第460話 (閑話)汝らの忠誠を問う(後編)

  ※時系列的に414話辺り。


 それから、2週間が経過した。

 父上と兄上が主となって働きかけた結果、マークリュグナー公爵の切り崩しは順調に進んでいる。しかし、一部からは強い反発も受けていた。特に、現神族製の魔道具を取り扱っていた貴族達だ。口々に、「無名の工房など信用できない」や、「王族への忠誠も有る訳無いから止めたほうが良い」等と、こちらを心配するような素振りで進言してくる。ただ、そんな輩はマークリュグナー公爵と繋がりがある事は明白なので、本心は利益が下がる事への苦情に他ならない。

 ただ、時流も読めない凡夫など、面倒な事に変わりはない。父上や兄上、そしてハイムダル学園長と相談した結果、一計を案じる事になったのだった。


 ……あの爺さん、私を餌にするとは、実にあくどい。なにが「嫁バカで知られる、レグルス殿下が最適ですな」だ!

 まぁ、王都に居る間にしか社交が出来ない私は、今回の件には関わりが薄いと思われている為、適任ではあるのは認める。



 とある休日の早朝、私の離宮に3人の貴族を呼び出した。件の反発をしている者達の中でも位が高く、声が大きい者だ。何故、早朝かと言うと、「ザックス工房の信頼性と忠誠を図る為、納期が半日という無茶な発注を掛ける」為である。3人は未届け人だな。


「流石はレグルス殿下。陛下に進言しても、耳も貸してもらえませんでしたからな。王族を憂う、我らの心が通じた事に安堵しております」

「然り然り、信頼と忠誠は一朝一夕でなるものではありませぬ。我らの様に何代も続く貴族でなければ、信用するものではありません。

 現に、ザックス工房の者は遅刻しているではありませぬか」


 などと、人の良い笑顔で、ゴマすりをしてくる。実に分かり易い。私もその話に合わせて、軽口を叩いてみせる。


「なに、ザックス工房は王都に支店が無いのでな。後援している貴族を、代理で呼び出しているのだ。

呼び出しを掛けたのも、つい先程。今頃は慌てて駆け付けている頃合いであろう」

「なんと! 王都に支店もない零細工房だったのですか。それは、それは、増々持って信用出来ないですな。どうやって陛下に取り入ったのやら……後ろ暗いものがあるに決まっています」


 ……それは、お前等の自己紹介か?と突っ込んでやりたいが、我慢する。

 調子の良いご機嫌取りに、内心うんざりしながら話を合わせていると、程なくして来客の知らせが来た。


「ザックス工房の代理として、ソフィアリーセ・ヴィントシャフト様がいらっしゃいました」

「通せ」


 許可を出して入室させる。メイドに連れられて入ってきたのは、サファイアの如き髪を持つ美少女である。学園の制服を着こなした様は、少女から淑女へと成長する間に見せる美しさを醸し出していた。

 入学した頃の歓迎パーティーで挨拶をした覚えがある。あの時は凜とした冷たい雰囲気だったのだが、大分変わったな。温かみがある様な、包容力があるような笑みを見せている。


 そして、宝石髪が入って来た事に驚く貴族達であったが、学園生と知ると、侮るような目線に変わる。本当に若輩者で安心したのだろう。



 ソフィアリーセは、従者の護衛騎士の少女と側使えらしき女と共に、跪くと最上位の礼を取った。


「闇の神と光の女神が包容を交わし、威光が輝き始めるこの時、麗しき御尊顔を拝し奉り、光栄至極に御座います。

 エディング・ヴィントシャフトが娘、ソフィアリーセ。仰せにより、只今罷り越しました」

「うむ、早朝より御苦労である。先ずは座ると良い」


 席を勧めてから、紅茶と茶菓子を準備させた。一口飲んで、気分を落ち着かせたところで本題に入る。

 急速に王族へと取り入ったザックス工房について、苦情がある事を説明する。


「…………だそうだ。隣にいるのは、昔から魔道具を調達していた貴族である。彼等の言い分はこうだ。

『王族への忠誠心も無い者には、後を任せられない』とな。

 私としても、ザックス工房を信頼して良いものか、懐疑的な部分はある。

 故に、其方の忠誠心を試させてもらう。よいな?」


 貴族達が私の言葉に大きく頷き、後押しする。

 そして、周囲の圧力を感じたのか、一瞬不安そうな顔を見せたソフィアリーセだったが、直ぐに了承の意を示した。


「若輩であるザックス工房に、信頼を得る機会を下さり、ありがとうございます」

「うむ。王族への忠誠心を示してもらう為に、個人的な緊急依頼をする。上からの無茶な注文に応えてみせよ」


 用意していた発注書を、側使え経由でソフィアリーセへ渡す。すると、目を通した彼女は、顔を真っ青にして異を唱えた。


「お待ち下さいませ、レグルス殿下!

 この発注、期限をお間違えではありませんか?!」

「いいや、先程無茶な注文だと言ったであろう?

