第431話 スティラの初めてのダンジョン

 スティラちゃんが選んだ子供向けのチタンダガーと、〈影縫い〉に使う投擲用の短剣を10本ほど購入してから、フェッツラーミナ工房を後にした。フィオーレ用のテンツァーバゼラードの予備も欲しかったが、踊り子に合わせて特注するらしいので、本人が居ないと駄目だそうだ。後日、フィオーレを来店させる為に、予約だけ入れておいた。


 次の目的地である第2ダンジョンまでは少し距離があるので、バイクで行くことにする。フィオーレに話を聞いていたのか、スティラちゃんも乗り気だったので話が早い。俺が背負う、背負籠の中で立ってもらえば良いからな。俺の肩に乗れられた手が、興奮気味に叩かれた。


「凄いにゃ! こんなに早いのに、殆ど揺れないなんて、馬より良いよ!」

「石畳がしっかりしている所ならね! 段差が有る所は揺れるから、気を付けてっと」


 平民街でも南寄りなので整備がされているが、アスファルト舗装ほどとは言えないからな。石畳の繋ぎ目では多少揺れる。ただ、それでも馬の場合は上下にも揺れるので、雲泥の差らしい。

 なんでも、ヴィントシャフト領に来るまでの、馬車移動が大変だったそうだ。多分、乗り物酔いだろう。気分転換に馬にも乗せてもらったそうだが、そっちの方も揺れが酷かったと、にゃーにゃー愚痴られた。馬にトラウマ持ちの俺には、共感は出来ないが、馬車の揺れなら分かる。あっちのタイヤもゴム履きにしたらいいのにな。

 明後日にはフォルコ君がアドラシャフトに納品に行くから、バイクと車の開発状況も聞いてきてもらうか。




 第2支部の受付カウンターへやって来た。丁度、アメリーさんが居たので対応をお願いすると、カウンターに乗り出して来て、スティラちゃんの頭を撫でる。


「あら? 可愛い娘が居るわ~。そのメイド服、白銀にゃんこの看板娘よね?

 いらっしゃいませ。私も時々買いに行っているわよ~」

「あ、お買い上げありがとうございます、にゃにゃ」


 どうやら、顔見知りのようなので話は早い。スティラちゃんの登録をお願いした。ダンジョンへ行くには改札のようなゲートを取らないと行けないので、ギルドに登録する必要があるからだ。

 すると、アメリーさんは登録用の魔道具を取り出して、説明を開始する。


「はい、スティラ様、こちらの魔道具に手を置いて、簡易ステータスを出して下さいね。

 ええと、貴族街にお住まいとの事ですから、家族向けのセカンド証はお持ちですよね?

 はい、そちらを入り口横の魔動具に、セカンド証を触れさせると通れるようになります。

 初めてのダンジョンですが、ザックス様が居れば大丈夫でしょう。くれぐれも4層以降に入らない事だけは注意してくださいね」

「ああ、未成年は3層までなんですよね?」

「はい、身体が成長しきらない内にレベルを上げてしまうと、悪影響があるとされています。身長が伸びなくなったり、身体の感覚がおかしくなったり、魔法の属性適性が減ったりするらしいです。幼年学校でも教えられる事なので、徹底されている事ですけど……田舎だと子供が勝手にダンジョンに入ってしまう事が稀にあるみたいです。

 ヴィントシャフト領でも年に数人ですけど、そんな障害を抱える子がいるので、守って下さいね」

「はい、気を付けますにゃ!」


 そう言えば、ランドマイス村だとスルーパスだったからな。子供だけで、こっそり4層以降に入ると分からないか。


 手続きも終わり、お礼を言ってからダンジョンへ行こうとするのだが、雑談交じりに「ベアトリスさんはお忙しいのかしら?」なんて聞かれた。質問の意図は分からないが、「ケーキ作りで忙しそうですけど、毎日元気に量産してますよ」と答えると、少し憂いを帯びた笑顔を返された。何やら気になる態度なので、どうしたのか聞いてみる。


