第428話 レシピ登録と新作マナポーション開発

 翌日、ダンジョン攻略は休みであるので、フィオーレは朝早くからレッスンを受けに劇場へと出かけて行った。もちろん、レスミアとベアトリスちゃんが作ったお弁当を持って行っている。ついでに、デザートとしてサクランボこと、キルシュゼーレを20粒ほど持って行った。あれ、〈相場チェック〉をすると、一粒300円もしたからなぁ。高級なデザートである。まぁ、味は間違いなく美味しいし、高級カフェで使われているくらいなのだから、それくらいが相場なのだろう。あそこはケーキも高かったからな。

 昨晩、あまりにも気に入ったのかフィオーレが馬鹿食いするので、一食毎の個数制限を掛けた。今日の昼に持って行ったのも、その制限内と主張したためだ。もちろん、料理人コンビも沢山欲しいと言うので、フィオーレの分は俺の取り分から分けた次第である。


 それと、言うまでもなく黒や紫に熟した物(酒)はベルンヴァルトも欲しがったので、取り分として半分渡しておいた。昨日も沢山飲んでいたし、俺も味に興味があったので晩酌に付き合った。俺的には赤紫色のキルシュゼーレはカクテルのように甘めで美味しかったな。ジョッキに入れて潰し、星泡のワイングラスで作った炭酸水を入れれば、美味しいサクランボカクテルになる。ただ、紫色になるとアルコールがキツくなり、甘味が減る。黒色に至っては、サクランボの香りがする蒸留酒だな。俺にはキツい。

 まぁ、酒に強いベルンヴァルトは、どれも美味い、美味いと飲むわけだが……赤紫色のキルシュゼーレをそのまま齧るのには、驚いた。甘いだけの赤色よりも美味いと、酒臭い息を吐きながら熱弁していた。ただ、そんな酒豪なベルンヴァルトでも、黒色のキルシュゼーレをそのまま食べるのは一粒でギブアップした。そりゃそうだ、ジョッキ一杯の蒸留酒を一口で食べるのと同義だからな。




 朝食後、俺は自分のアトリエに籠る事にした。先日買って来たレシピの登録をしなければならないし、オリジナルマナポーションも開発したいからである。

 レシピを自分の控えに書き写してから、登録に取り掛かる。錬金釜にレシピが書かれた紙と完成品サンプルを投入するだけなので、簡単だ。そのまま、自分でも調合してみて、問題が無いか確かめる。身体を冷やすフリッシュドリンクは1回分の10本、身体を暖めるヴァルムドリンクは冬場なので多めに30本作製しておく。女性陣が欲しがるかも知れないし、もっと寒くなったら白銀にゃんこで販売しても良いかも知れない。

 戦闘時の切り札である加速剤と激昂薬も10本ずつ作成。こちらは各自に持たせるだけで、販売する予定はない。客層的にメイドさんや使用人が使う物ではないからな。

 むしろ、需要があるのは、こっちらしい。



【薬品】【名称:ムスケルナート精力剤】【レア度:C】

・栄養豊富なムスケルナートとカロリー満点なスタミナッツを、踊りなめこの粘液で強化した薬品。疲れ切った身体への栄養補給に、頑張りたい夜に飲むと効果抜群。一晩中、頑張れるかも? ただし、飲み過ぎには注意。

・錬金術で作成(レシピ:ムスケルナート+踊りなめこ+スタミナッツ+薬瓶)



 〈相場チェック〉では1本5千円。そこそこ高いが、レア度を考えれば安い方か。ダンジョン向けなマナポーションは5万円、加速剤2万円な世界だからな。女性陣のお勧めで買った事であるし、白銀にゃんこに置くように、購入した素材分だけ量産しておこう。いや、赤いホウレン草なムスケルナートの物珍しさから、レスミアに狙われていたのだ。普段の料理に使うには、ちと高いので、採取できるようになるまで待ってもらっている。火山フィールドで採れるらしいので、それほど遠くはない。



 続いて、爆弾を作るのだが、前提となる材料作りを含めて3つ分のレシピを登録した。爆裂玉の素材である『破裂の実』は、第2ダンジョン25層辺りに登場した、暴れ非牡丹……デカい方のサボテンのドロップ品である。殆ど使い道が無かった&買い取りも安いので死蔵していた為、使い道があって良かった。



【魔道具】【名称:錬金炭【レア度:D】

・錬金調合を用い、燃石炭を火属性マナで強化した特別な炭。普通の炭よりも、高温で燃える為、鍛冶や爆弾等に使われる。

・錬金術で作成(レシピ:燃石炭+火晶石)


【魔道具】【名称:爆裂玉【レア度:D】

・爆発物を錬金炭とピュアオイルで強化し、威力を上げた爆弾。魔力を注いでから数秒後に爆発して、小周囲に火属性ダメージを与える。ただし、初級属性ランク3魔法の代用になる程の威力は無い。

