第450話 37層へ
朝一の日課を行う際、先日話題になった飢餓ノ脇差を手に持ち〈道楽者の気まぐれスキル〉を使用した。スロットマシーンのリールが回る。流れる文字を集中して、何とかスキルを読み取っていると、その中に〈燃焼身体強化〉が見えた気がした。流れて行ってしまったので、仮定ではあるが道筋が出来たと思う。
何かと言えば、〈道楽者の気まぐれスキル〉で〈燃焼身体強化〉を当てて、〈フェイクエンチャント〉で銀カード化しようという試みなのだ。
〈フェイクエンチャント〉は自身が使用できるアクティブスキルしか、金属に込める事は出来ない。その為、武具に付与されているアクティブスキルでは駄目なのだ。
そして、〈道楽者の気まぐれスキル〉は当てたスキルを、1日だけ自分のスキルとして扱える。
この二つを掛け合わせれば、〈プラズマブラスト〉も〈燃焼身体強化〉も量産化が出来る……と、良いな。
回転していたリールの回転が遅くなり、【ポリッシング】で止まる。職人で覚える研磨スキルなので、ハズレ。
その文字を見た瞬間、確定のクラッカーが鳴る前に、別のスキルを発動させた。
「〈いかさまの拙技〉!」
すると、リールが1個分だけ動き、当たりのスキルがズレて【ランスチャージ】へと変わった。
……良し! 成功だ!
〈いかさまの拙技〉はギャンブルスキルの結果を1段階良い方へと変更するスキルである。 そして、〈道楽者の気まぐれスキル〉は、スロットマシーンが出現する時点で、どう見てもギャンブルスキルだよな?
シナジーがあると閃いて試してみたのだ!
まぁ、一つしかズラせないので、ニアピンでないと意味が無いけどな。確率が2倍になったと考えれば心強い。
取り敢えず、1日1回のチャレンジなので、地道にやって行こうと思う。
因みに、遊び人の〈緊急登板〉を使えば、クールタイムが半分になり、半日に1度の挑戦が出来る。ただし、発動コストで金貨1枚……100万円の経費が掛かる。流石に勿体なさ過ぎるよなぁ。
「 『夜空に咲く極光』パーティーの皆さん、おはようございます! ちょっと、お時間よろしいですか~」
ダンジョンへ向かう途中の事だ。先日の騒動があったので、ギルド内をこっそり抜けようとしたのだが、目敏いメリッサさんに掴まってしまった。いや、赤揃えな鎧武者と、踊り子が居るので、目立つのは自明の理か……
最早、デジャヴを感じる展開なので、最初から断るつもりでカウンターに寄る。すると案の定、指名依頼の紙が差し出された。
「そんなに警戒されなくても、大丈夫ですよ。我々、ギルド職員は無理な営業はしませんから」
「いや、そう言いながら、指名依頼の内容が『ダイエットの剣』の納品なんだけど……」
「それは、何処かから噂を嗅ぎ付けて来た商人からの依頼でございます。昨日、あの場に居合わせた者は、領主様案件と聞いた時点で手を引きますよ。
本命は2枚目、ツヴェルグ工房からの納品依頼ですね」
『ダイエットの剣』の報酬が1千万円に値上がりしていたのにも驚いたが、2枚目を見て更に驚いた。『血魂桜ノ赤揃え』の納品(新品に限る)は、報酬が2千万円だったからだ。思わず、今日も装備していたベルンヴァルトに目を向けてしまう。他のメンバーにも依頼書を見せると、挙って驚きの声を上げて赤揃えの鎧を二度見する。
「昨日、あの後で古い資料から、取り引きされた記録が発見されたのです。何と、約40年前でした。
