第447話 一閃、二光焔、三段突き、死線

 フィオーレの祝福の楽曲が再開された。〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉の物悲しい調べが響き渡ると共に、武器が白い光を纏い、周囲に粉雪のような光が舞い散り始める。


 その途端に、2体の亡霊武者(片方は幻影)の動きが早くなった。〈一閃〉の速度だけでなく、盾を斬り付ける威力や〈二光焔・燕返し〉の属性ダメージも増えている。亡霊武者達が縦横無尽に駆け回り、合間に〈飛燕〉も打ち放ってくる為、防戦一方だ。ベルンヴァルトは、大盾で受け損ねた攻撃を受けたのか、腕に血を滲ませていた。〈城壁の護り〉で耐久値を強化していなければ、危なかったかも知れない。かく言う俺も、〈飛燕〉の直撃を1発もらってしまった。幸い、幻影の方だったのか、当たった瞬間に消え失せた。その為、怪我は無かったが……戦闘中に考え込んでしまったせいである。慌てて〈カームネス〉で思考をクリアにしてから、戦闘しながら考えを巡らせる。


 ……デバフ掛けたのに、何故強くなる? 

 〈鑑定図鑑閲覧〉で鑑定文を読み直してみたが、『亡霊餓鬼のレア種』と書かれているので、アンデッド系な筈なのだ。


【魔物】【名称:血魂桜の亡霊武者】【Lv40】

・亡霊餓鬼のレア種。幽魂桜を伐採し過ぎると、血魂桜けっこんざくらの赤い光に導かれ、その報復に現れる。

 抜刀居合術を基本とした高速剣の使い手。華奢な武器に似合わず、豪快な剣技で敵を撫で切りにする。本来、強度に難がある細身の刀であるが、血魂桜と連動して強固な武器へと変貌している。

 また、仮に武器破壊に成功したとしても、喜んではいけない。その腰に佩いた脇差にも、強力な効果を秘めている。

・属性:木

・耐属性:雷

・弱点属性:-

【ドロップ:飢餓ノ脇差】【レアドロップ:血魂桜ノ赤揃え】


 アンデッド系なのに、その特攻スキルである〈ターンアンデッド〉や〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉が効いていない。

 ……訳が分からないが、前提条件からして、違う可能性も考慮するべきか……こういう時は、前の条件を再現する方が良いだろう。つまり、動きが鈍っていた時の状況である。

 広場の奥、楽曲が聞こえる方向へ声を上げて、指示を出す。


「フィオーレ! 演奏を切り替えろ! 〈癒しのララバイ〉で回復を優先だ!」


 俺の声が聞こえたのか、演奏が途切れる。それと同時に粉雪の光も止む。

 子守唄のような優しい音色が流れると、亡霊武者の動きも悪くなった。その隙を狙い、俺はカイトシールドを投げ捨てて、〈一閃〉を発動させた。急加速する視界の中で、抜刀された刀が亡霊武者の鎧の薄い部分を斬り裂く……が、手応え無しで擦り抜けた。幻影の方だったようだが、攻撃が効いたのか効果時間が過ぎたのか、溶けるようにして消えて行った。


 本体は?と、見回すと金属を切るような音が響く。そちらに目を向けると、またもや暗幕さんが背中を切っていた。しかし、そのレスミアも、反撃を喰らう前にバックステップで逃げ出している。


「やっぱり、効いている気がしません! 〈ホーリーウェポン〉を下さい!」


 そう請われたが、〈エクスプロージョン〉を充填中なので、二重に魔法陣を充填する事は出来ない。裏技として、銀カードで発動させた〈ホーリーウェポン〉を投げておいた。先程から〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉の浄化効果は効いていなかったが、〈ホーリーウェポン〉は試していない。これで攻撃する事により、効果の有無によっても判断材料となる。


 ベルンヴァルトにも〈ホーリーウェポン〉掛けておく。丁度、亡霊武者と切り結んでいるところであった。速度の落ちた〈一閃〉に対し、大盾で殴り掛かったのである。〈シールドバッシュ〉は重戦士のスキルだが、似たような事はスキルに頼らなくても出来るからな。

 耳を劈く様な金属音と、打撃音が響いて、亡霊武者が吹き飛ばされた。しかし、刀を地面に突きたてて、体勢を立て直す。背中からバラバラと鎧の部品が零れ落ちるが、直ぐに立ち上がり納刀する。あまり効いた様子はない。

 ただ、気になる事が一つ思い浮かんだ。


 ……刀が頑丈過ぎないか?

