第468話 VSチェーンヒュドラ

 ボス部屋前の待合所へと辿り着いた。ここまで、恥ずかしい台詞を言わされたのだが、ニンジャのジョブは得られていない。光る手裏剣を投擲してみても同じ。後、試していないのは高い所かな? この階層じゃ無理なので、後日に回そう。でないと、俺の心が持たない。


 時間は既に16時。今日は1回が限度だろう。小休止をしながら、ボスの情報を共有し、戦術を練る。


「40層のボスはチェーンヒュドラ。頭を5つ持つ、チェーンスネークの親玉だね。お供の大角餓鬼2匹とチェーンスネーク1匹の固定。チェーンヒュドラは、大角餓鬼に巻き付いて戦うらしい。ただし、大きさは大角餓鬼よりも大きくて、弱点のコアを大角餓鬼にくっ付いて隠すから、狙い難い。5本の首で攻撃と防御の両方を熟すから、近接ジョブで戦う場合は3人くらいいないと、押し切れないそうだ。

 因みに、先に大角餓鬼を倒すと死体を放り捨てて、別の大角餓鬼に巻き付き直すらしい」


「また、鎖の蛇か~。なら、アタシの祝福の楽曲とザックスの魔法で楽勝じゃない?

 それにしても、この何とかって果物。美味しいね。流石は王子様、良い物食べてる~」

「王都のダンジョンで採れる、ジャッカーって名前の果物だそうだ。レグルス殿下にお土産として幾つか貰っただけだから、味わって食べろよ」


 簡易テーブルにデデンッ!と置かれたのは、スイカほどの大きさの黄色いフルーツである。表面は小さなトゲトゲが生えており、見た目だけならドリアンっぽい。それが、半分に切られ、中のオレンジ色の果肉が一口サイズに切り分けられている。残りの半分は白銀にゃんこのメンバーのオヤツにと置いてきたが、ちょっと大きかったかな?



【食品】【名称:ジャッカー】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで変異したパラミツの実。マナを溜め込み熟すことで、ねっとりとした甘い果物になる。実は緑色から徐々に黄色く熟していくが、未熟な緑色の状態でも火を通せば食べられる。その場合、牛肉のような触感のため、代用品……ダイエット用の食材として扱われる事も多い。

 また、お腹に溜まりやすく栄養価も高いことから、携帯食料の材料にも使われるが、水分が抜けるとカチカチに硬くなるので、非常に食べ難い。



 切り分けた果肉の見た目はパイナップルのようだが、味はパイナップル+チーズケーキのよう。ねっとりした感じとか、甘さの中にある酸味がそれっぽい。果物と言われなければ、お菓子の類と勘違いしてしまいそうだ。

 そんな、オヤツを頂きながら、話を続ける。


「図書室から得た情報によると、一番簡単なのは出現した直後に、背中から〈魔攻の増印〉付の〈アクアジャベリン〉を2発、同じ場所に打ち込んで、弱点のコアを破壊する……ただし、魔道士が2名必要。

 次点として、〈アシッドレイン〉でチェーンヒュドラの強度を落としたうえで、前衛が首を破壊していく。その時、重戦士が〈シールドバッシュ〉で頭を殴れば気絶するから、破壊し易くなる。今回はこっちを試そう。

 フィオーレの〈コンセントレーション〉付きのバフ増し増し〈アシッドレイン〉で強度を落とし、俺とヴァルトで正面戦闘。チェーンヒュドラを引き付けつつ、首を破壊出来れば良し。レスミアは、闇猫の〈宵闇の帳〉で隠れて、魔法の後に隙があったら、背中から〈不意打ち〉でコアを破壊してくれ」


 特殊スキルである〈無充填無詠唱〉を使えば、〈アクアジャベリン〉を2連打……いや、魔法の特性として同じ魔法は連打出来ないから、どのみち無理か。まぁ、経験値増に回すアビリティポイントが減るので、元から選択肢には入っていないけど。


 取り敢えずの戦術を話し、他の意見も聞きつつ修正を掛ける。


「〈シールドバッシュ〉だと、重戦士か……俺は先に騎士を上げてえんだけどよ」

「それなら俺が重戦士を入れて試すから良いよ。〈ヘイトリアクション〉と〈城壁の護り〉で耐えてくれれば、俺が横から首を壊すからさ」


「はいはい! 魔法打った後は、アタシは何を弾けば良い?」

「そうだな……魔道士タイプの大角餓鬼、馬面の方な。あいつが居たら属性耐性の曲を……

 いや、〈アシッドレイン〉を使っているなら、先に倒した方が早いか。レスミア、馬面が居たら魔法の効果中に倒して来てくれ。チェーンスネークは魔法で倒せるから放置。

 フィオーレは、筋力値アップの〈猛き戦いのマーチ〉を頼む。攻撃力を上げて首を破壊するから」


 そんな調整をしてから、攻撃力アップの奇跡〈ムスクルス〉と、防御力アップの奇跡〈ホーリーシールド〉を前衛に掛け、部屋に突入した。



 大部屋の中心には、大きな魔法陣がスタンバイしている。それを見て、配置に付いた。レスミアは〈宵闇の帳〉の暗幕を被り、登場の魔法陣を迂回して背後に回る。俺とベルンヴァルトは正面に立ち、更に後方ではフィオーレが演奏を始めていた。


