第425話 新しい戦術と墓石

「(それじゃ、手筈通りに行くぞ。フィオーレ)」

「(りょーかい、任せて!) 〈幻惑のオディール〉の開幕だよ!」


 小部屋の入り口に躍り出たフィオーレは、決めポーズを決めて、高らかにスキル発動をする。俺とベルンヴァルトも、その後を追い、小部屋へと突入した。

 中に居るのは牛面な大角餓鬼(重戦士)と、杖を持った魔法使い餓鬼×2だ。侵入者に気が付いた牛頭鬼が、大きく息を吸い、〈ヘイトリアクション〉の咆哮を上げた。その途端に、殺意が芽生え、牛頭鬼から目が外し難くなる。

 ただ、先行しながらステップを踏んだフィオーレは、笑い声を上げた。


「アハハ! 本当に効いてないや! アタシは味方だよ~ってね!」

「なら、後ろの小角餓鬼を任せるぞ!」「りょ~」


 フィオーレが最初に踊り始めた〈幻惑のオディール〉は、仲間の振りをしてスキルの対象にならなくなる効果がある。目論見通り〈ヘイトリアクション〉の呪縛を逃れたようだ。充填しているだけの魔法使い餓鬼なら、2匹相手でも大丈夫だろう。牛頭鬼を迂回して行くフィオーレを見送った。


 牛頭鬼の相手は、いつも通り俺とベルンヴァルトだ。ただし、今回は俺が前に出ている。手にしているのは両手に1本ずつの投擲用の短剣のみ。〈影縫い〉狙いだから、カイトシールドも持っていない。

 ただ、〈サンライト〉の光源が俺の頭上にあるせいで、牛頭鬼の影は向こう側へと伸びている。その為、影を狙い難い。向こうもタワーシールドを構えて、金棒を振りかぶるのだから、『踏み込もうものならば、叩き潰してくれる!』みたいなプレッシャーが凄い。



 まぁ、正面切って戦うつもりなんて、微塵も無いけどな!

 後ろから、ベルンヴァルトの声と共に、集魂玉の発動する光が走る。


「拘束しやがれ! 〈茨ノ呪縛〉!」


 その瞬間、牛頭鬼の足元から、何本もの茨が伸び始めた。何もなかった地面から枝が伸び、物凄い勢いで成長しながら足へと絡みつく。その成長は留まるところを知らず、足から腰、そして上半身へと伸びて行った。そして、ものの数秒で、首から足元までを、茨で雁字搦めにされる。

 しかし、怪力の牛頭鬼は、それでも止まらない。腕を振り上げたまま、動こうとしているのか、茨の枝がミシミシと音を立てる。本当なら、茨の棘が身体に食い込むので動くだけでも痛いはずだが、鎧を着ている&耐久値が高いので痛みなど無視しているのだろう。


 ただ、大きな隙であるのは間違いない。

 俺は、両足と両手に魔力を貯めた状態で、〈ボンナバン〉と念じる。その途端、身体が急加速して前に飛んだ。その速度は、自分の限界を超えており、5mの距離を瞬く間に移動していた。そう、牛頭鬼の脇を抜け、一瞬で背後に回ったのだ。

 〈ヘイトリアクション〉の効果で、半ば強制的に振り向かせられる。その勢いも含めて、右手の短剣を投擲した。


「〈影縫い〉!」


 スキルの効果で黒く染まった短剣が、牛頭鬼の影を貫いた。

 茨に抵抗して動こうとしていた牛頭鬼が完全に停止した。物理的と魔力的の2重拘束である。


「うおりゃあ!」


 シュネル・ツヴァイハンダーを振りかぶったベルンヴァルトが、横殴りの剣戟を叩きこむ。派手な金属音共に、片角と鉄兜が宙を舞う。拘束された牛頭鬼は、倒れはしない……いや、倒れる事も出来ずに苦悶の声を上げた。

 そこに、1本の矢が飛来する。レスミアが放ったのは、先端がノミの如く平たく加工した盾割り矢だ。牛頭鬼の角で作られた盾割り矢は、その元である牛角へと命中。『コーーンッ!』と甲高い音を立てて折れ、宙を舞うのだった。


 3人がかりであるが、一方的な展開に持ち込めた。最後の美味しいところは、俺が頂くとしよう。

 両足に込めていた魔力を使い、新スキルを発動させる。


「こいつで、止めだ! 〈双竜脚〉!」


 牛頭鬼の側頭部を目掛けて、右のハイキックを叩きこむ……次の瞬間、逆の方からも左のハイキックを叩きこんでいた。ほぼ同時に、左右から強打を受けた牛頭鬼は動かなくなり、首だけがガクンと落ちる。如何に体力自慢な牛頭鬼と言えでも、度重なる頭への攻撃に加え、角を折られて弱体化したところに〈双竜脚〉のクリーンヒットは耐えられなかったようだ。


 こうして、牛頭鬼パーティーを、ランク7魔法無しで、確殺する戦術が確立したのだった。




「それでね! 1匹目を倒した時の、驚きようは面白かったよ!

