第461話 第3王子からの謝辞

 あらすじ:偉そうな護衛騎士の正体は、第3王子であるレグルス殿下と、その夫人フェリスティだった。



「皆、楽にするがよい。今日はハイムダル学園長の護衛という形で来ている。非公式であるがゆえに、直答を許す。それに、多少の不作法も目を瞑ろうではないか」


 所謂、お忍びなのだろう。護衛なのに馬車に乗っていたとか、顔を隠していたのは、素性を隠す為だったようだ。


「王都からの土産も持参してある。其方の恋人……そこの猫人族が、料理を好んでいると聞いていたのでな。私の専属料理人が作った菓子と、王都で出回っている果実を用意しておいた。先ずは楽しむがよい」


 王子が目配せをするだけで、給仕が始まる。テーブルに様々な形のチョコ菓子が並べられた。動物を模した物や、花の形、ナッツ入りや、ドライフルーツ入りなどもある。

 そして、差し出されたティーカップには、馥郁ふくいくたる香しい茶色の液体が注がれていた。一瞬、見た目でコーヒーかと思ったが、この香りはココアのようだ。確か、ココアの原料もカカオだった筈。チョコレートがあるのだから、そりゃココアも作れるか。すると、給仕役のメイドさんが簡単に説明してくれた。


「こちらの飲み物には砂糖が入っておりません。お好みでチョコレート菓子を入れて下さいませ。甘い物が苦手な方は、こちらのラム酒を入れてもまろやかになり、飲みやすくなります」


 と、小瓶が置かれた。流石に昼間っから酒を入れるのはどうかと思うので、それは断っておく。すると、王子が声をかけて来た。王子夫妻は側仕えに鎧を脱がせてもらっている最中であるが、視線はこちらを向いている。なんか、観察されているっぽい?


「なんだ、ザックスは酒を好まんのか?

 土産の中には酒も準備してあるのだが……」

「あ、いえ、酒を好む仲間もいますから、有り難く頂戴します。

 ただ、自分は酒を嗜むようになったばかりなので、強い酒に慣れていないのです」

「……そうか、まだ16歳だったな。酒は飲めば飲むほど慣れる物だ。この機に、色々と飲んでみると良い」


 ついでに、珍しい物ばかりなので、〈詳細鑑定〉をする許可を求めると、「構わん」と承諾して頂けた。早速、ココアに使ってみると……



【食品】【名称:ココアミルクティー】【レア度:B】

・チョコレートの木の葉を乾燥、焙煎させた香ばしい茶。苦みがあるが、ミルクを混ぜる事によりコクとまろやかさを出している。同じ木から採れるチョコレートと相性抜群。



「……チョコレートの木?! って、カカオじゃないのか?」


 思わず声を上げてしまった。カカオどころか、葉っぱを使った紅茶みたいな扱いは予想外過ぎだぞ。

 一口飲んでみると、俺の知っているココアより味が薄めだ。香りは強く、苦みもあるが悪くない。なるほど、チョコを混ぜた方が美味しそうである。小鳥の形をしたチョコレートを1個取り、ココアに入れておく。

 すると、俺の反応にエヴァルトさんが、目を輝かせて喰い付いて来た。


「ほほう、その反応は、また異世界の知識ですね」

「あー、はい。騒がして、すみません。知っている食べ物かと思ったら、材料が違ったので……」


 掻い摘んで違いを話したところ、興味深そうに聞いてもらえた。どうやら、王都にはカカオが存在しないようで、物自体が違うようだ。そして、同じくカカオで出来る筈のチョコレートも原材料が違う。


「ハハッ! 大分違うようですね。こちらのチョコレートも、樹液を煮込んで濃縮し、色々混ぜ込んでから冷やし固めるのですよ。王都のお菓子職人も、独自の製法で腕を競っています」

