第434話 サクランボ狩り再びと召喚獣
翌日、朝一の営業に俺も参加したのだが、例の赤字ネーム商人?のビガイルは姿を見せなかった。増員された勝手口の門番から、2名の女性騎士が白銀にゃんこのカウンター横に立哨してくれたお陰かも知れない。
開店前、行列を作るお客さんに対し、その女性騎士から不審な商人を警戒しての警護だと説明がされたのだ(赤字ネームについては、混乱の素なので非公開)。ついでに、「浄化のカードの販売は、領主様からの許可なくば行えない」と、再度通達された。お客さんは貴族家に使える使用人が多いからな。最近はわざわざ貴族街から中央門を通って買いに来るお客さんもいるので、馬鹿な事をした商人が居ると噂となって広まるに違いない。メイドや奥様ネットワークは噂を広げるのが早いからな。
立哨してくれる女性騎士も、日替わりで今週いっぱい続けてくれるそうなので、白銀にゃんこからお礼としてキルシュゼーレパイ(普通の)を差し入れしておいた。
「うむ。キルシュゼーレの甘さは私も大好きだ。しかも、発売前の試作を食べられるとは、同僚に自慢できるよ。
これも、取り置きのケーキと一緒にしておいてくれ」
立哨の騎士さんは笑いながら、教えてくれた。
最近では門番役の騎士から、ケーキの取り置きも頼まれている。朝一は職務で並べないので、その代わりだな。その為、お昼の軽食提供も含めて、女性騎士の間で配置場所の順番待ちが起こっているそうだ。なので、今回の増員は渡りに船だったと、笑っていた。
因みに、中央門、転移ゲートの出口、及び外壁門において、ここ1週間の通行者の中に赤字ネームは居なかったらしい。平民街にある外壁門についても、顔見知りでもない限り、馬車に関しては検問をしている。見落としを怪しまれた外壁門からは、俺の証言こそが嘘ではないかと反論されたくらいである。『迷惑を掛けられたから、赤字ネーム呼ばわりしたのではないか!』だそうだ。確かに、俺しか見ておらず、物証としても出しようがないので、反論し難い。
ただこれも、俺の後ろ盾の伯爵家である事から、俺の証言が是とされた。虎の威を借る狐であるが、助かる。
結局、暫くの間は、馬車の検問を徹底するよう通達がされるのだった。
朝食後、家の周辺を確認したが、怪しい馬車は発見できず。そのまま第1ダンジョンの36層、墓地フィールドへ降りた。
今日はサクランボ狩りをメインに、この階層の探索だな。前回は戦い通しで、碌に探索もしていない。大きい霊園なら、大きい墓の下に地下室があるので、宝箱や採取が出来るらしい。墓荒らしのようだけど、少しワクワクするよな。
レベル上げについては、剣客レベル2をメインに、刀の防護用に魔剣術と範囲魔法使うための魔法戦士レベル36、罠対策と索敵のトレジャーハンターレベル36を固定として、残りの2枠を変えていこうと思う。
レスミアは夜目が効く闇猫レベル36。
ベルンヴァルトは範囲攻撃の〈爆砕衝破〉が使える鬼徒士レベル36。
フィオーレは、稽古の成果を試したいそうので、ソードダンサーレベル35とした。
そして、周囲の幽魂桜を目印に探し、発光の多い方へと出発した。
街路樹の様に咲いている木もあるが、近くに墓地が無い場合はスルーして近寄らない。〈サンライト〉の光は周囲しか照らしてくれないので、遠くを見るには空の雷の光か、レスミアの夜目を頼る事になる。
偶に単体でうろついている牛頭鬼が居るけど、一匹倒したところでサクランボは実らないからな。ただし、近付き過ぎると、誘蛾灯に誘われたように追っかけてくるので注意が必要。
追いかけてくる牛頭鬼を振り切れないと判断し、剣客の腕試しに使う事にした。
「フィオーレ〈囚われのメドゥーラ〉を頼む。ヴァルトは合図をしたら、〈茨ノ呪縛〉で拘束してくれ」
「おう」「りょーかい! 〈囚われのメドゥーラ〉!」
フィオーレが踊り始めたのを見て、俺は一人で少し前に出た。
鞘に納刀したままの柄を握り、充填していた火属性魔法陣から魔剣術を発動する。納刀状態でも使えるのは、ストロードールを試し斬りにしていた時に発見した。
いつでも抜刀出来るように構えつつ、牛頭鬼が近づくのを待つ。狙うは牛頭鬼の右肘辺り。防具が無い部分だな。既に〈一閃〉の射程圏内であるが、いきなり飛び込むのは少し怖い。保険が効いてくれよと祈っていると、牛頭鬼が金棒を振りかぶったところで、急停止した。〈囚われのメドゥーラ〉の足封じ効果が出たようだ。
急に足が動かなくなり、つんのめる牛頭鬼。その隙を逃さず、狙いを見据えてスキルを発動させた。
「〈一閃〉!」
急加速する視界の中、赤い魔剣術の光を纏った剣閃が、牛頭鬼の脇を擦れ違いざまに斬撃した。そして、流れる様な動作で、マナの煙を吹き出しながら納刀される。〈マナ還りの納刀術〉で返り血をマナの煙へと分解したのだ。赤い残光と相まって、格好良い。
一拍置いてから、牛頭鬼が怒りの悲鳴を上げた。振り返ると、右腕から盛大に血を流している。しかし、深手ではあるものの、怒りに我を忘れているのか、その右腕の金棒を振り向きざまに振るってきた。体力自慢なだけはある。
その攻撃をサイドステップで避けつつ、伸びきった腕に対して、カウンターの〈一閃〉を発動した。赤い剣閃が綺麗な半月を描くとともに、固い物を断ち切った感触が返って来る。
カチンッ! と、納刀した。手応えあり!
