第444話 耕運機でドライブデートは出来ません
新型バイクの資料を斜め読みしてから、庭先に出る。すると、そこには2台の魔導バイクが駐車してあった。どちらが試作品なのかは一目瞭然である。なにせ、ゴムタイヤが無く、フロントフォークの先にあるコアらしきホイール部分で接地しているからだ。
異質なあっちは後回し、先に注文して購入した方を確認する。
基本的に以前の物と同じであるが、俺が出した改善要望に基づいて改良が施されていた。先ずは、駐車させる時のスタンドと、防犯用の鍵である。鍵はエンジンを掛けるイグニッションキーではなく、魔力配線を繋げるだけに過ぎない。今までは、ハンドルを握って魔力を流せば誰でも乗れたのが問題だったからな。
鍵の役割はそれだけではない。それは、追加された電池ボックス……もとい、魔水晶を入れる補助動力箱との切り替えだ。MPが少ない人でも乗れるようにして欲しいと言う、フォルコ君の要望だな。鍵を回す事により、OFFから魔力稼働状態になり、更に回す事で補助動力モードへと配線が切り替わる。
ただ、資料によると、補助動力箱に魔水晶をMAX(5本)に詰め込んだとしても、2時間しかバイクを走らせる事が出来ないらしい。魔水晶は店売りで1本2千円。つまり、1時間当たり5千円……燃費が悪い。しかも、補助動力箱が剥き出しなので、チョイ格好悪い。これ、俺も錬金導師協会で購入した小型の汎用品だぞ。
まぁ、これも試作品みたいな物だろう。もうちょい大きい補助動力箱に替える事と、ガソリンタンクみたいに外からは格好良く見える外装を取り付けるよう、要望書に書いておこう。
そして、最近は暗くなるのが早くなって来たので、ヘッドライトも取り付けてもらった。これも家の照明として使われている光晶石を使った魔道具である。スイッチでON/OFF切り替えられるが、点灯すると魔力消費が増えるのは言うまでもない。つまり、魔水晶駆動だと、更に航続距離が減る。
最後に、後方確認用のバックミラーと、二人乗り用のシートである。実際に座り、後ろが見えるようにミラーを調整しようとして……出来なかった。完全固定されていて、稼働しないのである。仕方がないので、〈メタモトーン〉でフレームを曲げて、見やすくなるように調整した。これも要望書に追加ッと。
シートは後ろに伸ばしただけなので、多分大丈夫。後でレスミアに乗ってもらい感想を聞けばいい。
ふむ、こうしてみると、大分バイクとして完成してきたように思える。アイディアを出してから2カ月強、驚異的なスピードで乗り物文化が発達した。これも、マッドなランハートのお陰だろう。お礼にもっとアイディアを投げておこう。見た目が格好良い空力カウルを付けるとか、街乗り用に小型化(ゴーレムコア一つで低燃費、低価格)なスクーターとか、そろそろ自動車を作らないか……等々、要望書に書いておいた。
次に行こう。問題のタイヤ無しバイクである。因みに、鑑定するとこんな感じ。
【魔道具】【名称:魔導重バイク(試作
・中級ゴーレムコアを動力源とした、新型のゴーレム馬?である。本体フレームはウーツ鋼合金製であり、耐久性に優れており、多少衝突してもビクともしない。特筆するべき点は車輪である。周囲の物質で身体を形作るゴーレムの特性を生かし、接地面のみを固めて車輪代わりにしているのだ。ただし、高速で回転する車輪で、土固めの形成と解放を繰り返すので、MP消費が多い。
他にも揺れ対策を盛り込んであり、道を破壊して走る様は、既に馬ではない。
前回が弐号機だったので、試作が進んでいるようだ。
資料によると、最初に中級ゴーレムコアを使った試作品が製造されたのだが、従来と同じ作りにすると馬力(回転出力)が強すぎたそうだ。訓練場で試乗すると、かっ飛んで行ってしまい、壁に激突してしまう程。チタンフレームな
……試乗したサードクラスの騎士が『ダメージ無効化スキルがないと、怖くて乗れない』なんて感想を漏らしたと書いてある事に狂気を感じる。事故る前提とか、よく人を乗せる気になるな。
ただ、その後も色々と試行錯誤をしたらしく(中級コアが勿体ないので)、紆余曲折を経て俺が要望していた極地用バイクとして改良されたそうだ。
要は砂漠用バイクである。中級ゴーレムコアの過剰な出力を、別に回す事で速度を抑える事に成功した。それが、鑑定文にあった『特筆するべき点は車輪である。周囲の物質で身体を形作るゴーレムの特性を生かし、接地面のみを固めて車輪代わりにしている』、此処の部分らしい。
アドラシャフトの街のダンジョンには砂漠フィールドは無い為、山の砂地で試乗して成功した。実際の砂漠で試乗して欲しいと書いてある。注意事項として、『決して街中で、特に石畳の所で乗らないように』とデカデカと書かれていた。まぁ、庭先なら石畳じゃないから大丈夫だろう。
論より証拠、実際に動かしてみる事にした。
試作漆号機に跨ってみるが、ゴムタイヤが無い分だけ固めである。一応、代わりのサスペンションとして、フロントフォークに油圧シリンダーが組み込まれているらしい。
キーを回し、魔力が通る事を確認してから、流し始めた……のだが、一向に動く様子が無い。いつものバイクなら徐行し始めるくらいなのに。魔力の流す量を増やしてみると……急加速した。Gを感じる程の加速に、慌てて魔力をカットし全力ブレーキ!
