃げアタックも面白い。

 そんな話をすると、羨ましそうな目を返された。


「また、騎士ジョブは貰えてねーんだよ。まだまだ、ギルドへの貢献が足りないとかでな~」


 最近は、追加メンバーの少年軽戦士に戦闘経験を積ませるついでに、ギルドの依頼を熟しているそうだ。俺が教えたアリンコ鉱山で鉱物を大量納品したり、花乙女の花弁を集めたりしている。

 そこで、ハタと気づいた。


「……それなら、俺から指名依頼を出しても良いか?

 銀鉱石と、レッサーコカトリスのジューシーコカもも肉を、調達して来て欲しいんだ」

「……そりゃ構わねぇし、俺としても貢献になるから助かるけどよ。お前なら自分で採りに行けるだろ?」

「いや、屋台の唐揚げ用コカもも肉は沢山確保しておきたかったんだけど、最近は何かと忙しくてさ。

 調合で使う銀も、一昨日に大量に使ってしまって、在庫が心許ないんだ……もちろん、相場の値段より高くするから、頼むよ」

「友人の頼みじゃしゃーねーな。任せとけよ」


 そんな訳で、祭りまでの短い期間ではあるが、調達をお願いする事になった。

 綿菓子のお陰で、午後の売れ行きも好調。手伝ってくれたお礼として、テオ達も夕飯に誘い、宴会を楽しんだのだった。



 そうそう、晩酌としてレグルス殿下から頂いた高級酒を1本開けてみたのだが、俺とテオの口には合わなかった。どうやらウィスキーのような匂いのキツイ蒸留酒だったようで、アルコール臭が慣れない。炭酸水で割って、ぎりぎり飲める程度であった。

 ベルンヴァルトは「美味い、美味い」と、ストレートで飲んでいたので、物は良いようだけど……どうしようかね?

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