 ザックス工房が献上した新しき宝石、ダイヤモンド。あれは美しい。母上や、兄上の第1夫人が見せびらかすアレを、我が妻達も羨ましがっていてな。

 良い機会である。今日の15時までにダイヤモンドを、3個納品せよ」

「……ダイヤモンドは作るのに手間が掛かります。半日では1つ出来るかどうかで……在庫も王命により作っておりません」


 顔を真っ青にしながらも、健気に笑顔を取り作るソフィアリーセ。弱々しくも、遠回しに『出来ない』と言うのだが、周囲の貴族達は此処ぞとばかりに責め立てる。


「王族の無茶振りを笑顔で熟してこそ、御用商人と言えるのですぞ」

「そうですとも。折角機会を頂いたのに、断る事こそ不敬である」

「うむ、我々も通って来た道なのだ。同じ様に商売がしたいのなら、受ける他あるまい」


 言いたい放題である。

 しかし、その迂闊な言葉を待っていた。私は別に用意していた発注書を、貴族達それぞれに渡す。


「ふむ、それでは先達である彼等にも、忠誠の手本となって頂こう。その方がザックス工房もやる気になるであろう」

「なっ!」「え?!この量は!?」

「お待ち下さい! レグルス殿下、この量を15時までとは無茶が過ぎますぞ。一月の納品量の3倍は、在庫も足りません!」


 無茶振りの矛先が自分達に向くと、途端に無理だと騒ぎ始めた。分かり易い連中だ。混乱しているのを余所に畳み掛ける。


「何を言う。其方等が言ったばかりではないか『無茶振りを熟してこそ』、『機会を断る事こそ不敬』、『同じ様に商売がしたいのなら受けるしか無い』とな。

 頼もしい限りである」


 先程騒いでいた言葉を、そのまま返してやると、全員黙り込んでしまった。どんどんと顔色が悪くなっていくが、無視して話を進める。


「本来ならば、ギルドを通して特急料金が発生するところであるが、これは私からの個人依頼だ。注文分の定価しか払わん。

 では、全員反対の声も無いため、注文を確定とする。

 無論、未達の場合は、父上に進言して取引を見直すものとする。

 良いな? みなの忠誠心を、私に示してみせよ!」


 最後に発破を掛けてやると、顔色真っ青にした貴族や、脂汗をダラダラ流した貴族、慌て過ぎて足を縺れさせた貴族が、我先にと出て行った。

 退室の挨拶をしたのはソフィアリーセだけである。彼奴等こそ、不敬罪にしてやろうか。



 全員が出て行ってから、動向を見張らせていたメイド達から連絡が入る。それを聞いてから、使用人用の裏口を使うべく移動した。




 王城の入り口付近には、従者が馬車を回してくるまでの待合室がある。早朝だからか、出て行くのは先程の4人とその側近だけだ。身分が上の順から順に、馬車に乗って出て行く。誰も彼も慌てた様子で、使用人扉に隠れている私に気付く様子はない。


 そして、最後に残されたソフィアリーセ一行になってから、メイドを使って、扉の近くに呼び寄せる。


「え?! レグルス殿下が此処に?」

「ああ、扉の裏だ。他の者に気付かれないよう、メイドと話している振りをしろ」


 若干間抜けではあるが、他の貴族達世襲派の手の者が居るとも限らんからな。念には念を入れて偽装する。


「先ずは、急な指示であったにも関わらず、良い演技であった。褒めて遣わす。其方、役者にも成れるのではないか?」

「お褒めの言葉は有り難く。しかし、あの程度の演技ならば、女なら当たり前に出来ますよ?」


 顔は見えないが、楽しそうな声が返ってきた。

 そう、ソフィアリーセには昨晩手紙を届けて、指示をしていたのだ。先程の商談も、全ては茶番である。知らぬは世襲派貴族達の方であったのだ。


「もし、ダイヤモンドが準備出来ない場合は、早目に連絡するように。以前献上された物をアクセサリーからバラし、偽装する。母上には迷惑を掛けてしまうがな」

「いいえ、恐らく大丈夫でしょう。時間が掛かるのも消費MPの問題です。マナポーションを沢山飲めば、作れると思います」

「いや、急激なMP消費と回復は、身体に負担が掛かると聞く。調合しながらでは特にな」

「では、万が一、駄目だったときは、わたくしからも王妃様に謝罪する機会を下さいませ」


 そんな応酬を続けていると、外に馬車が到着した。あまりゆっくりしていては、他の者に怪しまれる。話を終えようとした時、護衛に付いていたフェリスティが進言して来た。


「殿下、この様な一件に巻き込んだのです。彼女にも褒美は必要ではありませんか?」

「うむ、そうだな。ソフィアリーセ嬢、ダイヤモンドが納品出来た場合、其方にも褒美を取らせよう。要望を考えておけ」


 しかし、返答は直ぐに返ってきた。まるで、要望を考えていたかのように、情熱的な声で。


「レグルス殿下、フェリスティ様、ありがとうございます。

 では、今後ザックスへの求婚、婚約打診は全て断って下さいませ。王族を通さない場合でも、王族の名を使って断る許可を頂きたく」

「……は?! 貴族として、血族を増やすのは義務である。知らない筈がなかろう?