・錬金術で作成(レシピ:ピュアオイル+破裂の実+錬金炭)


【魔道具】【名称:落石ボム】【レア度:C】

・爆裂玉を土晶石で強化し、火力を上げた爆弾。爆発した地点から一定範囲に瓦礫を撒き散らし、土属性ダメージを与える。その威力は初級属性ランク3魔法に匹敵する。また、瓦礫として鉄鉱石が使われており、少しだけ威力が上がっている。

・錬金術で作成(レシピ:土晶石+爆裂玉+鉱石系(鉄鉱石))



 アリンコ鉱山で土晶石が多く手に入るので落石ボムを選んだのだが、結局火晶石まで必要になっていた。まぁ、火晶石一つで20個の錬金炭が作れるため、手持ちの分だけでも十分な数は作れるだろう。

 魔水晶のレア物なだけに、今までの採掘で手に入れた物は売らずに確保していたのが功を奏した。多分、墓場フィールドで使うのがメインになるので、1層だけなら大丈夫だろう。



 大トリはマナポーションである。こちらも、少し先の雪山フィールドで手に入る『氷結樹の実』を、錬金術師協会の素材販売カウンターで購入済みだ。見た目はピンク色のハスカップである。何故か、果物なのに冷たいのが特徴だ。これが実る氷結樹の別名は、『アイスの木』らしい。貴族の間では、夏場に人気な果物なのも頷ける冷たさである。こちらも、レスミアに狙われて……以下略。

 購入したのは、30本まとめて作れるレシピなので、1回作っておけば、暫く大丈夫だろう。


『No93 マナポーション×30本 MP+30%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実+蜜リンゴ+薬瓶』


【薬品】【名称:マナポーション】【レア度:C】

・MPを回復させる薬品。高濃度のマナを人体に取り込みやすく調合されているが、回復には時間が掛かる。

 蜜リンゴの甘さで飲みやすくなっている。MP+30%(5分)

・錬金術で作成(レシピ:歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実+蜜リンゴ+薬瓶)



 さて、本題はここからだ。

 重要なのは、錬金術師協会で見たカタログ情報である、氷結樹の実を使わない代替レシピだ。ただし、レシピは購入していない。

『No97 トロトロマナポーション×10本分 MP+25%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+蜜リンゴ+踊りなめこ』

 これに合わせて、『No93 マナポーション×30本』のレシピに記載してある方法を改変して、自力でトロトロマナポーションを作ってみようという試みである。


 レシピによると、

『歩きマージキノコの幼体は、乾燥させてから粉末化して、煮出す』

『魔水晶は、そのまま調合液に溶かし、高濃度のマナとする』

『氷結樹の実は冷凍状態のままミキサーに掛ける』

『蜜リンゴはエグミを出さないよう、皮と芯を取り除く』

……

 等々が、調合手順として書かれている。

 ここで、氷結樹の実の代わりとして踊りなめこを加えるだけで、改変が出来るはず。取り敢えず、同じキノコなので、〈フォースドライング〉で乾燥させて〈パウダープロセス〉で粉末化するパターンで良いだろう。

 先ずは軽く水洗いして、ぬめりと汚れを取ってから、〈フォースドライング〉を掛け、試作を始めた。




 しかし、創造調合を試したものの、3回失敗。ゴーストペッパーの時の様に、粉末化が甘かったのかもと念入りに粉にしてみたり、蜜リンゴを生のままでなく火を通して蜜にしてみたり、踊りなめこをそのまま入れてみたりしたが、敢え無く失敗だ。

 そして、トロトロマナポーションという名前から、踊りなめこのヌメリが付いたまま投入してみたが(土埃等の汚れだけ拭き取った)、これも失敗。これ以上は、アイディアが出てこなかったので、料理の専門家を訪ねる事にした。



「踊りなめこのヌメリを活用する方法ですか?

 ええ、もちろんありますよ。そういった、とろみを利かせたスープもありますからね」


 貴族料理を勉強しているベアトリスちゃんに尋ねたところ、あっさりと答えが返って来た。ケーキ作りが一段落したところで、教えを乞う事になる。

 キッチンでは4人がケーキ作りを分担して行っていた。仕上げ作業を行うのはベアトリスちゃん。オーブンを担当しているレスミアに、果物を飾り切りしているデボラさん。そして、洗い物等の雑用に忙しいピーネちゃんである。

 デボラさんとピーネちゃん母娘は、ナールング商会から派遣されて来たパートタイムだな。折角なので、ベアトリスちゃんが一段落するまでの間に挨拶をさせてもらった。


「初めまして~。若いオーナーさんと聞いていたけれど、本当に若いわね。私の息子と同じくらいじゃない。

 娘共々、宜しくお願いします」

「わ、私も宜しくお願いします」


 デボラさんはアラサーくらいの、おっとりした感じのお姉さんだ。長めの大きな三つ編みが、お母さんって感じを醸し出している。その娘のピーネちゃんも、それを真似ているのか、赤ピンク色の髪を三つ編みにしている大人しそうな女の子である。