「やっぱりねぇ……いえ、今まで週に2回は、お菓子の納品依頼を受けてくれていたのに、今週は姿を見せないから少し心配していたのよ」

「今朝も、新作パイの研究をしていましたけど、店も忙しいですからね。納品しに来る暇は無いでしょう。

 よければ、白銀にゃんこに買いに来て下さい。ポイントカードもオマケにあるのでお得ですよ」

「浄化のカードも気になるけど、朝一に行っても行列じゃない。それに、白銀にゃんこのケーキも美味しいけど、納品依頼の方が豪華だったのよね~」


 それは仕方がない。納品依頼は貴族街でも通用する様に、豪華仕様な筈だからである。そして今、店で販売しているのは、そこからブラッシュアップを掛けて、且つ、平民街での『贅沢なケーキ』程度にローコスト化してあるからだ。

 ただ、毎週楽しみにしていたのに、店で買ってねと言うのも、少し寂しいよな。軽くフォローしとくか。

 焼き菓子販売用の紙袋と、マナグミキルシュを5粒ほどストレージから取り出し、袋詰めしてから渡す。


「……仕方ないですね。俺の作ったお菓子でよければ、少しだけ差し入れしましょう。

 これも、改良をくわえてから、魔道具店ザックス工房で販売するかも知れないので、宜しくお願いします……では」

「あら? 悪いわねぇ。サクランボって事は、第1ダンジョンのキルシュゼーレでしょ。これも美味しいのよね。

 行ってらっしゃいませ。



 …ん? お菓子なのに、白銀にゃんこで販売するのじゃないの?」


 そんな声が後ろから聞こえたが、俺達は既に改札を通った後だ。マナポーション製と話したら、お菓子として食べられなくなるのは、家のみんなの反応で知っている。ついでに、バラした時の反応も面白い。スティラちゃんにも口止めしつつ、クスクス笑い合って先に進んだ。




 昼過ぎという時間な為、人通りはそれほど多くない。下に降りる青い鳥居……転移ゲートの前には数人が並んでいるだけであった。しかし、今日はスティラちゃんが居るので、1層への階段を下りる。

 下へ降りながら、スティラちゃんと今日の方針について話す。先ずは俺が戦ってみせて、魔物であるストロードールの特徴を見せる。2匹目以降は、スティラちゃんが戦えるようにサポートする。


「俺も試し斬りがしたいから、交互にやって行こう」

「はーい。でも、私も武器が手に入ったんだし、一人でも大丈夫だよ?」

「駄目だ。ストロードールの強さは、一般人……非戦闘職の大人と同じくらい。武器を持ってようやく勝てるレベルなんだから、楽観視出来ないよ。ついでに言うと、そのダガーだと、〈不意打ち〉しなけりゃ斬り難いかもな。こっちの採取バサミの方が強いと思うよ」

「え~、そんなの格好悪いにゃ!」


 口で言っても中々伝わらないようだ。質量の軽いチタン製のダガーでは、威力も低いのは自明の理である。ましてや膂力も低い猫族だとな。まぁ、この辺は実際に体験してもらうほかないだろう。


 1層へ降りた。階段部屋であるここで、ヒカリゴケを採取して携帯ランプに入れ、光源を確保する……のだが、大人用のランプでは少し重い様だ。幸いな事に、猫族は少し夜目が効くらしいので、ランプは俺だけが持つことにした。

 そんなやり取りをしている内に、他の探索者が通りかかる。背負籠にパンペルコール群れキャベツプリンセス・エンドウ巨大エンドウ豆を積んだ、中学生くらいの子供達だ。


「お疲れ様」「お疲れ様にゃ~」

「おっと、ご武運を」「あ、可愛いにゃんこ!」「これから進むの? 頑張ってね! ご武運を~」


 少年少女4人組は姦しくも挨拶を返してくれた。女の子達は、スティラちゃんの頭を撫でてから手を振って階段を登っていく。その後ろ姿を見たスティラちゃんは、興奮したように背負籠を指差した。


「あれって、いつも食べてるキャベツとエンドウ豆だよね! 私も採りたい!」

「今の時間だと、帰り道の採取地には子供達が寄っているから、残っている作物は少ないだろうな。1層2層は最短距離を避けて進みながらストロードールを倒して、3層の採取地に行こう。帰り道は俺の〈ゲート〉で出られるからね」



