第433話 2種のチェリーパイとスティラちゃんの夢

メリークリスマス! なので、ケーキを食べる回です(偶然)

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 迷惑な客を追い払った後、ウチの従業員には「よく頑張った」と褒めておいた。パートを初めて日が浅いのに、怖い思いをしたピーネちゃんにはお土産としてキルシュゼーレが沢山入った木箱を持たせておいたので、多分大丈夫だろう。


 念のため、明日の朝から門番の騎士を増やすように、お願いしておいたし、俺も手伝いに入る。そう対処した事を教えると、フロヴィナちゃんとフォルコ君は安心したように、安堵の息を吐いたのだった。

 




 夕食後のデザートに、新作というチェリーパイが2ホール並べられた。網目模様のパイの隙間から赤いサクランボが見えていて、非常に美味しそう。ただ、2つのパイは、外観が完全に一緒なので同じ物に見えた。ウチのメンバーは現在8人(パートさんは除く)。8等分して分けるのなら、1ホールあれば十分である。大喰らいのフィオーレ用かな?と思ったが、切り分けるベアトリスちゃんは、一人付き二切れを載せて来た。それも、別々のホールからである。


「皆さん、二つを食べ比べて感想を下さい。左の物は標準的な作り方、右の物は改良を加えた物です。

 中のカスタードクリームを軽めに作ってあるから、それほど重くはないですよ。あ、ザックスさんは鑑定禁止で。先入観無しで食べて下さいね」

「ええ~、アタシもっと食べたいのに~」

「なら、俺のを喰え。晩酌にキルシュゼーレの酒を飲んでっから、サクランボは十分だ」

「わーい、ありがと!」


 ベルンヴァルトは甘い物が苦手という訳ではないが、酒を優先するからな。既に少し酔った感じではあるので、試食を辞退したらしい。何でも美味しく食べるフィオーレが、試食に適当かどうかは疑問だけど。

 取り敢えず、俺も釘を刺されたので、そのまま頂く事にした。先ずは標準という、左から……サクッとしたパイ生地をフォークで一口大に切り分ける。どうやら、中身は下にカスタード、上にサクランボのフィリングとなっているようだ。

 一口頂くと、バターの香るパイ生地をサクリとした触感の次に、甘さ控えめなカスタードが舌に雪崩れ込んできた。そして、噛むごとにサクランボの濃厚な甘味が広がり、カスタードと調和して良い塩梅の甘さへと変わっていく。パイはデザートとしては重めだけど、甘さは良い感じだ。うん、美味しいパイだな。


 半分程食べたところで、右側のパイへ移る。見た目は同じなのだが、フォークで切り分ける際に、少し硬めな感触がした。一口頂いてみると、中のカスタードクリームがねっとりした感じになっている。何というか……こし餡みたいな? 次いで、中に入っていたサクランボも硬めのゼリーのような食感に変わっていた。見た目は同じだったのに、中身は別物だ。

 そしてなにより、味が違う。いや、甘くはあるんだけど、風味に違和感がある。食べられないって程ではないが、ケーキには合わない香りだ。


 この風味には覚えがあるが、何だったかな?

 二切れ三切れと、記憶を掘り起こしながら食べ進めるうちに閃いた。


「今日の昼に食べた、キノコリゾットの香りか?

 ああ、この食感といい、もしかして午前中に作ったなめこローションを使っている?」

「あ~~、キノコか~。変わった香りのケーキと思ったけど、それっぽいね~」

「え?! どっちも美味しかったよ?」


 既に完食しているフィオーレはさておき、フロヴィナちゃんも右側のパイに違和感を得ていたようだ。

 答えを知っている料理人コンビに目を向けると、二人して溜息を付いた。


「ザックス様、正解です。やっぱり、分かりますよねぇ」

「私達としても苦肉の策だったけど、料理人以外でも違和感があるなら、没ね。

 あ、鑑定してもらえば、一目瞭然かと思います」



【食品】【名称:キルシュパイ】【レア度:C】

・甘く煮込んだキルシュゼーレをパイ生地で包んだお菓子。甘さを控えたカスタードクリームを挟む事で、コクと食べ応えを増している。

・バフ効果:MP小アップ

・効果時間:10分


【食品】【名称:なめこキルシュパイ】【レア度:C】

・甘く煮込んだキルシュゼーレをパイ生地で包んだお菓子。踊りなめこから抽出したエキスを混ぜる事により、バフ効果を強化してあるが、同時に独特な食感と香りを得てしまった。鈍感な人なら、気付かず食べてしまう程度だが……