 洗い物をしているピーネちゃんと、軽く雑談させてもらったところ、元々スティラちゃんの友達なのだとか。スティラちゃんから白銀にゃんこでバイトをする話を聞いていたところに、母親に働き口の誘いが来て、自分も働きたいと便乗したそうだ。


「家が近所なので、白銀にゃんこには開店から通っていました。私も美味しいお菓子が作れるベアトリス料理長みたいに、なりたいです」


 なんて、憧れの目でベアトリスちゃんを見るピーネちゃんだった。釣られて俺も振り向くと、丁度一段落ついたベアトリスちゃんと目が合った。そして、隣のキッチン台へ移動しながら指示を出す。


「ピーネ、ここの片付けをお願い。その後は焼き菓子の量産に入るから、上質な小麦粉を量って分けておいて。

 ザックスさん、隣の台で踊りなめこの使い方を教えます」

「はい!」


 指示されたキッチン台に行き、ストレージから踊りなめこを取り出す。そして、改めてベアトリスちゃんにお願いをする。ちょっとだけ、揶揄い気味に。


「では、料理長、ご教授お願い致します」

「……お店を始める時に決めた、役職と言うだけですよ。私だって、本当はまだ見習いレベルなのに」

「あ~、すまん。でも、毎日美味しい料理を食べられるのは感謝しているよ。レスミアも、ベアトリスと一緒に料理するのが楽しいって聞いているし。家にいる間は、料理長で良いんじゃないか?」


 いつかは、アドラシャフト伯爵家に戻るかも知れないが、今は俺が雇っている訳だからな。ついでにレベルも上げて、料理人のサードクラス、料理長にしてしまえば、名実共に料理長に違いない。そんな話をしてやると、「無駄話はこれくらいにして、始めますよ!」と、流しでお鍋に水を張り始める。ただ、頬に少しだけ朱が差しているので、テレているだけだろう。


 またしても、不意に視線を感じて振り向くと、オーブンの様子を見ていた筈のレスミアが猫耳をピコピコさせながら、こちらを見ていた。その様子に、俺はハッと気付いて、首を振る。

 ……いや、口説いてなんて、いませんよ。

 ……聞こえていたので、分かっていますよ。

 と、聞こえる様な笑顔を返された。いや、本当に褒めていただけなのだが、女性の勘は怖い。



 踊りなめこの処理は、最初に軽く水洗いをして土埃を落とす。〈自動収穫〉で収穫した物でも、元々粘液に土がついていたりするからだ。そして、綺麗になった物を、水と共に鍋に入れる。水に沈みながらも、くねくね踊るキノコは生きているよう。


「分量は、なめこの2倍から3倍程度で、欲しいヌメリの強さで調整してください。次に、蒸留酒を大匙2入れます。

 後は、火を点けて、お風呂の温度くらいになるまで掻き混ぜます」


 蒸留酒を入れたくらいから、踊りが激しくなった。キノコも酔っぱらうのかね?

 そして、踊るなめこ達をグルグル搔き混ぜて、水の中でダンスパーティーを開いていると、徐々に水の抵抗が強くなって来た。40℃くらいで火を止めて、ひたすらに搔き混ぜる。すると、段々と搔き混ぜるお玉が重くなると共に、踊りを止めて沈んでいくなめこが出始めた。


「全部のなめこが動きを止めたら完成です。この液体をトロミ付かせたい料理に使えば、バフ料理の効果も強くなります。ただし、沸騰させてしまうとヌメリと共に効果も弱くなってしまうので、煮込み後に入れるのが重要なのです」

「なるほど、火を入れ過ぎは駄目と、ヌメリ成分が効果増強の秘訣なのか……うん、ありがとう、参考になったよ」


 動きを止めたなめこは、料理の食材になるらしいので昼食用に提供し、トロミがついた液体のみ頂いた。



【素材】【名称:なめこローション】【レア度:C】

・踊りなめこのヌメリ成分を抽出した液体。各種効能を強める効果があり、錬金術や料理の材料として使われる。ヌメリが強い程にマナを多く含んでいるので効能も強くなるが、薬品や料理のヌメリも強くなるので扱い難くなるので加減しよう。

 ただし、このヌメリ成分は火に弱く、沸騰させるとマナが抜けて効果が弱くなる。保管する時は、魔法瓶か冷凍保存すると、効果が抜け難い。

・バフ効果:各種バフ効果増強

・効果時間:-



 料理人をセットしていたせいで、バフ料理となったらしい。カテゴリーは素材だけどな。名前がちょっとアレだけど……『各種バフ効果増強』には期待が持てる。早速、工房に戻って続きを試してみるか。

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