第448話 脇差と赤揃えの鎧兜

 唐竹割りに両断された亡霊武者は、頭に潜り込んでいた人魂が消え失せると共に、亡霊部分も霧散して行った。次いで、空になった鎧兜も、ガラガラと崩れ落ちる。これも細かい部分から霧散し始めた。


 俺は仰向けに倒れたまま、その様子を見ている。〈敵影感知〉の反応も無くなったので、無事に倒せたようだ。レスミアが心配して駆け寄ってきたが、フィオーレの〈癒しのララバイ〉のお陰で血は止まっていると安堵の溜息をつかれた。後は回復の奇跡を使うので、フィオーレに演奏を中断して合流するように伝言を頼むと、暗闇の向こうの音源へ走っていく。

 その背中を見送っていると、上の方からも溜息が聞こえた。ベルンヴァルトが大盾にもたれ掛かり、疲れた顔をしている。目が合うと、どちらともなく笑ってしまった。


「クックック! 一昨日に続き、ボロボロだな、俺達。そっちは、大丈夫か?」

「ハハッ! イツツ……何とかね。肩に刺さっただけだから、一昨日よりは軽症だよ。そっちは?」

「俺も何ヶ所か斬られたが、フィオーレの演奏で大分回復したぞ。ただ、装備が傷だらけだ」


 大盾は線傷だらけであるし、ジャケットアーマーの袖や脇腹もぱっくりと裂かれている。傷は左半身に集中しているので、殆どが〈一閃〉で切られたのだろう。本人が平気そうにしているのは、騎士ジョブで耐久値補正が入っていたのと、〈城壁の護り〉で耐久値を更に上げていたお陰である。敏捷値が下がったから、攻撃を喰らったともいえるが。

 レア種のニンジャ餓鬼と亡霊武者が強かったせいもあるが、ボチボチ防具の方も見直す時期なのかもしれない。今のジャケットアーマーは気に入っているのだが、あんまり破損すると、補修資材である雷玉鹿の革が足りなくなってしまうからな。



 〈ヒールサークル〉で傷を癒し、〈ライトクリーニング〉で汚れを浄化した頃には、女性陣も合流する。ただ、座り込んでいた俺達を通り過ぎて走って行く。何かあったのかと聞いてみると、レスミアは弾んだ声で答えた。


「宝箱が出てますよ!」

「アタシも開けてみたい!」


 二人が走っていく先には、カマボコ状の蓋に銀の装飾が施された鉄の宝箱が出現していた。レア種だから、その討伐報酬といったところだろう。ニンジャ餓鬼の時は出なかったので、亡霊武者の方が強敵だったのかね?

 その亡霊武者が倒れた辺りに目を向けると、ドロップ品らしき赤い武器が落ちていた。



【武具】【名称:飢餓ノ脇差】【レア度:C】

・大角餓鬼の角を心材にし、ウーツ鋼を鍛え上げた短めの刀。薄刃ではあるが、他のウーツ鋼製武器に引けを取らない強度と、切れ味を持つ。血魂桜の木材を、柄として使っている為、その強力なバフ効果も秘めている。

・付与スキル〈飢餓ノ敏速〉〈燃焼身体強化〉



 ……ウーツ鋼製の刀が手に入ってしまった!

 フェッツラーミナ工房に研究を頼んだばかりなのにな。いや、ウーツ鋼でも作れるという、成功例としてリウスさんに見せてみるのも良いか。

 赤い木製の鞘から引き抜いてみると、鏡面仕上げな刀身が姿を現した。刃文の入り方といい、見惚れる様な美しさである。俺の耐火の刀よりも、格好良く見えるのが、ちょっと悔しい。ウーツ鋼特有の木目模様は入っていないので、合金なのかな?


