第465話 次の会議へ移動と慈母の抱擁

 レグルス殿下とハイムダル学園長との会談は上手く行き、互いに取って有益な情報交換する事が出来た。透明化の魔法で脅かしてくるとか、お忍びで護衛に扮して来るとか、最初はどうなる事かと思ったが、何とかなるものだな。良い縁を紡ぐことが出来たと、帰途に付いた馬車を見送る。

 そして、彼らを転移ゲートまで見送るべく、ソフィアリーセ様も馬車に乗り、後を追った。その馬車には、貴族街に帰るリプレリーアも便乗している。


 残されたのは家のメンバーと、片付けの手伝いに残ってくれたメイドさん3人のみ。昨日の模様替えにも来ていたソフィアリーセ様の側仕えで、マルガネーテさんの同僚さん達だな。第0騎士団の黒騎士……護衛の皆さんの給仕も担当してくれたので、大助かりだった。ウチとしては、白銀にゃんこの営業もあるし、上級貴族(王族の庶子)の接客をするのは、非常に不安だったからである。


 そして、護衛に出した昼食は、大いに喜ばれたらしい。護衛は交代で食事を取るので、一人一人に割り当てられた時間は短い。それにも関わらず、皆さんお代わりを何度もして、デザートまで時間ギリギリまで楽しんでくれたようだ。ベアトリスちゃんは、次々に来るお代わり要求にテンションと揚げ物を、アゲ揚げにしたらしい。

 ともあれ、助っ人のメイドさんには、お礼として〈燃焼身体強化〉の銀カードを2枚ずつ進呈した。


「……そんな訳で、使い方を間違えなければ、昨日のような腹減り状態にはならないので、1日1回の用法用量を守って下さいね。お勧めは寝る前に使って、効果中に寝てしまうのが良いと思います」

「「「ありがとう、存します!!」」」


 1枚で3回使えるので、6日間。約1週間なら、効果も実感できる筈だ。 ただし、これも検証中の内容なので、どれだけ効果があったのかを、マルガネーテさん経由で報告してもらうようお願いしておいた。

 すると、少し恥ずかしそうにしながら了承してくれたメイドさんの一人が、質問を返してくる。


「ところで、このダイエットカードも白銀にゃんこで販売なさるのですか?

 もし、伯爵家に納品して頂けるのであれば、お嬢様用に割り当てして下さいませ。きっと、お喜びになると思いますよ……ついでに私達も!」

「ん~、量産性が安定しないので、店売りは十分な在庫が出来てからかな?

 この後、身内にだけ販売するかどうかの話を、伯爵夫人のトルートライザ様としてくるので、気長に待っていて下さい」


 そんな話をしていると、上の階からレスミアが降りて来た。先程までのドレス姿ではなく、貴族向けの服に着替えている。それも、珍しくズボン……と言うか、ダンジョン用の袴装備だけどな。いや、伯爵邸までバイクで行くので、スカートはNGでお願いしたのだ。着合わせ的には悪くないし、コートも羽織るから、十分だろう。

 因みに俺は、軍服みたいな貴族服のままだ。こういう時、男は楽でいい。

 もう一人はどうするのかと、リビングに目を向け、声を掛ける。


「ヴァルトはツヴェルグ工房に……行かないみたいだな」

「おぉ……今日はもう、気疲れしたわ。リーダーこそ、よく平気だな?

 あの王子様、オーラが半端なかったぞ。黒い鎧の護衛も威圧を掛けて来るしよ」

「いや、気品は感じられたけど、意外と話し易いお方だったよ?」


 昨日手に入れた宝石で、アクセサリーを作りに行くと言っていたのに、リビングで酒を飲み始めているベルンヴァルトだった。まぁ、王族と同じ部屋にいるだけでも、気疲れして当然か。俺の場合は不作法な行動をしようとしても、〈礼儀作法の心得〉のスキルがストップしてくれるので、一挙一動に神経を使う程ではない。