 魔法陣が光を放ち、中からボスが姿を現す。牛頭鬼と馬頭鬼を左右に従えた、チェーンヒュドラだ。その姿は大きく、チェーンスネークとは比較にならない程。見た目は2m程の巨大な手の平……オレンジ色のコアが中心に付いた黒魔鉄の鉄板に、鎖で編まれた胴体と尻尾が付いている。そして、手の平の5指に当たる部分から、蛇の首が付いているのだ。こちらも鎖を編み込んだ首に、骨格標本みたいな顔で、デカい。

 登場の演出の間は攻撃が効かないので、先に〈詳細鑑定〉を掛けた。



【魔物】【名称:チェーンヒュドラ】【Lv40】

・5本の頭を持つ大型のチェーンスネークのボス個体。お供として出てくる大角餓鬼に取り付き、弱点のコアを隠しながら、鎧として戦う。主な攻撃方法は、首による打撃と噛み付き。そして、囲まれた際には、巨体を生かした尻尾振りで全周囲を薙ぎ払う。

 先に大角餓鬼が倒された場合、放棄して他の餓鬼に取り付く。この時、取り付く相手が居ないと、敵を拘束して取り込む事もある。ただし、拘束されて盾代わりにされるだけで、操られる訳ではない。

 また、巻き付いた相手にチェーンヒュドラと同じ魔法耐性を加える。

・属性:火

・耐属性:風

・弱点属性:水

【ドロップ:ブラックスネークウィップ】【レアドロップ:ヒュドラチェーンメイル】



 ……敵を拘束して取り込む?! 初耳だぞ!

 いや、取り込まれる大角餓鬼は無視するので、作戦には変わりは無い。魔法陣の光が消えた瞬間に魔法を撃ち放った。


「〈魔攻の増印〉〈アシッドレイン〉!」


 魔物達の上空に黒い暗雲が立ち込め、強酸の雨を降らし始める。ただ、雨が降り始めるタイムラグの間に、チェーンヒュドラが牛頭鬼に巻き付いた、左右に2本……親指と小指に当たる首が、牛頭鬼の腹に巻き付き、弱点のコアをその背に隠す。なるほど、牛頭鬼のタワーシールド、チェーンヒュドラの首、そして牛頭鬼の鎧と肉体の4重の盾でコアを守るのか。これは、正面突破で倒すのはキツそうだ。


 強酸の雨が本降りとなる。お供として現れた馬頭鬼とチェーンスネークは、魔法から逃れようと、その場に蹲っている。あっちはレスミアに任せていいな。問題は、強酸の雨の中でもモノともせずに、向かってくるチェーンヒュドラの方だ。

 取り込まれている牛頭鬼がタワーシールドを傘代わりにして、前に歩いてくる。牛頭鬼の巨体の上に、同じくらいの蛇の首が並ぶ様は、威圧感が凄まじい。その背中の5本の蛇は、強酸の雨による煙を噴き上げながらも、俺たちの方へ威嚇をしていたのだ。5対の赤い目が、爛々と光る。


「デカ物がぁぁっ! 俺が相手だっ! 〈城壁の護り〉!」


 ベルンヴァルトが〈ヘイトリアクション〉を仕掛け、防御力アップのスキルを発動させる。


【スキル】【名称:城壁の守り】【アクティブ】

・一定時間の間、耐久値を2段階上げて、盾の強度をアップさせる。盾を構えている限り、ノックバック効果を無効化する。

 城壁の如き堅牢さを得るが、代償として敏捷値が1段階下がる。



 その挑発の効果を受けて、チェーンヒュドラの真ん中の3本の首が、動き出す。首の長さだけリーチがあるせいだろう、こちらの間合いの外で歩みを止めた牛頭鬼の上から、破城槌の如き首が3本順に落下した。


 轟音が3回、連続で鳴り響く。

 ベルンヴァルトは大楯を掲げて、首の連打を受け切った。かなりの攻撃だったと思うのだが、スキルの効果のお陰か、HPは1㎜も減っていない。しかし、頼もしいと安堵する暇もなく、残った首が伸びてきた。大角餓鬼に巻き付いている親指小指に当たる奴らだ。流石に左右同時は、騎士ジョブでもキツいだろう。