・バフ効果: MP自然回復力小アップ

・効果時間:10分



 ……なめこって名前に付いているじゃん!

 そりゃ、鑑定すればバレバレだし、なめこ入りって時点で二の足を踏むよな。いや、お菓子じゃない料理としてもキノコパイならありかも知れないが、サクランボが入っている時点で駄目だ。どっちかでないと。

 気になる点は、バフ効果の違いか?


「貴族街のカフェで食べたケーキにも〈MP小アップ〉の効果が付いていたけど、キルシュゼーレの効果だよな?

 でも、踊りなめこを入れた方は、〈MP自然回復力小アップ〉に変化している……踊りなめこから作る『なめこローション』には〈各種バフ効果増強〉があるから、増強された結果かな?」

「……ええ、MP回復効果が付いたお菓子にしようとして、失敗しました」

「え~、こっちも美味しいよ? 余っているなら貰うよ」


 料理人コンビはデザートを食べていなかったので、4切れ余っている。それを独占しようとするフィオーレは置いておいてと。

 ここで言う〈MP小アップ〉は最大MPが増えるだけであり、効果時間も短いので、あまり意味のある効果ではない。しかし、それが、MP回復量が増える効果に変化するのならば別だ。高価なマナポーション程の回復量は見込めずとも、小休止のおやつで多少回復するのならば、それに越した事は無い。

 要は、俺が作ったマナグミキルシュと似たような物だな。


「はい、発想はそこからなのです。

 この間、買って頂いた『素材の属性一覧(ヴィントシャフト編)』によると、キルシュゼーレは『光属性』で『MP』に作用するそうです。これに、『全属性』の踊りなめこを加えたらどうなるかなって、試してみました」

「あのマナグミキルシュは、こんなにもキノコの香りは残らなかったのにね。何が違うのでしょう?」


 なるほど、なめこローションの〈各種バフ効果増強〉は全属性だから、どんなバフ効果も強化しているのかな? 

 マナポーションの材料に、マナ濃度を増やす魔水晶が入っているのと同じ感じがした。


 それから、マナポーションの材料や作り方を教えておいた。マナグミキルシュも皆に配り、改めて味わってみると、確かに薄っすらとキノコの香りがするような、しないような程度である。前回も、敏感な料理人コンビにしか気付かれないような香りだ。そして、その前段階のマナポーグミや、マナポーションの時点でも同じである。もしかして、錬金調合だからかも知れない。錬金術師のパッシブスキル〈巧妙煎じ〉が効果を発揮している可能性もある。ある意味、邪魔な香りを薄く飲みやすくなっているし……キノコは植物じゃなくて、菌類だけどな?


【スキル】【名称:巧妙煎じ】【パッシブ】

・植物系素材を煎じる場合、効能をそのままにして、苦みや渋み等を無くし飲みやすくする。

 また、他のスキルによる加工においても、苦みや渋み等を多少和らげる効果もある。



「いえ、それでも色々試してみたいです。クロイツマイナーのお菓子に勝つには、これくらいの付加価値は必要ですから!」

「あはは、トリクシーの目標が、あそこのケーキになっちゃったんですよ」

「対面販売の白銀にゃんこと、高級カフェのクロイツマイナーじゃ、方向性が違う気がするけどな。まぁ、目標があるのは良い事だ。根を詰めないよう、程々に研究してくれ。最近は働き過ぎだぞ」

「はい!

