第420話 コネの力と色々なレシピのセールス

 予想外の出費をしてしまった。ムスケルナート精力剤はランクCなので相場らしいが、レシピ一つで100万円か。ランクFのポーションが10万程度だった事を考えると、文字通り桁違いに高くなっている。まぁ、需要があるのは分かるので、元を取るのはそれほど難しい事ではないし、内職のお陰で資金にも余裕があるから問題ではない。特に今日は、イミテーション・ダイヤモンドとゴールドカードの売り上げがあるので、懐がぽっかぽかだからな。

 取り敢えず、カタログを捲って目当ての物を探した。



『No166 加速剤×5本 一定時間、思考加速。加速草智+シードル筒竹+ニードルフルーツ+踊りなめこ』

『No167 激昂薬×5本 一定時間、身体能力向上。激昂草身+ワイン筒竹+松膨栗+踊りなめこ』


「この二つのレシピを下さい」

「畏まりました。どちらも150万円でございます……はい、確かに300万円頂きます。レシピと登録用の商品を用意いたしますので、少しお待ち下さいませ」


 高額商品だから、注文の度に会計をしている……訳ではなく、ムスケルナート精力剤をカウンターに置いたまま商談するのが、気恥ずかしかっただけである。加速剤と激昂薬は、その流れで清算しただけなのだ。

 カウンターの奥へと向かうフィナフィクスさんのキツネ尻尾に目を向けていると、右腕が引っ張られる。レスミアが腕を絡めてきて、カタログを指差した。


「今購入した加速剤って、前に話していた奴ですよね?

 いくら気に入ったとはいえ300万円もするのなら、ギルドの購買で買った方が安上がりだったんじゃないです?」

「いや、長い目で見ればレシピがあった方が良いと思ってね。この間、初めて大角餓鬼と戦った時に苦戦したけど、ああいった場合の切り札として使えれば良いのさ。それに、いざ使うとなると、購買で1本2万円もする薬品は躊躇して温存したくなる心理もある。その点、自作出来る薬品なら、その葛藤も少なくなり、気軽に使えるって寸法だ」


 所謂、エリ○サー症候群だな。貴重品であればある程、使う機会でも温存してしまうアレだ。そんな解説をしていると、今度は左手が握られた。ソフィアリーセ様だ。


「加速剤と激昂薬を常備するのは構いませんが、過度の服用はいけませんよ。わたくしは使用した事はありませんが、身体に負担が掛かる薬だと聞いています」

「はい、心配してくれてありがとうございます。効果が切れた時に疲れがどっと来るのは経験していますし、強敵にしか使わないつもりですから、大丈夫ですよ」


 実際使った感想としては、そこまで激しく動いたつもりは無いのに、効果が切れると10分間全力疾走し続けたような疲労が押し寄せるのだ。副作用が無いと言いつつも、ある意味ではこれが副作用である。多分、連続服用したら、暫く動けなくなるほど疲労するだろう。


 やけに笑顔のフィナフィクスさんが、トレイにレシピと登録用の完成品を持って戻って来る。それを受け取り、ストレージに格納するのだが、追加で1枚紙が差し出された。


「激昂薬に使われている激昂草身は毒物に指定されていますので、加工販売申請をして頂きます。本来であれば、申請者と工房に対し身辺調査をするのですが、伯爵家からの後援を得ているザックス様は免除だそうです。

 ええ、私の良く聞こえるキツネ耳にも、白銀にゃんこの噂は良い事しか入っていませんよ。大半は、浄化のカードやお菓子の評判ばかりで、魔道具の評判はありませんけどね。あ、もっと沢山売れば良いのに、と言った愚痴はありますが、伯爵家や騎士団を優先して取引をしている事を伝えると、直ぐに黙る程度です」


 コネの力、万歳!

 領地を支配する伯爵家の威光は、流石である。ソフィアリーセ様にお礼を言うと、軽く胸を張って得意げな顔を見せた。

 しかし、逆を言えば、ウチの店が不始末を起こしたら、伯爵家に迷惑が掛かるのである。忘れないうちに、他の毒物についても申請しておくことにした。具体的にはデリンジャーレモン、ゴーストペッパー、フクロトビタケ、ヨイテングタケ、兵隊蜂の毒針である。ウインドビーのドロップ品である『兵隊蜂の毒針』は、この街では手に入らないが、念の為。手持ちの殆どを毒矢に改造してあるので、在庫も少ないのだけどね。


「この街で採取出来るデリンジャーレモン、ゴーストペッパー、フクロトビタケは登録して頂いた方が助かります。しかし、他領からの輸入でしか入って来ないヨイテングタケや、私も聞いた事が無い兵隊蜂の毒針?は、登録する必要はありませんよ?