「そうね。王都の有名店はどこも美味しいけれど、王族御用達のチョコレートは格別なのよ。今日のコレも、滑らかさが違うもの」

「確かに……クロイツマイナーのサクランボチョコより美味しいです」


 ソフィアリーセ様は以前も食べた事があるのか、少しうっとりとした表情でチョコを食べていた。一方、俺を挟んで反対側に座るレスミアは、神妙な顔でチョコをパクついている。また、分析できないかと考えているようだ。取り敢えず、プレーンなチョコに〈詳細鑑定〉を掛ける。



【食品】【名称:ジャンドゥーヤ・チョコレート】【レア度:B】

・チョコレートの木の樹液を精製し、練乳とアーモンドペーストを加えて冷やし固めたチョコ菓子である。その滑らかな口解けと光沢のある艶の秘密は、細かな温度調節テンパリングによるものである。

 濃厚な甘さは貴族の子女に人気があり、単体で食べる他、様々なお菓子の材料にもなる。

・バフ効果:知力値小アップ

・効果時間:15分



「……だそうです。テンパリングは聞いた事があるので、カカオのチョコレートと似ていますね」


 自分ではやった事は無いが、料理漫画とか、雑誌のバレンタイン特集なんかでは、作り方が載っていた覚えがある。湯煎しながら温度管理をする面倒な方法という程度しか知らないが……ああ、料理人ジョブの〈温度の見極め〉で、温度が表示されるから、温度管理は比較的楽かも?


 そんな、考察も踏まえて話をしていたら、笑い声が起こった。声の方を見ると、王子夫妻が上座の席へ座るところであった。


「はっはっはっ! 王宮料理人が苦心の末開発したレシピを、そうも簡単に暴かれてしまうとはな!」

「あっ……申し訳ございません。口に出しては不味かったですか?

 材料の分量とか、テンパリングの温度とかまでは分からないので、大丈夫だろうと話してしまいました」

「まあよい。宮廷料理の菓子として、製法が秘匿されていたのは100年以上前の事である。今では王都の有力な店でも似たような製法で作られていると聞くからな。そこまで、目くじらを立てるつもりもない。

 ただ、〈ライトクリーニング〉のように、一般人に売るのは止めておけ。混乱の元である。

 そうであろう? 料理が得意という猫人族……レスミアと言ったか?」


「……は、はい! 私もザックス様の鑑定には助けられています。お店のお料理とかも、材料が分かれば、真似る為の試行錯誤が減りますので」


 急に話を振られたレスミアが、ガチガチになりながらも、何とか意見を返せていた。労いの意味を込めて、テーブルの下から手を伸ばし、太腿をポンポンと叩く。すると、そのまま手を握られてしまった。ちょっと震えているのは、緊張の為か……王子様と話すなんて、予定外だから仕方ない。

 すると、その話題にハイムダル学園長が乗っかった。懐から金色の板……ゴールドカードを取り出すと、それを周囲に見せながら言う。


「しかし、ダンジョンでの使い勝手は素晴らしい。弱点属性が分かるだけでなく、魔物の行動パターンまで書かれているのだからな。60層以上に挑む者全てに持たせたいくらいだ。今後も供給を頼む」

「はい、私一人しか量産できない為、数に限りはございますが、出来る限り作成致します」

「うむ。惜しむらくは、80年前にコレがあれば、儂のパーティーは敗走せずに済んだのではないか、と考えてしまってな……いや、過ぎた事か……」


 ハイムダル学園長の悲し気な声に、応接間がしんと静まり返る。

 俺的には80年前の方も気になるけど、聞ける雰囲気ではない。ついでに当時が現役年齢としても、100歳超えているのかね?