 逸るスティラちゃんを抑えつつ、脇道に逸れて少し進むと、目当ての藁人形が姿を現した。


「麦畑に立ってそうな奴だにゃ!」


 因みに、こんな奴だ。


【魔物】【名称:ストロードール】【Lv1】

・動く藁人形。殴り攻撃しかないので、大人が武器を使えば楽に倒せる。藁なので打撃は効き難いが、代わりに斬撃武器が有効。試し切りに持ってこい。松明等の火を使えば子供でも倒せる。ただし、釘を打っても倒せないし、呪えない。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:藁束】【レアドロップ:全粒粉】


 先ずはスティラちゃんの手本となるべく、俺もダガー装備で迎え撃つ。ストロードールのワンツーパンチを回避し、伸びて来た藁の腕に、逆手に握ったダガーを突き刺す。そして、腕が戻る勢いに合わせて、こちらも引き斬った。切ったのは、藁を束ねる紐の方である。所詮は藁人形だからな、束ねる紐さえ切ってしまえば、藁がばらけた腕は動かなくなる。


 パンチしか攻撃手段がないストロードールは、残る片腕で攻撃してくるが、バランスが取り難いようで動きは鈍い。パンチを外側へ打ち払い、ガラ空きの懐へ手を伸ばすと、胴体を縛る藁紐を斬り裂いた。続けて首元、頭を縛る紐を切ってしまえば、身体が保てなくなる。バラバラになったストロードールは、残った手足の重さに引かれて倒れ伏した。


 お手本としては良く出来たと思い、スティラちゃんの方へ振り返ったのだが……何故か微妙そうな顔をされてしまう。


「こんな感じで、攻撃を回避しながら各所の藁紐を切って倒すんだ」

「……え~、ズバッと倒すんじゃないの?」

「いや、俺なら出来るけど、女の子の力じゃ難しいよ。紐を切るのが確実なんだ」


 以前観戦した、中学生カップルが使っていた紐切り戦法なので、子供でも出来る事は間違いない。ただ、スティラちゃんの持っている理想は、英雄願望が入っているようだ。脳筋で突っ込んで、バッサバッサと斬り倒すような……防御や回避を疎かにしそうで、ちょっと危ないな。酷なようだが、現実を見せないと。

 ドロップ品の全粒粉を回収し、ついでにストレージからスモールレザーシールドを取り出した。木枠に革を張っただけなので、スティラちゃんでも両手で持てば、使えるそうだ。





「にゃーー、強い! コイツ強いにゃ!」

「真っ正面から受けるとキツイなら、受け流すか回避するんだ!」

「かいひ、回避? ……あっぶな! コイツ、絶対強い奴みゃ!」


 先ずは魔物の危険性を教えるために、盾で攻撃を受け止める訓練をしてみたのだが、予想以上に駄目っぽい。ストロードールのパンチを盾で受け止めると、後ろによろける程なのだ。体格差はあるけれど、藁人形と打ち負けるのは心配になる。その代わり、盾を放り出した後の回避は上手い。にゃーにゃー叫びながらも、身体の小ささを活かして避けきっている。尻尾がぶわりと膨らんでいるので、大分恐怖を感じているようだ。ちょっとだけ、猫虐待のようで心が痛む。


 そして、疲れが見え始めたところで、介入する。〈カバーシールド〉を使うまでもなく、藁の腕を捕まえて捻り上げ、両腕を拘束した。


「はい、お疲れさん。只の藁人形でも魔物だからな。この強さは身に染みたんじゃないか?

 最弱のレベル1でも、子供に取っては脅威なんだから、攻撃を喰らわないように立ち回るんだ。ポーションや回復の奇跡があると言っても、怪我しないのが最優先だぞ」

「……は~い、こんなに強いとは思わなかったにゃ。私は探索者に向いてない?」

「いや、最後の方の回避は上手だったよ。流石、レスミアの妹だな。

 今度は、攻撃を練習しよう。チタンダガーで攻撃してみて。なに、俺が押さえているから、反撃は無いよ」


 攻撃という言葉に、耳をピンっと立てたスティラちゃんは、やり返してやると言わんばかりに、チタンダガーを抜刀する。そして、こちらへ走り込んで来てから、右手を真一文字に一閃……しようとして、藁の胴体に弾かれた。


