第429話 マナグミキルシュ

 なめこローションを作成した後は、アトリエに戻って再チャレンジする。ただ、踊りなめこの分量が分からないので、適当に当たりを付けつつ創造調合する。成功したのは2回目、『トロトロ』なんて名前が付くくらいなので、マージキノコの倍量を入れてみたところ、漸く青い光を放ち、青い煙を吐き出した。


 煙が収まると、錬金釜の中には半透明な液体が出来ている。マナポーションは白っぽいので、何処か作り方が違った可能性もあるな。混ぜ棒で少し搔き混ぜてやると、抵抗がある。引き上げてみると、蜂蜜の如く糸を引いた。それを、1本分だけ、薬瓶に詰めてみる。



【薬品】【名称:トロトロマナポーション】【レア度:C】

・MPを回復させる薬品。高濃度のマナを人体に取り込みやすく調合されているが、回復には時間が掛かる。

 また、蜜リンゴの甘さで飲みやすくなっているが、粘性が高く飲み難い。MP+20%(5分)

・錬金術で作成(レシピ:歩きマージキノコの幼体+魔水晶+蜜リンゴ+踊りなめこ)



 おや? MPの回復量が25%から20%に減っている。元の基本レシピのマナポーションが30%なので、トロトロレシピ25%→自作トロトロ20%と、効果が三分の二へ落ち込んでしまったか。

 なかなか難しいな。プロがレシピに書かなかった工夫があったに違いない。

 いや、素人がレシピを改変して作れただけでも、進歩だと思っておこう。


 薬瓶に詰めた自作トロトロマナポーションを飲んでみようとするが、中々出てこない。味自体も甘いので、蜂蜜の類似品と思えてくる。風邪シロップみたいな味のマナポーションよりは、断然美味しくなっているが、飲み難いのは致命的である。フィナフィクスさんが言っていたように『口広の瓶に詰めて、蜂蜜と思って食べて下さい』が正解だな。ダンジョンでパッと飲めない&スプーンを準備していないといけない、という点に目を瞑ればだけど。



 さて、レシピ再現は完了した。ここからは俺のアイディア……いや、正確にはゲームの再現をしてみよう。

 30本分のトロトロマナポーションを、3つの小鍋に分ける。そこに、お湯で溶かしたゼラチンを投入して搔き混ぜる。3つに分けたのはゼラチンの濃度違いだな。

 そう、粘度があって飲み難いのであれば、ゼラチンで固めてグミにしてしまえば良かろうなのだ!

 回復アイテムと言えば、グミだよな! 丁度、(蜜)リンゴを使っているし!


 混ぜ終えた物は、冷えやすいようにチタン製の金属パレットに移し替え、白銀にゃんこの大型冷蔵庫に入れておいた。そして、冷え固めている間に、トロトロマナポーションを再度創造調合してから、レシピ登録をしておく。これで、量産したくなっても大丈夫。ついでに、白銀にゃんこの商品も追加で調合しておいた。




 2時間後、冷蔵庫から取り出してみると、一番多くゼラチンを入れた物が良い硬さに固まっていた。触っても指に付かないし、弾力も良い感じである。他の二つは、柔らかいゼリーと、硬めのゼリーだな。これはこれで、美味しそうではあるが、ダンジョンで気軽に食べられる物ではない。後で、火に掛けて溶かしてから、追加でゼラチンを入れて固めよう。


 パレットに入ったまま、格子状に包丁を入れれば完成である。贅沢を言えば、四角ではなく丸っこい方がグミのイメージに合うけれど、固める型が無いので仕方ない。



【食品】【名称:マナポーグミ】【レア度:C】

・甘く作られたマナポーションを、ゼラチンで固めたお菓子。手軽に食べられるのが売り。

 よく噛んで食べると、それだけMPの回復が早まる。

・バフ効果:MP回復6%(2分)、MP自然回復力小アップ

・効果時間:5分



 料理人をセットしていたので、バフ料理になったようだ。ちゃんとマナポーション由来のMP回復効果も付いている。回復力が6%にまで減ってしまったが、それは一粒の容量が少ないせいだろう。薬瓶に詰めた場合と比較してみると、大体3粒で同じくらいか……いや、それでも18%だから減ってるじゃん。ゼラチン用のお湯を足したから薄まったか?


 実際に食べてみると、グニグニとした食感が心地よい。暫く噛んでいると、細かく小さくなり、溶け出した甘さが口に広がる。

 ……ふむ、悪くない。マナポーション味のグミだな。お菓子としては、ちょっと物足りないが。日本にあった果物系グミと比べると、多分香料が足りないな。何か果物の果汁でも足してみるか?

 いや、それをすると、更にMP回復量が減りそうだ。


 MPの回復がてら、何個か摘まんで食べながら、考えを巡らせる。すると、目に入ったのは固まりが不完全なゼリータイプのパレット。そして、先程キッチンに行った際にデボラさんが切っていた果物たちを思い出す。


 ……フルーツゼリーみたいに、中に果物を入れるのも良いか!


