第456話 飢餓ノ脇差の落とし穴
あらすじ:マルガネーテさんは、模様替えを指揮しながら、〈燃焼身体強化〉を使用していた。
飢餓ノ脇差を手に入れた経緯や、その後の騒動については、今日届けさせた手紙に記載してある。その後の検証として、〈道楽者の気まぐれスキル〉で量産化を計っているのだが、上手く行くかどうかは確証がないので、少し濁す事にした。
「ええと、機密として扱う事は了解しました。それと、新情報として、量産化出来ないか検証していると、伝えておいて下さい。ここは人目があるので詳細は明日、関係者のみの場で良いですか?」
丁度、こちらに目を向けていたメイドさんを指差した。話題が話題なだけに、皆さん聞き耳を立てたり、こちらをチラチラと目を向けていたりしていたのが、丸分かりである。
俺の指摘に、マルガネーテさんは笑顔を崩して、分かり易く溜息つくと、手を叩いて周囲に発破をかけた。
「あなた達、手を動かしなさい! 模様替えが終わらなければ、今日は帰れませんよ!」
半数のメイドさんは慌てて働き始めたが、残る半数は不服そうに向き直る。よく見ると、メイド服の装いがフリル多めな娘達だ。確か、メイドさんも身分や立場によって、服が豪華になるのだったか。
マルガネーテさんより、少し若いくらいのメイドさんが意見すると、順々に話し始める。
「マルガネーテ、同じ側仕えなのですから、わたくし達にもダイエットの剣を使わせて頂けませんか?」
「ええ、筆頭側仕えとはいえ、一人だけ抜け駆けは美しくありませんわ」
「マルガ姉―さん、私も使ってみたいです」
「屋敷の外で、その呼び方は止めて下さいませ。
……仕方がありませんね。ザックス様?」
まるで困ったわと言いたげに頬に手を当てたマルガネーテさんが、俺に視線を向けてきた。ああ、一応の持ち主は俺だから、許可を求めているのだろう。それくらいの察しは付いた。俺としても、減る物でもないので構わないと判断する。
「女性にとって気になる話題ですから、しょうがないですよね。モチベーションに繋がりますし、スキルの効果で全ステータスがアップするのですから、仕事の効率も上がると思います。
条件付きで許可しますよ。後で使用感を聞かせてもらうのと、関係者外には吹聴しないで下さいね」
「お優しい心遣いを頂き、ありがとう存じます! 流石は未来の旦那様候補ですね!」
「「ありがとう存じます!」」
……未来の旦那様候補?
何の事だと、首を傾げてしまったが、俺の反応を気にする人など居ない。メイドさん達は、マルガネーテさんの元に向かうと、順番に〈燃焼身体強化〉を使い始めたからだ。側仕えではないメイドさん達まで便乗して並んでおり、強化が終わった人から順に、元気よく模様替えを再開した。
先程までよりも、キビキビと働き始めた様子を見て、苦笑するマルガネーテさん。そんな彼女に、先程の疑問を聞いてみると、少し驚たように目を瞬いてから答えてくれた。
「我々側仕えは、お嬢様と個人契約をして仕えています。将来、ザックス様が貴族の位を得て、お嬢様と結婚する事になれば、彼女達から見て貴方が『旦那様』になるのですよ」
「ああ、そう言う意味でしたか……ん? そうなると、将来彼女達を雇わないといけない?」
現状、俺が雇っているのは、白銀にゃんこ3名、戦闘メンバー3名、バイト3名で、計9人。
ここにいる側仕えらしきメイドは、マルガネーテさんを含めて4名。いや、貴族のお嬢様だから、お屋敷にはもっといるかも知れない。倍くらいは居ると想定しても、人数がこれまた倍増するなぁ。
今のところは白銀にゃんこと内職のお陰で稼げているけれど、稼ぐ手段はもっと増やした方が良いかも知れない。そんな事に頭を巡らせていると、マルガネーテさんは笑って話を続けた。
「お給料は兎も角として雇う、雇わないは、お嬢様が判断なさるので、ザックス様は口出しをしてはいけませんよ。家の取りまとめは、奥様の仕事なのですから。
そうですね……ザックス様に要求するならば、早目にダンジョンを攻略して、貴族になって下さいませ。
貴族として、どこに拠点を構えるか決めて頂かないと、わたくし共も将来を決められませんもの」
またしても付いて行けない話題だった為、詳しく聞いてみた。
なんでも、ソフィアリーセ様がザクスノート君と婚約してから、側近の入れ替えが行われたそうだ。それは、領外であるアドラシャフトの輿入れに付いて行ける者に限定する為である。もちろん、既婚者が付いて行く事は殆ど無く、未婚の者で他領に出られる次男次女以降の者が多い(稀に夫婦で仕えるのも居るらしい)。
その為、側近である護衛騎士や側仕えは、移動する事を前提にアドラシャフト領の者と婚姻の話を進める予定だった。
しかし、ザクスノート君が亡くなり、俺に入れ替わった事で予定が狂った。
婚約が立ち消えになり、アドラシャフト側から婚姻相手を紹介して貰えなくなったのだ。ついでに、両伯爵家がスポンサーになってくれているとはいえ、俺の身分は平民の根無し草である。どこに行くのか分からないので、側近の皆さんの婚姻話は停止中なんだとか……
