第457話 イカサマで大当たりと物々しい一団
翌朝、1の鐘の前に目が覚めた。白銀にゃんこの朝一営業を手伝いに行く前に、日課を熟しておかないとな。
飢餓ノ脇差をストレージから取り出し、ジョブを入れ替える。最初に使うのは……
「〈ダイスに祈りを〉!」
一抱えもある大きな10面ダイスを召喚した。
出たダイス目が大きい程、幸運が舞い込むスキルである。今までも、(忘れていなければ)毎日使っていたのだけど、殆どが4~7なので、ネタにならないのだ。10は『エメラルドの封結界石』を呼び出した1回きりであるし、9も数回程度。幸運の内容もまちまちだからなぁ。
しかし、今回は明確なコンボを狙って使用する。ダイスを放り投げ、転がる内に次のスキルを発動させる。
「〈道楽者の気まぐれスキル〉!」
今度はスロットマシーンを召喚した。そう、〈ダイスに祈りを〉で幸運を呼び込み、その効果で〈燃焼身体強化〉を当てようという試みだ。
スロットマシーンのリールが回り始めると、転がっていたダイスが壁に当たって止まる。出た目は『8』!
……久々に大きい目が出た!
しかし、これで満足してはいけない。駄目押しでスキルを追加発動した、
「〈いかさまの拙技〉!」
この効果により、ダイス目を一つ良い方へずらし『9』に替えた。そして、効果が確定したのかダイスが霧散して消えていき、残ったマナの煙がスロットマシーンに吸い込まれて行く。それからリールの挙動がおかしくなった。回転数が急激に落ちたと思いきや、途中で逆回転して『燃焼身体強化』の文字に止まった。
なんか、あからさまなイカサマな気もするが、勝てばよかろうなのだ!
文字が赤く光り、確定のクラッカーが鳴り響く。すると、ステータス画面の所持スキルに〈燃焼身体強化〉が追加された。成功である。これで今日1日は量産し放題である。
「〈フェイクエンチャント〉〈燃焼身体強化〉!」
まっさらな銀カードを取り出して〈フェイクエンチャント〉を掛けてみると、問題無く付与する事が出来た。
【魔道具】【名称:白銀にゃんこの銀カード】【レア度:D】
・お菓子屋&魔道具店のロゴが描かれた銀製のカード。魔法が付与されており、回数制限があるものの簡易的な魔道具として使える。
・錬金術で作成(レシピ:銀のインゴット+マナインク)
・付与スキル〈燃焼身体強化〉【3回】
……これは売れる! いや、売れすぎて怖いくらいになる予感しかしない!
取り敢えず、今日の内に量産を……って、こんな時に限って、学園長が来る日だとは……しかも、内密にするように言われているんだよな。仕方ない、出来る限りで量産するか。
取り敢えず、白銀にゃんこに顔を出して、手伝えなくなった事を伝えておこう。
白銀にゃんこの人気は相変わらずのようで、今朝も行列を作っていた。〈ライトクリーニング〉の銀カード目当てのお客さんだけでなく、ケーキの売れ行きも順調で、ポイントカードを貯めて交換しに来る人も増えたとか。忙しくはあるが、バイトも増えた事で、十分に回せている。
俺は、偶々行列に並んでいたプリメルちゃんとピリナさん、それと何故か一緒に居たオルトルフ(テオの従兄)に挨拶をして、周囲に赤字ネームが来ていないか〈敵影表示〉で確認してから、自分のアトリエへ向かった。
今のところ、怪しい貴族っぽいビガイルの続報は入って来ていない。何らかの方法で街を出たのか、潜伏しているのか分からないが、ちょっと不気味である。
まぁ、今日みたいに探索者のお客さんも増えて来ているので、迂闊な事は出来ないと思う。
アトリエにて、銀カードの素体をレシピ調合してから、暖かい母屋へと戻る。母屋と物理的に離れているせいか、アトリエには暖房が無いのだ。煙突はあるのに、暖炉ではなく調合終了時の排煙用だからなぁ。〈フェイクエンチャント〉するだけなら、場所は選ばないので、暖かいリビングが一番である。
リビングでは、〈鑑定図鑑閲覧〉を見て、報告書をまとめつつ、〈フェイクエンチャント〉で銀カードを量産した。〈フェイクエンチャント〉を使うのに頭は使わないので、ながら作業が可能である。ほら、単純作業って微妙に眠くなるから、他事もしていた方が、気が紛れるんだ。