 早速、残り2つのパレットの中身を小鍋に移し、魔道コンロに火を点けて溶した。そこに、足りない分のゼラチンを投入して、最初と同じくらいの固さになるよう調整する。後は、2つのパレットに戻して、果物を投入するだけだ。


 真っ先に合うと考えたのは、昨日採れたばかりのキルシュゼーレだ。ゼリーにはサクランボが付き物だからな。茎付きのままの方が、女性受けが良いと考え、パレットの外側に茎が出るように並べた。茎付きサクランボが丸ごと入ったグミなんて、想像するだけで面白い。

 パレットの外周部にはキルシュゼーレを並べ、空いた内側には各種果物を投入した。緑のプラスベリーに、赤紫色のプラスベリーは小さいので、2,3粒が固まる様に入れる。環金柑は一口大なので少し大きい、四分割にして入れた。桃味のジャガイモことカルトネクタルは……火を通さないといけないし、在庫が少ないので勿体ない。蜜リンゴは……甘すぎだな。普通のリンゴを角切りにして入れよう。


 そんな感じで果物を投入し、冷蔵庫に入れて固まるのを待つばかり。時間的に昼食のデザートに出して、皆の意見も聞いてみるのも良い。

 昼食まで少し時間はあるので、綿菓子用の魔道具の構想を練る事にした。




 白銀にゃんこの午後の営業は13時からなので、家の昼食は少し早めに取っている。その昼食後のデザートに、果物グミの試作品として出してみたところ、そこそこの評価を得る事が出来た。


「わぁ! 綺麗なお菓子だにゃ! 私はサクランボから……うま~」

「スティラちゃん、それ高いって言ってたサクランボだよね……私はベリーのを頂きます。

 あ、こっちも美味しい」


 パートタイムの二人にも賄いとして、昼食を提供している。特にデザートには試作品のお菓子が並ぶので、その品評も兼ねているからだ。今日は俺が割り込んだ形になったけどな。

 まだ日が浅いピーネちゃんは遠慮がちに手を伸ばしていたが、直ぐに顔を綻ばせた。


「サクランボの茎が、付いたままなのが可愛いよね~。ザックス君もやるな~。トリクシーも、うかうかとしてられないかも?」

「あら、ホント、美味しいわね。

 それにしても、オーナーさんって錬金術師と聞いていたのだけど、お菓子の試作もするのね。あの若さでお店を持つ子は違うわねぇ。ウチの子とは大違いよ」


 サクランボの茎を摘まんで、グミの外観を眺めてから食べるのはフロヴィナちゃんと、デボラさんだ。どうやら、試作品と言ってデザートに出した為、お菓子と勘違いしているみたいである。元がマナポーションとは気づかれていない。

 しかし、試作品と聞いて、品評する気満々な料理人コンビからは、厳しい意見を頂いた。


「ゼラチンをムースやテリーヌではなく、固めに作り果物を入れるアイディアは面白いですね。でも、断面が些か見苦しいです。果物が潰れてしまっているではありませんか。綺麗に見せたいのならば、ゼラチン層に閉じ込める様に果物を等間隔で入れるか、断面が潰れないように良い包丁で切るか。

 後は、味の方で、甘さの奥に隠れているのは……キノコですか?」

「あ、午前中の踊りなめこ!? ……でも、なめこ自体は、お昼のリゾットに入れたよね? なめこのヌメリだけでは、味は強くないと思うよ。

 それ以前に、ザックス様は午前中にレシピ登録と自作マナポーションを作るって言っていました。もしかして、歩きマージキノコですか?

 ちょっと失礼して、〈初級鑑定〉! 名前は、マナグミキルシュ……マナって、もしかして!?」


 ここまで、駄目出しと分析をされるのは怖い。ほぼほぼ、見抜かれたようなので種明かし。


「レスミアが正解だね。甘めに作ったマナポーションをゼラチンで固めたのさ。試作してみたら、お菓子みたいに見えたから、果物を入れてアレンジしてみたってとこ」


 マナポーション製と知らせた途端に、場が静まり返った。グミに伸ばしていた手が止まり、マジマジと観察するようになる。


「え?え?! マナポーションって物凄く高い薬だよね?」

「うん、白銀にゃんこには無いけど、錬金術師協会で見たにゃ。確か、1本5万円……」

「5万円!?」

「あー、いや、回復量は落ちて1個6%しか回復しないから、五分の一。単純計算で1個1万円ってところかな」

「十分、高いですよ!」「ザックスお義兄ちゃんは、お金持ちだから大丈夫にゃ。この間も……」


 ピーネちゃんが値段を聞いて、オロオロと慌て始めたので、スティラちゃんがフォローに入ってくれた。デボラさんも目を丸くして驚いていたが、ウチのメンバーは多少ざわついた程度。今までも銀カードとか爆弾級な案件があったから、慣れてしまったようだ。