「……ですので、わたくし共の女の盛りが過ぎる前に、早目に貴族になり、拠点を決めて頂きたく存じます」
「おおう……ご迷惑をお掛けします。
でも、そう言う話を聞くと、ヴィントシャフトで良いような気がしますね。ノートヘルム伯爵には恩を返したいのですけど、街の方には縁が全くありませんし……こっちの方が、知り合いが多いくらいですから」
アドラシャフトの街では、ザクスノート君の顔が知られているので、俺は出禁にされていたんだよな。
マルガネーテさんも、地元の方が喜ぶと思いきや、頬に手を当てて、考える素振りを見せていた。
「……いえ、銀のカードといい、ダイエットの剣といい、何かと話題を作る人ですからね。他から声が掛かるかも知れません。わたくし共は、仕事に準じた待遇をして頂けるのであれば、何処へでもお供致します。
出来れば、お嬢様が学園を卒業する前までに、考えて下さいませ」
年内の目標、40層攻略の目途が付いたと思いきや、次の目標が立てられてしまった。学園は、冬場は休校らしいので、4月~12月の期間のみ。ソフィアリーセ様は、今現在2年の終わり頃である。つまり、後1年でダンジョン攻略をしろという訳だ。
簡単に予定を組んでみる。先ずは、今の第1ダンジョンを50層まで攻略し、サードクラスになる。その後、ソフィアリーセ様用の管理ダンジョン、その51層にあるダンジョンコアを破壊して、攻略完了する。
うん、管理ダンジョンを1層から降りるとしても、1年あれば大丈夫か?
そんな話をしていると、普段着……料理をするので白銀にゃんこのメイド服……に着替えたレスミアがやって来た。
「ザックス様、まだ着替えていなかったのですか?」
「あ、そうだな。マルガネーテさん、邪魔してすみません」
「いえ、用事があったのは、こちらもですから」
「マルガネーテさん、私も相談に乗ってもらえませんか? 宝石に付いてなんですけど……」
レスミアが、昼間に手に入れた宝石に付いて相談し始めたので、後は任せる事にした。ソフィアリーセ様の側仕えであるマルガネーテさんなら、良いアドバイスをくれるだろう。
着替えてから1階に戻ると、リビングに居るレスミアに呼ばれた。テーブルにルビーとサファイアを置いて、眺めながら何のアクセサリーにするか考えていたらしい。
「ザックス様の意見が正解でした~。
第1夫人との差を付けるのは、社交界に出る時だけで、良いそうです。むしろ、普段の贈り物とかは、平等にした方が、仲良く出来るのだとか。
まぁ、私もその方が嬉しいんですけどね……ザックス様は何が良いと思います?
3人でお揃いにするなら、ペンダントや、ブローチ、ブレスレットですかね~?」
「ああ、流石に髪飾りとか俺には似合わないからなぁ。
そうだ、出来れば、魔法の発動媒体に出来る方が良いな。サファイアなら、水魔法の威力が上がるらしいし」
「う~ん、魔法の発動媒体って、ザックス様が使っているワンド以外にもあるんですよね?」
ワンドにすると、レスミアが使えないからな。棒状なら、
俺が聞いた事がある発動媒体は、ワンド、杖、指輪、扇子くらいである。ソフィアリーセ様は銀の扇子だな。羽根の1枚1枚に宝石が埋め込まれていて、敵の弱点によって使い分けるのだとか。
そうなると、扇子は除外。用途を考えると、魔法陣で狙いが付けやすいように、指輪か……ブレスレットでも良いかもしれない。
そんな話をしていると、玄関から誰かが帰ってきたようだ。白銀にゃんこの営業が終わったフロヴィナちゃんと、スティラちゃん、フォルコ君である。互いに「お疲れ様」と労い合っていると、レスミアは「夕飯の支度を手伝わないと!」と、パタパタとキッチンへ駆け込んで行った。
夕飯までの間に、皆から報告を受ける。フォルコ君には連日伯爵家へ連絡役を頼んでいるからな。
「いえ、それは構わないのですよ。今日は先方が忙しいようで、手紙を渡しただけですから」
「ああ、それは学園長一行が早めに到着したせいだろうね。マルガネーテさんがお持て成しの準備が忙しかったと言っていたよ。フェッツラーミナ工房の方は? リウスさんは何か言っていた?」
「そちらはヴィナにお願いしました。午前中は手が空いていたそうなので」
テーブルの向かいで、スティラちゃんと「お腹空いたね~」と駄弁っている、フロヴィナちゃんに話を振る。すると、テーブルにもたれ掛かり、疲れたアピールを見せてから話してくれた。
「うん、ダイエットの剣なら、見せて来たよ~。なんか、ハンマーでカンカン叩くから、壊されるのかと勘違いしちゃった。ええと、音を聞いて参考にするんだって」
ふむ、飢餓ノ脇差はウーツ鋼合金だから、叩く音で種類とか判別しているのかね? そんな芸当が出来るのか知らないけど。
「一応、帰り道に〈燃焼身体強化〉を使って、壊れていない事は確認したからセ~フ!