 幾度となくベルンヴァルトの大盾や、俺のカイトシールドを攻撃し、先程も大盾ごと殴られて、地面に突き刺している。俺の耐火の刀では、〈エレメント・ソードガード〉があっても曲がるか折れそうだ。

 そこで、ふと気になっていた鑑定文を思い出す。『血魂桜と連動して強固な武器へと変貌している』

 ……もしかして、単なる頑丈な武器ではなく、赤い桜がダメージを肩代わりしているとか?

 怪我を肩代わりするとか、ダメージを生贄に移すとか、稀に良くある設定である。


 振り返って血魂桜を見ると、最初に出て来た時よりも、赤い桜の花が減っている気がした。亡霊武者に気を取られて、罠でもある血魂桜を鑑定していない。改めて〈詳細鑑定〉を掛けた。



【植物/罠】【名称:血魂桜けっこんざくら】【レア度:B】

・幽魂桜のレア種。数多の幽魂桜が失われた地でのみ、顕現する。桜を伐採する不埒者へ誅罰する為、血魂桜の亡霊武者を1体召喚し戦わせる。血魂桜と亡霊武者は連動しており、亡霊が受けたダメージや武器の破損を、花を散らせる事で無効化する。また、血の様に赤い光は浄化系スキルを無効化し、亡霊武者の敏捷値強化と〈HP自然回復量 大アップ〉を付与する。更に、亡霊武者に対するあらゆるデバフを反転して、バフへと変える。



 ……外部HPバッテリー兼、バフ役じゃねーか! しかも、浄化無効に、デバフ反転とか反則だろ!!

 最早、もう一匹のレア種魔物である。種別は【植物/罠】でも、相棒たる亡霊武者への介護が厚過ぎだ。

 ただ、これなら対処は簡単である。


「ヴァルト! レスミア! そいつを抑えておいてくれ!」


 そう指示を出してから、返事も待たずに〈ボンナバン〉で前に飛んだ。2回連続で前に飛び、刀の間合いに辿り着く。そこで柄を握りしめ〈一閃〉で、抜刀斬りを仕掛けた。

 高速で振るわれた鋼の刃が、桜の太い幹を浅く斬り裂く。横目で見ていたが四分の一程度。

 ……浅い……もう4撃だ!


「〈二光焔・燕返し〉!」


 カチンッと、納刀した直後に、連動するスキルを発動させた。

 振り向きざまに炎を纏った袈裟斬り、切り返して逆袈裟斬り。更に真一文字斬り、逆一文字と続き、4連斬りとなった。攻撃している途中で気付いたのだが、ある程度は術者の俺の意図も組んで攻撃してくれるようだ。「袈裟斬りじゃ、木を切るには向かないな」なんて考えたら、横向きの真一文字斬りに変化したからである。

 兎も角、赤い桜は見事に伐採された。倒れ行く血魂桜は切り口を黒く焦がし、赤い桜花の光は消え去っていく。花が散るのではなく、ろうそくの火が消える様に、フッと消えて行った。

 赤い光が消えさり、周囲は〈サンライト〉の光だけとなる。そこに、いつの間にか近くまで来ていた亡霊武者が立ち尽くし、刀を取り落とした。その刀はいつの間にか、半ばで折れている。血魂桜と連動していたせいだろう。


 しかし、これで終わった訳ではなさそうだ。鑑定文にも『仮に武器破壊に成功したとしても、喜んではいけない。その腰に佩いた脇差にも、強力な効果を秘めている』なんて書かれているからだ。


 すると、亡霊武者の周りに浮いていた人魂が、鎧兜の中に入って行く。頭に一つ、両肩に一つずつ、両膝に一つずつ。ぼんやりと人魂を光らせた亡霊武者は、ぶるりと身を振るわせ鎧が音を立てる。その拍子に、鬼の面が剥がれ落ちる。面の後ろから出て来たのは、半透明な餓鬼……牛でも馬でもなく、小角餓鬼の大人バージョンな顔であった。


 ……ようやく正体を現したって感じだな。

 先程までは、血魂桜の赤い光で無敵モード(中身が無い)だったのだろう。それが無くなり、亡霊としての本体が現れたと。


「〈魔攻の増印〉! 〈エクスプロージョン〉!」


 敵が動く前に最大火力を叩きこんだ。視界全体が炎へ包まれる。亡霊武者を中心に発動したので、俺も効果範囲内になっているに過ぎないが、敵味方識別機能があって良かった。

 ただし、亡霊武者は炎に巻かれながらも、脇差の柄を握り締め、戦意が消えていない事を示した。属性に弱点が無いせいか、炎の中でも怯んだ様子は無い。いや、左膝の人魂が消えているので、ダメージはあったはず。

 そう信じて、炎のフィールドが消える前に、攻勢に出た。


「〈ターンアンデッド〉!」


 魔法を撃った直後から充填していた、浄化の奇跡を打ち放つ。先程までなら、血魂桜に無効化されていたが、今なら効くはず!