 いえ、わざわざ輸入して、調合品を店で販売をするのであれば必要ですが……」

「ああ、手持ちにあるので、いつか調合に使うかも?って、程度ですね」

「畏まりました……はい、申請書に対象の毒物を追記しましたので、ここに署名と、工房名を記載願います。

 後は、激昂薬以外にも毒物を使った商品が出来た時には、同じように申請書を出して下さい。その商品を欲しがる人があれば、工房を紹介する事もありますし、万が一登録商品でトラブルが発生した場合は、錬金術師協会が仲裁に入ります。

 それと、登録者の義務として、毒物を使った犯罪が起きた場合、騎士団の調査に協力して下さい。主に販売履歴……販売した日時や個数、誰に販売したか等。調合であれば、調合した日時と完成品をどうしたか聞かれますので、記録しておく事をお勧め致します」


 この辺は以前にも聞いているな。自分達用に調合はするけど、販売はする気が無いので、特に問題なしかな。調合に使った時だけ、記録に残して置けば良いだろう。




 カタログを捲って、次なる商品を探す。今朝はMP回復に苦労をしたので、マナポーションのレシピが欲しくなったのだ。聖剣 天之尾羽張は魔物を殴り倒さないといけないので、好きな時に回復出来るわけじゃないからな。やはり、手軽に回復出来る手段はあった方が良い。

 ソフィアリーセ様が、さっき見かけたというので、一緒になって探していると、1ページ丸々マナポーションが羅列しているのを見つけた。


『No67 マナポーション×10本分 MP+30%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実』

『No68 マナポーション×5本 MP+30%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実+薬瓶』

『No69 マナポーション×5本 MP+30%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実+魔法瓶』

『No70 マナポーション×10本 MP+40%回復5分。走りメイジキノコの幼体+魔結晶+氷結樹の実+魔法瓶』


 購買で買うようなノーマル品だけでなく、効果アップ品や、数十本まとめて調合出来るレシピ、薬が劣化し難い特殊な瓶(魔法瓶と言っても保温容器ではない)に入った物などが、ずらりと記載されていた。ポーションもそうだったが、需要がある物ほど、しのぎを削って開発競争が行われているようだ。順番に効能や使用素材、レシピ代などを吟味していく。

 途中で変なキノコが目に入ったが、ソフィアリーセ様曰く、51層以上のランクB素材らしい。元々は上位の薬、ハイポーションの素材らしく、レシピ代も他の物と比べて倍以上するので除外する。

 一番売れ筋だという、基本レシピであっても500万円もするからな。おいそれと変わった物に冒険するつもりは無い……と考えた傍から、気になる物を発見した。


『No97 トロトロマナポーション×10本分 MP+25%回復5分。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+蜜リンゴ+踊りなめこ』


「あ、これなら手持ちの素材で作れるな。効果は少し低いけど、レシピ代が安い。200万円か……」

「ザックス様、ちょっと待って下さい。名前に『トロトロ』とか付いているのですけど、もしかして踊りなめこの影響ではありませんか?」


 最近はキノコを採取したり料理したりと、踊りなめこに触る機会が多いレスミアが、気が付いた。薬がトロトロしているのは飲み難そうだが……その辺をフィナフィクスさんに聞いてみると、苦笑いされた。失敗作寄りの商品なので、値段が安いらしい。なにやら、カウンターの下から分厚いファイルを取り出すと、開発経緯について教えてくれた。


「開発者のコメントに依りますと、安い素材で作れる&甘くて美味しいマナポーションを目指していたそうです。しかし完成したのは、味は良いのですが、なめこ由来の粘り気が強く、薬瓶に入れると出てこない程。

 ええと、『口広の瓶に詰めて、蜂蜜と思って食べて下さい』。あ、追記もありますね。『調合した後は、錬金釜を洗うのが大変』だそうです」


 なるほど、失敗作だな。元のマナポーションも、ねっとりした感じなのに、蜂蜜みたいな粘度は喉に詰まりそうだ。素材がお手軽なだけに残念だ。いっその事、固形にしてしまえば………………ピンッと来た!!

 面白いアイディアだとは思うが、材料があったかレスミアにこっそりと聞く。


「(液体を固めるゼラチンって、この街でも手に入るか、知らないか?)」

「(お料理にも、お菓子にも使うので、普通に売っていますよ。貴族街で売っている物の方が、透明で綺麗ですけど)」


 回復アイテムと言えば、アレだよなアレ!