「みゃ?! 何で斬れないのにゃ?! この!」


 むきになってチタンダガーを右に左に振るが、藁の表面を傷つける程度だ。数本を切れたとしても、両断するには程遠い。

 傍から見ている分には、原因は明白である。


「スティラちゃん、片手じゃ威力が弱いんだ。両手持ちで、藁を縛っている藁紐を狙って振り下ろせ!」

「……っ?! はい!」


 俺のアドバイスを受け、スティラちゃんは大上段に構えてから、両手で思いっきり振り下ろした……のだが、これも藁紐の強度に及ばなかったのか、途中で止まってしまう。若干、涙目になったスティラちゃんが、もう一度やけくそ気味に振り下ろすと、今度こそ藁紐を絶ち切るのだった。


 ただ、胴体を縛る藁紐は、まだある。一カ所に付き2回振り下ろす事で、なんとか初討伐を終えるのだった。



「は~~、強敵だったにゃ~。こんなんじゃ、ミーア姉ちゃんみたいに成れないにゃ~」

「まあまあ、スティラちゃんの体格で、真っ正面から挑むのは難しいのは良く分かったよね。

 ただ、今度は狩猫のジョブを活かして戦ってみよう。レスミアの話を聞いているんだろ。狩猫の真骨頂は〈不意打ち〉だからね」

「あっ! 後ろからバッサリ切る奴にゃ! やってみたい!」


 今泣いたカラスがもう笑った。ヤル気を取り戻したスティラちゃんに、俺が〈挑発〉して気を引いて、〈影縫い〉で拘束している内に、〈不意打ち〉する黄金パターンを練習する事にして、先に進んだ。




 まぁ、〈不意打ち〉しても首は飛ばせず、藁紐2本を切るのがやっとだったのは余談か。どうあがいても、一撃必殺は無理なもよう。



 そんなスティラちゃんの戦闘訓練の合間に、俺も試し斬りをさせてもらった。刀の切れ味は良く、スティラちゃんが憧れた両断も軽々と行える。そして、心なしか直剣よりも、抜刀がしやすい。鞘を滑るようにして抜刀できるので、居合切りがスムーズに行えるのだ。

 その反面、納刀に手間取るけど。これは、慣れの問題だろう。


 気に入ったのが、〈ボンナバン〉を使った攻撃だ。超高速移動&障害物の手前で止まる特性を生かし、敵の目の前に高速で踏み込み、そのまま抜刀居合切りで切り伏せる奇襲技である。

 敵陣に踏み込む危険性はあるものの、〈ボンナリエール〉で後退すれば、一撃離脱も出来る。

 天の龍が翔け抜ける様な技であるが、リスペクトしたのは言うまでもない。いや、誰だって憧れるよな?




 そんな訓練と試し斬りを繰り返して進み、3層の植物採取地へと到着した。ただ、ここも先客が多かったのか、残っている作物は少ない。キャベツの木こと、パンペルコールが2本実っていたので、ギルドルールに従い、1本分だけ採取していく事にした。


【素材】【名称:パンペルコール】【レア度:F】

・1本の枝に群れるように実るため、通称:群れキャベツとも呼ばれる。煮て良し、焼いて良し、生のままでも美味しい万能野菜。


「あ、私が採ったキャベツをお土産にしたいにゃ!」

「それなら、ジョブを職人に替えようか? アイテムボックスが使えるようになるよ」


 俺が収穫すると、いつもと同じだからね。初ダンジョンなのだから、成果が目に見えた方が良いだろう。そう考えて提案し、ジョブを変更する。すると、流石は猫族と言わんばかりに、するすると木に登って行くのだった。


 下の方から採り始め、半分程収穫したところでストップをかけた。上の方は枝が細くて危ないので、〈自動収穫〉する事にする。自分のジョブを入れ替えようとしたところで、ハタと気付いた。ジョブ一覧に【NEW】マークが付いていたのだ。

 逸る心を抑えながら一覧の中を探してみると、下の方、複合ジョブの魔法戦士の下に新たなジョブが追加されていた。


 それは、『剣客』というジョブだった。

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