第458話 リプレリーアの就職と物々しい警備の理由
「はっはっはっ! 学園長の十八番なのですよ。私の知る限り、毎年入学式の挨拶で驚かしていましたからね」
「わたくしの入学式でやっていましたわ。昔からなのですね」
エヴァルトさんと、ソフィアリーセ様が場の空気を和ませてくれた。
驚いてばかりいては失礼にあたる。気持ちを切り替えて、その場に片膝を突いて、最上級の礼をした。
「雪の精霊が舞い踊らんとする
探索者、ザックスでございます。以後、お見知りおき下さいませ」
「うむ、貴族学院であるシュトルアーデンの学園長、ハイムダル・パージスシャフトだ。
貴殿の旅路において立ちはだかる、闇の神の試練を乗り越える英知を授けよう」
回りくどく言っているが「今日は曇っていて寒い日だけど、来てくれてありがとう。晴れて暖かくなると良いね」と、天気の挨拶をしただけである。学園長の方も「君の進路で悩んだ時、教師として相談に乗ろう」って程度だと思う。
取り敢えず、周囲の反応も悪くないので、挨拶は成功のようだ。屋外では寒いので、応接間へと案内する事にした。
応接間へ誘導したのだが、丸耳の護衛騎士のお姉さんが、玄関に飾ってあった幸運のぬいぐるみを気にしている事に気が付いた。女性ならば、気になるのだろう。軽く声掛けをする。
「それは、撫でた者に小さな幸運をもたらすぬいぐるみです。宜しければ、撫でては如何ですか?」
「……幸運ですか」
言葉少なく反応した彼女は、右腕から凶悪なガントレットを取り外す。ガントレットに似付かわしくない、白く嫋やかな手でぬいぐるみを撫でるのだった。口元が緩んでいるので、喜んでくれたようだ。
「はい、ダンジョンでレアドロップが出易くなったり、日常で病気に掛かり難くなったりする程度ですけどね。友人のお子さんも病気がちだったのですが、幸運のぬいぐるみをプレゼントしてから、元気に過ごせているそうです」
「……そう。わたくしには、育てている子供は居ませんよ」
リスレスさんを例に挙げてみたのだが、反応は薄い。ガントレットを嵌め直すと、応接間へ入って行ってしまった。
……あー、未婚の女性だったのかな?
こちらの女性は結婚が早いので、二十歳を超えていると大抵は子持ちである。なので、子供ネタなら鉄板と思ったのだが、地雷だったかも知れない。行き遅れを指摘したみたいに取られたかな。
ちょっと、失敗だったかもと反省しながら、俺も応接間へ入った。
応接間では、学園長の側仕えがお茶の準備をしている。来客の皆さんも、コートを預けるなどして、側仕えに身なりを整えられていた。俺は軍服な貴族服のままなので、そのままテーブルへ向かう。
先に席についていたレスミアの隣に座ると、向かい側にリプレリーアも座って居た。丁度良いので、何故一緒に来たのか聞いてみる。すると、いつも本にしか目をくれないのに、珍しくお礼を言われるのだった。
「ザックスが紹介してくれたお陰でね。わたし、王都の図書館へ行ける事になったのよ!
しかも、エヴァルト様の図書室も使っていいんですって!」
「あー、地下書庫を調べる手伝いだったな。親御さんのメディウス子爵の許可は下りたのか?」
「ええ! お父様がエヴァルト様と交渉して下さったの。王都の別邸を使う許可も頂いたし、エヴァルト様の図書室も好きに読んで良いの。仕事でも読書、家に帰っても読書出来る、夢のような生活よ!」
なんか、興奮状態で会話が微妙にズレている。先ず『エヴァルト様の図書室』ってなんだ?
その辺を聞き返そうとしたら、丁度話題のエヴァルトさんがやって来た。俺の対面、リプレリーアの隣に座ったので、事情を聴いてみる。
「ハハッ、私も王都に別邸を持っているのですが、年に数回程しか使わないのでね、倉庫代わりに使っているのですよ。仕事柄、色々な領地に行くことが多く、その土地の古い本を集めていると、本ばかり溜まってしまってね。読まなくなった本を別邸にしまい込んでいるから、屋敷の部屋の殆どが図書室みたいな物なんだ。
だから、リプレリーア嬢には、地下書庫を調べる仕事をしてもらう代わりに、私の蔵書も見せる約束をしたんだよ」
「ええと、大丈夫ですか?
リプレリーアは書痴……無類の読書好きなので、エヴァルト司教の別宅にも居座りますよ」
「ああ、私も聞いてはいるが、身の回りの世話をする側仕えを付ければ、大丈夫だろう。
それよりも、彼女の知識量と頭の回転の速さは凄い。歴史への造詣の深さは、司書顔負けであると思うよ……礼儀作法が身に付いていないのが残念であるがね」
エヴァルトさんは苦笑しながらも、リプレリーアを高評価していた。それに対し、リプレリーアも恋する乙女のような顔で、エヴァルトさんを見つめ返していた。
「わたしもエヴァルト様の博識さには、驚いたわ。どんな話題でも、私見を返してくれるんですもの。同年代の馬鹿な男とは比べ物にならないわ。
わたしをエヴァルト様の第3夫人にして頂きたいくらいです。第1夫人の邪魔をしないように、王都の図書館でひっそりとしていますから!」
「はっはっはっ、私に妻は一人しか居ませんし、貴女とは歳が親子ほどに開いていますからね。婚約者は、もっと若い子から探しなさい」
何処まで本気なのだろうか?