成果を確かめるべく振り返ると、宙を舞う牛頭鬼の右腕……肘から先と金棒が落下して行くところであった。
……2回とも同じ個所を切って切断とか、まるで剣豪にでもなった気分だな!
あの強い牛頭鬼とタイマン(援護有)で圧倒出来ているのだから、テンションが上がっても仕方ない。
傷付いた牛頭鬼が片膝を突くのを見て、三度目の〈一閃〉を発動する。狙うは、頭に生えている牛角!
しかし、赤い剣閃は、掲げられた大盾に阻まれた。派手な金属音と共に、赤い光が散っていく。そのまま、擦れ違い、納刀まで自動で行われたが、内心気が気でなかった。
……いきなり、破損させたとか、洒落にならん!
追加スキルに入れていた〈ボンナリエール〉で急速後退すると、追撃が無い事を確認してから、抜刀してみる。すると、魔剣術の赤い光は弱々しい程に消えていたが、幸いな事に刃が欠けたり、刀身が曲がったりはしていなかった。〈エレメント・ソードガード〉のお陰である。
【スキル】【名称:エレメント・ソードガード】【パッシブ】
・魔剣術を発動中、敵の攻撃を受け止める、もしくは受け流す際に、武器が破損し難くなる。
効果が発動すると、剣に込めた魔力を少し消耗する。
ただ、ランク3の〈フレイムスロワー〉をコストに使った魔剣術だったのに、既に切れかけなのは、それだけ破損を防いでくれたのだろう。下手をすると、今ので折れていたのかもな。
流石に、この状態で〈一閃〉を使う勇気はない。大人しくベルンヴァルトに助けを求め、茨で絡め捕ってもらう事にした。
「しっかし、そんな細い剣で戦わなきゃならんとは、俺には向かんな」
「そりゃ、〈爆砕衝破〉みたいに地面に叩き付けたら、曲がりかねないよ。俺も魔剣術で保護しながらでないと、心配で使えないし……剣技が得意な人用のジョブだな。心得系のスキル〈抜刀術初伝〉で、慣れていくしかないさ」
刀自体がマイナーなので、誰かに教えを乞う訳にもいかない。日本でも授業で剣道をやった程度なので、居合術なんて習っていないからな。漫画知識と〈抜刀術初伝〉を頼りに我流で行くしかない。
固い敵が苦手なのは分かっていたのに、牛頭鬼を試し斬りにしたのがアカンかったのだ。多分ゾンビなら、もっと楽だったと思う。だって、ゾンビ映画や、ゾンビゲーにも刀とか鉈使いが出てくるのだから。
先に進み、一昨日戦った霊園の場所へとやって来た。しかし、霊園はきれいさっぱり無くなって、只の草原へと変わっている。俺達が暴れたので廃園したのだろう。
そんなギャグはさておき、地形が変わるのは先刻承知である。ただ、折角通りかかったのだから、念の為と〈サーチ・ストックポット〉、〈サーチ・ボナンザ〉掛けてみると、掘り出し物探知なボナンザの反応が返って来た。
反応があった箇所を軽く掘ってみると、出て来たのは大きな魔水晶。
【素材】【名称:魔結晶】【レア度:C】
・魔水晶が高濃度のマナを吸収し、その内に圧縮した物。魔水晶の10倍以上のマナを内包しており、高度な魔道具の動力源として使用される。人間が直接、内包する魔力を使う事は出来ないが、魔道具の動力源として利用できる。魔力を消費すると小さくなって消えてしまう。
確か、防音の魔道具の動力源となっていた、大型魔水晶である。一応、ゾンビのレアドロップでもあるのだけど、一昨日に大量に倒したのにも関わらず、ドロップしていない。余程確率が低いのだろう。同じく、スケルトンやゴーストもレアドロップは出ていない。アイツ等、ノーマルドロップも無いから、旨味が無いのだよな。
取り敢えず、収穫があっただけ、良しとしよう。〈相場チェック〉では、2万5千円と出たので、小銭稼ぎにはなった。
「あっちの方に、霊園らしき囲いと、馬頭の大角餓鬼を見付けました!」
周辺を探ってくれていたレスミアの報告を受け、早速サクランボ狩りへと赴いた。