 そんな会話が聞こえたのか、近付いて来たレスミアも俺の手を握って来た。


「私も一言話しただけですけど、緊張しましたよ。ザックス様が手を握ってくれたので、なんとか笑顔を保てましたけど……ずっと笑顔でいたので、顔が疲れました」

「この後はソフィアリーセ様と、そのお母様だけだから、大丈夫だよ。半分身内みたいなものだし、マナグミキルシュのレシピと、〈燃焼身体強化〉の銀カードを融通するのだから、恩を売る方だからね。

 それじゃあ、俺達も行こうか」

「まぁ、王族と比べれば、上級貴族の奥様、お嬢様の方が気は楽ですけど……私も慣れるように頑張りますよ」


 そのままレスミアの手を引いて、庭に出る。そして、二人乗り用の新型バイクを取り出し、出発した。




 伯爵邸は南の城壁の上にある。上に行くための立体駐車場みたいなスロープを登ろうと、立哨する騎士の前に停車した。ハンドルには通行許可証が引っ掛けてあるので、それを見せ……る前に許可が下りてしまった。俺の顔を見るなり、笑顔で通って良いと手振りをして来たのだ。


「白銀にゃんこのザックス様ですね。どうぞ、お通り下さい」

「あ、一応、許可証です」

「はい、どうも。

 私の妻も、お宅のケーキのファンでね。先日、ようやく浄化のカードを交換出来たと喜んでいたよ。これから年末になる事だし、浄化のカードの販売枚数を増やしてもらえると嬉しいね」

「毎度ありがとうございます。浄化のカードについては、意見を参考にさせて貰いますね」


 ウチの店のお客さんだった。取り敢えず、営業スマイルで返してから、通してもらう。

 スロープを登り始め、1回折り返したところで、後ろのレスミアが少し弾んだ声で話しかけて来た。


「それにしても、ザックス様も有名になりましたね~。さっきの騎士、顔を見ただけで通してくれましたよ」

「ハハハ、このスロープでレースをしたとか、騎士の叙勲の時に目立ったからなぁ。それに、今はレスミアが一緒にいるからかも知れないよ。ほら、猫耳銀髪美少女を連れていれば、白銀にゃんこと連想するだろ?」

「あぁ……慣れたと思ってまいしたけど、自分がモチーフな名前が広まるのは恥ずかしいですよぅ」


 顔は見えないが、恥ずかしがっているようで、抱き着く力を強めてくるのだった。




 屋上の少し手前で、前を走るゴーレム馬車を発見した。見覚えある馬車はソフィアリーセ様の物だ。

 追い越すのはスペース的に危ないので、馬車の速度に合わせて徐行くらいにまで速度を落とし、後ろに付く。すると、護衛の騎馬が1騎、速度を落として近寄って来た。白馬に白鎧と言った姫騎士な装いのルティルトさんだ。今朝は黒騎士のインパクトで気が付かなかったが、白馬の鞍やあぶみといった馬具がお洒落な物に代わっており、ルティルトさんの白鎧の下のドレスも刺繍やフリルが増えている。儀礼用の装備なのだろう。

 互いに手を振りあって、合流したことを知らせる、すると、ルティルトさんは俺の後ろに目を向け、驚いたように声を上げた。


「レスミアも一緒なのか……そのバイクとやら、二人乗りも出来たのか?!」

「ええ、この前のレースしたバイクの改良型ですよ。元は同じなので、二人用のシートを追加したり、ライトを付けたりしただけですけどね」


 試しにライトを点灯させてみたところ、軽い嘶きと共に白馬が離れて行った。


「ちょっと、ヴァイスクリガー?! 只の照明の魔道具よ! 落ち着きなさい!」


 どうやら、馬の方を驚かせてしまったようだ。ルティルトさんは首筋を撫でて、落ち着かせようとしていた。

 恐らく、動物と心を通わせる〈騎乗術の心得〉で、宥めているのだろう。俺がライトを消すと、白馬君は落ち着いたようで、手綱に従い並走位置へと戻ってくる。

 ただ、バイクと馬の車高からして、威圧感があるのだよな。馬に対する苦手意識は、少し薄れたものの未だに俺の心に巣くっている。それを払拭するため、少し現実逃避をしていたら、何故かいたずら心が湧いてしまった。ライトを再度点灯させる。すると、またもや驚いた白馬君は、離れていった。


「コラッ! 馬が驚くから止めなさい!