「お、さっきの魔物が使っていた武器か? リーダーの使う刀と比べると、短いな」

「ああ、長さ的に三分の二ってところだな。俺が使っても良いけど、抜刀術はリーチがある方が、良いんだよな。

 短い分、湾曲が少ないから、レスミアの突き攻撃用にしても良い。2本あればフィオーレに持たせても……いや、ちょっと重いか。

 それに、付与スキルが二つも付いているのはありがたいけど、名前だけじゃ、どんな効果なのか分からないんだよ」


 〈飢餓ノ敏速びんそく〉については心辺りがある。飢餓の重棍に付いている〈飢餓ノ剛力〉は、空腹である程に筋力値がアップする効果なのだ。その類似品と考えると、敏速……敏捷値アップの効果だと思われる。つまり、小休止の度にオヤツが出るウチのパーティーでは、意味の無い付与スキルだ。


 そして、もう一つの方〈燃焼身体強化〉については、恐らく亡霊武者が纏っていた赤いオーラの事だと思う。『身体強化』なので、字面の通り、身体機能を強くすると推察する。あの時の亡霊武者の強さからいって、筋力値だけでなく敏捷値等も含めて総合的に強化されると見ていい。

 ただし、頭に付いている『燃焼』が良く分からん。柄を握っても、オーラは出ないし、俺の身体に何も変化は無い。よもや『燃 焼身 体強化』で、火達磨になると体を強化する、なんて落ちではあるまい。……状況的に〈エクスプロージョン〉の炎で燃えていたけどさ。強化する前に焼け死ぬわ。


 ベルンヴァルトの意見も聞いてみたが、やっぱり聞いた事も無いそうだ。帰り道に、ギルドか錬金術師協会で、〈スキル鑑定〉を掛けてもらうのもアリだな。付与術師レベル40で習得するスキルであるが、後4層分もあるから。



 宝箱のところまでやって来たが、まだ開けていないようだ。フィオーレが鍵穴を覗き込んでおり、レスミアがそれを嗜めている。ダンジョンの宝箱には罠が無いと習ったので大丈夫だとは思うけど、罠が有ったら危ない行動だな。フィクションでは、鍵穴から矢とか毒液が噴き出すなんて事もある。

 ついでに、宝箱の出現した位置は、血魂桜が咲いていた所だ。切り株はおろか、切り倒した血魂桜自体も消えてしまっている。材木として確保しておけば良かったかも。


「あ、ザックス様! 宝箱には鍵が掛かっているみたいなので、〈アンロック・アイアン〉をお願い出来ますか?」

「ああ、お安い御用だ。フィオーレ、ちょっと離れてろ」


 レスミアがフィオーレを引き剝がしてくれたので、宝箱に〈アンロック・アイアン〉を掛ける。すると、カチャッという音と共に鍵が開く。直ぐさま飛び付くフィオーレだったが、蓋が重くて悪戦苦闘していた。ジョブが楽師なので、筋力値補正が無いからなぁ。苦笑したベルンヴァルトが手を貸すのだった。


「まったく、見てられんぞ」

「ああ! アタシが開けるのに! ……うわっ!」


 蓋が開くのをワクワクした顔で覗き込んでいたフィオーレだった、急に後ろに飛び上がって離れた。突然の事に呆気にとられた俺達だったが、完全に開いた宝箱の中身を見て、納得した。


「びっくりした~。さっきの魔物が入っていたのかと思ったよ~」

「これは、亡霊武者の赤揃えの兜……いや、下に鎧だけでなく、籠手や具足まで、一式入っているぞ」


 端午の節句に飾る兜飾りに見えたが、兜を持ち上げると、下にみっしりと赤い防具が詰まっていた。所謂、当世具足とうせいぐそくのようだ。戦国武将が着る様な、日本式フルプレートアーマー……いや、小さな板の集合体なのでスケイルアーマーの方が近いか?

 兜の角飾りが金色の鹿角のようでいて、血魂桜の赤い桜花が何個も装飾として付いているのが変わっている。いや、『愛』みたいなネタ飾りよりはマシであるけど。

 皆が面白がってパーツを取り出している間に、〈詳細鑑定〉を掛けた。



【武具】【名称:血魂桜ノ赤揃え】【レア度:C】

・血魂桜の力を宿した鎧兜一式。大角餓鬼の角を本小札ほんこざねに加工し、パイロシルクで繋ぎ合わせる事により、各部の鎧を形成した。ウーツ鋼製の全身鎧に引けを取らない防御力を備えているのに、重量は軽めであり、動きやすさに長じる。レア度の関係上、パイロシルク耐火性能こそ継承していないが、血魂桜の強力な付与スキルを引き継いだ。

・付与スキル〈HP自然回復増加 大〉〈デバフ反転〉



 ……デバフ反転だ!

