第445話 轢き逃げアタック!

 ドライブデートを楽しんだ翌日、37層の墓地フィールをバイク2台でツーリングしていた。前を走るのは、ベルンヴァルトが運転する二人乗りの魔導バイクである。ただし、二人乗りをしている筈のフィオーレは、その背中の背負籠の中だ。籠の中に小さな椅子とクッションを持ち込み、ギターを奏でている。最近はソードダンサーばかりだったので、腕が錆びないように楽師も練習しておきたい&後ろに座っているだけじゃ暇!という主張をした為だ。37層は道が舗装されている訳では無いので、揺れ対策を盛り込んだバイクでも結構揺れる。その揺れの中で、演奏を続けるのは流石プロである。揺れる度にギャーギャー文句を言っているようだけど。


 そして、俺の方はレスミアを後ろに乗せて、砂漠用試作魔導バイク……仮称『耕運機』で走っていた。ダンジョンならば、幾らでも穴を空けたところで、苦情を言う者は居ないからな。それに、旧型のバイクではヘッドライトが付いていないので、真っ暗な墓地フィールドを走るには、少し不安だったのだ。〈サンライト〉も使っているが、対象の頭上から照らすだけなので、歩く分には問題なくとも、バイクの速度では進行方向の確認がし難いからである。

 視界に映る〈敵影表示〉の端に、赤い光点が徐々に増え始めているのを見て、レスミアに指示を出す。


「レスミア、後ろは増えてきているか?」

「ちょっと待って下さい。牛の大角餓鬼が3匹、骸骨が……30くらいです!」


 砂漠フィールドでもそうだったが、魔物から敵と認識されると、追いかけてくる。動きの遅いゾンビは兎も角、肉が無い分だけ俊敏に動くスケルトンや、体力自慢な牛頭鬼が走って付いて来るのだった。暗闇と不整地のせいで、バイクの速度が出せないのも、振り切れない一因だろう。

 因みに、馬頭鬼の方は、馬のくせに足が遅い。魔道士タイプなので、フィジカルは弱い様だ。

 それは兎も角として、そろそろ掃除をしておこう。


「フィオーレ! 魔法で一掃するから〈魔道士のラプソディ〉を頼む! 〈魔攻の増印〉!」

「はいはーい!」


 演奏が一時的に止まり、直ぐに別の曲が流れ始める。知力値を強化する祝福の楽曲だ。効果が出たのを何となく感じてから、ハンドルと共に握っていた黒豚槍を左手で握り直す。そして、進行方向に見える範囲で障害物がない事を確認してから、身体を捻り、槍の切っ先を後ろに向ける。もちろん、槍の穂先にはランク7の赤い魔法陣が充填済みで、撃たれるのを今か今かと待っている。

 効果範囲は広いので、真ん中あたりに居た牛頭鬼をロックオンして、〈エクスプロージョン〉を発動させた。


 巨大な火球が出現し、魔物達を飲み込むのを見て、さっさと前を向いた。〈魔道士のラプソディ〉と〈魔攻の増印〉で強化した〈エクスプロージョン〉ならば、結果を見るまでも無いからだ。そんな事よりも、安全運転の方が大事である。こんな所で事故っても、ロードサービスや救急車も無いのだからな。

 ついでにドロップ品も無視である。どうせ魔水晶ばかりだし、わざわざ止まって取りに行くと、牛頭鬼のゴーストが出て二度手間になるだけだからだ。


「でも、ちょっと勿体ないですよね。あれだけ数が居たら、1本くらいはサクランボが実るのに……」

「骸骨は幽魂桜の肥料にならないから、どちらにせよキルシュゼーレは実らないさ。それに今日のところは、この階層を突破するのが目的だから我慢してくれ。階段近くに着いたら、1回くらいはサクランボ狩りをしても良いし……レスミア、預けていた袋の中の、マナグミキルシュを一つくれ」