あ~でも、あのスキル、使い過ぎは駄目だね。沢山使うと、もの凄くお腹が減るんだよ~」
「にゃははは! ヴィナってばお昼ご飯の時、凄かったんだよ。フィオみたいに、沢山食べてたもんね~」
「なっ、乙女に向かって失礼でしょ! あそこまで食べてないよね~? うりうり」「にゃ~、止めるにゃー」
スティラちゃんが揶揄うように笑うと、顔を赤らめたフロヴィナちゃんが、猫耳を弄り倒す。微笑ましいじゃれ合いなのだが、『沢山使うと』の部分について、詳しく聞いてみた。
「昨晩、全員で試しに使った際は、効果が切れると身体に疲れを感じがした程度だったけど……何回使ったら、空腹を覚えたんだ?」
「えーっとね。3回だよ。
2回目は、そこそこ疲れたけど、まだもう一回行けそうな感じがしたんだよね~。工房からの帰り道だったから、3回目を使って、走って帰ったの。そしたら、家に着いた途端に効果が切れて、お腹がめっちゃ空いたんだよ~」
「お腹に猛獣でも飼っていそうなくらいに、グーグー鳴ってたにゃ!……にゃにゃ、ホントの事にゃ~」
じゃれ合う二人は放っておいて、メモ書きして考察する。
〈燃焼身体強化〉の効果は、身体の脂肪を燃やして、ステータスアップする事。身体に蓄えたエネルギーを消費するのだから、疲労するのは当然だ。しかし、回数を重ねる事で、腹が空くとは……脂肪を消費し過ぎて、身体が栄養を欲したのだろうか? それとも、もう一つの付与スキル〈飢餓ノ敏速〉……空腹を覚えるごとに敏捷値を上げる効果……とのシナジーを持たせるためだろうか?
なんにせよ、ダイエット目的ならば、使い過ぎは逆効果だな。フィオーレ並みに食べるとか、普通の女性の4倍以上か? 食べ過ぎてリバウンドしそうである。
そんな考察を踏まえて話しておいた。使うのならば、1日1回きりにして、徐々に痩せる方が良いだろう。経過観察も踏まえて、痩せすぎにも注意する。そんなルールも決めておいた。
そんな話をしていたら、夕飯の準備が整ったようで、テーブルに料理が並べ始めた。今日も美味そうな匂いで、食欲がそそられる。
そう言えば、模様替えの方はどうなったのかな?
丁度夕飯時であるので、差し入れをした方が良いかもと、レスミアと相談し応接間へと向かった。
ノックをしてから中に入り、進捗を伺う。見た限りでは、模様替えは終わり、細々とした掃除をしているもよう。
マルガネーテさんに確認しても、今日のところは終了として、掃除道具の片付ける指示を出した。そして、差し入れについて話す。
「そうですね……今から帰ると、女子寮に住んでいるメイドが、夕食に間に合いません。
わたくし達、側仕え用のキッチンで「グルルルル」
誰ですか? はしたない」
「あ、すみません。「グー、グー」「キュー、キュー」」
「もの凄く良い匂いがして、お腹が……「ぎゅるぎゅるぎゅる」」
集まって来たメイドさん達のお腹が、揃って大合唱をし始めた。皆さん恥ずかしそうにお腹を押さえるのだが、納まる気配はない。その現象に、直ぐにピンッと来た。
「あ、もしかして〈燃焼身体強化〉を3回以上使ってしまいましたか?
俺もついさっき聞いたところなんですが、3回使うと物凄くお腹が減るそうで……」
「え?! 「くぅくぅ」 使ってしまいました~」
どうやら、今回の機会を逃したら、次に使えるのは何時になるか分からないと、使ってしまったらしい。交代で、効果が切れる度に使い直していたので、マルガネーテさん以外のメイドさん達6名が、お腹を空かせている。
実験に巻き込んだような状況なので、このまま帰すのは酷だな。
夕飯に招待すると皆さん大喜びで、お腹を鳴らすのだった。
6人の飢えたメイドさん達により、夕飯が戦場となってしまったが、明日用に量産していた料理があったのでセーフである。護衛騎士向けに用意していたので、カロリー高めな肉料理が多かったけど……
メイドさん達は、「こんなに食べたら太っちゃう! でも美味しい!」と喜んで食べてくれた。
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