霊園の周囲の地形を把握し、作戦会議を開く。キルシュゼーレを得るには、出来るだけ幽魂桜の近くでゾンビを倒さなくてはならない。加えて、馬頭鬼の〈ツナーミ〉にも注意をする必要がある。あまりにも追い詰めると、生贄充填をして即魔法を放つのも厄介だ。
全員に〈ホーリーウェポン〉を掛けつつ、指示を出した。
「レスミアは、〈宵闇の帳〉を使って、大角餓鬼の後ろに潜伏してくれ。魔法の充填が完成しそうな時や、仲間を生贄にしようとした時点で、〈不意打ち〉で倒せばいい」
「はい!」
「フィオーレは〈語らいのブルーバード〉の踊りで魔法の邪魔をしつつ、回り込もうとする敵を排除。厳しくなったら、後ろに下がっていいからな」
「りょーかい! 新しい踊りのお披露目だね!」
「で、俺が〈ヘイトリアクション〉で引き付けるから、ベルンヴァルトが〈爆砕衝破〉で殲滅。適宜、〈フレイムウォール〉と〈ウインドウォール〉も張っていくから、囲まれないようにだけ注視してくれ。
それで、幽魂桜がキルシュゼーレを実らせたら、場所を移動する。先ずは霊園の左手前側で戦って、ある程度実ったら木々に沿って、徐々に奥にって感じでな。なるだけ、沢山実らせて収穫しようじゃないか」
「あー、俺的には、熟成させた方が良いんだがな」
そう、愚痴るベルンヴァルトだったが、戦うさなかの話なので、ある程度は熟す物も出てくる。それらを分け前とする事を約束すると、手の平を返したようにヤル気を見せるのだった。
レスミアが闇に紛れて離れていく。〈敵影表示〉に映る味方を示す光点が、霊園の反対側へ付いた事を確認してから、俺達も霊園の中へと突入した。
中は整然と墓石が並び、中央には一際大きい石柱と石像が立っている。そこに陣取っていた馬頭鬼が、こちらの〈サンライト〉の光に気付き、騒ぎ始めた。馬のような鳴き声を上げて、掲げた杖の先に魔法陣を灯すと、そのまま墓石へと振り下ろす。ドラマーになるのは、コイツも同じらしい。
ゾンビが溢れ出し始めるのを見て、移動しながらではあるが、フィオーレがスキルを発動させた。
「その魔法、邪魔するよ! 〈語らいのブルーバード〉!」
フィオーレが青い燐光を放ち、踊り始める。そして、青い光が一ヶ所にまとまり、鳥の形に変化した。鳥には詳しくないが、形はスズメに似て小さい。その青い鳥は、青い光を放ちながら飛んで行くと、馬頭鬼の頭上を旋回し始めた。
「ヒ、ヒ、ヒ……ヒ、ヒ、ヒ……ヒ、ヒ、ヒ……」
鳥が鳴き声を上げて旋回すると、下の馬頭鬼は煩わしそうに、杖で追い払おうとする。一旦は追い払われた青い鳥だったが、馬頭鬼が充填しながらドラマーに戻ろうとすると、再度頭上に飛来して鳴き声を上げるのだった。
そう、これはソードダンサーレベル35で覚えた新スキルだ。
【スキル】【名称:語らいのブルーバード】【アクティブ】
・踊っている間、魔法の充填を邪魔する鳥を召喚する。この鳥の鳴き声は、敵対する者にとって不快な音として聞こえ、魔法陣の魔力充填を少し停止させる効果がある。効果は、一定間隔で発動する。
ただし、対象のレベルが自身よりも高い場合、邪魔する効率は大幅に下がる。
遠目に見えているだけでも、馬頭鬼は鳥に気を取られて充填が進んでいない。苛立ちまぎれに墓石叩いているが、余程嫌な声として聞こえているのだろう。
地味に嫌な効果である。つまり、こっちが使う分には強力なのだ。
その間に、俺達は幽魂桜が多い場所に陣取り、ゾンビと戦い始めていた。〈ヘイトリアクション〉でゾンビ共を罵り、〈フレイムウォール〉を張った位置へと誘導する。自動ゾンビ焼きの完成だ。ただし、墓石の多い霊園なので、至る所で渋滞が発生しては墓石に接触、ゾンビが溢れてくる。〈フレイムウォール〉の無い部分から回り込んでくる敵を潰して回った。
〈一閃〉と〈ボンナリエール〉の組み合わせは非常に良い。溢れそうな部分へ一息で斬り込み、〈ホーリーウェポン〉付きの斬撃で切り刻んてから、急速後退する。全体を把握しながら戦わないと行けないので、前線に張り付いたままでも、いけないのだ。
「ああ! また、幻影がやられた!
