第449話 燃焼身体強化
鉄の宝箱も、聖剣で地面を切り取り回収した。普通の方法では回収できないせいか、王族も喜ぶ箱だからな。回収しておいて損はない。
小休止の間に、装備の破損も〈簡易手入れ〉で修復し、先に進むことにした。
フィールド階層の端でもある、岩の断崖絶壁に減り込む様に建てられた教会へと向かう。しかし、教会の扉を開けてみたところ、中にあったのは下へと続く階段のみ。どうやら、只の張りぼてだったようだ。
礼拝室みたいな休憩所になっていると推測していたのに、残念な方へ外れた。まぁ、目印として、目立っているだけでも良いのかな?
今日のところは、37層へ降りたところで終了とし、〈ゲート〉で外へ脱出した。
ダンジョンギルドの受付へ戻り、カウンター奥のデスクで事務作業をしていたアメリーさん……ではなく、娘のメリッサさんを呼び鈴で呼び寄せる。そして、〈スキル鑑定〉について相談すると、にこやかな笑顔を見せてから、手のひらを隣の部屋へ向け案内をされた。
「売却をご検討であれば、買い取り所へどうぞ。〈スキル鑑定〉は有料ですが、売却額から自動で差し引き致しますのでご安心下さいませ。
売却する気が無く〈スキル鑑定〉だけでよければ、こちらのカウンターでも対応いたします。だだし、担当職員が買い取り所に詰めていますので、少しお時間を頂くかも知れません」
「それなら、〈スキル鑑定〉だけなので、ここでお願いします。
あ、鑑定する防具は、着たままでも良いですか?」
「はい、結構ですよ。では、手配して参りますので、少々お待ち下さい」
そう言ったメリッサさんは、近くにいた若い受付嬢に伝言を頼んで送り出すと、直ぐに向き直る。そして、少し声を潜めて話し掛けてきた。
「ところで、ザックスさん。ウチの母に差し入れしたお菓子について、聞いてもよろしいですか?
MPが回復するお菓子なんて、初めて見ましたよ」
「アハハ、その様子だと気付いたようですね」
「偶々、実家に帰ったら、母が差し入れに貰ったと、最後の1個をくれたのです。
……アレをお菓子屋で販売するとか本気ですか? お菓子の値段で売るなんて、他の魔道具店から目を付けられますよ」
なんでも、アメリーさんは気付かずに4個食べてしまったらしい。帰宅後、お土産と称して最後の1個を貰ったメリッサさんが鑑定を掛けて、効果が発覚。二人して、驚きの声を上げたそうだ。
そして、白銀にゃんこで売ると思っているからか『マナポーションと比べて安すぎる、市場を破壊するつもりか』そんなニュアンスで心配されたのだった。
「いや、アメリーさんには言ったんですけどね。マナグミキルシュはお菓子でなく薬品です。魔道具店ザックス工房の商品として販売を計画しています。マナポーションと比較して、一粒2万円を想定しているので、魔道具市場を荒らす事も無いと思いますよ」
「一粒2万円?! え? 差し入れにしては高価過ぎませんか??」
流石の受付嬢でも、営業スマイルを崩して驚いていた。試作品は回復量が少し低いから、もうちょっと安いとはいえ、十分高価である。驚くのは無理もないが、この反応が見たかったともいえる。家に帰ったらスティラちゃんへの土産話にしよう。事情を知っているレスミアもクスクス笑っているので、受ける筈だ。
大声で驚いてしまったため、注目を集めたメリッサさんだったが、周囲の視線に気が付き、咳払いをして笑顔に戻る。そして、更に声を落として、受付嬢らしい提案を仕掛けて来た。
「薬品として販売されるのであれば、白銀にゃんこよりもギルドに販売を一任されては如何でしょうか?
銀カードの様に納品するだけでも構いませんし、レシピを販売して頂けるのなら、量産して売店で売る事も出来ます。マナポーションの売り上げは、当ダンジョンギルドが一番ですからね。キルシュゼーレのお菓子も、同じように利益が見込めると思います」
既に銀カードを納品している実績があるが故の提案だった。ただし、それに対する答えは決まっている。その為にフォルコ君が走り回っている筈なのだ。
「すみません。そこら辺は伯爵夫人である、トルートライザ様に相談しているところなのです。恐らくヴィントシャフト家の錬金術師派閥から販売される事になると思うので、後日……年明けくらいにでも、そちらに相談してみて下さい」
「ああ、後ろ盾が領主様ですものね。そちらが優先ですか……」
フォルコ君には連日で悪いのだが、贈答用に詰めたキルシュゼーレを、ヴィントシャフト家とアドラシャフト家に届けに行ってもらっているのだ。値段が値段なだけに、顧客は貴族が多くなる筈だからである。それならば、最初から貴族へ顔が効くところに任せた方が早いし、面倒事がないだろう。
残念そうにしたメリッサさんに、改良型のマナグミキルシュを1つ差し入れして、口止めをお願いするのだった。
そんな雑談をする事10分程。カウンターに職員らしきオジさんがやって来た。ベテランの付与術師と紹介された後、鑑定をお願いする。すると、職員のオジさんは興味深げに、ベルンヴァルトの鎧を見回した。
「ほほう……これは変わった形の鎧ですな。どちらで手に入れられたので?」
「え? ここのダンジョンですよ?」
……ここ以外で手に入れた物を、態々持ち込むものなのか?