 しかし、光の柱が立つ直前に、滑る様に逃げ出した。巻き込めたのは亡霊武者の左腕のみ。光の柱に飲み込まれた左腕は手甲ごと消え去って行った。それがダメージになったのか、左肩の人魂も消える。人魂がHPゲージみたいなのか?

 そんな疑問を頭の隅へと追いやり、追撃の〈一閃〉を仕掛けた。


 すれ違いざまの抜刀斬りは、同じく相手の抜刀斬りで剣先を逸らされた。〈切落〉である。刃渡り50cm程度の短めの脇差で良くやる!

 しかし、これで終わる訳にはいかない。納刀するのと同時に、次のスキルを発動させる。


「〈二光焔・燕返し〉!」


 振り向きざまに、炎を纏った袈裟斬りを放つが、それも脇差で受け流されてしまう。刀を切り返して、逆袈裟斬り、真一文字、唐竹割りと4連斬り全てが受け流されてしまった。しかも、相手は納刀していない。つまり〈切落〉に頼らず、自らの技量で受け流したのだ。


 カチンッと納刀する頃には、〈エクスプロージョン〉の火の玉も小さくなってきていた。炎の中から出て来たにも拘らず、脇差を構えた亡霊武者は赤いオーラを纏っている。また、何かのバフ効果だろうか?

 追撃したいのに、亡霊武者の威圧に動く事が出来ないでいた。迂闊に、こちらから動けば〈切落〉の保険が効かなくなる。それならば、後少し待って、〈エクスプロージョン〉の爆発の隙を狙った方が良い。


 そんな、消極的な態度が読まれたのか、亡霊武者が踏み込んできた。抜刀したままなので、〈一閃〉ではない。ただ、踏み込む速度は速く、引き絞られた右腕が、渾身の突きを放った。


 それに反応したのは頼れる〈切落〉だ。抜き放たれた居合切りが、脇差の腹を叩いて軌道をズラす……ズラしたのだが、《左右の2本》はそのまま突き出された。いつの間にか、残像のような腕と脇差が増えていたのだ。〈切落〉で振り上げた腕を、そのまま振り下ろし、もう1本を弾く。残りの1本は避けられない。辛うじて身体を倒すように捻り……喉元狙いを右肩へとズラす事に成功した。


「……ッ!! オラァッ!!!」


 右肩の焼ける様な痛みを堪えながらも、左足で蹴り上げた。下から掬い上げる様に、腹の胴鎧を蹴る。武僧ジョブはセットしていないので、ダメージとしては低いだろう。しかし、それでかまわない。目的は地面から浮かせる事にあったからだ。俺自身も後ろに倒れ込みながら、巴投げの要領で亡霊武者を掬い上げる。


 その瞬間〈エクスプロージョン〉の圧縮していた炎の玉が大爆発を起こした。敵味方識別機能により、俺には何の影響もないが、敵である亡霊武者は、爆発を諸に受けて吹き飛ばされる。

 そう、吹き飛ぶ方向は、こちらへ駆け寄ってきているレスミアとベルンヴァルトの元だ。


「そいつは武器で強化されている! 先ず、武器を壊せ!」


 亡霊武者は、その身の人魂を二つへと減らしながら、地面へ転がり落ちた。

 そこに、暗幕が襲い掛かる。俺の指示が聞こえていたのか、〈ホーリーウェポン〉付きの〈不意打ち〉で亡霊武者の右腕を切断、腕ごと武器を蹴り飛ばす。

 右腕の人魂が消えると共に、亡霊武者が纏っていた赤いオーラも消え失せる。


「コイツで、終いだ!」


 入れ替わる様に走り込んできたベルンヴァルトが、大上段に構えたツヴァイハンダーを振り下ろす。〈ホーリーウェポン〉の白い輝きが、鎧兜ごと最後の人魂を両断した。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と、亡霊武者を倒したところで、連続更新は終了です。次回、1/10より通常更新(月、水。土)に戻ります。

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