第430話 鋼鉄製の試作刀

 マナグミキルシュの量産化について話し合った後、俺とスティラちゃんはフェッツラーミナ工房へ向かった。道すがら、手を繋いだスティラちゃんが、早く早くと急かすように引っ張って来る。手を離したら、駆けて行ってしまいそうだ。


「そんなに急がなくても、店は逃げないよ」

「私でも使える武器があるのか、気になるのにゃ。ダンジョンにも初めて行けるし! お義兄ちゃん、早く行こう!」


 事の発端は、フェッツラーミナ工房からの伝言を受け取った時だ。午後にでも行ってくると、他の面々に伝えたところ、スティラちゃんが一緒に行きたいと言い出した。

 兼ねてよりレスミアに憧れて、ダンジョンに行きたいと考えていたらしいのだが、小柄な猫族のお手てに対応する武器が無い。鉄製のダガーでも重いし、持ち手が太くて掴み難いそうだ。そんな折、刃物専門店として近所では評判なフェッツラーミナ工房が気になっていたらしい。


 姉であるレスミアは難色を示した。元より小柄な猫族は、戦闘向きの種族ではないのを心配したからだ。種族専用ジョブが『お昼寝子』な時点で、お察しだろう。

 しかし、自分に憧れているという話と、可愛い妹のおねだりに屈し、条件付きで許可を出した。それは、俺が同伴する事だ。


「いえ、ザックス様も新しい武器を手に入れた時は、ストロードールで試し斬りをするのでしょう?

 スティラも武器を手に入れたら、ダンジョンに行きたいって言う筈です。今、禁止にして、後々友達とダンジョンに行かれるよりは、過保護なザックス様が一緒の方が安心できます」


 ……バレテーラ。

 雷のホーンソードを作り直した、雷のロングソードを手に入れた時にも、内職の合間をぬって、第2ダンジョンの3層で試し斬りをしたのだ。あの藁人形、ちゃんと刃筋を立てて斬らないと、綺麗に斬れないし、ザクッとした斬り応えが試し斬りにはもってこいなんだよな。


 そんな訳で、俺とスティラちゃんの散歩(刃物店経由ダンジョン行き)と相成った訳である。

 因みにレスミアはというと、明日販売予定のケーキ作りが押している為、そちらを手伝うらしい。なんでも、キルシュゼーレを使った新作サクランボタルトに独自性を出そうとアレコレ試していたら、時間が無くなったそうだ。

 俺が試作したマナグミキルシュに対し、ベアトリスちゃんが口を挟んできたのは、研究モードだったせいらしい。




 貴族街への勝手口から、防壁沿いに北へ向かって歩く。街の中央寄りは住宅街であり、外側へ行くほどに工房が増えて行く。様々な工房の独特な臭いがする区画だな。それから程なくして、小さめの店舗である刃物店フェッツラーミナ工房へと辿り着いた。店に入る前に、屋根の上の煙突を確認する。煙は出ていないので、鍛冶仕事中ではないようだ。あのトカゲ親方ときたら、鍛冶仕事を始めると止まらないからな。



「わぁ! 包丁がいっぱい!」


 店に入ると、スティラちゃんがカウンターへと駆け寄った。カウンター奥の壁に展示してある、沢山の包丁や武器は壮観だからな。気持ちは良く分かる。ただ、展示してある部分には、歯抜けが目立つ。1割程度だけど……

 すると、その声に反応したのか、奥から女将さんが顔を出した。赤い鱗が手や各部に生えた蜥人せきじん族のラーミナさんだ。


「いらっしゃいませ。あら、白銀にゃんこの看板にゃんこじゃない。そっちのザックスは久しぶり……伝言は届いたようね」

「こんにちは。ええ、試作品が出来たと聞いたので、受け取りに来ました。リウスさんはいらっしゃいますか?」

「ちょっと待ってね、今呼ぶわ。

 あなた! ザックスが来たわよ! 試作品を持ってきな!