 そんな空気を壊したのは第3王子である。


「らしくないな、ハイムダル学園長。当時の失敗を語り、教訓として後進を育てて来たというのに……過去に囚われ過ぎるな、前を見よ」

「フンッ! 若造に心配される程、耄碌しとらんわい。儂が神の御許へ行く前に、お主がフォースクラスに到達してみせよ」

「言われるまでもない。私は未来を見据えているのだ。

 鷹の羽ばたきが、風車の力を得て旋風へと育った。この新しき風を呼び込む事こそが、我らをの地へと導く原動力となるだろう」


 第3王子の言葉の後半は、抽象的な物言いで、良く分からん。取り敢えず、笑顔を崩さずに黙って聞いていると、視線がこちらへと向いた。


「ザックスには、もう一つ礼を言っておこう。魔法戦士の解放条件を、良くぞ知らせてくれた。

 第0騎士団にて検証をしてみたが、儀式を受けずとも新しい魔法戦士が誕生する事が確認されている。これで、王族に連なる若者達、そして私の息子も儀式に挑む必要が無くなったのだ。

 王族だけでなく、一人の父として感謝の意を表するものである」


 そう言うと、右拳を左手で握る貴族の礼をするのだった。

 王族から直々に礼を言われるのは、非常に名誉な事なのだろう。周囲の目線が俺に集中しているのを感じた。

 いや、俺や伯爵達は、『王族の秘匿情報を暴いてしまった。怒られる前にゲロっとこう』的なノリで報告したのだけど、予想以上に好意的にとらえてくれたようだ。セーフ!

 そして、返答ついでに、気になっていた事を聞いてみる。


「レグルスプレームス殿下、お褒め頂き光栄に思います」

「レグルスと呼ぶ事を許そう。非公式の場であればな」

「ではレグルス殿下と……時に、その儀式とは、どんな内容だったのですか? 他の解放条件の参考になるかも知れませんので、教えて頂けると助かるのですが」

「ほう……そこに踏み込んでくるか……まぁ、よい。

 廃止が決まった儀式ではあるが、元は王族の機密なのだ。吹聴するでないぞ」


 レグルス殿下が語ったのは、非常にシンプルな内容ながら、結構厳しいものであった。


『戦士と魔法使いのジョブをレベル30に上げた後、王都のダンジョン30層のボスに、剣装備の魔道士が単独で挑み、勝利する。ただし、消極的な戦いをする者に資格無し』


 このボスというのが、黒魔鉄製のゴーレムらしく、物理にも魔法にも強い強敵だそうだ。しかし、逃げ回りながら、弱点魔法を撃つだけでは『消極的な戦い』と取られて、魔法戦士のジョブは得られない。その為、近距離で剣と魔法を織り交ぜて戦うよう教えられるそうだ。

 王族と、その庶子が訓練を施されるが、近接戦闘に優れたうえで、戦いながら魔法を充填出来る者は極一握り。優等生のみ儀式に挑戦出来るのだが、生還率は7割程だったそうだ。


「30層のボスゆえに、最初は3対1で始まるのだからな。脚の早い狼型の魔物を巻き込む様に、範囲魔法で仕留められねば、その時点で危うい。ゴーレムと1対1になってからも、魔法の効きは悪い。剣で傷付け、その傷に魔法を撃ち込み、脆くなった所を更に剣で切り崩す。それを、倒せるまで延々と繰り返すのだ。

 私も戦闘には実力がある方であったが、途中で剣が折れた時は、背筋が冷たくなったぞ。あの時ほど、ルールを呪った事は無い。ミスリル武器を使わせろとな」


 儀式に挑む武器は、ボスの弱点属性が付与されたウーツ鋼のロングソードと決められていたらしい。

 魔法戦士の解放条件は『近接距離で魔法を使い魔物を倒す。属性が付与された武器を使う』なので、本当に関係がない。『消極的な戦い』云々も、実は『近接距離で魔法を使い魔物を倒す』だけなので、ボスである必要も、単騎で挑む必要すら無いからな。詳細な解放条件が分からないとは言え、酷い儀式である。