そんな作業を淡々と続けていると、いつの間にか時間が過ぎ、白銀にゃんこの面々が戻って来た。レスミアとベアトリスちゃんが朝食の準備に取り掛かる。その前に、出来た銀カードを試供品として渡して置く。
「〈燃焼身体強化〉の銀カードが出来たらから、みんなに1枚ずつ支給するね。原則として、1日1回の使用に留めてくれ。後は、どれくらいの効果があったのか経過観察して、報告するように。後は……何か思いついたら、試して欲しい」
「わぁ! 本当に出来たんですね!」
「助かりますけど、体重を教えるのは恥ずかしいのですが……」
「ああ、具体的な数字じゃなく、元から何キロ減ったとか、何処がほっそりとしたとかで良いよ」
「あはは! みんな、服のサイズが変わるくらい痩せたら私に良いなよ~。サイズ調整してあげるからね~。
私も色々考えてみたから、シェイプアップ頑張るよ!」
「きゃっ! 脇腹摘まむな!」
少し恥ずかしそうに銀カードを受け取ったベアトリスちゃんに対し、フロヴィナちゃんが揶揄うように脇腹へ手を伸ばすのだった。
俺から見ると、全員太っているようには見えないが、女子には色々あるのだろう。これも口に出すと不味い気がしたので、黙っておくけど。沈黙は金なりってね。
微笑ましく見ていたら、「ねぇねぇ」と袖を引かれた。スティラちゃんと、バイトのピーネちゃんだ。
「私達も欲しい! お義兄ちゃん、お願い!」
「わ、わたしもっ」
「いや、二人には必要無いんじゃないか? むしろ、細いからもっと食べろって言いたくなるけど」
13歳にしては小柄な二人だ。猫族なスティラちゃんは言うまでもなく、ピーネちゃんも急成長したフィオーレより小さい。しかし、俺の言葉では納得させられる筈も無く、不服そうに「む~」と唸るスティラちゃんに対して、レスミア達にSOSをお願いする。すると、リビングで急遽、井戸端会議になってしまった。
こうなってしまうと、男の肩身は狭い。テーブルの端っこで〈フェイクエンチャント〉作業に戻ったのだが、時折「成長が……」、「胸のサイズにも……」なんてフレーズが聞こえてくるものだから、余計に居た堪れない。ベルンヴァルトなんて、リビングに入って来た途端に、女性陣の様子を察知して、「馬の世話をしてくる」と逃げ出していたぞ。
そんな、状況を打破したのは……キッチンからやって来た、パンを咥えたフィオーレだった。パン籠を左手に抱えて、右手でバゲットに噛り付いている。そして、モグモグしていた口の中の物を飲み込んで、ひと言。
「ダイエットなんて、食べた分だけ動けば良いだけじゃん? 早く、朝ご飯にしよ?」
「「「フィオこそ、なんでそんなに食べて太らないの!!」」」
体重を気にする女性陣の声がハモった。
結局のところ、太ったと思うまで使わないけど、お守りに欲しいとの事で、スティラちゃん達にも試供品をプレゼントした。男には良く分からんけどなぁ。
朝食後、フィオーレはレッスンに出かけ、残りのメンバーは準備に取り掛かる。俺も、貴族用の服……いつもの軍服みたいなの……に着替えて〈フェイクエンチャント〉をしていると、来客を知らせるベルが鳴った。
出迎えてみると、来たのはマルガネーテさんと、昨日の側近メイドさん3人である。なんでも、昨日食べ過ぎた分の料理の差し入れと、給仕の手伝いに来てくれたそうだ。
「学園長一行の給仕は、お連れの側仕えが行うので、わたくし達は部屋まで運ぶのと、護衛騎士への食事対応ですね。
毒にも警戒されているようなので、わたくし達と護衛騎士が毒見をして、部屋に運んだ後も側仕えが毒見、それから給仕を行います。専任の司教も連れていらしてましたね」
「貴族だと毒見があるのは聞いた事ありますけど、物々しいんですね。ああ、学園長が、結構な御歳だからですか? 体力的とか」
「……そんなところです」
毒を飲んでも即死しないようレベルを上げて、解毒まで耐える。なんて、どっかで聞いたような覚えがある。王国で唯一のフォースクラスで、重要人物な学園長は魔法使い系なのでHPもそれほど高くないはず。それだけ警戒がいるのだろう。
そんな訳で、キッチンにも監査が入りつつ、料理も手伝ってもらう。他にも応接間の最終チェックや、馬車を停める位置を確認していると、時間は過ぎ去っていった。問題だったのは、俺の護衛騎士だと張り切っていたベルンヴァルトが、身ぐるみを剥がされた事くらいか? 異国情緒溢れる『血魂桜ノ赤揃え』は、威圧感があり過ぎるとNGを喰らったのだ。結局、騎士団の隊服に似た、いつものジャケットアーマーに着替えさせられていた。