 ……そうそう、試作品は1本200万円だから、買って行ってね。ホント、貴方が刀の依頼を持ってきてから大変なんだから。少しでも時間があれば、試作を始めるし、鉱石を湯水のように使うし、他の商品の在庫が足りなくなるくらいだったのよ。

 いえね、本当は一週間前くらいに試作品は出来ていたんだけど、ウチの旦那が『出来映えは悪くないが、もっと改良出来る!』なんて、研究を続けちゃうし……」


 カウンターに頬杖を付いたラーミナさんは、長々と愚痴を言い始める。それも、どうやら旦那のリウスさんが、刀に熱中し過ぎるのが原因なようで……ただ、真剣に取り組む表情が、新婚当初を思い出して格好良いらしい。途中から惚気になっていた。

 話が長くなりそうなので、一段落したところで、スティラちゃんの相談を割り込ませてもらう。


「そうねぇ……猫族でも持てるような、軽い武器なら有るわよ。子供向けや小柄な種族用に作っているからね。

 ほら、こっちにおいで。この辺が小さめだから、手に合うのを探してあげるよ」

「はーい、お願いしますにゃ~」


 カウンターの端の方へ行き、棚を物色すると数本のナイフを取り出して、手招きした。

 丁度、奥の扉から赤いトカゲ……蜥蜴せきえき族で工房長のリウスさんの姿が見えたので、スティラちゃんはラーミナさんに任せておいた。



「キタか、ザックス……まだ未完成なのダガナ。しかし、出資は助カットル。コイツが、一番出来のヨイやつダ」

「それは、どうも。納期を指定しなかったとはいえ、依頼なのですから、途中経過くらいは見させて下さいよ」


 製法の確立を含め、『刀を1本』という発注をしているので、納期は指定しなかったのだ。ただ、あまりにも音沙汰がないと心配になるのも、事実である。

 トカゲな顔なので表情は読めないが、何となく不本意だと言いたげな感じで、1本の刀をカウンターへ置いた。

 それは、緩い曲線を描くその武器は、確かに日本刀である。リウスさんの目標である『焔祓いの刀』を真似たのか、黒い鞘に、装飾が施されたつば、赤糸が巻かれた蛇腹模様の柄など、共通点が見られた。



【武具】【名称:耐火の刀】【レア度:D】

・鉄製でありながらも、独自の製法で鋼へと鍛えられた刀。特殊な構造をしており、非常に折れ難い特徴を備えているが、下手に扱うと刃が欠けやすいので注意が必要。ウーツ鋼製に及ばないが、その切れ味は非常に鋭く、鉄製防具すら両断するだろう。また、柄に巻かれた魔物素材の糸により、多少の耐火性能を備えている。

・付与スキル〈火属性耐性 小〉



 名前が『刀』になっているので、依頼は達成されたようなものであるが、リウスさんは納得していないようだ。『ウーツ鋼製に及ばない』のと、レア度がDなのが、原因だろう。目標の『焔祓いの刀』はレア度Cで『ウーツ鋼に匹敵する』だからだ。


【武具】【名称:焔祓いの刀】【レア度:C】

・鉄製でありながらも、独自の製法で鋼へと鍛えられた為、切れ味はウーツ鋼製に匹敵する。また、火属性を備えており、浄化の炎をもって、怪異を祓う。

・付与スキル〈烈火〉〈祓い〉〈火属性耐性 大〉


 一言断ってから鞘から抜き、刀身を見させてもらう。鞘からスラリと出てくる鏡面仕上げな刃に、思わず見とれてしまう程。緩やかな曲線を描く姿は、まさしく日本刀である。ただし、刃文が太いかな? 刀身の半ばまである。そこを指摘すると、まだ研究中な部分だそうだ。


「ウム、焼き入れの時間ヤ、塗る土の種類を変えて試しているノダ。柔らかい鉄を、固い鉄で挟み込んで鍛える事で、折れ難くはなったが、まだヨワイ」

「そこら辺は、引き続き研究をお願いします。

 どれくらい壊れやすいのかも、実戦で試す事も必要でしょう」

「ソコまで言うのなら、仕方ない。そいつは持ってイケ。

 チョット待っていろ、手入れ方法をオシエル」


 リウスさんが奥に道具を取りに行ったので、その隙に改めて刀を見させてもらう。現代でも刀は美術品としても人気があると聞くが、良く分かる気がするな。優美な曲線を描く刃は、美しい。曲刀ならばテイルサーベルを持っているのだが、日本刀に特別な拘りを感じるのは、浪漫か郷愁か。

 納刀してから左手に持ち、鯉口を切ると時代劇な気分になって来た。流石に店内で振り回す訳にはいかないので、ゆっくり抜刀と納刀を繰り返してみる。直剣に比べると、抜刀がスムーズに行えるが、納刀はまだ少し慣れないな。このまま、抜刀居合切りをしてみたくなるが、我慢をして先に試しておく事を思い出した。