「大昔からの口伝であるからな。どこかで、間違った可能性もある。

 元は、エストラ女王の弟君が偶然発見したらしいが……機密ゆえに文書に残されていないのだ。やはり、資料を残す事は重要であるな」

「はい! 同感です! 出来るなら本にしましょう! 図書館が溢れる程の本を! ついでに、王宮図書館にも行きたいです!」

「リプレリーア、真面目な話をしているので、お静かに」


 エヴァルトさんに怒られたリプレリーアは、飼い主に怒られた犬の様に、しゅんとしてしまった。

 それは兎も角、偶然発見したジョブだから、発見者の経験をそのまま儀式にしたようだ。しかも口伝では、誰かが「自分の場合はこれで取れた」と条件を変えたり、追加したりしたら、更に歪む。

 ……いや、それでも王子様がボスに単騎で挑むって、何があったんだろうな? 何かドラマがありそうだ。


「今から話す事は、今朝方、エディング伯爵とノートヘルム伯爵とも協議した事である。両騎士団から、解放条件についての十分な検証結果が得られたことから、有用性が実証された。

 次の春から学園の教育課程の教科書に、ザックスの報告書から得られた情報、特に解放条件を載せるように改訂する事にした。

 魔法戦士系以外の複合ジョブも載せ、成績優秀者には複合ジョブを得られるような教育課程に進ませる事も検討している」

「…………は?!」


 急激に話が変わったので、思わず聞き返してしまった。ジョブとかのデータを集めるのが楽しくて、いつかは本にまとめられたら、なんて考えていたが、その機会がこんなにも早く来るとは思ってもみなかった。いや、貴族が絡む話だから、もっと時間が掛かると思っていたのだ。

 そんな事を考えていたら、レグルス殿下が少し慌てたように付け足した。俺の反応が不服なように見えたのかも知れない。


「……魔法戦士の全領地への公開は2年程遅らせる予定だ。先ずは第0騎士団と、王都、アドラシャフト領、ヴィントシャフト領の騎士団に限り、身分が上の者から情報を公開するのだ」

「儂としては、さっさと公開しろと言いたいが、元は王族専用のジョブであるからな、公開は慎重にならざるを得ないと言う訳だ。貢献のあった2領地にも配慮がいるからの」

「王族としては、権威の一環であった魔法戦士を独占出来ないのは痛いが、既に2領地の伯爵にはバレているのでな。儀式のような危険を冒さずに、戦力が増えるのであれば、公開した方が国の為になると国王陛下が決断したのだ。

 ザックス、今後も新しいジョブの発見に力を入れるように。新しい情報は、我が第0騎士団でも検証してやろう。

 期待しているぞ」


 どうやら、王族とエディング伯爵、ノートヘルム伯爵の間で色々と密約があったようだ。まぁ、お世話になっている二人が優遇されるのは嬉しい事である。

 ただ、最後の一言で、報告していないジョブがあった事を思い出した。いつもなら、ソフィアリーセ様経由でエディング伯爵に提出する(アドラシャフトへは、白銀にゃんこの定休日に持って行かせる)ので、剣客に関しての情報は王族にまで届いていない筈である。

 一応、両伯爵に対しては、簡単な一次報告と試作品の刀をフォルコ君に届けてもらったが、キチンとした報告書はまだだ。

 この状況だと、出した方が良いよな?

 

 ストレージから提出用の報告書を出して、剣客のページのみをテーブルに広げた。


「丁度先日、新しい複合ジョブが手に入ったので、まとめていたところです。名前は剣客、刀を武器に、高速の居合切りで戦う、強いジョブですよ」

「「また、新しいジョブだと!!」」


 最近のお気に入りだと紹介すると、レグルス殿下とハイムダル学園長が驚きの声を上げ、テーブルの報告書に手を伸ばす。ついでに、対面に座るリプレリーアが席を立ち、足早に回り込んで来た。そして、残りの報告書をかっさらって、読み始めるのだった。

 いや、別に読ませるのは構わんけど、そこで立ち読みするなよ。あまりにもいつも通りの行動に、少し呆れてしまった。

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