 ヴァイスクリガーも、それくらいで怖がらない!」


 そんなじゃれ合いをしていたら、屋上へ到着した。領主の館の前まで行き、停車する。すると、またもや白馬君が近寄ってきて、バイクに頭を摺り寄せて来た。俺達は下車していた為、スタンドで立たせていただけのバイクでは、堪え切れられない。危うく倒れそうになったところを、慌てて支えて、何とか堪えた。部品が少なく軽い魔導バイクで良かった。

 その様子を見ていたレスミアが、俺の脇腹をつつく。


「あ~、ザックス様が意地悪したから、仕返しされたんじゃないですか?」

「いや、それにしては、俺を無視しているような? バイクに頬擦りしているぞ」

「ハハッ! どうやらヴァイスクリガーは、そのバイクを仲間だと思っているようでな。さっきも仲間の馬が光ったから驚いたようなのだ」

「えぇ、そんな勘違いしますかね? 〈騎乗術の心得〉で説明出来ないのですか?」

「漠然と、親愛の気持ちがある事が分かる程度だよ。仮に説明するにしても、魔道具なんて、どう説明してよいものかしら?」


「ルティ、ザックス、ミーア、お喋りしていないで行きますわよ。お母様が待っていますもの」

「ハッ! 只今! ……お前達も急げ!」


 いつの間にか馬車を降りたソフィアリーセ様が、屋敷の玄関の前で手を振っていた。幾ら身内ばかりとは言え、主を待たせてはいけないと発破を掛けられて、急いで駆け寄るのだった。



 屋敷内にあるお茶会室へと案内される。少し奥まった場所にあるらしく、少し歩く。その間に、ソフィアリーセ様がリプレリーアの件で話しかけてきた。溜息突きながらも、少し楽しそうに見える。

 それは、ツヴェルグ工房の前でリプレリーアを降ろし、その先にある転移ゲートまでレグルス殿下を見送りに行った時の話である。つい先ほどだな。


「転移ゲートの手続きを済ませて、お見送りをしている時ですわ。リプレリーアがメイドを一人連れて走りこんできたのですよ。

 『荷造りは終えているから、エヴァルト様の所へ行って来るね!』と、レグルス殿下達の馬車に続いて、転移して行ってしまったのです。

 本当にもう、あの子の本に対する行動力は、目を見張るものがありますわ」

「ああ、新しい本が我慢できなかったのか。まぁ、後はエヴァルト司教に任せるしかないですよ」


 殆ど、押し掛け女房みたいなものだが、アイツは家事などしないから、押し掛け書痴……出歩かないから座敷童みたいなものか? 幸運を呼び込むのか知らんけど。

 こうなっては、もう俺達ではどうしようもない。後はエヴァルトさんの交渉術に期待することにして、話題転換を図る。おあつらえ向きの銀カードがあるから丁度良い。


「そう言えば、トルートライザ様には一次報告していた『ダイエットの剣』ですが、限定的ながら量産化することに成功しました。

 はい、銀カードに込めてみましたので、皆さん使ってみてください」

「まあっ! 昨日、マルガネーテが話していたスキルですわよね?!

