第453話 宝箱部屋の悪意
〈コンセントレーション〉を含むランク7魔法によるゴリ押しで、戦闘時間が短縮できたため、昼前には38層へと降りる事が出来た。良いペースである。下に降りるごとに、1階層の広さは大きくなって行くと聞くが、階段へ直行すれば、今でも半日で攻略出来る様だ。
出来るならば、今日の内に38層も突破しておきたい。昼食時に皆と相談しつつ、地図を見て直行ルートを確認した。
「お、この真ん中の所、宝箱部屋のマークが付いているぜ。丁度、この通路を通るんだ、チラッと見て行かないか?」
「それなら、出口の方にある採取地候補も行きたいです」
「宝箱部屋は通り道だから良いとして、採取地は〈サーチ・ストックポット〉で反応があったらな」
37層と同じくらいの広さと仮定しても、あまり寄り道は出来ない。とは言え、小休止も挟みたいので、寄り道出来そうな採取地や、小部屋大部屋は目星を付けておく。後は、歩きながら皆の調子や戦闘回数をみて、臨機応変に対応していく感じだ。
そして、珍しくフィオーレも意見を出すべく挙手をした。普段はこう言った作戦会議には興味無さそうなのにな。意外に思いながらも発言を促すと。
「はいはい! サクランボ狩りにも行こう!」
違った、只の食い気だった。マナグミキルシュを幾つか食べた事で、量を食べたくなったに違いない。最近はデザートのキルシュゼーレの量も制限しているからだ。
「それは却下。38層を抜けたとしても、今日は時間がないよ。また、休日に手が空いていたらな」
「え~、休日はレッスンに行くから無理~」
芸事に関しては真面目なのになぁ。
ソードダンサーのレッスンは楽しいようで、どんな事を覚えたのか、幾つか実演して見せてくれた。
38層も順調に進んだ。そして、この階層の真ん中辺りにある宝箱部屋へ辿り着く。草原のような階層であっても、宝箱部屋は岩壁に囲まれた場所なので、非常に分かり易い。灯台のような目印を兼ねているのかも?
先ずは扉を開けずに、外から索敵……〈敵影表示〉には、多数の赤点が表示される。この数はモンスターハウスのようだ。数えてみると、赤点が15個。今の階層では魔物は4匹で1パーティーなのだが、大角餓鬼とチェーンスネークが合体していると、赤点が重なって、数が分からないのだよな。しかも、毎回3体合体している訳でもなく、1匹だけだったりする事も道中見かけたので、更に数が不明になる。
赤点が15個なので、最低4パーティー、最大で15パーティー?
「……と、いう訳で、モンスターハウスである事は確定。倒せば宝箱も確定って訳だ。
ただ、数が多くても登場する魔物は同じだから、〈アシッドレイン〉で一掃は可能。生き残った大角餓鬼を、手分けして倒そう。
あ、モンスターハウスは罠が多い場合もあるから、罠が見えないヴァルトは俺の指定した敵を倒しに行ってくれ」
「それじゃあ、罠の多い場所の敵は、私が担当しますね」
「おう、頼むぜ。しっかし。また宝箱とは付いているな、俺達!」
「あはは、玄関に飾ってある『幸運のぬいぐるみ』を撫でて来たお陰かもしれませんね」
「いやいや、俺が今朝〈ダイスに祈りを〉で8を出したお陰だろ」
ベルンヴァルトが、自身の赤揃えの鎧を軽く叩いてアピールしたので、俺も張り合っておいた。流石に何千万円もするようなレアは、そう何度もお目に掛かれないと思うが、宝箱の浪漫に期待してしまうのは仕方がない。
「ねぇねぇ、アタシは?」
「フィオーレは入口付近で演奏。〈アシッドレイン〉の雨が終わったら、敏捷値アップの曲狩人の……「フーガだよ」、ああ、それを頼む」
フィオーレの祝福の楽曲は、スキル名が音楽に因んでいるらしいのだが、俺自身に馴染みが無いので、覚え難いのだ。仲間のスキルぐらい暗記しておいた方が良いよな。報告書用にまとめた資料を読み直さないと……でないと、咄嗟の指示が出来ない。
……ソードダンサーのスキルも似たようなものだけど、独特過ぎるんだよな。
ともあれ、戦闘準備を整える。フィオーレが〈コンセントレーション〉を使い、〈魔道士のラプソディ〉を演奏し始めてから、扉に手を掛けた。少し開けた扉の隙間から強い光が漏れて来る。これは攻撃ではなく、部屋の中の光が漏れ出ているようだ。
この状況は何度か目にした覚えがある。部屋の中にヒカリゴケが増えすぎた場合だな。手を翳して、中の様子を伺うと、まぶしい程の光の奥に、大角餓鬼っぽい人影が幾つも見えた。その中で、真ん中辺りに居る個体をロックオンし、魔法を発動させた。
「〈魔攻の増印〉! 〈アシッドレイン〉!」
天井に黒い暗雲が立ち込め、強酸の雨を降らし始める。それと同時に天井のヒカリゴケの光が遮られたお陰で、中の様子が少し見やすくなった。まだ、壁と地面のヒカリゴケが発光しているので、眩しい事には変わりないが……大きな人影は6匹、今までの傾向ならば大角餓鬼はパーティーに1匹なので、6パーティーで計24匹と分かる。数は多いが、チェーンスネークは魔法で一掃できる為、そこまで脅威とは感じなかった。
