第443話 白銀にゃんこの定休日

 朝、目が覚めると、部屋が暖かい事に気が付いた。既に誰かが起きて、床暖の魔道具を起動させてくれているようだ。冬場になると布団が魔物に変わり、二度寝を誘って来るので、暖房が入っているのは非常に助かる。朝一にやる日課を思い出して、さっさと着替える事にした。


 着替えを終えてから特殊アビリティを変更、プラズマランスを取り出した。ベッドに座ったまま、槍を肩に立て掛けて、更なるスキルを使用する。


「〈道楽者の気まぐれスキル〉!」


 スキルを使用すると、目の前にスロットマシーンが出現した。リアルでは見た事が無いが、ゲームでは定番のカジノゲームであるな。レバーを引くとドラムが回り、スイッチを押して絵柄を揃えるアレである。

 ただし、このスキルで現れたスロットマシーンには、リールが一つしかなく、絵柄ではなく文字が縦に並んで書かれている。【二段斬り】とか【初級属性ランク3魔法】、【ヘイトリアクション】等々。取得しているスキルがランダムに並んでいる。


 レバーを引くと、高速回転をし始める。停止スイッチも無いので、自動で止まるのを待つと、次第にゆっくりになり【中級鑑定】で止まった。文字が赤く光ると、クラッカーが鳴り響いてから、スロットマシーンが消えていく。

 それから、自分のステータスを確認してみると、【所持スキル】の欄に【中級鑑定】が追加されていた。

 ……ハズレかぁ。〈プラズマブラスト〉が当たって欲しいのになぁ。

 これが、新しく増えた日課なのであった。


【スキル】【名称:道楽者の気まぐれスキル】【アクティブ】

・転職可能なジョブの習得済みスキルと装備中の武具のスキル、その中からランダムで1つが使えるようになる。

 1日1回だけ使用可能であり、効果はその日の間だけ。使用回数は0時に回復する。



 ニンジャ餓鬼と激戦を繰り広げた次の日は、白銀にゃんこの定休日である。

 しかし、フォルコ君とフィオーレ、ベルンヴァルトは、日が顔を出す前からアドラシャフトへと出発して行った。これはトゥータミンネ様の指定であり、年末の祭りにフィオーレを出演させるかどうかのテストの為である。これが上手くいけば『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』が公演されることになる。どうにでもなーれ!


 そして、フォルコ君は各種報告と、バイクの受け取り。

 ベルンヴァルトは、幼馴染のシュミカさんに騎士ジョブを得た事の報告と、年末年始の相談をしに行くそうだ。以前、砂漠で掘り当てた琥珀球から、アクセサリーを発注しており、それを使ってプロポーズするんだと、昨晩の晩酌に付き合いながら聞かされた。そのアクセサリーも見せてもらったが、琥珀で出来たリングに、銀の装飾や鎖などを追加した物である。なんでも、鬼人族の場合は、指輪やペンダントではなく、頭に生える角(女性は2本角)を着飾る為のアクセサリーを送るそうだ。

 プロポーズにアクセサリーを送るのは同じでも、種族によって差があるのは面白い。俺もレスミア用に猫耳を彩る、猫耳型ティアラでも送った方が良いかも? いや、サプライズよりも先に相談した方が良いか。


 そのレスミアも朝食後にはナールング商会へ出かけて行った。実家からの手紙が来たらしい。年末年始も帰らないと出した手紙の返信らしいので、家族の近況が書かれているとか。

 そして、最近働き過ぎなベアトリスちゃんに対しては料理禁止令を出して、午前中は休息する様に命令した。なにせ、明日の分のケーキを、昨日の内に作ってしまっていたからだ。そして今日は、一日料理研究に励む予定だったらしく……ドクターストップをかけた次第である。

 〈従業員指揮〉の効果があったのかは不明だが、不服そうな顔をしたものの、朝食後は自室に戻って行った。後でフロヴィナちゃんから聞いたところ、レスミアの部屋のコタツでゴロゴロしていたとか。

 フィオーレの弾く〈癒しのエチュード〉で疲れが取れるからと言っても限度があるからな。偶にはゆっくりするのも、仕事のパフォーマンス上げるには必要なのである。




 その一方で、俺はアトリエでマナグミキルシュの量産化研究をする事にした。

 いや、調合は錬金釜をかき混ぜながら想像するだけなので、肉体労働ではない。うん、休憩と一緒だ。

 やる事も決まっているからな。先日の手順としては、トロトロマナポーションを調合して、ゼラチンを混ぜて、砂糖で軽く煮たキルシュゼーレを並べてから冷やし固める。うん、手間が掛かるな。この手順をひっくるめて、一回の調合で終わらせたい。なに、材料にゼラチンと砂糖、キルシュゼーレを追加して、イメージするだけである。キルシュゼーレを煮込んでコンポートにするのも、想像で行けるからな。材料としては、生のままでいい。


 ……まぁ、一度に数を作ろうとすると、手順の想像×回数が必要になるんだけどな!

 ケーキ箱作成で通った道である。先ずは、数が少な目、マナグミキルシュ×30個くらいで、チャレンジしよう!