 今日のところはネタとしてメモしておき、後で創造調合を試してみよう。取り敢えず、マナポーションのレシピは別の美味しく改良した物を購入した。


『No93 マナポーション×30本 MP+30%回復5分、飲みやすくアレンジ。歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実+蜜リンゴ+薬瓶』


 レシピ代は450万円。基本レシピよりは安いのは、後発な為の価格競争のせいらしい。飲みやすくしたり、30本と完成数が多かったりするので、普通なら高くなるところである。

 しかし、基本のマナポーション自体は、甘ったるく薬品臭い感じで、ドロドロするけど、飲み難いという程でもない。加えて高額商品な為に、30本単位は大手の商店でもないと、売り切れない。更に、魔法瓶でないから長期間売れ残ると、効果が劣化してしまう。

 そんな訳で、レシピが売れないと値下げをするそうだ。俺としては、数が多くてもストレージに入れておけば、劣化する心配はないので問題ない。値段が安いだけ、こっちの方がお得だったのだ。

 唯一の問題は、『氷結樹の実』が手に入っていない事であるが、これは雪山フィールドに取りに行くか、割高になるが素材販売カウンターの方で買えるらしい。


「もし、氷結樹の実をお買い求めになるのであれば、こちらのレシピも如何ですか?

 素材が似ているので、合わせて購入される方も多いですよ。夏場には人気の商品になりますので、買っておいて損はありません」


『No165 フリッシュドリンク×10本 砂漠フィールドや夏の暑さ軽減、火傷防止。氷結樹の実+水筒竹+踊りなめこ』


 砂漠フィールドでお世話になった奴だな。シャリシャリした食感のスムージーだった覚えがある。今は冬なので必要ないが、確かに持っておいて損はないか……


【薬品】【名称:フリッシュドリンク】【レア度:C】

・氷属性で強化されたハスカップが主成分の飲み物。長時間の間、体を冷やし火傷を防ぐ。飲んだ量によって効果時間が長くなるが、飲み過ぎても冷やす効果は一定。

・錬金術で作成(レシピ:氷結樹の実+水筒竹+踊りなめこ)



「もし、雪山フィールドに、氷結樹の実を取りに行く事をお考えでしたら、ヴァルムドリンクもご一緒に如何でしょう?

 こちらも、冬の寒い時期には売れ筋ですよ。この辺は、雪が積もる事は滅多にありませんが、西からの強風が冷たいので、寒がりな人には必需品です。あ、低用量タイプもありますので、用途に合わせてどうぞ!」


『No164 ヴァルムドリンク×10本 雪山フィールドや冬の寒さ軽減、凍結防止。ゴーストペッパー+水筒竹+踊りエノキ+イングヴァルム』


 こっちは、村で雪女アルラウネと戦う前に飲んだ奴だな。言うならば、飲むカイロである。危険な毒物であるゴーストペッパーの使用用途で多いのが、これだそうだ。


【薬品】【名称:ヴァルムドリンク】【レア度:C】

・火属性で強化された生姜が主成分の飲み物。体を温め、状態異常の凍結を防ぐ。飲んだ量によって効果時間が長くなるが、飲み過ぎると発熱量も高くなるので注意。

・錬金術で作成(レシピ:ゴーストペッパー+水筒竹+踊りエノキ+イングヴァルム)


「あ、これ良いなぁ。家の中は暖房で暖かいのですけど、外は冷えますからね」

「ええ、女性に冷えは天敵ですもの。わたくしも冬場の行事で長時間外に居る時は、服用しますわ」


 両側からの、圧が強い。これだけアピールされては、買わない訳にはいかないな。どの道、40層代で火山フィールドと雪山フィールドがあるので、必要になるのだ。買っておくか。


 因みに、ヴァルムドリンクの未知の材料である『イングヴァルム』とは、火山フィールドで採れる真っ赤な生姜ショウガらしい。つまり、火山フィールドで、イングヴァルム採取するにはフリッシュドリンクが必要。しかし、フリッシュドリンクを作るために、雪山フィールドで氷結樹の実を採取するには、ヴァルムドリンクが必要。


 互いの攻略に必要な素材が、絡んでいるとは面倒な話である。

 一応、階層的に雪山フィールドが先らしいので、ヴァルムドリンクかイングヴァルムは購入するしかないようだ。




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前話の相談事に対して、回答して下さった皆様、ありがとうございます。

2番と言う事で、レベル35スキルが出揃った辺りで、ジョブ&スキルデータ集を更新致します。今の進捗だと、12月中旬くらいかな?

あ、本編は通常通りに更新しますので、更新の無い日に差し込む感じになるでしょう。


以上

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