問いかけに首を傾げながら答えると、それに釣られた様に職員さんも首を傾げる。
「いえ、私も長く勤めていますが、初めて見る鎧だったので……では、〈中級鑑定〉!
……これはまた、珍しいスキルだ。ああ確か、古い資料で見かけたような?」
職員さんが、鑑定書を書きながら、そう呟く。気になる事ではあるが、書いている鑑定書を横から見させてもらうと、付与スキルの効果が判明した。
・〈HP自然回復増加 大〉:傷の治りが、かなり早くなり、出血も直ぐに止まる。
・〈デバフ反転〉:装備者に掛けられたデバフの効果を反転し、良い効果へと変える。効果時間は元のスキルに準じる。
〈HP自然回復増加 大〉は、癒しの盾にも付与されているので効果は実感していたが、出血が早く止まるとは知らなかった。前衛向きの付与スキルだな、
そして、〈デバフ反転〉はバフまで反転させる事は無い様だ。杞憂ではあると思うが、念の為質問してみる。すると、職員さんは悩む素振りを見せ、再度〈中級鑑定〉を使ってから、鑑定書を差し出して来た。
「いえ、〈スキル鑑定〉に書かれているのは、これだけですね。
時に、この防具を手に入れた経緯を詳しく教えて頂く事は出来ますか? 多少の情報料を出しますので、鑑定料を相殺出来ますよ」
「あー、いえ、止めておきます。手に入れたのは36層の墓地フィールドですが、詳細な情報は伯爵様に報告して、公開するかどうか決めますから」
「む、それでは仕方がない。墓地フィールドって分かっただけででも助かります。
過去の資料でも漁ってみるか……メリッサ、会計は頼んだ」
そう言うと、付与術師のオジさんは、デスクの奥の資料棚へ行き、ファイルを漁り始めるのだった。
「メリッサさん、鑑定する物は2つなんですけど。こっちを忘れていますよね?」
「あ! そうでした。直ぐ、呼び戻します!」
カウンターに置いていた飢餓ノ脇差が忘れ去られていたので指摘すると、メリッサさんが付与術師のオジさんを再度引っ張りに行く。
その少しの間ではあるが、隣のカウンターの受付嬢が、声をかけて来た。何かを思い出す様な仕草で、まじまじと飢餓ノ脇差を見てくる。
「あら? その真っ赤な剣、見覚えがあるわね。何だったかしら?
昔に騒ぎになったような……あっ! ダイエットの剣じゃない?!」
「「「え? ダイエットの剣?!」」」
「本物なの?!」
「この鞘まで真っ赤な剣は見覚えがあるもの! 多分、そうよ!」
その受付嬢の声は大きく、受付全体に響く程だった。その声に反応したのは、年齢が少し高めなお姉さま方である。主にアラサー以上の女性職員が、何人もわらわらと集まって来て、カウンターの飢餓ノ脇差を覗き込む。勝手に鑑定を掛けている人までいて、少々引く。
その中の一人が、挙手をして提案してきた。
「ねぇ、貴方が手に入れたのでしょう? 500万円で売って下さらない?」
「あら、ギルドを通さずに買い取ろうなんて……わたくしが600万円出しましょう」
「わ、私も欲しいけど、そこまでは出せませんわ……ねぇ、買い取れたら少し貸して下さいませ」
「わたくしは旦那のへそくりも使って……800万円までなら出せますわ!」
何故か、急にオークションが始まった。ダイエットの剣と言い出した事で、何となく想像が付いたが、どう納めて良いのか分からず立ち尽くしてしまう。お嬢様な受付嬢達は、口調こそ優雅さを保っているが、話している言動は魚市場の競りのようだ。
そんな中、メリッサさんが割って入って来た。
「先輩方、何をしているのですか?