約束の時間より1時間程前に、学園長の側仕えを乗せた馬車がやって来た。少し年嵩のメイドさんや、年配の執事さんは、マルガネーテさんよりも身分が上なのか、方方に指示を出してチェックし始める。俺達の身体検査も含まれていたようで、武器の類は全て携帯を禁じられた。ベルンヴァルトなんて、護衛騎士なのに丸腰になっちゃったよ。無論、騎士の証である勲章を見せて、護衛騎士だからと反論していたのだが……
「尊き方を守るためのルールです。騎士ならば規則も守りなさい」と、年配の執事さんに笑顔で凄まれて負けていた。曰く、只の執事とは思えない程の、威圧感や風格を感じたらしい。執事が強いと言うのも定番であるし、元探索者なのかもな。上級貴族のお供としてダンジョンに潜っていたとかさ。
10時前になると、出迎えの為に玄関の外へと出る。ドレス姿のレスミアはコートを着込んでも寒そうにしていたので、ヴァルムドリンクを一口だけ飲ませておいた。暫く待っていると、門を開けて馬車の誘導役に出ていたフォルコ君から、来客が来たと声が上がった。
門を潜り、先頭で入って来たのは、白馬に騎乗したルティルトさんである。その顔は、いつもの凛とした表情を通り越して、緊張しているようにも見えた。目が合うと、口元だけ少し笑い返し、こっそりと後ろを指差す。
その後ろでは、物々しい集団が入って来ていた。
2頭引きの豪奢な馬車が2台、それを囲む様に黒い鎧の騎兵が護衛に付いている。その数10騎。近付いて来ると、黒いメタリックな鎧に金の装飾が施されていた。盾持ちの人は、金で紋章を描いた盾を誇示する様に構えている。
黒地に金とか、下手をするとダサく見えそうな組み合わせであるが、その優美な装飾と威圧感から強者の格好良さを感じた。
1台目の馬車が、玄関の前に停車する。
先に下馬したルティルトさんが、こちらへ歩いて来ると小声で指示を出して来た。
「(今日はお嬢様のエスコートはしなくていいからな。君が挨拶するのは2台目の方。それと、黒い鎧の護衛は第0騎士団だ。粗相のないように!)」
「{了解です}」
ソフィアリーセ様と俺は、婚約者候補止まりなので、公的な場でエスコートするのは不味いのだ。この辺はマルガネーテさんからも注意されていたので、把握している。
そして確か、第0騎士団は王族の傍系で構成されたエリート騎士団だったか。そんな騎士団が護衛に付くとか、学園長の権力の強さが伺える。
ルティルトさんが、馬車の中へ声掛けをしてから、扉を開けた。降りる人へ手を差し伸べてエスコートして、降ろすのだ。
一人目は貴族らしいコートを着た、紺色の髪の若い女性である。誰だろう?と思いつつも、胸の前で右拳を左手で包み、会釈をする貴族の礼をとっておく。すると、その女性は気安そうに手を振り返して来た。
「久しぶりね、赤毛。最近は執事を寄越すだけで、張り合いが無いんだから……どうせ、原稿以外にも色々やっているんでしょ? 伯爵様も呆れていたわよ」
「……………………リプレリーアか?!」
予想外の人物だったので、驚いてしまった。化粧をして、髪型まで変わっていたから気が付かなかったが、よくよく見ると見知った奴である。特に、今は本を読んでいないし、手にも持っていないので、余計に分からない。
しかし、何故ここに、と聞き返す前に、馬車の中から注意が飛んできた。
「リプレリーア、そんな所で立ち話をするのでは、ありませんよ」
「あー、はいはい」
リプレリーアが横に退くと、ソフィアリーセ様が降りて来た。俺は軽く挨拶するに留めておく。貴族ったらしい挨拶を交わさないのも、少し寂しいものだ。代わりにレスミアにも挨拶をさせる。
そして、3人目が降りて来た。ルティルトさんの手を借りず、馬車から飛び降りると、ガシャン!と音を立てて着地する。黒い鎧姿なので護衛の女性騎士のようだ。女性的な曲線を持つブレストアーマーに、少しゴツイくらいの爪の尖ったガントレット。何より特徴的なのが、猫耳の形に盛り上がっている兜である。それは前だけ開いているようで、丸い耳が見えていた。形的に猫人族じゃないな。丸耳となると、熊とか虎、狸辺りか?