「右のは貰うぞ!」

「任せた!」


 右側から来る首に対して、俺はカイトシールドを構えて前に出た。

 向こうの首も俺に気が付いたのか、こちらへ迫りながら大口を開ける。50㎝はありそうな蛇頭の骨格標本が、2本の牙を晒して噛み付きに来た。

 俺は十分に引き付けてから、スキルを発動させる。


「〈シールドバッシュ〉!」


 引き絞ったカイトシールドを叩きつける勢いで、前に突き出した。またも響く金属音……見事、蛇頭を殴り倒し、1m程打ち返す。ついでに、気絶したようで、地面に落下するのだった。

 なかなか良い音がしたが、こちらの腕に掛かる衝撃はそれ程でもない。重戦士のスキル様様だな。


【スキル】【名称:シールドガード】【パッシブ】

・攻撃を盾で受けた場合、その威力、衝撃を半減する。


【スキル】【名称:シールドバッシュ】【アクティブ】

・盾で殴って敵をノックバックする。頭に命中した場合、中確率で気絶させる。


 加えて〈シールドバッシュ〉は威力が低いものの、その分だけスキル後の硬直は短い。あくまでノックバックが主体なので、追撃できないと意味ないかなら。

 1秒程度で硬直が解け、直ぐさま前に踏み込む。右手の雷のロングソードを振り上げる前に、次のスキルを発動させる。


「〈ホークインパルス〉!」


 スキルを使った瞬間には、右手のロングソードが大上段に構えている。そして、次の瞬間には振り下ろし終わり、鎖の首を両断するのだった。相変わらず、バグったような挙動だけど強い。〈アシッドレイン〉で強度が落ちていたとはいえ、なかなかの威力だ。黒魔鉄の鎖なので、〈ムスクルス〉で攻撃力を上げたウーツ鋼製のロングソードのスキル攻撃なら行けると踏んでいたが、予想以上の効果である。


【スキル】【名称:ホークインパルス】【アクティブ】

・空から獲物を狙い急降下する大鷲のごとく、大上段からの高速振り下ろし攻撃。空を飛べない者に対して畏怖を与え、注目を集める。


 首を切った蛇頭からは、赤く光っていた目が消え、首全体が動きを止めている。残った首でも動くかもと心配していたが杞憂のようだ。ならば、本にあった首狩り戦術は正しかったな。


 スキルの効果で1本の首が俺の方へ鎌首を擡げた。切った首の隣なので人差し指の位置と言えばいいか。

 残りの3本がベルンヴァルトへ攻撃すると共に、俺にも1本破城槌が降ってくる。俺も重戦士のジョブを付けているので、ベルンヴァルトの様に3本は無理でも、1本くらいは受け止められるだろう。ただし、馬鹿正直に受け止めるつもりもないけど。


 斜めに掲げたカイトシールドと首が接触する直前に、小さく〈フェザーステップ〉で横にズレる。それにより、打点をズラしつつ〈受け流し〉スキルの補助も受けて、首を横に押し流す。更に、〈カウンター〉として〈シールドバッシュ〉を発動させる。ほぼ0距離の位置から、カイトシールドを使った裏拳を蛇頭に叩き込んだ。


 またも気絶して首が地面に落下した。その隙を逃さず、〈ホークインパルス〉で首を斬る。これで2本目!

 俺が攻撃している間は、ベルンヴァルトが守ってくれているので助かる。

 そんな連携を決めて、順調に首を減らしていると、雨が止んでしまった。タワーシールドを掲げていた牛頭鬼が動き始める。チェーンヒュドラの首も頭上にあったせいか、普段よりもダメージが小さいようで、ボロボロのタワーシールドと、金棒を構えて、交戦の意思を見せる。

 首を2本減らしたのに、腕が2本追加されたか。


 ただ、その牛頭鬼から、3本目の槍が生えた。いや、胸を貫通するように、黒い槍が出てきたのだ。

 あれはレスミアに貸し出していた黒豚槍、フェケテシュペーアである。どうやら、〈不意打ち〉に成功したようだ。貫通効果のある付与スキルがあるので貸したのだが、チェーンヒュドラの背中からコアをぶち抜き、ついでに牛頭鬼まで串刺しにするとは流石である。〈宵闇の狩〉の即死効果もあったのかも?

 チェーンヒュドラの残った首が落下し、牛頭鬼も背中の重さに押されるように倒れ混むのだった。


 取り敢えず、作戦通りに倒せた。やっぱり、事前情報があると楽だな。

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