エヴァルトさんはノートヘルム伯爵の仲間だった事から分かるように、30代半ばである。17歳のリプレリーアとは倍も違う。恋心を持つのは少し厳しい気がするが……
いや、今日はお洒落をして可愛いけど、中身は変わっていないからな。エヴァルトさんの図書室が狙いに決まっている。
そこにソフィアリーセ様がやって来て、俺の隣に座る。そして、俺の耳元で囁いた。
「(リプレリーアと話が合う男というだけで、稀有な存在でしょうね。このまま押し付けた方が、メディウス子爵も安心するんじゃないかしら?)」
「(エヴァルト司教の蔵書を読み尽くした後、どう行動するのか分からない点が不安ですよ)」
読んでいない本が無くなったら、図書館に入り浸るくらいなら良い方だろう。最悪、図書館長とか、もっと本を持っている男に乗り換えたりしないかね?
流石に杞憂だと思いたい。取り敢えず、第3者である俺達が、現時点で口出しするのは早い。王都での仕事ぶりを見てから判断しようと、様子見する事にした。
側仕えと何かを話していたハイムダル学園長がやって来た。そして、エヴァルトさんの隣に座る。
……テーブルの短辺側、所謂上座の席を用意しているのに?
ご自身の意思で座っていたので失礼かとも思ったが、上座の席を勧めてみる。しかし、それは固辞されてしまった。それよりも、窓の外を気にしている。俺も目を向けてみると、応接間の窓の外には、黒騎士の背中が見えた。それも、4枚ある窓、それぞれを守る様に立哨している。ちょっと、物々し過ぎない?
などと考えていたら、カーテンが閉められ、部屋の明かりの魔道具が灯される。
「配置に付いたな。では、遮音の結界機を」
「ハッ!」
学園長の指示で、執事さんが台車を部屋の中心近くに配置する。そして、載せてあった四角い箱に、魔結晶を刺した。すると、箱の側面に魔法陣や幾何学模様が浮かび上がる。次の瞬間には、半透明な緑色の膜が応接間全体を覆っていた。
……メディウス子爵が使っていた防音の魔道具の上位版か? 効果範囲が段違いに広い!
窓を黒騎士で守り、カーテンを閉め、入り口の扉も黒騎士が2名で守り、更に遮音の結界だ。いったい何が始まるのかと、困惑していると、学園長が立ち上がり、背後に立っていた騎士に声を掛けた。
「準備は整いましたぞ。後は好きになされ」
「うむ、ご苦労であった」
そんなやり取りの後、フルフェイスの男性騎士と丸耳の女性騎士が、上座の方へと移動する。そして、二人が兜を取り素顔を見せた。
金髪オールバックの眉目秀麗な青年と、黒メッシュが入った白髪の凛とした美女だ。女性の方は、黒い丸耳と白い髪色から白虎を思わせる……虎人族とかかな?
一見すると、大物俳優と大物女優の結婚記者会見のように見える。その二人に見とれていると、周囲が動き出した。俺とレスミア以外が、椅子から立ち上がると、その場で膝を突いたのだ。
その様子を見て、俺も慌てて真似をする。〈礼儀作法の心得〉がサポートしてくれたのか、少し遅れただけでスムーズに最上位の礼を取る事が出来た。
礼をしたまま、二人を見上げる。すると、男の方が口角を上げて笑みを作ると、腕を振るってマントを翻しポーズを決めた。
「私の名は、レグルスプレームス・プリマーテス・ラントフォルガー。この国の第3王子にして、第0騎士団の団長である」
「わたくしは、その妻、第3夫人のフェリスティ・ティグリーナ」
「探索者ザックスよ、私が出した緊急依頼……ダイヤモンドの納品は御苦労であった。その褒美の一環として、私が直々に会いに来てやったぞ」
……王子様?! 俺を呼び付けるのではなく、自分が来ちゃったの?!
立憲君主制なのだから、身分が上の者が、下の者を呼び付けるのが普通である。その為、他領にまで来てくれる事がご褒美になるって事か? いや、ゴールドカードを納品している、取引先の社長の息子が視察に来たようなものか?
頭がグルグルと混乱する中で、取り敢えず、〈営業スマイルのペルソナ〉で笑顔を返し、「ご足労頂いた事、大変光栄に思います」と返答するのが精一杯だった。
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作者は〈ストックヒール〉を唱えた!
ピロピロリン! 閑話を消費して、書き溜めが2話分回復した。
そんな訳で、次回と次々回は、第3王子視点の閑話『汝らの忠誠を問う』前後編を更新します。
11月にサポーター用として先行公開していた閑話ですね。ようやく本編が追い付いたので、キャラ紹介も兼ねて公開します。
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