 流石、ザックスですわ! ……〈燃焼身体強化〉」

「お嬢様、落ち着いて下さいませ。3回連続で使うと、酷い目に合うのをお忘れなきよう、お願い致します」


 早速、使用してしまったソフィアリーセ様が、マルガネーテさんに窘められていた。以前から、少し太ったかも、と漏らしていたので、切実だったようだ。

 周囲の護衛騎士や、側近の皆さんにも配っておくが、一緒に注意事項も話しておいたので、その場で使うものはいない。「寝る前に使ってみます」と、大事そうに懐や、アイテムボックスにしまうのだった。


 ただ、量産できるのは今日1日だけで、次はいつになるのか分からない。そんな話をしたら、ソフィアリーセ様に手を引かれて急かされた。


「出来れば会談中も量産しておきたいのですが、やっぱり無作法ですよね?」

「無作法ですけど、重要な例外だと思います! お母様には、わたくしからもお願いしましょう!」


 先導していたメイドがお茶会室の扉をノックし、入室許可が下りる。そして、扉が完全に開かれる前に、ソフィアリーセ様は押し入った。


「お母様! 朗報ですわ!」

「何ですか、騒々しい。お客様もいらっしゃるのだから、おしとやかになさい」

「ふふふ、従姉妹なのですから、身内と同じでしょう? わたくしは気にしませんよ」


 部屋の中で優雅にお茶をしていたのは、伯爵夫人であるトルートライザ様だけではない。対面に座るのは、エメラルド色の髪をした淑やかな女性……トゥータミンネ様であった。





「〈フェイクエンチャント〉〈燃焼身体強化〉!

 ……と、こんな感じです。今朝作った分だけで300枚程しかありません。今日1日しか使えないので、この時間も量産させて下さい」

「ええ、勿論結構よ。寧ろ、わたくし達の方がお願いしたいもの。

 ……誰か! 工房にある付与前のブラックカードを全部持って来なさい。それと手の空いている錬金術師に、ブラックカードを量産するように伝えて来て!」


 お茶会室にて、再開の挨拶を交わした後、ソフィアリーセ様が興奮気味に状況説明した。そして、その言葉が事実であると、俺が実演して見せる。

 すると、娘の興奮が移ったかのように、トルートライザ様も笑顔を深めて、側近達に指示を出した。

 この部屋に居る女性の殆どは喜びや驚きの声を上げていたが、大きく動いた人が居た。

 トゥータミンネ様は席を立つと、反対側の俺の方までやって来て、抱き締める。そして、ハグされたまま、頭を撫でられた。


「流石はわたくしの元息子です! 表立って褒めることが出来ないのが残念でなりませんが……貴方は、全ての女性の夢を叶えた様なものです。誇りなさい」

「ふぁい。(うぉ……顔が埋まる! 柔らかいし、温かいし、良い匂い!)」


 レスミアだったら抱き締め返すのだが、義理の母親に対してどう反応すれば良いのか分からない。いや、むしろ反応してしまったのを気取られてはいけない。

 取り敢えず、されるがままにして、大人しく撫でられていると、頭を撫でる手が増えた。


「未来の義理の息子ですからね。わたくしも褒めて差し上げます。それとも、抱き締めた方が良いかしら?」


 反対側からも、柔らかい感触が増えた。声からしてトルートライザ様だと思うが、視界を塞がれているので、確認しようがない。甘い香りがするのは香水か?

 柔らかさと甘い香りに、頭がクラクラし掛けた時、唐突に開放された。


「お母様! トゥータミンネ様! 義理の息子だとはいえ、やり過ぎですわ!」

「あらあら、可愛い嫉妬ですこと……ふふっ、心配しなくても、取ったりしませんよ」

「わたくしは、ザクスノートが小さい頃から抱っこしていたので、問題無いわよね?

 それに、殿方は胸に抱かれるのが好きですから、貴女達も結婚したら、やって差し上げなさい」


 トゥータミンネ様の言葉に、ソフィアリーセ様とレスミアが揃って俺に視線を向けてくる。

 ……母親の胸は最高でした! とか、天国でした! とか言ったら変態だな。

 頭をフル回転させて、一般論でお茶を濁す。


「あ~、いや……心音を聞くと落ち着くって言うからね。母胎回帰だっけ?」

「顔を赤くして、バレバレですわよ!」


 笑顔とは本来攻撃的なもの……なんてフレーズを思い出しながら、頬を抓られるのだった。うん、この中だとソフィアリーセ様が一番小さいからね。何をとは言わないが、普通サイズだと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る