 刀の切っ先にランク0魔法の魔法陣を展開する。そして、こっそり魔剣術を発動させた。すると、刀身が薄っすらと緑色の光に包まれる。一旦、鞘に納めてから、改めて抜刀するが、魔剣術は掛かったままだ。


 ……良し、魔剣術の〈エレメント・ソードガード〉があれば、簡単には壊れないだろう。

 耐久試験としては抜け道が過ぎるが、先ずは俺が刀の扱いに慣れるまで、壊れてもらっては困るからな。


【スキル】【名称:エレメント・ソードガード】【パッシブ】

・魔剣術を発動中、敵の攻撃を受け止める、もしくは受け流す際に、武器が破損し難くなる。

 効果が発動すると、剣に込めた魔力を少し消耗する。


 魔力を消耗したら、刃が欠けたのと同義と思えば、データ取りや取り扱いの見直しは出来るだろう。

 ただし、魔剣術を使う上での問題点も出て来た。それは、鉄製であるが故に、魔力が通し難いのだ。魔剣術を解除してから、改めて切っ先にランク3魔法陣を展開する。

 やはり、流し難い。スポンジが詰まったストローで、水を押し込むような感覚は久しぶりだ。最近は黒魔鉄やウーツ鋼が主流になっていたので、余計にもどかしく感じる。

 戻って来たリウスさんに対し、その辺を説明してから、別の依頼を持ちかける事にした。


「魔法も併用して戦うなど、酔狂ダナ」

「そういう戦法もあるのですよ。なので、魔力の通りが良い刀を1本発注させて下さい。報酬は500万円で、素材の黒魔鉄鉱石とウーツ鉱石を提供します。

 特に黒魔鉄なんて、鉄の類似品なのだから、同じ製法で作れるかも知れません。それに、他の武器に良くあるように、黒魔鉄を心材にして、外側をウーツ鋼にするとか。

 鋼鉄を鍛えてウーツ鋼に匹敵するのならば、ウーツ鋼を鍛え上げれば更に強くなるかも知れないじゃないですか。もしかするとミスリルに匹敵したりして……」

「ホウ、それは面白い。イイだろう、素材をありったけ置いてイケ」


 黒い刀とか中二病っぽくて格好良いとか、刀にウーツ鋼の波模様の刃文が浮かぶのは恰好良い、なんて話していたらリウスさんも乗り気になったようだ。トカゲ顔の口角を上げて凶悪な笑みを作ると、素材を要求してきた。手持ちの黒魔鉄鉱石とウーツ鉱石をストレージから取り出すと、数も数えぬままアイテムボックスに回収して「発注書はラーミナに頼ム」とだけ言い残して、奥の工房へと行ってしまった。



 取り敢えず、カウンターを借りて発注書を作成する。そして、未だに武器選びに難航しているスティラちゃんの元へ行き、付き添っているラーミナさんに事情を話しておいた。ついでに、以前の依頼は完了として、耐火の刀を200万円で購入する旨を伝える。

 すると、ラーミナさんはガントレットのような鱗が生えた手で、同じく首元の鱗を叩く。考え込んでいる仕草なのだろう。コンッ、コンッ、コンッと小気味良い音が続いたのちに、大きな溜息を吐く。


「本当に、仕方のない人ねぇ。また、工房に籠る日が増えそうだよ。

 いえねぇ、ウチの設備じゃミスリルは加工出来ないし、ミスリル鉱石が手に入るような伝手も無いからね。対抗心が芽生えたんでしょ。

 しょうがない、受諾したよ。それにしても、今度は500万円とか、本当に白銀にゃんこは儲かっているんだね。アタシも何度か朝に並んでいるよ。ケーキも美味しいけど、何より噂の浄化のカードってのが欲しくてねぇ。ほら、アンタも奥に入って仕事をしたから知っているでしょ」


 鍛冶工房だけに汚れが酷いというアピールが続いたのだが、それだけ言われれば俺でも察する事は出来る。要は〈ライトクリーニング〉の銀カードが欲しいのだろう。実質の経営者であるラーミナさんを懐柔しておいた方が、俺に取っても都合が良い。新しい依頼の提供資材として銀カードも記載して、3枚ほど差し上げるのだった。

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