ただし、仮面舞踏会に使うようなバタフライ型の仮面で目元を隠していて、その顔は分からない。口元から20代くらいの美人さんに見えるけど……メッシュの入った白い長髪は、リスレスさんに似ているが、雰囲気は別物だ。周囲を警戒し、他の黒騎士と目線を交わすだけでやり取りする様は、歴戦の騎士の様である。
……他の黒騎士よりも偉そうなんだけど、隊長とかかな?
護衛に挨拶をするものではないけど、明らかに身分は上っぽいので、貴族の礼をしておく。すると、何故か興味深そうな目で見られてしまった。声を掛けられた訳ではないので、対応に困る。
1台目の馬車が前に移動し、2台目の馬車が玄関の前に停車した。こちらは黒騎士の一人が扉を開けると、見知った顔が降りて来た。エヴァルトさんである。挨拶をしたいが、学園長の方が身分的に優先である。貴族の礼をするに留めて、次を待つ。
しかし、中々次の人が降りてこない。
ようやく出て来たと思ったら、黒い鎧の護衛騎士だ。フルフェイスの兜で顔が見えない以外は、他の黒騎士さんと似たような格好なので、間違いはない。兜に猫耳は無いので、人族の男性っぽい。念の為、彼にも貴族の礼をしておくと、何故か彼にも興味深そうな目を返された。
出て来たのは、この二人だけであった。学園長の顔は知らないけど、結構な歳のお爺さんで、頭が禿げている事は知っている。フルフェイスな黒騎士さんは、顔が見えないけど、お爺さんな体格には見えない。
……もしかして、不在? 欠席とか?
いや、マルガネーテさんは昨日の晩には、学園長がいらしたと言っていた。早退して帰ったにしては、護衛が物々しい。仕方がないので、エヴァルトさんへ声を掛けた。
「エヴァルト司教、お久しぶりです。再開を喜びたいところなのですが、学園長はどちらにいらっしゃるのですか? 先に御挨拶をしたいのですが」
「ああ、君も元気そうでなによりだ。それと、学園長なら、そこに居ますよ」
そこと言われても、指を指してくれた訳でもないので、何処に居るのか分からない。苦笑するエヴァルトさんに、聞き返そうとした時だ。左の方から圧力を感じたと思ったら、左手が勝手に動いた。円を描くように何かを受け流し、振り抜く。すると、木製の棒……宝石が付いた杖のような物が、急に現れて、軽い音を立てて転がって行く。
……今の自動回避は、〈格闘家の勘所〉が反応したのか? 見えない攻撃と言えば……
「あっ! 〈潜伏迷彩〉か?!」
「馬鹿者、大魔道である儂が、その程度のスキルを使う筈も無かろうて。
これは、光属性魔法ランク6〈インビジブル〉で姿を消していたのじゃ」
声のした方を見ても、〈潜伏迷彩〉の境界線の歪みが見えない……次の瞬間には、身なりの良いローブを着た老人が虚空から姿を現した。特に禿げ頭が目立つので、学園長に違いない。
確かランク6は特殊魔法だ。先程の様子から、完全な透明化……光学迷彩の魔法のようである。
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