ちょっと! こっち多い! ザックス~!」
「今行く! 〈一閃〉!」
踊りながら戦うフィオーレは、物量を倒すのは厳しい様だ。時折手伝いに行く。突出していた数体のゾンビの頭を〈一閃〉で両断。後続のスケルトンを自前の抜刀居合切りで、胸骨ごと心臓コアを斬り裂いた。
「あ、また出そう! 囮に使って!」
「助かる! ついでに、追加だ〈フレイムウォール〉!」
フィオーレの声に〈ボンナリエール〉で後退する。そこでは、踊っていたフィオーレが淡い燐光を纏っていた。その燐光は身体から離れると、フィオーレと同じ姿(若干色は薄め)となり、踊り始める。そして、敵陣の前に躍り出るのだった。
これも、ソードダンサーレベル35で覚えた2つ目の新スキルである。
【スキル】【名称:幻影舞踏-アン】【パッシブ】
・呪いの踊りを踊る際、定期的に自動発動する。敵の目を引き付ける幻影を1体召喚する。この幻影は、自動で囮になる様行動する。また、敵がいない場合は、術者と並んで踊る。ON/OFF切り替え可能。
新スキルの2つは、両方とも召喚系スキルだった。こっちは、その名の通り幻影を生み出す。耐久性は無きに等しいが、フィオーレと同じように踊って回避をするので、意外と長持ちする。所謂、回避盾って奴だな。
〈挑発〉効果程ではないが、囮になる効果を備えているので、幻影に群がる手前に〈フレイムウォール〉を張れば、良いトラップになるのだ。
ただ、ゾンビやスケルトン、復活するゴーストの数に押されるのは時間の問題である。
「こっちは確かにゾンビが多いな。少し墓石を壊すぞ!」
周囲に聞こえるように宣言してから、ストレージから取り出した、落石ボムを投擲した。奥の墓石エリアで爆発したそれは、爆音とともに瓦礫を撒き散らす。手持ちサイズの爆弾なのに、出てくる瓦礫は結構大きい。墓石に直撃すれば、そのまま破壊する程に。
墓石を破壊した事により、ゾンビ達の渋滞が少し解除されたが、追加で湧き出て来る数は減った。
こんな感じで、数を制御しながら戦い続けていると、いつの間にやら周囲の幽魂桜の花が散っている事に気が付く。1本は既にキルシュゼーレが実っているので、戦いすぎたようだ。
「よし、この場は十分に肥料を撒いた! 奥に移動するぞ! フィオーレ、先に行け!」
「りょーかい! あ、馬の方も魔法が溜まりそうだよ!」
〈ヘイトリアクション〉を掛けて、ゾンビ達を引き連れて後退する。フィオーレの言葉に中央へと目を向けると、確かに魔法陣が完成しそう……と、思っていたら、馬の首が飛んで行った。真っ暗で見えなかったが、レスミアが〈不意打ち〉を仕掛けたようだ。これで、終わりは見えた。
とは言え、馬頭鬼が生み出したゾンビは、こちらに向かっている途中で墓石に引っ掛かり、数を増やしている。もうちょい引き付けて倒せば、幽魂桜の1、2本は実らせられるだろう。
もう少しだと、周りに指示を出しながら、新しい〈フレイムウォール〉を張るのだった。
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