本当に『夜空に咲く極光』パーティーは、幸運でいらっしゃいますね」
詳しく教えてもらったところ、ミスリル装備には及ばないものの、〈デバフ反転〉が強力だと話題になり、王都のオークションに出品され、3千万円で落札されたそうだ。
そして、ツヴェルグ工房は珍しい形の鎧なので研究がしたいそうだ。ただ、オークションではないので、少し安めの2千万円で依頼を掛けて来たらしい。
「ミスリルのフルプレートメイルならば、3千万から5千万円はしますので、その一歩手前だと評価されたようです」
「……光栄な話だと思いますが、こっちも断ります。もし、ミスリルに買い替える時には、下取りに出す事を検討しますので、それで研究して下さいと、伝えて下さい」
「おい、リーダー、断って良いのか? 2千万だぞ?!」
ツヴェルグ工房への伝言をお願いしていると、ベルンヴァルトに強く肩を叩かれた。今までもスキル付きの武器を買い与えている(シュネル・ツヴァイハンダーは600万円)のだが、流石に4桁万円は躊躇するらしい。
俺としては、内職で稼げる事もあり、レアで強力な装備を使った方が良いと判断したまでだ。
「昨日、ヴァルトが使うって事で、全会一致で決まったろ。今更、売値が高いからと言って、約束を撤回してまで売る気は無いよ。強力な装備なんだから、盾役のヴァルトが使うのが一番だって」
「……おおう、ありがとよ。家宝にするぜ!」
「いや、消耗品なんだし、家宝にされたら研究用の下取りに出せないじゃん。家宝はミスリル装備にしろよ。
ああ、その鎧の形が気に入ったのなら、研究ついでにミスリルで特注するのも有りか?」
「おい! 人が折角感動したのによう…………まーアレだ、それならもっと着易い鎧が良いぜ」
珍しく照れた様子で、そっぽ向くベルンヴァルトだった。その様子を皆で笑い合う。
取り敢えず、指名依頼は全部断ってから、ダンジョンへ降りた。
37層は、36層を明るくしたような草原な階層だった。もちろんフィールド階層ではないので、いつもの透明な壁に囲まれた通路と部屋で構成された普通の階層である。剥き出しの地面と、所々に下草が生えているだけの田舎道だな。下草も只の雑草のようなので、第2ダンジョンでサボテンが居た階層に近い。
それに、幽魂桜と墓は無いので、アンデッド対策も不要となる。そこら辺と、図書室で得た新魔物の情報を基に、編成を決定した。
今日のジョブは軽戦士レベル37、武僧レベル35、魔道士レベル35、戦技指導者レベル35、トレジャーハンターレベル38である。昨日の亡霊武者のお陰で、レベル38にまで上がった剣客や魔法戦士以外にしてみた。抜刀術は爽快感があって楽しいけど、普通の剣技も忘れないように使っておかないとな。開幕で魔法、接近して剣や槍で戦いつつ、隙を見て格闘スキルで攻撃する以前のスタイルだ。
バフ役をフィオーレに頼めるので、手間が減って助かっている。丁度、この階層から登場する敵はソードダンサー向きではないと判断して、楽師レベル38でお願いした。
ベルンヴァルトは大角餓鬼対策に、鬼徒士レベル37。
レスミアはどっちでも戦えそうだけど、少しレベルが低めなトレジャーハンターレベル33で弓装備にした。男が前衛、女性陣が後衛って編成だ。
「う~ん、蛇の魔物なら、地面をにょろにょろしているんだよね?