ザックス様は〈スキル鑑定〉にいらしただけで、売却目的ではありませんよ?」
「ふふっ、そんな事を言って、この剣の効果を知れば、貴方も欲しくなりますわよ。
……若い貴方達は、まだ必要ないでしょう。割って入らないで下さいませ」
メリッサさんを始めとした若い受付嬢は、急に始まったオークションに、不思議そうな顔をしているだけだった。それに対し、アラサーな皆さんは、微妙に言い難そうな物言いで言い返す。会話内容的に、ライバルが増えるのを嫌がっているようだ。
急に始まった先輩後輩の対立に、居心地が悪くなる。俺も当事者なのに、蚊帳の外だ。隣のレスミアに目を向けるが、苦笑を返されてしまう。
どうしたものかと悩んでいると、更に割って入って来た付与術師のオジさんが空気をぶち壊した。
「はっはっは、何かと思えば、コイツか。10年ぶりくらいだが、何度か発見記録の有る武器だよ。〈中級鑑定〉!
うん、一緒だな。アクティブスキル〈燃焼身体強化〉、その効果は『術者の身体の脂肪を燃やし、全ステータスをアップさせる。ただし、生命維持に必要な分までは燃やせない』だ。
ダイエットに最適だと、昔も貴族女性の間で取り合いになったのだよ。確か、あの時は伯爵夫人が買い取って終わったのだったかな?」
オジさんは笑いながら鑑定書を書き上げると、その鑑定結果を見せてくれた。
・〈飢餓ノ敏速〉: 所持者が空腹を覚えるごとに、敏捷値を上げる。これは空腹な程に効果が強くなる。
・〈燃焼身体強化〉:アクティブスキル。術者の身体の脂肪を燃やし、一定時間全ステータスをアップさせる。ただし、生命維持に必要な分までは燃やせない。
……確かにダイエット用のスキルだ!
安全装置まで付いているから、痩せすぎになるって事は無いと思う。そして、受付嬢の皆さんが狙っている理由も理解してしまった。
そんな〈スキル鑑定〉の結果がカウンターで話された結果、俺を擁護してくれていた筈のメリッサさんが、もの凄い笑顔でこちらを向く。その他、若い受付嬢の皆さんも手が空いている人が徐々に集まって来ていた。
「あー、これだから女は怖いな。鑑定料金は一つ1万円だ。メリッサに払っとけよ。
じゃ、私はこれで……」
付与術師のオジさんは、そそくさと逃げ出して行った。
残されたのは俺達のみである。集まった受付嬢の皆さんは、互いに牽制しつつも笑顔で凄んでいた。笑顔で圧を向けて来る人は偶に居るが、これだけの笑顔で囲まれると、幾ら綺麗どころの皆さんでも正直怖いくらいである。
一瞬即発な状況で、動く者が居た。スッと音もなくカウンターに近寄り、銀貨を2枚置くと、飢餓ノ脇差を手に取った。
「最初から、売るつもりは無いと話していた事をお忘れですか?
鑑定料はお支払いしましたので、これで失礼しますね。ザックス様、この剣はソフィアリーセ様に相談する事にして、帰りましょう」
「あ! ちょっと待って、そこを交渉しようと」
レスミアは胸に抱くように脇差を守ると踵を返し、俺の手を取って出口へと歩き始めた。
……そう言えば、ソフィアリーセ様も体重がどうとか、言っていたな。名誉の為に話せないけど……虎の威を借りる狐であるが、後ろ盾としての権力を利用させてもらおう。レスミアに手を引かれながら振り返り、受付嬢の皆さんに宣言しておく。
「この武器の件は、領主様に相談します! 今日のところは解散で!」
後ろから、大きな溜息が合唱した。
付与術師のオジさんが言っていたように、前回の騒動は伯爵夫人が買い上げて収まっただけに、現在でも有効な様だ。
仮に売ったとしても、1本しかないのでは、争いの種になりかねないからな。取り敢えず、閃いたアイディアはあるので、それが形になるまでは、伯爵家の威光で守ってもらおう。
いつの間にか、先に逃げていたベルンヴァルトとフィオーレと入口で合流し、帰宅した。
本日のレベル変動は以下の通り。レベル40の亡霊武者を倒したにしては、上り幅が少ない。これは、最後のサクランボ狩りの時点では、既にレベル37に到達したジョブが多く『どうせ獲得経験値は減るから』と、経験値増5倍を外して追加スキルにアレコレ入れていたせいである。急にレア種と戦闘になるなんて、予定に無かったのでしょうがない。
巴投げをしたあたりで、特殊アビリティを入れ替えればよかったなぁ。
・基礎レベル37→38 ・アビリティポイント48
・剣客レベル36→38 ・トレジャーハンターレベル37→38
・魔法戦士レベル37→38 ・騎士レベル35→38
・司祭レベル35→38 ・料理人レベル35→37
・植物採取師レベル35→37 ・採掘師レベル35→37
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