 なので、ダンジョンでキルシュゼーレを沢山採って来て下さいね!」


 なんて、おねだりされてしまった。その声には頷く者も多い……というか、全員だ。同じ料理人であるレスミアや、甘い物好きな女性陣は言うまでもなく、フォルコ君まで「新商品には良いですね」と賛同する。ベルンヴァルトに至っては、ジョッキを掲げて「赤紫色や黒いのは俺に回せよ」と、飲む気満々である。


 俺にも攻略予定があるんだけど……今回は了承しておいた。それというのも、36層の墓地フィールドは、かなり広い。先日攻略した分は、殆ど序盤と言っても良い。まぁ、ゾンビ狩りに時間が掛かったからしょうがないとも言えるけど、それを加味しても、戦いながら進むのでは、1日で階段のある教会まで辿り着けないだろう。

 それならば、明々後日から2日続けてダンジョンに入る日を、攻略に当てた方が良い。つまり、明日はサクランボ狩りに興じても問題ないという訳だ。明日で在庫を増やしておいて、それ以降は休みの日に採取に行く感じだな。



「フォルコ、明後日に行くアドラシャフトから、追加のバイクを受け取って来る事を忘れないでくれよ。2台あれば、墓地フィールドを駆け抜けてしまえるからな」

「畏まりました。先週の発注を掛けた時点で、色の良い話を頂いていますので、恐らく大丈夫でしょう」

「それと、もう一つ。明日、フェッツラーミナ工房に行って、試作の刀を2本買って来てくれ。何本か試作をしているような事を言っていたから、俺が買った物以外にも有る筈だ」

「ええと、意図が見えませんが……予備ですか?」

「いや、刀を使う事で新しいジョブ『剣客』を手に入れた。ノートヘルム伯爵とエディング伯爵に報告するにしても、実物の刀がなくては検証も出来ないだろうからな。報告を持っていく時に、刀も土産として付けてくれ」

「「「新しいジョブ!!!」」」「なんか、ズバッと斬るジョブだったにゃ!」


 ダンジョンメンバーがこぞって驚きの声を上げた。

 剣客のジョブデータを公開しながら、刀が必要な事を教えると、フォルコ君も納得する。


「成程、それで明日はキルシュゼーレを集めるついでにレベル上げも、という訳ですね」

「そういう事。残りのジョブも含めて、レベル35のデータをまとめて報告書にするからな。ノートヘルム伯爵を驚かせてあげてくれ」

「あはは、きっと楽しみにしていますよ」




 そして、色々と話し合った後、まったりした雰囲気の中で、レスミアがスティラちゃんに「初めてのダンジョンがどうだった?」と、投げかけた。すると、自分の猫耳をコシコシ掻いてから、「うみゃ~」と気の抜けた返事をする。


「ダンジョンの魔物は強かったにゃ~。レベル1の相手でも私一人じゃ、多分勝てにゃい。

 ついでに、お義兄ちゃんは、スパルタにゃ」

「あ~、分かる分かる! ザックスってば訓練になると厳しいよね! アタシもバシバシ叩かれたんだから!」


 何故かフィオーレが強く反応した。スティラちゃんの席までステップを踏んで飛びよると、後ろから抱きかかえて撫でまわす。

 一応、俺も弁明がてらに、今日の話を皆に聞かせると、納得はしてもらえた。


「ああ、ウチの地元はダンジョンが無いので、幼年学校じゃ真面目に訓練しませんからねぇ。

 私はダンジョンがあるランドマイス村へ行くことになってから、体力作りと簡単な訓練を受けましたけど……スティラは?」

「みゃ~、してないにゃ」

「それじゃ、苦戦する訳だよ。ザックス様に任せておいて良かったわ。

 まぁ、探索者を目指すなら、訓練もしなさいね」

「えー、そこまでヤル気は無いよ。お店で看板娘をしている方が楽しいかな? あ、アイテムボックスは凄い便利!」


 うすうす感じてはいたが、ダンジョンへのモチベーションが無くなってしまったようだ。まぁ、体格で劣る猫族が、無理してダンジョンに行く必要は無い。むしろ、その可愛い容姿は店員向きだからな。

 レスミアは「成人まで、2年あるから、色々試してみると良いよ」なんて、慰めていた。


「そ~そ~、ダンジョンで戦う気はない私達からすると、魔物と戦って来ただけ凄いって!