 正に驚愕って感じに、大口を開けてね。言葉は分かんないけど『裏切ったのか~!』みたいに、ぎゃっぎゃって騒ぐしさ~」


 フィオーレの方も、無事に魔法使い餓鬼2匹を倒していた。〈幻惑のオディール〉の効果は強く、接近しても見破られないどころか、背後に回っても無警戒だったらしい。いや、幾ら仲間と誤認したからと言っても、踊っているのは怪しくね?と思わんでもない。まぁ、名前の通り、幻惑されていたのだろう。


「〈茨ノ呪縛〉は、やっぱり〈魂ノ戒メ〉が要るな。全身を拘束すりゃあ、大角も動けんかったしな」

「条件指定があるスキルだからかな? あの速度で成長する茨に絡まれたら、そりゃ逃げられないよ。大角餓鬼の集魂玉は、最後まで温存するようにしてくれよ」


 ベルンヴァルトが使ったのは、鬼徒士レベル35で覚えた新集魂玉スキルである。ついでに、レベル15で習得した〈魂ノ戒メ〉の効果も見直しておこう。



【スキル】【名称:茨ノ呪縛】【アクティブ】

・集魂玉を1個消費して発動する。対象の足元に茨を召喚して、拘束する。

 この時、〈魂ノ戒メ〉が発動している場合、効果がアップして全身を拘束する。


【スキル】【名称:魂ノ戒メ】【パッシブ】

・集魂玉を所持している場合、対峙した魔物を畏怖させる。ただし、基礎レベルが相手以上であり、且つ集魂玉は元となった魔物と同種でなければならない



 〈茨ノ呪縛〉を普通に使った場合、下半身を拘束するだけである。そして、好戦的な牛頭鬼に対して、〈魂ノ戒メ〉は攻撃頻度が下がる程度で、効果は薄い(小角餓鬼の場合は、目に見えて怯えるらしい)。

 ただし、この2つのコンボが、今回の結果に繋がったのだ。おっと、〈影縫い〉も合わせて3コンボだな。


 鬼徒士レベル35で覚えた新スキルはもう一つあるが、〈棒術の心得〉なので、詳しく語る事は無い。戦技指導者でも習得しているし、今回は大剣のシュネル・ツヴァイハンダーを使っていたからな。



「凄いと言えば、ザックス様も凄かったですよね。後ろから見ていたのに、どう動いたのか分かりませんでしたよ?」

「レスミアの角を折った矢の一撃も凄かったさ。

 俺の方は、高速移動の〈ボンナバン〉は兎も角、〈双竜脚〉は自分でも、どう動いているのか分からないんだよな」


 それぞれ、軽戦士と武僧で覚えた新スキルである。

 軽戦士はレベル35で2つのアクティブスキルを覚えた。



【スキル】【名称:ボンナバン】【アクティブ】

・超高速で前方に飛ぶ、短距離移動スキル。発動は念じるだけでよい。


【スキル】【名称:ボンナリエール】【アクティブ】

・超高速で後方に飛ぶ、短距離移動スキル。発動は念じるだけでよい。



 『飛ぶ』と言っても、ほぼ瞬間移動に近いと思う。いや、急加速している感じはするので、空間を跳躍する訳ではない。ただ、加速と停止の慣性が殆ど無いだけだ……魔法と言うか魔力が作用してくれていると思っておこう。考えてもしょうがない。

 兎も角、約5mの一定距離を一息で踏み込めるので、近接戦に非常に有効である。敵から離れる時も、バックステップするより〈ボンナリエール〉で離れれば、一瞬で危機から脱せられるのは良い。


 それと、一応確認しておいたのだが、移動途中に障害があると、手前で急停止してしまう。応用技として、急加速状態から擦れ違いざまに攻撃するとか、槍を持って突撃とか考えていたのだが、駄目っぽい。あくまで移動スキルなんだな。



 そして、武僧でも2つの新スキルを覚えた。



【スキル】【名称:連撃の心得】【パッシブ】

・自身が連続攻撃をした場合、回数が増える分だけ攻撃力を増加する。なお、連続攻撃とは、攻撃の間隔が、3秒以内と定義する。



 こちらは、武器が持てず、手数の多い武僧にとって、攻撃力を補うスキルだ。武僧は攻撃系スキルの威力は高いのだが、通常攻撃は自前で殴る蹴る投げるしかない。小角餓鬼くらいに貧弱なら問題無いが、鎧装備の牛頭鬼相手には厳しいからな。多分、スキルにも効果が乗るので、次の新スキルも攻撃力が上がっていたに違いない。



