第422話 クヴァンツコーチと妖精の剣舞
レシピを購入した後は、その素材販売カウンターに寄り、必要な素材を購入した。綿菓子機用に簡易属性動力コアもいくつか購入。形や発熱温度、回転数の違いがあるので、次の休みにでも工作してみようと考えている。
後、ついでにルティルトさん推しの高級絵の具のセットも購入して、プレゼントしておいた。これで、スケッチされた聖剣が色付きになるので、完成が楽しみだ。
錬金術師協会を出ると、既に太陽が傾いていた。時刻は16時半、夕暮れになる一歩手前といった時間な為、今日はここでお開きとなる。無茶振りな依頼から始まり、観劇に買い物と楽しい一日であった。互いに名残惜しいというような貴族の別れの挨拶を交わした後、改めてソフィアリーセ様が念押ししてきた。
「来週の学園長一行に対しては、殊更丁寧な対応をするようになさいね。特に、フィオーレは要注意です。今日のような態度をとるならば、表に出さないか、喋らさずにギターだけ弾かせておきなさい」
「了解しました。ジョブの話になるなら、基本的に俺が対応するので大丈夫ですよ。ギターを弾かせるにも、お茶会に合いそうな曲のレパートリーがあれば……いや、レッスンに行かせた方が安全かな?」
「……それが妥当かもね。わたくしもフォローしますから、頑張って来週を乗り越えましょう」
そう言葉を交わしてから、帰って行った。学園長がエディング伯爵よりも偉い人だから、慎重になっているのだろうけど、ちょっと大げさなような? そんなにも、要注意人物なのかね?
まぁ、エヴァルトさんも居るから、そっちのフォローもあるだろうし、多分大丈夫だろう。
劇場に戻り、受付でフィオーレを迎えに来た事を伝えると、ここは観劇用の受付で違うと言われてしまった。どうやら、レッスン用は別に入り口があるそうだ。
教えられたのは、劇場の裏側。馬車の駐車場となっている一角に、裏口が設けられていた。中に入ると、直ぐにレッスン受付があり、要件を伝えると、すぐ横の待合室で待つように言われる。そこは、談笑している奥様方や、執事やメイドといった使用人の格好の人などが居た。ぱっと見15人程か。恐らく、お子さんのお稽古事のお迎えなのだろう。皆さん身なりが良いので、貴族関係者に見える。
俺達も軽く挨拶をしてから、中で待たせてもらう事にした。
ただ、先程まで談笑していた奥様方が、ひそひそ話になったのが気になる。こっちをチラチラ見て来るし……俺達が、子供が居る歳に見えないからか? いや、ドレス姿のレスミアが目立ち過ぎるからかもな。若い奥様やメイドも居るが、断然レスミアの方が綺麗だと思う。
暫し待っていると、ワイワイと騒がしい声がして、子供達が出て来た。小学生くらいの子供であり、保護者の人を見つけると、手を繋いで帰って行った。ソフィアリーセ様が言っていた、教養としてダンスを教える教室の子たちかな?
更に少しして、今度は中学生くらいの子が出て来た。半数は迎えの保護者と合流して帰るが、半数はそのまま一人で出ていく。うん、送り迎えが必須かと思いきや、ある程度の年齢なら一人でも良いらしい。フィオーレも送り迎えしないといけないのかと考えていたが、体力作りも考えて歩かせても良いか。二十歳なんだし。むしろ、そんなところよりも気になった事があった。
「ここまで一人で通学させるとして、やっぱり、ダンス衣装のまま街中を歩くのは変だよな?」
「そうですねぇ。多分、ダンジョンギルド周辺なら奇抜な装備の人も居るので目立ちませんけど、この辺では変に見られるでしょうね。次からは、上からコートを羽織らせるか、着替えとして持たせますか。あ、午前と午後の両方のレッスンを受けるのなら、お弁当も持たせないと」
「クッ……お二人とも、まるで子供の事を相談する夫婦の会話のようですよ」
「アハハハッ! リース姉ちゃんが、ティクム君の相談をしているみたいにゃ~」
他の待合人が居なくなったので、遠慮なく雑談を始めたら、揶揄われてしまった。悪い気はしないが、少し解せぬ。あんな大きな子供は居ないっての。100歩譲っても妹枠だろうに。
そして、雑談をしていると程なくして、フィオーレが出て来た。受付のお姉さんに声を掛けられ、この待合室に入って来るが、大分お疲れのようだ。足取りがふらふらしているところを、クヴァンツさん(コーチ)が、腕を掴んで支えている程だ。
「あ~、ザックス~、ジョブを楽師に替えて~。疲れたから〈癒しのエチュード〉を弾きたい~」
「ああ、保護者とは君たちか。少し時間は良いかな?」
「ええ、どうぞ」
クヴァンツコーチは、姿勢よく直立すると、決めポーズを決めてから笑い掛けて来た。ボディビルダーのようなポージングだが、細身なのでそこまで暑苦しくはない。ポージングするのは職業病かな?(※エポールマン)
取り敢えず、席を勧めてから、フィオーレのジョブを変更しておく。それを伝えると、〈小道具倉庫〉から愛用のギターを取り出して弾き始めた。本当に疲れているのか、歌無しでオート演奏に任せているようだ。
それは無視しつつ、クヴァンツコーチの話を聞く。
「半日ほど、フィオーレ君の指導をしたのだが、なかなかに筋は良い。OPアクトで覚える踊りだけを教えられていたと聞くが、それが良い下地となっているようだ。少し、手足の筋肉が足りていないので、今日のレッスン程度で疲れてしまったが、2週間程続ければ、筋力も付くだろう。
急ごしらえではあるが、ダンジョンで戦うソードダンスを教えておいた。君達が攻略中という34層辺り……小角餓鬼なら1対1で倒せると思う。しかし、大角餓鬼には逆立ちしても勝ち目は無いので、挑ませないように」