 まぁ、ウチで売り子をやっていても、ザックス君がレベル上げに連れてってくれるから、同じじゃない?

 私達なんて、半ば強制的に連れて行かれるし~」

「私は料理人のスキルがあると助かるから、感謝していますよ!」


 籠入りフロヴィナはレベルに頓着していないから、レベリングも嫌がっているのを隠していない。それを慌てた様子でベアトリスちゃんがフォローしてくれているが、俺も承知している事なので、笑い返しておく。


  みんなに慰められていたスティラちゃんであったが、レベリングの話を聞いてから、真剣に考え込んでいた。そして、バッと立ち上がると、俺の方を見て訴えかけてくる。


「白銀にゃんこの店員になったら、成人後にレベル上げをして下さい!

 私も、ミーア姉ちゃんやリース姉ちゃんみたいな、ナイスバディになりたいの!」

「…………ああ、猫族が狩猫から闇猫にクラスチェンジすると、猫人族よりの体格になるんだっけ?

 いや、別に構わないけど……」


 フィオーレが急成長したみたいに、猫族と猫人族にも外観が変わる要素がある。以前、レスミアに聞いた限りだと、猫族と猫人族のカップルが、どちらかの種族に合わせる為に、レベル上げをするのだとか。

 まぁ、女性的な身体付きの、レスミアとリスレスさんに憧れるのは良く分かる。妹のスティラちゃんなら、さぞかし可愛い猫耳少女になるだろう。ただ、同時にモフモフな猫族も捨てがたい。

 ……悩ましい問題だ。本人の希望をかなえてあげたいところだが。

 掛ける言葉に迷い、助けを求めてレスミアへ目を向けると、向こうも悩んでいる様子だった。目が合い、頷かれる。何がアイコンタクトで通じたのか分からないけど、レスミアは手を伸ばし、スティラちゃんの両肩を掴んで、言葉を選びながら話し始める。


「スティラ、もの凄く言い難い事なんだけどね。スクリ母さん……スティラのお母さんなんだけど、背が低めじゃない?

 他にも結婚の為にレベル上げをする人は居るけど、猫族から小柄な猫人族になるか、猫人族から大柄な猫族になるみたいなのよね……」

「にゃにゃにゃ?! 言われてみれば、お母さんより、ミーア姉ちゃんの方が色々おっきいニャ!

 そうすると、私も……」


 種族的な問題だけでなく、異母姉妹なので、同じように成長するとも限らないからな。

 にゃ~と、ひと泣きしてから、しょんぼりと椅子に座り直すスティラちゃん。そこに、テーブルを叩いて立ち上がる人影があった。それどころか、椅子の上に立って決めポーズをする。


「まだ、諦めるには早いわよ!

 ビルイーヌ族だって、サードクラスになれば、全盛期に成長出来るんだから、猫族だって大きくなるかもじゃない!

 アタシはサードクラスで、ボンキュッボンな、身体を手に入れるわよ!

 トリクシーの胸囲は追い越したから、次は打倒、ミーアとヴィナ!」


 ビシッと指を突き付けるフィオーレだった。スティラちゃんを慰めるというよりは、他の面子に喧嘩を売っているようにしか見えないが。現に、「椅子の上に立たないって、言ったでしょ!」とか、「誰の胸囲を追い越したんですって? フィオも似たような物でしょ!」と、お叱りを受けるのだった。


 取り敢えず、一連の漫才のようなやり取りに、スティラちゃんが笑ったので良し。まだ、2年も時間があるのだから、じっくり悩めば良いさ。

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