 3時間後、失敗は重ねたものの、なんとか30個、50個、100個のレシピが完成した。錬金釜を掻き混ぜながら、想像した回数を『正』の字をメモ書きしていくと、回数を間違え難くなる。こんな単純な事に、今まで気が付かないとか……本当は数取器(カウンタ)が欲しいところではあるが、ない物ねだりだな。



【薬品】【名称:マナグミキルシュ】【レア度:C】

・甘く作られたマナポーションをゼラチンで固めた、お菓子のような甘さの薬品。中に甘く煮たキルシュゼーレを閉じ込めてあり、見た目が華やかに、美味しくなった。少し歯応えがあるが、手軽に食べられるのが売りである。

 よく噛んで食べると、それだけMPの回復が早まる。MP+12%(3分)

・錬金術で作成(レシピ:歩きマージキノコの幼体+魔水晶+蜜リンゴ+踊りなめこ+ゼラチン+キルシュゼーレ) 



 これが、量産型のマナグミキルシュである。先ず見た目が違い、斬る必要が無くなったので、四角ではなく丸形に変更している。柄が付いたサクランボを、厚めのグミで覆った物をイメージしてもらえれば分かり易いだろう。

 バフ料理ではなくなったので、種別が薬品になったが、味はほぼ同じ。〈MP自然回復力小アップ〉は無くなったが、MPの回復量が10%から12%にアップしたので似たような物だろう。実際、どっちの回復量が多いのか分からないし。

 ただ、値段的に考えると30%回復のマナポーションが5万円なので、12%回復だと約2万円……高い!

 見た目がお菓子なだけに、余計に高く感じるな。そう考えると種別は薬品になって正解だ。あくまでMP回復の薬なんだからね! と言う建前で、甘い物好きの女性魔法使いがターゲットになる。



 取り敢えず、作ったレシピを登録して、量産をしておく。

 そんな時、自分のMPが結構減った事から、連想して閃いた。


 ……ん? それで言うなら、女性錬金術師にも需要があるんじゃないか?

 魔法使い系の貴族女性は、嫁入りをした後に錬金術師へジョブチェンジして、家計を支えると聞く。トゥータミンネ様の様も、奥様錬金術師の派閥を作っていたからな。


 ……そう言えば、ネタがあれば報告しろとも言われていた。タイミングが悪い。

 丁度、フォルコ君がアドラシャフトに赴いている時に思い出すとは。報告書にはキルシュゼーレを使ったマナポーションの試作をしたとは書いたが、現物などは持たせていない。来週で良いか。

 いや、ちょっと待った。それならば、現地であるヴィントシャフト伯爵夫人……ソフィアリーセ様のお母さんにも報告した方が良いか?

 彼女も錬金導師であると聞いているし、ボチボチ40層へ着いて婚約が成立する頃合いである。ここは、袖の下ではないが、贈り物として新商品を送った方が心象は良いだろう。


 白銀にゃんこの贈答用で一番高い木箱に、マナグミキルシュ50個詰めて、手紙を添えた。ソフィアリーセ様にお世話になっている事へのお礼や、新商品のアピールをしたため、最後にレシピが必要か質問しておく。これで良し。奥様錬金導師に対し、需要が有るかどうかが分かるだろう。それに、レシピが欲しいのなら、派閥で使う事を条件に、差し上げても構わない。ちょっと早い、結納の品みたいな物だ。こっちに、そんな風習があるのか知らんけど。





 調合を終えた後は、綿菓子機の構想と、簡易属性動力コアの実験をした。購入したのは、熱を発する火属性動力コアと、軸が回転する風属性の動力コアが、それぞれ3種類である。発熱量からザラメが溶けるかや、回転数を調べていると、あっという間に時間はお昼になった。



 昼食は、ナールング商会から帰って来ていたレスミアが準備してくれた。メイドトリオと俺だけなので、普段の半分の人数である。それでも、女性陣のお喋りは尽きないので、賑やかなのは変わらない。中でも、フロヴィナちゃんは着飾っており、機嫌がよさそうである。午後からは劇場に観劇に行く為の、貴族街用お洒落服だそうだ。

 話題は、この間見た劇の話になっていた。


「ああ、『浮気草の粉』も面白かったから、期待して良いと思うよ。見どころは……ってネタバレになるか」

「あはは、この間の夜に私が話しちゃいましたから、大丈夫ですよ。私は、お祭りで皆が入れ替わりながら踊るところが、面白かったです」

「……ああ~、もう! そんだけじゃ、分かんないし、気になるじゃん! 私も早く見たい~!

