第427話 ゾンビが押し寄せるサクランボ狩り(1時間食べ放題)

 2本の幽魂桜が、赤いサクランボのイルミネーションで彩られた。女性陣が目を輝かせて見上げるが、その反応は対照的であった。


「わぁ、綺麗ですねぇ」「うん、美味しそう! 早速……ぐぇ!」


 今にも駆けだして、サクランボ狩りに興じようとしたフィオーレの首根っこを捕まえて、先に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【食品】【名称:キルシュゼーレ】【レア度:C】

・幽魂桜が魔物のマナを凝縮して実らせたサクランボ。極めて糖度が高く、煮詰めたジャムの様な甘さを誇る。

 また、実らせた状態で更にマナを吸わせると、熟成が進む。果実の色が赤から紫になるにつれ、発酵してアルコールへと変化する。紫色に変じた果実を1粒潰し、ジョッキに水や炭酸水を注げば美味しいカクテルになるだろう。果汁を菓子の香り付けに使うのも良いが、熟した物はアルコール度数が高いので注意。特に、真っ黒になるまで熟すと、甘味が消えてアルコール度数が急激に高くなる。



「……だってさ。見た感じ赤しか見えないから、大丈夫だと思うけど、紫に変わっているサクランボには注意して食べるように。特に、アルコールに弱いレスミアは注意だな」

「鑑定してくれて、助かりました。赤なら良いんですね?」

「おいおい、酒に変わるのか? ってか、貴族街の酒場で見かけた事があるぞ。キルシュリキュールって、結構高めの酒でな……なぁ、提案何だが、1本は残しておいて、魔物を引っ張って来ないか?」

「却下! アタシはそのまま食べたい!!」


 大声で反対したフィオーレは、俺の手をパチンと叩いて外すと、リードが外れた犬の様に走って行ってしまった。そして、低めの枝に飛び付いて、サクランボを口にする。「うっま~!」と聞こえるから、余程お気に召したのだろう。ぴょんぴょんと、枝に飛び付いてサクランボ狩りに興じ始めた。


 取り敢えず、ベルンヴァルトには「もっと魔物や墓石が多い場所で試そう」とフォローしておいて、俺達も試食をする事にした。

 中心の種らしき部分が光っているサクランボとか、どう見てもオーナメントである。しかし、枝から房を切り離すと、光はフッと消えてしまい、只のサクランボとなってしまった。こうなると、大粒の高級品種なサクランボにしか見えない。一粒頂いてみると……サクランボを濃縮した甘すぎる程の味が口に広がる。ただ、それよりも驚いたのは……


「種が無いのか!?」

「わっ! 本当ですね。種も無くて、この甘さ……クロイツマイナーで食べたサクランボの味その物ですね。サクランボの砂糖煮で甘くなったのだと思っていましたけど、果実自体がこんなにも美味しいなんて……高級カフェがメインにするはずですね」


 レスミアが言うのは、貴族街にある高級カフェ『クロイツマイナー』で食べたサクランボのケーキの事である。サクランボがふんだんに使われていたので、「種を取り出して砂糖煮にするとか、手が込んでいます」なんて、ベアトリスちゃんと分析していたのに、まさか果物そのままでも、十分過ぎる程甘いとか予想外である。


 ただ、その甘さのせいか、5粒も食べれば口の中が甘ったるくなってしまう。折角なので小休止として、テーブルと紅茶を取り出すのだった。



 背の低さから、一番下の枝にしか届かないフィオーレだったが、下段のサクランボを食べ尽くすと、幹に昇ろうとし始めた。流石に危ない&食べ過ぎなので引き留めて、残りは〈自動収穫〉で回収する。幽魂桜2本で、採取用の大袋がいっぱいになる程の量であった。茎付きで収穫してくれるのは、地味にありがたい。茎がないとサクランボって感じがしないからな。

 新しい食材が手に入ったレスミアは、何を作ろうかと笑顔で話してくるので、可愛い。チェリーパイは確定だそうだ。

 その一方で、ベルンヴァルトから「次は熟すまでやるぞ」と、熱烈なアピールを受ける。ウチのパーティーは食欲に貪欲だよなぁ。俺としてもサンプルは欲しいので、次は幽魂桜と墓石が多いところを探す事にした。





 この墓地フィールドも、砂漠フィールドに引けを取らない程に広い様だ。幽魂桜の淡い光を目印にして、周囲を歩き回る。墓地はあちらこちらに存在しており、街路樹な幽魂桜の路肩に少数有る事もあれば、草原のような広さの所に点在したり、立派なブロック塀に囲まれた霊園のような場所に密集していたりする。