【スキル】【名称:双竜脚】【アクティブ】

・刹那の速さの二連蹴り。左右から蹴りがほぼ同時に当たり、敵を破壊する。また、頭部に当たった場合、高確率で気絶させる。



 刹那って、0.01秒くらいだっけ? いや、物理的に無理じゃね?と思うが、原理が全く分からないので、魔法(スキル)凄い!と納得しておくしかない。うん、ランク7魔法とかも大概だったからな。同レベル帯のスキルなら、似たような物なのだろう。

 取り敢えず、主力として使っていた〈三日月蹴り〉と比べると、MP消費は多めだが威力は高い。もし、これで倒せなくても気絶するのが美味しいな。武僧の特徴として、スキル後の硬直が極めて短いので、魔力さえ準備しておけば、連打も可能なのだ。





 そんな感じに、覚えたスキルを試しつつ進んだ。

 途中で採取をしたり、宝箱部屋でハズレを引いたりしたが、無事階段部屋へと到着。 少し遅めの昼休憩を取ってから、36層への階段を下りた。


 フィールド階層へ降りる階段は長い。天井が高い分だけ階段が長くなるのは仕方ないとは思うが、砂漠に有った転移陣でパッと移動させてくれればいいのに……マンションなら7階以上でエレベーターは必須だぞ。

 この時間でフィールド階層の情報を展開しておいた。



 36層へと到着したが、どんよりと曇っており暗い。ダンジョン内で何を言っているのかと思うが、実際に分厚い雲がかかり、時折ゴロゴロと稲妻が走っているのだ。雰囲気あるな。

 そこは、所々に幽魂桜が咲いている墓地があった。稲妻の光と、淡く光る幽魂桜だけが、周囲に立ち並ぶ墓標を照らしている。


「うわぁ、なんか、おドロドロしいですよね?

 地元にあった墓地を思い出しますよ。いえ、桜は光っていませんけど」

「そうなの? ダンジョン埋葬じゃないんだ。お金持ち~」

「いえいえ、地元にダンジョンが無かっただけなのよ」


 この世界では土葬かダンジョン葬が一般的らしい。お墓を維持管理出来るお金持ちや、土地が余っている田舎では、此処みたいに埋葬される。しかし、ヴィントシャフトのような城塞都市では、余っている土地は少ない。街の外壁の外ならば余っているが、魔物の襲来がある事を考えると選択肢に入らない。その為、大部分の人は、遺品だけ大切に保管し、遺体はダンジョンに埋葬するのである。


 因みに、俺もピンと来ない。何故なら、日本のような四角い石柱ではなく、四角い石板が立っているだけの西洋式?だからだ。卒塔婆とか、十字架でも立っていれば、それっぽく見えるかも知れないけど、只の石板だしな。近付いて見てみたが、錬金釜とかに書いてある錬金文字なので、何が書いてあるのか分からん。意味不明だと、怖さも半減だな。


「取り敢えず、一番デカい墓を探すんだな」

「ああ、出口は決まっているし、位置も地図に書いてある。ここ、南東の隅が現在地で、対極の北西の隅に教会みたいな墓地があるそうだ。

 ただ、所々にも大きい墓があって、地下室に降りると宝箱部屋とか採取地になっているらしい。これは定期的に位置が変わるらしいから、地図にも載っていない。見かけたら、寄ってみよう」


 光源として〈サンライト〉を全員分、掛け直してから、出発した。




 歩き始めて直ぐに、〈敵影表示〉に反応があった。赤い光点が一つだけである。

 ここまでのパターンなら、斥候役の小角餓鬼なのだが、この階層では小角餓鬼自体が出現しないらしい。その為、徘徊している魔物は大角餓鬼2種類だけとなる。

 見付けた敵も、牛面な牛頭鬼だけだ。

 もちろん、暗い階層の中で〈サンライト〉を浮かべている俺達の姿は目立つ。向こうも敵と認識したように、咆哮を上げるのだった。


 稲光に照らされた牛頭鬼が金棒を振り上げる。俺達とは、30m程離れているので、狙いはこちらではない。振り下ろされて、打撃音が響いた。殴られたのは四角い墓石の方である。

 すると、墓石の前の土が盛り上がり……腕が突き出て来た。天を掴もうと空を切った後、地面に手を突く。そこを起点として、更に土が盛り上がり、上半身が現れる。それは、身体の肉が所々欠け、黒くなった小角餓鬼だった。


 牛頭鬼がドラムでも叩くように、周囲の墓石を連打する。すると、叩かれた墓石全てから、ゾンビな小角餓鬼とスケルトンな小角餓鬼が這い出てくるのだった。あっという間に、20体くらいのゾンビがワラワラと立ち上がる。もちろん、コイツ等を倒しても、近くに幽魂桜が咲いているので亡霊餓鬼が出現する。


 そう、ここは墓地フィールドだ。墓守役の牛頭鬼が、多数のゾンビ、スケルトン、ゴーストを召喚する、アンデッドパニックな階層だった。

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