「大角餓鬼は強いですからね。了解です」
流石に大角餓鬼は無理過ぎる。前線に出すにしても、ベルンヴァルトが〈挑発〉してタイマンを張ったところに、後ろからが良い。レスミアと戦闘位置が被るけど。
そして、「武器について相談を受けた」と前置きをしてから、クヴァンツコーチは手に持っていたバッグから2本の剣を取り出した。テーブルに置かれたのは、ショートソードよりも短く、ダガーよりは長い……中途半端な長さの剣である。
「テンツァーバゼラードと言う短剣だ。初心者……特に女の子向けならば、この軽い武器をお勧めしよう。
今日のレッスンでも、これを持たせて指導したので、十分に扱える筈だ」
【武具】【名称:テンツァーバゼラード】【レア度:D】
・チタン製の短剣の一種。ダガーより長めであるが、踊り子用に改良が施されており、薄刃で軽く扱いやすい。切れ味も良い為、野営時の調理に使う者も多く、サブウェポンとして選ばれる事も。
「あ~、その短剣、めっちゃ軽くて驚くよ~。アタシの手にぴったりのサイズだし」
「うむ。以前指導していた私の弟子が考案して、商品化した物だ。その時に餞別として貰った物であるが、安く譲ろうではないか。
ああ、そうだ。軽量化した分だけ、強度は落ちている。小角餓鬼の金属盾を斬ろうものならば、刃
「は~い」
クヴァンツコーチに一言断ってから、テンツァーバゼラードを手に取らせてもらった。確かに大ぶりなダガーなのに、重さは半分程度しかない。その理由は軽めの金属であるチタン製なだけでは無い様だ。鞘から引き抜き、刀身を見てみると、お洒落な肉抜き穴が幾つも空いていたからだ。これは、確かに強度が心配になるな。
お値段は2つで20万円だそうだ。チタン製ならば、そんなものだろう。〈相場チェック〉でも【12万円】と出たので、値引きもしてくれているようだ。
チタン製の武器ならば、テイルサーベルが数本あるが、あっちの方が大きい分重い。クヴァンツコーチのお勧めでもあるので、そのまま即金で支払い購入する事にした。
「クヴァンツコーチに質問なのですが、〈舞踏道具の心得〉によると、ソードダンサーは色々な武器を使えるのですよね?
他の武器の扱い方も、教えてもらえるのですか?」
「ふむ……扱いやすい短剣に慣れてからの話だな。レベル30で覚えるパッシブスキル〈タクティカルパリィ〉を覚えれば、扇も選択肢に入る。レッスンを予約してくれるならば、鞭や短槍も追々教えて行こうじゃないか。むろん、フィオーレ君に合った武器があれば、それに集中しても良い。
おっと、リボンの様に薄い剣……ウルミに関しては、その特性上からミスリル合金でなければ作れん。そっちはレベル50を超えて、サードクラスに至ってからにしよう」
という訳で、暫くはレッスン通いになった。ウチのパーティーが休みなのは週3日。ダンジョンと休みが隔日で入っているので、2週間分を予約しておいた。レッスン1回で5万円、午前と午後の両方を予約したので、計60万円である。
いや、俺のレシピ代と比べれば安いけど、やっぱり貴族向けのレッスンだよな。それでも、戦闘訓練としては、必要経費である。
こういった個人レッスンは、指導するコーチにも実入りが良いのか、クヴァンツコーチも非常に喜んで請け負ってくれた。爽やかに笑うクヴァンツコーチは、オマケに良い情報も話してくれた。
「テンツァーバゼラードが破損したり、折れて買い替えたりする場合は、平民街にあるフェッツラーミナ工房に頼むと良いでしょう。
その点、フェッツラーミナ工房は刃物専門を謡っているだけに、質実剛健な出来の良さは保証しますよ。あ~、ただ、工房長は変わり者でしてね。他に夢中になる依頼があったりすると、他の注文を後回しにするのは問題ですが……」
「ああ、家の近所にある工房なので、存じておりますよ」
よもや、貴族街でフェッツラーミナ工房の話を聞くとは思わなかった。そう言えば、イミテーション・ダイヤモンドを王族に献上して、返礼として貰った刀『鉄斬り丸』を工房に渡したっきり、音沙汰が無いな。3週間近く経過したのだし、ボチボチ催促しても良い頃だろう。
それは兎も角として。
なんでも、この短剣を考案した弟子が下級貴族出身だったため、安上がりに注文できる平民街の工房を探したのが始まりらしい。懐かしそうに語るクヴァンツコーチだったが、途中で思い出したかのように、手を叩く。
「次の年始には、その弟子が所属している探索者パーティー兼、劇団『妖精の剣舞』が公演に来る予定なのですよ。向こうの時間が取れればになりますが、フィオーレ君を顔合わせさせるのも面白そうだ。ソードダンサーと楽師の両方をやりたいなんて言う子は初めてですからね。良い刺激になるかもしれない」
「ん? 妖精の剣舞? どこかで聞いたような?
……あっ! 確か、ソードダンスが有名な王都の劇団でしたよね?
年始の公演ならば、ソフィアリーセ様と見に行く予定なのですよ」
「そうです、そうです。ハハッ! やはり有名なのだなぁ。我が弟子ながら、誇らしい気持ちになりますな」
「え?! アタシも噂で聞いた事あるんだけど!
アタシも見に行きたい!! ザックス、お嬢様にお願いしてよ!」
ギターの演奏を止めてまで、俺の袖を引っ張るフィオーレであった。
しかし、変なところで縁は繋がっているものであるな。
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