「はい、ちょっと待ってて下さいね」


 〈エクスプロージョン〉を使っただけでなく、中級ゴーレムコアを使っている耕運機はMP消費が多い。特殊アビリティの〈MP自然回復量極大アップ〉をセットしていても、回復が追いつかないくらいである。体感で旧型バイクの3倍以上の消費なので、小まめな回復は必要だ。MP回復用アイテムを量産しておいて良かった。


 背中の方でゴソゴソしていたレスミアが、前に手を伸ばす。手に握られたマナグミキルシュは柄の先でぷらぷらと揺れながら、俺の口元へと運ばれた。そして、甘い声が耳元で囁かれる。


「はい、あーん」

「あーん……うん、美味い」


 特に可愛い恋人から食べさせてもらえると、回復量が上がりそうである。気分的に。

 いや、両手が塞がっているので、回復アイテムの管理をレスミアにお願いしただけである。右手でハンドルに魔力を流し、左手はハンドルごと槍を握って魔法陣に充填しているのだ。

 イチャイチャしたいと言う願望も混じったかもしれないが、MP回復の建前があるので合法である。

 しかし、こっそりと行ったはずなのに、前を走る籠の中から、曲に合わせてフィオーレが抗議の歌声を上げた。


「一人だけ~、オヤツ食べてズルい~。アタシにもちょーだい~」


 違った。只の腹ペコちゃんだ。後ろのレスミアもクスクスと笑っている。


「ただのMP回復だ! わざわざ、替え歌にするな! 次の小休止には試作ケーキを出してやるよ!」

「や、く、そ、く、だよ~」


 バイクの走る音とギターの音に負けないように反論したら、またも替え歌になって、返って来るのだった。




 そんな調子で、先へと走る。サクランボ狩りがし易そうな霊園が幾つも見えたが、全て無視した。採取地や宝箱部屋があるかもしれないが、移動優先なので仕方がない。ぼんやりと光る幽魂桜の近くは明るいので走りやすいが、墓石も設置してある事が多いので、近くを走ると障害物になって面倒なのだ。

 その為、幽魂桜が生えていない暗闇を走る事が多かった。夜のオフロードなので時速20km程度の速度しか出せないが、神経を使う運転は結構疲れる。時折、フィオーレに回復の曲〈癒しのエチュード〉を弾いてもらった。



 魔物を焼き払い、小休止を挟み、昼休憩を取ってからも走り続け15時頃に、ようやく終点の手前までやって来た。フィールド階層の外郭である切り立った岩壁に減り込むような形で、大きな教会が立てられている。そして、その手前の広場には、無数の墓石と幽魂桜が咲き乱れていた。整然と並ぶ墓石さえなければ、良い花見会場になりそうなのにな。勿体ない。


 その広場には、場を盛り上げるロックバンドが居た。ただし、5人全員がドラムなので、バランスが悪い。こちらのフィオーレのギターの音に気が付いたのか、広場のあちらこちらから、墓石を叩く打撃が響き渡る。もちろん、セッションしようという訳ではない。牛頭鬼が奏でる打撃音から、観客たるゾンビ達が墓の下から這い出てくるのだった。


 広場を囲む様に点在する牛頭鬼の元から、ゾンビが溢れかえる。ただ、渋滞するのはいつもの事である。こちらに到達する前に、軽く指示出しをしておく。特に、右側から見える水色の魔法陣は早々にご退場願いたい。


「それじゃ、階段がある教会も見えた事だし、サクランボ狩りと行きますか。

 レスミア、右から2つ目の大角餓鬼は、魔道士タイプだ。魔法が溜まる前に、さっさ〈不意打ち〉してきてくれ。〈ホーリーウェポン〉!」

「了解です。〈宵闇の帳〉!」


 レスミアは俺の腹に回していた腕を、一瞬だけ抱き締めてから、するりとバイクを降りる。そして、スキルで暗闇へと消えて行った。名残惜しいが、敵の群れは迫っているので、指示を続ける。


「フィオーレは、そのまま背負籠の中で〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉を弾いてくれ。出来るだけ、途切れないようにな」

「ふふん! 新曲の披露だね! 任せてよ!」


「俺とヴァルトは、〈ペネトレイト〉で縦横無尽に走り回る。周囲の幽魂桜が実ったら、適当なところで〈エクスプロージョン〉で終わらせるからな。墓石に引っ掛かるなよ!」

「ハハッ! 面白そうな作戦じゃねぇか! おい、フィオーレ、荒い運転になるが、落ちるなよ!」

「アホーッ! ギターが弾けるくらいには、安全運転してよ! アタシが要なんだからね!