……あっぶねぇ!
止まって振り返ると、15m程進んでいた。そして、後ろの地面が、駐車していた所から一直線に穴が空き、土が散らばっている。その惨状やタイヤ周りを観察する事で、大体の事情は飲み込めた。なるほど、石畳で走らせるなとは、こういう事か。
『高速で回転する車輪で、土固めの形成と解放を繰り返す』とは、接地した部分の土をゴーレムの一部として固着し、踏み進める。ただし、固着したままタイヤが一周すると、どんどん径が大きくなってしまうので、回転する途中で解放して土に戻しているらしい。その結果、走った部分に溝を作ってしまうのだ。多分、石畳の上を走ると、石を抉ってしまうのだろう。
再度、Uターンして走らせてみる。今度は急発進しないように、魔力を絞ってじわじわと注いでいくと、ゆっくりと走り始める。どうやら、ゴーレムコアが中級なだけに、初期起動に必要な魔力が多いだけなようだ。それでいて、普通のバイクよりも出力が高い為、細かい魔力操作に慣れていないと、暴走してしまうのだろう。
予想以上に、斜め上のバイクとして仕上がったようだ。ゴーレムコアが、こんな風に使えるとは知らなかったので、驚きである。俺から出したアイディアなんて、タイヤの溝を大きくするとか、幅を広げてみる、程度の物だったからな。実際のサンドバイクなんて、動画でしか見た事がなかったので……まぁ、こっちの世界の技術とバイクの融合と考えると、面白い物である。
ただし、街中で乗れない、街の外の街道で使っても迷惑なので、用途が限定的過ぎるけどな。これならば、中級ゴーレムコアは、車体が重い自動車にした方が良いだろう。
そんな、所感を報告書として記載していると、玄関が開いてレスミアが顔を出した。街の外に行くので、安全を考えて、いつもの騎士服+袴装備である。バイクに乗るので、スカートはNGにしておいたのだ。その上から、雪女アルラウネ戦で着た毛皮のコートを羽織っている。流石にヴァルムドリンクも飲むので暑くなるかも知れないと、相談しようとしたところ、レスミアは周囲を見回して、驚きの声を上げた。
「庭が穴だらけですよ!
……ザックス様、今度は家庭菜園でも始めるつもりですか?
指摘されて、庭を改めて見ると、酷い有様だ。2往復したので、4条の溝が出来てしまっている。そして、少々離れてはいるが、畑の畝(作物を植える土を盛り上げたところの事)に見えなくもない。盛り上げるのではなく、穴を掘っただけだけどな。レスミアには、「ごめん。新型バイクの試乗をしていたら……」と、謝りつつ採掘用シャベルを取り出して穴埋め作業を始める。このまま放置しては、フォルコ君達が帰って来た時に、脱輪してしまう。
作業を始めた俺を見て、レスミアは溜息を突いてから、苦笑した。
「……はぁ、仕方がないので手伝いますよ。私にも、シャベルを出して下さい。
早く終わらせて、遠乗りに行きましょう。楽しみにしていたんですからね!」
その目が、『また、ですか』とか『しょうがない人』と、雄弁に語っている気もする。いや、最近はやらかしたような覚えはないので、久しぶりだと思うが、自業自得なので甘んじて受けた。
レスミアは商家生まれなのに、畑にも詳しいのかと聞いてみたところ、ランドマイス村に滞在中は偶に畑仕事も手伝っていたそうだ。それによると、休耕地の固くなった土を耕すのが大変だったとか。試作バイクで掘り起こされ、バラ撒かれた土は、かなり柔らかくなっているそうだ。
……なるほど、穴を空けてしまう欠点を逆手に取って、耕運機にするのも面白い運用かも知れない。
タイヤでは幅が狭いので、いっその事、ロードローラーの様に幅広にしてしまえば、広い範囲の畑を土起こし出来るかも?
ネタとして、報告書に書いておくか。
ドライブでは、街の周辺にある牧場をいくつか回った。
ヴァルムドリンクを飲んでいると身体が火照る感じがして、風を切って走るのが心地よい。レスミアも最初は不安がって、俺の身体に腕を回して引っ付いていたが、しばらく走ると余裕が出て、周りの景色を楽しむようになった。
ただ、風車は遠くから見るには楽しめたのだが、近付くと耳の良いレスミアには煩いようで、闇猫の〈耳ペタ防音術〉が発動してしまう程であった。猫耳がペタンと倒れているのも、スコティッシュフォールドのようで可愛いが、不快な音に曝されているのも嫌だろうと、直ぐに離れたのだ。
代わりに、牧場では楽しんでくれた。バイクが珍しいのか、柵越しに並走する馬だとか、わらわらと寄って来る羊と牧羊犬。近付くと一目散に逃げていく豚さん達とか、柵の陰に隠れたつもりのウサギさんとか。
そして、偶々牧場兼農家の人に出会い挨拶をしたら、自慢のハーブ園を見学させてもらえた。冬だと言うのに花を付けているのはローズマリーの一種らしい。年末年始のお祭りにも良く使われるので、この時期は大量に育てて花畑のような量になっているそうだ。折角なので、ダンジョン産の食材と交換で、牧場の商品を色々頂くのだった。料理好きなレスミアは、ここが一番楽しめたようだ。
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