「ヴァルト、罠は奥の方に幾つかあるけど、手前には無い。だから、半分から手前の敵を頼む」
「おう。奥はリーダーとレスミアに任せるぜ。しかし、ほんと眩しいな……」
「目がチカチカしますよ。暗闇の方が〈猫目の暗視術〉で戦いやすいくらいですね」
弓矢で狙うには視界が悪いのか、レスミアは手を翳しながら、目を細めていた。俺とベルンヴァルトも、目を慣らすように部屋の中を見ながら、魔法の終了を待つ。敵味方識別があるので現状でも中に入って良いけれど、強酸の雨で継続ダメージが入るので、魔物が弱るまで待った方が良いのだ。
雨足が弱まり、暗雲が徐々に消えていき、部屋の中の光量が強くなる……突入指示を出そうとした瞬間、急に部屋の中が真っ暗になった。照明の電源を落としたように、ヒカリゴケの光が一斉に消えたのである。なまじ光に目を慣れされていたので、余計に真っ暗にしか見えない。
「急に真っ暗になったよ! なになに?何が起きたの?!」
「……ええと、急に暗くなっただけで……いえ! 部屋の中央の地面から、四角い何かが出てきます!」
「ちょっと待って、暗すぎて見えん。今、〈サンライト〉を追加スキルに入れるから」
明るい階層なので、使わないと外していたのだ。特殊アビリティ設定を開いて、スキルの入れ替えを行っていると、今度は部屋の中央に光が発生した。慌てて、ウィンドウを閉じて、光へと目を向ける。それは、暗めの青い光を淡く発する、宙に浮かんだ正八面体だった。サファイアのような、クリスタルのような質感であるが、青の色合いは暗めだ。
……セーブポイントか?
形状や、ゆっくりと回転する様は、ゲームに出てくるセーブポイントとか、頂点からレーザーを撃って来そうな使徒である。
〈敵影表示〉では赤点なので、魔物には間違いない。しかし、正体が分からない為、再度特殊アビリティ設定を変更して、〈詳細鑑定〉をセットする。そんな時、ベルンヴァルトが素っ頓狂な声を上げた。
「あーーー、アレだアレ! 何だったか、先輩騎士が教えてくれた奴!」
「ん? 知っているのか? それだったら、もうちょい具体的な情報はないのかよ!」
「今、思い出してんだよ! ……おっそうだ! 宝石をドロップする美味しい魔物で……」
「「宝石!!」」
女性陣が揃って喰付いた。フィオーレなんて、演奏を取りやめてまで、ベルンヴァルトをつつきに来て、「もっと詳しく!」と急かしている。ベルンヴァルトも腕を組んで、斜め上を見て考え始めた。
「あー、確か、『魔法でしか倒せないし、魔法を連打する強敵だけど、倒せばルビーや、エメラルドを落とす』だったかな?
先輩騎士が、求婚する為の宝石が手に入ったって喜んで、自慢話を聞かせてくれたんだ」
「お~、庶民の宝石じゃなくて、貴族がアクセサリーに使う宝石ですね!」
「よーしっ! ヤル気が出て来た! ザックス、魔法の準備しなよ!
〈コンセントレーション〉! 続いて〈魔道士のラプソディ〉を行くよ!」
「いやいや、ちょっと待て、先に〈詳細鑑定〉をだな……全員、扉から離れろ!」
ぐだぐたと話している内に、正八面体の様子が一変していた。各面を尖らせるように変形し、金平糖のような星型八面体へと姿を変える。そして、各々の頂点全てに、魔法陣を展開したのだ。しかも、充填速度があり得ない程早い。魔法陣の大きさから見て、ランク1魔法だと思うが……8個同時に完成し、発動の光を放った。
星型八面体がゆっくりと回転しながら、全方位へと〈アクアニードル〉を撃ち放つ。
それを見て、慌てて扉を閉めて離れるが、その直後に扉は吹き飛んで破壊された。転がって行く扉には、〈アクアニードル〉の水の針が、5本突き刺さっている。
恐る恐る壁に隠れたまま、部屋の中を覗き込むと、星型八面体は更なる魔法陣の充填に掛かっていた。その隙に〈詳細鑑定〉!
【魔物】【名称:マリス・エレマン】【Lv38】
・正八面体の魔結晶型魔法生物。大地で浄化しきれない悪意の塊である。高密度のマナで構成されており、属性によって色が変わる。マナの濃い場所にて強力な魔法を使われると、誘われるようにして顕現する。マナを求めてふよふよ漂っているが、人や魔物のマナを感知すると、敵味方を問わずに魔法攻撃する。この時、倒した者の残MPを吸収し、一時的に魔法陣への充填速度を大アップさせる。
魔力の篭った武器、スキル、魔法でなければ倒せない。
・属性:水
・耐属性:火
・弱点属性:土
【ドロップ:宝石】【レアドロップ:宝玉】
……おおう、無差別に攻撃ってマジかよ。
今気づいたが、大角餓鬼の赤点が3つに減っているじゃん。半分やられていた。それに伴い、マリス・エレマンが大きな魔法陣を3つ展開し、急速充填し始めるのだった。
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