 行くよ! 〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉!」


 雷鳴がとどろき、雷光に照らされたゾンビとスケルトンの群れが迫る。

 フィオーレが物悲しいような曲を弾き始めると、俺とベルンヴァルトが持つ槍が白い光を纏い始めた。殆ど〈ホーリーウェポン〉と同じようだ。しかし、それだけではない。フィオーレの曲が届く範囲内では、白い粉雪が舞い始めたのだ。否、これは雪ではなく浄化の光である。〈ターンアンデッド〉程ではないが、全域に降り注いだ光の粉雪は、ゾンビの群れの足を鈍らせるのだった。


「俺は右側へ行く、ヴァルトは左側を頼むぞ! 〈ペネトレイト〉!」

「おうっ! 行くぜ〈ペネトレイト〉!」


 バイクを発進させながら、スキルを発動させた。


【スキル】【名称:ペネトレイト】【アクティブ】

・長柄武器でのみ使用可能。武器の先端に旋風を纏い、自身の敏捷値を2段上昇させた後、武器を構えて対象に全力突撃を行う。そして、槍の旋風に触れた者に、槍の攻撃力分の風属性ダメージを与え、左右に吹き飛ばす。

 また、騎乗時には旋風の範囲が広がり、スキル後の硬直が無くなる。


 槍の先端から竜巻のような旋風が広がり、バイク全体を包み込む。それは〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉の効果も受けており、白い螺旋へと生まれ変わる。

 そして、そのままの勢いで敵陣へと突入した。白い旋風に巻き込まれたゾンビやスケルトン達が、ノックバック効果で弾き飛ばされる。しかも、浄化の効果が乗った攻撃なので、吹き飛ばされた端からマナの煙へと還っていく。


 これぞ、新戦法『天国さくらんぼ行き、轢き逃げアタック』だ!

 なお、トラックではないので、転生はサクランボ行き限定です。



【スキル】【名称:夜明けに昇りし者へのレクイエム】【アクティブ】

・聞いている者の武器に、魔を祓う聖なる光を纏わせる。また、アンデッドがこの曲を聞くと、全ステータスがダウンする。



 味方全体に〈ホーリーウェポン〉の付与を行い、アンデッド限定ながらデバフも振り撒くという、強力な祝福の楽曲だ。フィオーレが要だと言ったのは、この効果の事である。

 なにせ、〈ペネトレイト〉で、墓石の間を走り回るだけで、お手軽にゾンビ達を倒せるのだからな。〈ペネトレイト〉はバイクも騎乗状態と認識してくれるので、終了後の硬直もなく、連発が可能。最早、無敵モードである。ゾンビからゴーストが発生しても同じ事、跳ね飛ばせばよい。何なら〈ヘイトリアクション〉で他の幽魂桜へ誘き寄せてから、轢くも良い。怖いのは、牛頭鬼に近付き過ぎて攻撃されるとか、墓石にぶつかる事ぐらいだ。


 因みに、楽師レベル35で覚えたのは、〈夜明けに昇りし者へのレクイエム〉だけでなく、もう一つある。



【スキル】【名称:コンセントレーション】【アクティブ】

・スキル使用後、次に使用する楽曲スキルの対象を一人に絞り、効果を大幅に上げる。



 全体効果を一人に集中するスキルらしい。パッと思い付くのは、俺にしか意味が無い〈魔道士のラプソディ〉の知力値アップの効果を引き上げる事だな。他にも。敏捷値や筋力値アップ等の効果を、一人に集中するのも面白い。




 そんな訳で、わらわらと増えるゾンビ達を、轢き逃げアタックで蹴散らして回るのだった。

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