 それにしても、そろそろ帰って来ないかなぁ。早めに行って、劇場に張られたポスターとかも見たかったのに、あんまり時間の猶予が無くなっちゃうよ~」


 リビングの壁に飾られた時計を見ては、庭の外も気にして、そわそわとしている。その、珍しい様子を見たベアトリスちゃんが、くすりと笑った。


「それにしても、年上が好みとか言っていたヴィナが、フォルコさんとデートとはねぇ。あの人、私達の一つ年上だけど、自己主張が薄くて要領がいい辺り、年下の次男って感じよね」

「あら? 店長としては、頼りになっているから良いじゃない……あ、ザックス様の方が、もっと頼りになりますけどね」

「……チケットを買って来て貰う手間賃として、チケット代を奢っただけだよ~。ついでに、劇場まで馬車で送らせるのも、なんじゃない? なら、一緒に見た方が、手間が無いよね~。それだけだってば~」


 なんと、フロヴィナちゃんとフォルコ君で、観劇デート?らしい。いつの間に、そんな仲になったのやら。いや、普段から白銀にゃんこの店番をしている2人なので、元より仲は良い。まぁ、雇い主としては、プライベートの事までアレコレ言うつもりは無い。業務に支障が無いなら、好きに恋愛すると良いさ。


 朝一からアドラシャフトに報告に行き、フィオーレの紹介と試験、ランハートの工房でバイクを受け取り。午後から劇場デートと、フォルコ君は大忙しである。


 3人でフロヴィナちゃんを生暖かい目で揶揄っていると、外から門の開く音がした。次いで、馬車の音がすると共に、誰かが玄関から走って来る。軽快な足音はフィオーレだ。彼女はリビングの入り口で急停止すると、中に向かってご飯を要求した。


「ただいま! このままレッスンに行くから、馬車の中で食べられるお昼ご飯頂戴!」

「お帰りなさい。作り置きがあるから、準備するわね。そっちはどうだったの?」

「駄目だった~! でも、平民街のステージで披露できる許可は貰ったから、そっちで頑張る!」


 悔しそうな顔で元気いっぱいに答えると、そのまま2階の自室に駆け込んで行った。レッスン用の荷物を取りに行ったのだろう。

 流石に、伯爵家のパーティーで披露できる許可は下りなかったようだ。アドラシャフト領にも劇場は有ると、クロタール副団長が言っていたからな。本職と競合するのならば、アマチュアなフィオーレでは分が悪い。

 残念な結果に終わったが、レッスンに行く元気があるならば、落ち込んでいるよりは良いか。


 ストレージに保管してあるダンジョン用食料から、サンドイッチ(4人前)が入ったバスケットを取り出しておく。追加で、昨日採取したキルシュゼーレもデザートに入れて準備をしていると、フォルコ君も顔を出した。


「ただいま戻りました。あ、昼食を用意して頂けたのですね、ありがとうございます」

「ああ、フィオーレに喰いつくされないよう、気を付けてな。

 それで、例のバイクは?」

「はい、万事滞りなく。庭に置いておきましたので、後で確認して下さい。

 ええと、これが旦那様からの手紙で、ランハート様からのバイク関連資料と、バイクの鍵。それと、試作品を追加で1台預かって来ましたので、試して欲しいとの事です」


 フォルコ君から紙束と、バイクの鍵を2本受け取る。

 ……予期せずして、バイクが増えるとは!

 内心、小躍りして喜び、資料をパラパラと捲っていると、階段を駆け下りて来たフィオーレがリビングへと駆けこんでくる。そして、目敏くもサンドイッチ入りのバスケットを抱えると、匂いを嗅いで笑顔で笑った。


「美味しそうな匂い! ミーア、トリクシー、ありがと!

 じゃあ、行って来ます!」

「あっ! それはフォルコの分も入っているからな!」


 注意が聞こえているのか分からないが、くるくるとステップを踏んで外に出て行った。その後を追うように、フロヴィナちゃんも立ち上がり、フォルコ君の元へ歩み寄る。そして、にっこりと笑い、腕を絡めて外へと誘う。


「ホラ、私達も行きましょ」

「あ、うん」

「(フォルコ、エスコートだ。エスコート!)」


 フォルコ君が笑顔のままフリーズしかけてしまったので、こっそり背中を叩いて発破をかける。しかし、我に返ったものの顔を赤くしたまま動けずにいる。フロヴィナちゃんに急かされるように、引きずられて行くのだった。

 

 一緒に礼儀作法とかエスコートの勉強をしたのに……やっぱり実戦は大事だな。

 残る俺達は、そんな二人を生暖かく見送るのだった。




「それじゃ、レスミア。俺達も後でな」

「はい、13時でしたよね。暖かい格好に着替えてきます」

「あれ? 二人もどこかに行くの?」

「ああ、新しいバイクは二人乗りも可能な奴だからね。試乗を兼ねて、ドライブデート……あー、馬で言うところの遠乗りに行ってくるよ」


 兼ねてより発注していたので、レスミアを誘っていたのだ。冬場にドライブは少し寒いが、最近レシピを買ったヴァルムドリンクがあるので、多少の寒さは平気になるはず。

 ルイヒ村に行く途中で見かけた、風車や牧場を回りたいとレスミアと盛り上がっていると、ベアトリスちゃんはちょっと拗ねたように口を尖らせた。


「みんなでイチャイチャして……いいんですよ。私は午前中に考えていた、新作料理を作りますから~。

 私に休めと言いながら、こっそりマナグミキルシュを完成させていたザックスさんには、負けませんから!」


 若干、八つ当たりな気もするが……ベアトリスちゃんは気合を入れてエプロンを締めると、キッチンに足早に入って行くのだった。

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