地面すれすれに踊る振り付けの演目もあるけど、改変するのが大変だし、楽師で良いか~」
「ああ、それと加えて、チェーンスネークは身体が黒魔鉄の鎖で出来た蛇だからな。フィオーレのテンツァーバゼラードじゃ、厳しいと思うよ」
テンツァーバゼラードはチタン製なので、レア度や強度的に黒魔鉄には一歩劣る。デバフ目的で、耐久値を下げる〈空虚のドルシネア〉を踊ってもらうのは有りではあるけど、レッスンを受け始めてから自信が付いたのか、前に出たがるんだよな。
それなら楽師にして、後ろから祝福の楽曲を弾いてもらっていた方が安心である。
「それと厄介なのが、黒魔鉄製の鎖だからか魔法耐性が高いらしい。ついでに、巻き付いた仲間の魔物……大角餓鬼も魔法に強くなる。〈魔攻の増印〉付きの〈エクスプロージョン〉でも、倒せなくなると書かれていた。
まぁ、図書室の本の情報が本当かどうか、実際に試してみるつもりだけど、検証が終わるまでは魔法で一掃出来ないと想定して戦術を立てるよ。
レスミア、弓で先制攻撃が出来る状況なら、〈スナイプアロー〉でチェーンスネークのコアを狙ってくれ。胴体の中央にあるらしいから、上手く当たれば数を減らせる」
「分かりました。蛇の胴体と言うと、長い身体の真ん中かな? 狙えそうなら試してみます」
スカウトが覚えている〈スナイプアロー〉は、弓版の〈不意打ち〉だな。最近は弓をあまり使っていないので影が薄いが、当たれば矢が魔物を貫通する威力がある。新型の弓パイロキルシュ・コンポジットボウと相まって、威力は高いと思う。
「なら、鎖を叩き潰すのに、飢餓の重棍の方が良いな。出してくれ」
「ほいほいっと。後は……尻尾を振って、尖った鎖の部品を飛ばしてくるらしい。射程までは書いていなかったから、何処まで届くか分からないけど、遠距離攻撃持ちとして警戒する様に。
ヴァルトは、大角餓鬼の拘束も頼むよ」
「おう。ただ、手持ちの集魂玉が無いから、1戦目は使えんぞ」
「まぁ、その時は〈影縫い〉と魔法でゴリ押しかな?
魔法に耐性があっても、2,3発打ち込めば倒せるさ」
情報展開と作戦会議を終えてから、先に進んだ。
青空の下の田舎道を歩く。ピクニック日和ではあるが、ダンジョンの通常階層では風も吹かないし、天井も青空っぽい偽物だ。この前のドライブに比べると、季節感だけでなく自然感も薄く感じてしまうな。牧場のような動物でも居れば良いのだが、居るのは魔物だけである。いや、虫が居ないのは良い点か?
木が立っている所は、大抵分岐である。地図によると小部屋があるようなので覗いてみる事にした。
分かれ道に入り少し進むと〈敵影表示〉に赤い光点が4つ灯る。それを見てから、手振りで魔物が居る事を伝え、警戒して進む。すると、小声でレスミアが提案してきた。
「(私は姿を隠して、先制攻撃を狙ってみますね)」
「(頼む。成否はどうあれ、一撃目の後に範囲魔法を叩きこむから)」
レスミアは〈潜伏迷彩〉で姿を消し、足音を立てないように進んで行った。闇猫なら〈無音妖術〉で音もなく行動できるのに、勿体ないと思う。トレジャーハンターと闇猫を同時に使えたら、完璧な狙撃手に成れるのにな。
俺も〈潜伏迷彩〉は使えるが、魔法を充填していると透明化が解除されてしまうので、使う事は殆ど無い。取り敢えず、俺とベルンヴァルトが並び、背中で充填中の魔法陣を隠しながら、ゆっくりと進んだ。
少し進むと、小部屋の内部が見え始めた。部屋の中に、黒い鎖が落ちている。いや、片方の先端には、蛇のような頭が付いているので、アレがチェーンスネークだろう。
それが、伸びた状態で動き回って……這いずり回っているのが2匹。とぐろを巻いてキョロキョロしているのが2匹。
頭は鎖ではなく、金属製の蛇頭が付いているので、遠目には玩具の様に見えた。こちらが下草の茂っている所に隠れているとはいえ、向こうは気が付いていない。蛇だから、目が悪いのかな? いや、鎖の蛇にピット器官があるとも思えないが……
ともあれ、大角餓鬼が居ないのは都合が良い。
魔法の充填はそろそろ完成しそうなので、先に〈詳細鑑定〉を掛けようとしたところ、10m程前にレスミアの姿が突然現れた。それと同時に、矢が射られる。魔力を込めると縮む弦……パイロシルクで強化されたコンポジットボウは、その威力を遺憾なく発揮しているようで、撃ったと気付いた時には既に遠くへと飛んで行っていた。目で追うのもやっとである。
そして、とぐろを巻いたチェーンスネークのコアを貫いた。
〈スナイプアロー〉の効果だろう、コアを易々と貫いた矢は、地面へと刺さる。コアを撃ち抜かれたチェーンスネークは、鎖に戻ったかのように、くたりと頭を落とした。
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