 初戦に戦ったのが少数の所だな。墓石の数も少ないので、牛頭鬼を放置しておけば、程々にキルシュゼーレが採取出来る。


 大変だったのが、霊園タイプだ。広い敷地内に整然と墓石が並んでおり、牛頭鬼が召喚したゾンビが、他の墓石に蹴躓けつまずくと、その特殊能力により墓石から同種のゾンビが這い出てくる。そして、這い出て来た奴が、次の墓石に蹴躓いて……以下、敷地内の端まで続く。

 もう、アホかと思う程にゾンビが溢れかえってしまったのだ。東京の通勤ラッシュかと思う程に、列をなしてくるゾンビ共を〈爆砕衝破〉と〈エレメント・ブラスト〉でなぎ倒して、なんとか対処する。正直、〈爆砕衝破〉が連打出来る仕様でなければ、撤退するしかなかっただろう。ゾンビ映画で、ホームセンターにバリケードを築いて立て籠もる展開になるのが良く分かったよ。



「〈フレイムウォール〉!

 ヴァルト、もう何枚か貼るから、もう少し耐えてくれよ!」

「こっちは、〈爆砕衝破〉! 連打しているだけだから大丈夫だ! 先に左右に展開してくれ」


 バリケードで思い付いたのが、ランク5の壁魔法の設置である。墓石と墓石の間にある通路で渋滞しているので、炎のバリケードを設置するだけで、ゾンビ焼きが続々と出来上がる。スケルトンには効果が薄いので〈ウインドウォール〉も設置してやると、勝手に引っ掛かってバラバラになった。タワーディフェンスゲームでも、やっている気分である。

 ただ、数が多いので、壁魔法の脇からも進んでくる奴らは居る。そいつらを倒しながら、壁魔法を張り続けた。



 1時間ほど戦い続けると、流石に疲れが見えてくる。壁魔法のお陰で多少は休憩しながら戦ってきたが、潮時だろう。〈付与術・知力〉と〈魔攻の増印〉で威力を上げた〈エクスプロージョン〉で、牛頭鬼もろともに霊園を丸ごと爆破した。ただし、復活するスケルトンとゴースト。更に、スケルトンが墓石に接触して増えるのが面倒くさい。ゴーストは増えない分だけ可愛いものである。


 今度はスケルトンの弱点である風魔法〈トルネード〉で薙ぎ払うつもりだったが、良いアイディアを思い付いた。それは、ランク7魔法〈グランドファング〉を使う事だ。皆に時間を稼いでもらい充填、霊園全体に居るスケルトンとゴーストが入る様に魔法を打ち放った。

 霊園のいたる所から、下顎の石牙が突き出し、スケルトン諸共に墓石を破壊する。そして、上空から上顎の石牙が雨あられと降り注ぎ、破壊の限りを尽くすのだった。


 〈エクスプロージョン〉では敵味方識別機能のせいで魔物しか焼き払えなかったからな。物理も含む土属性な〈グランドファング〉ならば、墓石も破壊できるのでは?と考え、試した訳だ。これで、追加召喚は無い。


 ただ、デメリットもあった。〈グランドファング〉の石牙は消えて行くのだが、無駄に破壊した墓石とドロップ品の魔水晶が散乱して、回収するのが大変だったのである。


「魔水晶が墓石の下敷きになってて、採れないんだけど……も~、ザックスはもうちょっと考えて魔法を使ってよね」

「すまないって……ホラ、取れた」

「こっちの回収は私達でやりますから、ザックス様はサクランボの〈自動収穫〉をお願いします。

 ほら、ヴァルトが熟したサクランボが気になって仕方がないようですから」


 指差す方を見ると、黒いサクランボを手に取ったベルンヴァルトが、真剣に眺めている。いや、潰してジョッキ一杯の酒になるのを、そのまま食べたらアルコール中毒待ったなしだろうに……レスミアの進言もあって、先に収穫をする事にした。


 主戦場の近くの1本全てが黒く熟し、少し離れて生えていた1本が黒と紫の斑に熟していた。そして、さらに離れた3本が、紫から赤のサクランボが実っている。計5本分の収穫となった。1時間も掛けて戦ったのに、5本分とは少ない気もするが、栄養として幽魂桜に喰われるのはゾンビだけなのでこんなものだろう。スケルトンとゴーストは吸収されないので、実質倒した魔物の三分の一だけだからである。後は、倒す場所もな。霊園は広いので、主戦場となった場所から離れたところの幽魂桜は咲いたままだ。サクランボが実ったor黒く熟したら、戦場をズラすべきだったのだろう。