 仮にザックスが増やしたいと言ったら、どうするのだ?」

「ザックスは、わたくしにベタ惚れなので、あり得ません!」


 貴族の子女とは思えない程、ピュアな答えが返って来た。そう云うのを飲み込む様に、教育されている筈なのに?

すると、扉の隙間から覗いていたフェリスティがクスクスと笑う。


「恋する乙女の顔よ。可愛いじゃない。

 ソフィアリーセ、私は応援してあげるわ。成功したら、王妃様に進言してあげる」

「フェリスティ様! ありがとうございます!」

「ええ、貴女達が頑張って5人くらい産めば、愛人も要らないものね」


 その言葉に、ソフィアリーセは顔を真っ赤にして帰って行ったらしい。扉の隙間を覗く尻では、白黒の尻尾をくねらせている。最後まで、フェリスティは楽しそうに見送っていた。




 期限の15時である。

 結局、納期が間に合ったのは、ザックス工房だけであった。

 いや、納品に来たのは、側近の側使えだけであるが、「一週間振りの逢瀬なので、邪魔しないで下さいませ」と伝言された。

 まぁ、恋人と長く離れているのは辛いので、気持ちは分かる。代理の代理であるが、ダイヤモンドは納品されたので、良しとしよう。


 残りの貴族達で、顔を出したのは1人(半分だけ納品)と、代理が1名(明日の夜までに半分入れるので待って欲しいと懇願)のみ。残りの貴族は連絡すら無い(翌日、世襲派から苦情)。


 半分だけ納品した所は、ゴールドカードに置き換えられない魔道具も取り扱っていたので、多少減らすが取引は続けても良い。残りの2つは論外であるな。


 来ていた者に、納品されたダイヤモンドを見せて、勝利者宣言をしてから、解散した。

 後の処遇は父上と兄上に投げておけば、良いように処理してくれるだろう。





「レグルス、ソフィアリーセの約束も忘れては駄目よ」

「フェリスティ、覚えているさ。ただ、彼女の父であるエディング伯爵が気の毒に思えただけだ」


 その夜、ベッドの中で、今日の出来事を話題にして笑い合っていると、フェリスティから釘刺しをされてしまった。

 ゴールドカードが出回れば出回る程、ザックス工房は注目を集めていく。彼がダンジョンを一つ攻略して、貴族席を手に入れる頃には、引く手数多になるだろう。勿論、婚姻話もだ。その全てを断らなければならないのは、エディング伯爵なのだ。廃嫡して離縁したノートヘルム伯爵よりも、義理の父になるエディング伯爵のほうが近くなるためだ。


 それは兎も角として、ソフィアリーセに褒美を取らせるならば、実際に調合したザックスにも褒美を授けた方が良いだろう。納品に来たのは13時頃、期限より2時間も早く終わらせたのは、称賛に値するからである。

 ただ、詳しい方法は側近も知らなかった為、どの様な方法を使ったのか、気になるな……


「良い事を思い付いた。

 フェリスティ、確かハイムダル学園長が、ザックスの元へ赴くのは来週であったな?」

「ええ、エヴァルト司教と共に、ヴィントシャフト領にあるザックスの拠点へ赴くと手紙にありましたね。

 ……それで、何を思い付いたの?」


 腕の中の柔らかな女体が身じろぎをして、身体を押し付けてくる。抱き寄せながら目を下に向けると、若干呆れたような半目のフェリスティと目が合った。夫婦となって既に5年、ダンジョンにまで付いて来てくれるため、一番長く寄り添ってくれている妻には、悪巧みがお見通しのようだ。


「なに、我々も同道して、ヴィントシャフトへ行こうと思ってな。

 王族である私が直々に出向いて、称賛の言葉を掛ける。平民のザックスにとって、これ以上ない褒美とは思わないか?」

「……ザックスに興味が湧いたと、素直に言ったらどう?

 そうね。普通の平民なら平伏して喜ぶかも知れないけど、神の使徒かもしれないザックスはどうかしら?

 確か、もう一人の恋人が、料理を趣味にしていると耳にした覚えがあるわ。王都の食材やお菓子でも、土産にした方が喜ぶでしょうね」

「……ふむ、一理ある。女向けに王都特産のチョコレート菓子や果物、ザックスには酒でも見繕って持っていくとしよう。

 では、良い提案をしたフェリスティにも褒美を与えねばな。もう一回、可愛がって……おい、何故逃げる?」


 手を出そうとした瞬間、猫の様にするりと腕の中から逃げ出し、背中を向けてしまった。何か、機嫌を損ねる様な事をしたかと、抱き寄せようとするが、それからも逃げられる。


「もう寝ますよ。明日は早く騎士団に行き、スケジュール調整が必要なのですから。

 思い付きで、急に予定を変えたのは貴方なのですから、お仕事頑張って下さいませ」


 そう言われると、やり難いではないか。

 仕方がないので、フェリスティを背中から抱きしめるだけで、目を閉じた。

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