 散々苦しめられた効果なだけに、頼もしい。ただし、このパターンは、バフも反転しそうで怖い。鑑定結果を読み上げながら、そんな考察も話すと、飢餓ノ脇差と一緒に〈スキル鑑定〉に出す事になった。


「では、帰りに寄ってみましょう。

 それにしても、このサイズはヴァルト用ですよね? 着てみませんか?」

「お、良いのか?」

「アハハ! このお面なんて、額に穴が空いているよ。これ、鬼人族の角部分だよね!」


 亡霊武者が顔に嵌めていた、鬼のお面も付属していたようだ。ご丁寧に額の部分がUの字に空いている。そして、胴鎧を自分に当ててみたが、ジャケットアーマーの上からでも余裕がある。完全にベルンヴァルト用だな。皆の同意を得られたので、ベルンヴァルトに譲る事となり、試着してみる事にした。


 ベルンヴァルトの着ている『耐雷のジャケットアーマー』は、硬革部品が多めに付いているので鎧と干渉してしまう。脱がせて、鎧下のみにしてから、各パーツを装備させてみた。

 脛当てのように、太腿や二の腕に巻き付ける防具も、ぐるりと金属板が取り付けられて重厚である。更に腰につける前垂れや、肩から下げる部分(大袖おおそで)は金属板が列を成しており、スケイルシールドのような堅牢さである。

 最後に胴鎧を纏い、兜を被れば、鎧武者の完成だ。構成部品の全てが赤色なので、威圧感が凄い。鬼の面を付けたら、大河ドラマにそのまま出られそうな雰囲気がある。兜に生えた角のような桜の枝は、ちょっとシュールだけど。


「おお~、大角餓鬼より、一回り強そうに見える!」

「いや、それ褒めてんのか? 魔物に見えるって意味合いにも取れっぞ。

 しかし、仮面は邪魔だな。普段は使わないからしまっといてくれ」

「分かった。それにしても、その鎧兜には大盾とツヴァイハンダーは似合わないなぁ。飢餓の重棍はピッタリなんだけど」


 和風の武者が、西洋風の大剣と大盾……チタン製のタワーシールドを持っているのだからな。和洋折衷と言って良い物か?

 ただ、日本の侍には、手持ちの大盾なんて存在しないからな(弓も槍も刀も、両手持ちが基本なので)。統一感が出る様に、大袖を巨大化させたようなスケイルタワーシールドでも発注してみるのも一興か。そうでなくとも、色を赤くするだけでも統一感は出るだろう。

 そんな考えを巡らせている内に、ベルンヴァルトは軽く動いて、鎧兜の感触を試したようだ。〈装備重量軽減〉のお陰もあり、重さは大したことが無く、重装備な割に動きやすいとの事。関節の内側に装甲が無い為でもあるが、そこだけは防御力が低下しているとも言える。


「しっかし、コイツは装備すんのが面倒臭いぜ。何ヶ所も紐で固定せにゃならんし……今までは羽織るだけでよかったのにな」

「まぁ、ジャケットアーマーが騎士団の隊服になっている理由でもあるって聞いたぞ……一人でも簡単に着脱出来て、それなりの防御力があるからって」


 普段着にも使えるジャケットアーマーが、お手軽過ぎた弊害だな。俺も最初の頃に装備していたソフトレザー一式も面倒だと感じた物だ。騎士団でも盾役の人は、ダンジョン用装備は別に持っていて、用途によって着替える。

 ベルンヴァルトも、この武者鎧はダンジョン用にして、街中を歩くだけならジャケットアーマーのままにするそうだ。

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