 最後の1戦は長丁場だっただけに、流石に疲れた。収穫も得た事であるし、偵察は十分として、今日はここまでにした。


・基礎レベル35→36     ・アビリティポイント47


・騎士レベル34→35     ・トレジャーハンターレベル35→36

・軽戦士レベル34→36    ・魔法戦士レベル34→36

・武僧レベル33→35     ・戦技指導者レベル33→35

・錬金術師レベル33→36   ・付与術師レベル33→36

・料理人レベル33→35    ・植物採取師レベル33→35



 戦技指導者レベル35では2つスキルを覚えた……のだが、どっちも既知もスキルである。片方は騎士ジョブと同じ〈騎乗術の心得〉、そしてもう一つはソードダンサーで覚えた〈二刀流の心得〉だ。


【スキル】【名称:騎乗術の心得】【パッシブ】

・騎乗した場合の行動全般を補正する。また、騎乗可能な動物と、ある程度心を通わせる事が出来る。


【スキル】【名称:二刀流の心得】【パッシブ】

・利き腕でない方の手も、利き腕と同様に動かせるように補正する。ただし、両手に持つ武器が同系統の場合のみ。



 二刀流に心惹かれるものがあるが、現状は盾で間に合っているからなぁ。剣とワンドを二刀流する事はあるけど、同系統の武器じゃないので、特に意味は無い。

 フィオーレみたいに踊りながら戦えるとも思えないし、実際に使うなら左手の方を防御用……受け流しやフェイントに使って戦う方が性に合っていると思う。



 錬金術師レベル35では、3つの新スキルを覚えた。ただ、一つは〈中級鑑定〉と初級属性ランク2魔法なので、今更である。


【スキル】【名称:中級鑑定】【パッシブ】

・レア度Bまでを鑑定する


【スキル】【名称:初級属性ランク2、盾魔法】【アクティブ】

・対象の前に各属性の魔法の盾を生み出す。盾は対象を追随して動く。

 火フレイムシールド、水アクアシールド、風ウインドシールド、土ストーンシールド



【スキル】【名称:品質融合】【アクティブ】

・同一素材2つを融合させて、品質が高いものを作る。品質が高くなると、素材の効能が高まり、雑味が消える。



 実質の新スキルは、この1つのみである。試しにサクランボことキルシュゼーレを2つ持って使ってみたところ、淡い光と共に2つがくっ付いて融合した。ただ、〈詳細鑑定〉をしてみても変化は無し。食べてみても、特に変化は見られなかった。

 色々試してみたところ、赤紫色に熟したサクランボ2つを融合させた場合、紫色に変化した。そして、紫2個ならば、黒に変化をする。色が変化するのはマナを追加した場合だ。つまり、素材の内包するマナを足しているに違いない。

 他にも、銀鉱石に使ってみると、石玉の中に入っている銀の割合が増えた。


 ただ、現状ではあまり意味は無いかなぁ。サクランボは数が多い方がありがたいし、黒く熟した物が欲しければ、ゾンビを倒して量産した方が良い。鉱石も深い階層で採取すれば、自ずと含有量が多い物が採れる。

 恐らく、創造調合などで、高い品質にこだわるような場合に必要になるのだろう。




 付与術師レベル35では2つのスキルを覚えたが、片方は〈中級鑑定〉である。割愛。



【スキル】【名称:付与術・初級属性耐性】【アクティブ】

・短時間の間、対象の属性耐性を一段階上げる。ただし、使用できる属性は術者の資質による。

 使用する際は、〈付与術・火属性耐性〉のように、付与したい属性に言い換える事。



 〈付与術・筋力〉とかの属性耐性バージョンのようだ。一つで4種類の属性を使い分けられる事が、良いのか悪いのか……属性適性が無い人だと悲惨だな。魔法ダメージを減らす司祭の〈アリベイトマジック〉と併用すると、良いかも知れない。



 料理人レベル35では〈中級鑑定〉と、僧侶のスキルと同じ〈アンティセプス〉を習得した。


【スキル】【名称:アンティセプス】【アクティブ】

・浄化の奇跡。手をかざした場所に浄化の光を当て、毒素などを消し去る。ただし、光の届かない体内などには効かない。


 上位互換である〈ライトクリーニング〉で間に合っているので、ほぼ使った事がない。一応、村時代では、まな板を消毒するのに使った覚えがある程度だ。いや、料理人には重要なスキルなんだろうけどな。重複して覚えても、新鮮味が無くてね。



 最後の植物採取師レベル35では、また〈中級鑑定〉を覚えた。今日レベル上げした非戦闘職全部で覚えるとか、重要なのは分かるけど、皆さん〈中級鑑定〉が好きだな。



【スキル】【名称:根菜収穫の手腕】【パッシブ】

・土の下に実る根菜類、芋類等を〈自動収穫〉スキルの対象に加える。



 対象なのは解毒大根と、ジャガイモみたいな桃のカルトネクタルくらいか?

 なんにせよ収穫が楽になるのは非常に助かる。もし仮に、砂漠フィールドに行くことになっても、ジャガイモ(カルトネクタル)掘りからは解放されたな。

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