 おっと、念の為、〈詳細鑑定〉も掛けておこうか



【食品】【名称:マナグミキルシュ】【レア度:C】

・甘く作られたマナポーションを、ゼラチンで固めたお菓子。中にキルシュゼーレを閉じ込めてあり、見た目が華やかに、美味しくなった。手軽に食べられるのが売り。

 よく噛んで食べると、それだけMPの回復が早まる。

・バフ効果:MP回復10%(3分)、MP自然回復力小アップ

・効果時間:5分


【食品】【名称:マナグミベリー】【レア度:C】

・甘く作られたマナポーションを、ゼラチンで固めたお菓子。中にプラスベリーを閉じ込めてあり、見た目が華やかに、美味しくなった。手軽に食べられるのが売り。

 よく噛んで食べると、それだけMPの回復が早まる。

・バフ効果:MP回復6%(2分)、風耐性小アップ

・効果時間:5分



 なんか、入れた果物で差が出来ている。サクランボだとMP回復力が10%にアップしているから、3粒でマナポーション1個分。つまり、1万7千円弱となる。グミ1粒で、この値段は無いよなぁ。

 この鑑定結果も話してみると、更にざわめきは大きくなった。




「ただいま戻りました。商業ギルドの会議が長引きまして」

「ああ、お帰り。先に昼食を取らせてもらったよ。ベアトリス、フォルコ君の昼食を準備してあげて」

「はい、取り置いてありますから、直ぐに用意します」

「こちらの首尾は上々ですよ。屋台の出店場所は良い場所が取れました」


 フォルコ君は、年末年始のお祭りの打ち合わせとして、商業ギルドへ赴いていたのだ。店長の仕事だな。俺にとって面倒な手続きだとか、税金の計算と手続き等を任せられるので、非常に助かっている。


「白銀にゃんこの場所は平民街ですが、第2ダンジョンギルドの直ぐ前です。銀カードの売り上げに対する税金分と、ケーキが評判になっているのが、決定的でしたね。商業ギルドとしても、話題の店を目立つところに配置したかったようで……それで、こちらは何を盛り上がっているのですか?」


 各種カードは伯爵家や王族へ直接納品している物であるが、建前上は『魔道具屋ザックス工房&お菓子屋白銀にゃんこ』としての売り上げである為、商業ギルド経由で伯爵家へ税金を支払わなくてはならない。そして、先日レシピ購入で散財した金額からも察する事が出来ると思うが、売り上げが凄い。つまり、納める税金も跳ね上がり、商業ギルドの覚えもめでたくなったようだ。

 白銀にゃんこは祭りの期間中、最初と最後の2日ずつしか出店しない。真ん中の4日間については、他の店が日替わり出店する事で、「新参者」なんて反発も少なかったらしい。


 そして、新しく開発したマナポーグミ、改めマナグミキルシュを説明すると、フォルコ君も喰い付いた。


「新商品ですね! 丁度、お祭りの目玉が欲しかったところなのですよ。いえ、コカ肉の唐揚げも美味しいのですが、真似しようと思えば真似出来てしまいますからね。マナポーションが材料という錬金術師にしか使えない商品は強いですよ。

 少々、値段が張りますが、お祭り価格と貴族街基準の値段と思えば……そういえば、原価計算はされましたか?」

「いや、ついさっき作ったばかりで、まだだ」

「それなら、計算してみて下さい。マナポーションが高いのは、レシピ代が加算されていると聞きます。市場を荒らさない程度に値段を下げる事も出来ますし、開き直って貴族のお嬢様方を狙う高級路線にも出来ますね。オーナーの方針次第ですよ」


 なるほど、一理ある。最初の閃きはゲームの再現であるが、理由を付けるとするならば、ソフィアリーセ様が持ってきた緊急依頼に絡んで、手軽なMP回復手段欲しい&ソフィアリーセ様が喜びそうなお菓子型マナポーションと言ったところなのだ。

 白銀にゃんこで販売するにしても、客層が違うと思っていたが、騎士の叙勲式で宣伝してから貴族の探索者も来店していると聞く。高級路線も、意外と有りなのかも?

 そんな話で盛り上がっていると、フォルコ君の昼食を持ってきたベアトリスちゃんも参戦してきた。


「はい、お待ちどうさま。

 それなら、料理長の私からも一言、良いですか?

 日持ちしないお菓子ではなく、マナポーションの代わりとして携帯するのであれば、日持ちが重要になります。生の果物ではゼラチンに閉じ込めたとしても、数日が限度でしょう。ここは、ドライフルーツにするか、砂糖で煮込んでジャムかコンポートにしては如何ですか?」

「あ、それなら、見た目重視で形が残るコンポートが良いと思いますよ。このゼラチンに包まれたサクランボの可愛さは、目を引く事、請け合いですから」


 そんな感じで話し合いは続いた。熱中し過ぎたせいか、昼食をそっちのけで話していたフォルコ君が小言を言われる一幕があった程度である。慌てて食べ始めるフォルコ君だったが、唐突に話を変えて来た。それは、俺に取って待ちに待った報告であった。


「そう言えば、フェッツラーミナ工房から返事が来ましたよ。例の武器の試作品は出来ているそうです。ただ、『取り扱い方法や手入れの仕方を教えるから、取りに来い』と」


 ……刀が完成したか!!

 午後はマナグミキルシュの改良や、綿菓子機の開発に取り組むつもりだったけれど、キャンセルしてフェッツラーミナ工房へ行こう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る