第419話 『浮気草の粉』と新商品

 フィオーレが、コーチであるクヴァンツさんに連れられて個室を出て行った後、残った俺達はそのまま劇を見させてもらった。

 今日は急遽決まった観劇だったので、事前にどんな劇なのかは聞いていない。タイトルは『浮気草の粉』と、どことなくインモラルな感じがしたので、スティラちゃんは見ても大丈夫かとこっそりソフィアリーセ様に聞いたところ、「喜劇だから大丈夫よ」と笑い返してくれた。


 実際に見てみたところ、所謂ラブコメだった。



 とある貴族の青年には、父に決められた婚約者が居た。しかし、お忍びで街に出かけた際、パン屋の娘に一目惚れをしてしまう。貴族としての立場と恋心に悩む青年は、深夜の教会で女神像へと悩みを打ち明けるのだった。

 それを聞き届けたのは、女神像の陰に居た風の妖精。悪戯好きな風の妖精にしては珍しく、青年の悩みを晴らしてあげようと、木の妖精が持っていた惚れ薬を盗み出す。

 そして、青年が街のパン屋へ買い物に行った際、娘に惚れ薬の粉を振り撒くのだった。粉が頭に掛かった瞬間……娘は近くに居た常連のオジさんへ愛を囁き、踊りに誘う。これに驚いたオジさんは困惑しながら踊るのだが、途中で「妻子が居るから」と逃げ出してしまう。

 振られた事に涙するパン屋の娘の上では、風の妖精がふわふわ飛びながら、首を傾げていた。再度、惚れ薬の粉を娘に振り掛ける。すると、今度は子連れのお姉さんを踊りに誘うのだった。意中の女の子の奇行に唖然とする貴族の青年、その頭にも粉が振り掛けられる。今度は青年もおかしくなり、パン屋の親父さんに愛を告白し始めた。


 人間たちの騒動に爆笑する風の妖精。それもその筈、盗んできたのは惚れ薬ではなく、意中以外の者に恋をしてしまう『浮気草の粉』だったのだ。

 青年の願いなど忘れて楽しくなって来た風の妖精は、道行く人にも粉を振り掛け始めるのだった。


 翌日、街のお祭りでは、広場で沢山のカップルがダンスを踊っていた。そこに、上から浮気草の粉を振り撒く風の妖精。会場で踊る人達は浮気草の粉が掛かると、違うパートナーに入れ替わる。時には男同士、女同士で踊ったり、子供や老人も混ざったり、滅茶苦茶な様子を見せながらも、楽しく踊り続けるのだった。


 そんな混乱に終止符を打ったのは、広場の中央に生えていた大きな木。木の妖精が乗り移った大木は、枝を振り上げて風の妖精にお仕置きをする。そして、木に咲かせた花から花粉を飛ばし、浮気草の粉の効果を打ち消した。


 正気に返った貴族の青年は、偶然にもパン屋の娘と踊っている最中。困惑する中でも、降って湧いた幸運に、そのまま愛の告白をして踊りを続ける。戸惑っていたパン屋の娘も、誘われて踊る内にを受け入れた。


 そして終幕、混乱する街の状況に頭を悩ませる父親に、新しく婚約したいとパン屋の娘を紹介する。すると、父親は投げやりに「愛人や第2夫人にするなら好きにしなさい」と簡単に許可が下りるのだった。





「面白かったにゃ~。終始バタバタしているのが面白かったし、みんなで踊る時もコロコロ入れ替わって笑っちゃったよ」

「うふふ、あそこはダンサーの腕の見せ所なのよ。パートナーが入れ替わるだけでなく、男女が入り交じるから、男性なのに女性パートを踊ったり、女性が男性パートを踊ったりするの。普段は異性のパートなんて踊らないから、特に切り替えが大変なのよ」

「ああ、ダンサー視点だとそうなるのですか。素人目には、凄いとしか見えませんでしたけど……個人的には主人公が、ペットの犬に求婚するのが面白かったですね。次の日の祭りには、服を着せた犬を連れて来てダンスに参加?と思っていたら、犬が立ち上がって一緒に踊り出すとはね。犬族が犬の振りしているとか卑怯でしょ」


 劇自体は1時間半程で終わったので、そのままお茶をしながら感想会を始めた。ラブコメなだけあって、分かり易く笑えるシーンが多かったので、皆にも好評だったようだ。そして、ソフィアリーセ様が所々で、解説をしてくれるので、笑いどころ以外も見どころがあった事に気付かせてくれた。


「後は、最後の落ちは少し弱かったかな?

 貴族なら嫁さんが複数とか、愛人は普通と聞いていたので、今更それを言うの?って」

「ふふっ、それは少しニュアンスが違うわね。主人公の青年は常識を知らなかった訳ではなくて、パン屋の娘に恋をした時点で恋心以外が2の次になってしまったのよ」


 なるほど、恋は盲目なんていうもんな。最後に父親が投げやりだったのは、そんな常識な事を聞くなって事だったらしい。もう少し冷静でいられたら、あんな騒動にはならなかったのだろう。


「だから、ザックスも気になる女性が出来たのなら、早めに相談なさい……具体的にはフィオーレとか」

「……ん??? あっ!誤解ですよ!

 フィオーレをパーティーメンバーに勧誘したのは只の偶然ですし、女性と言うより、手の掛かる妹分みたいな?

 ああ、スティラちゃんは店番もしてくれて、頼りになる可愛い義妹だね。妹度で言えば、スティラちゃんの勝ち。フィオーレは見ていて不安になるタイプだ」

「みゃみゃ! 照れるにゃ~」


 女性陣があらぬ勘違いをしていたようなので、きっぱりと否定しておいた。ついでに妹分と評してスティラちゃんが反応したので、こっちにもフォローをして頭を撫でておいた。

 出会った時は小学生くらいに小さかったので、恋愛対象になるなんて考えもしなかったが、現在は中学生くらいには成長している。その見た目しか知らないソフィアリーセ様からしたら、不安だったのだろう。俺の返答を聞くと、あからさまにホッとした様子で、レスミアと握手していた。仲良いな、君達。


 まぁ、フィオーレが気になる存在と言うもの、あながち間違いではないけど。仮にパーティーメンバーから外した場合、どうなるか……各地で『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』を詩って回るに違いない。なんと、末恐ろしい事か。

 2人には言わないが、フィオーレをパーティーメンバーから外さないのは、俺の個人的な理由でもあったのだ。




 感想会は盛り上がっていたのだが、30分程経過したところで、個室付きのメイドさんから「次の公演が始まりますが、もう一度観劇致しますか?」と、問われた。次の公演も、先程と同じ『浮気草の粉』らしい。面白い作品であったが、2度目を見るにしても、少し時間を置いた方が良いだろう。今日のところはこれで、辞する事にした。


 現在時刻は14時半。折角の休日に、これで解散は寂しい。お茶もしたばかりでカフェに行くのもね。他に意見が無かったので、錬金術師協会へ行くことを提案した。丁度、買いたいレシピがあったんだ。

 フィオーレはまだレッスン中らしいので、伝言だけ頼んでおいて移動した。



 錬金術師協会に入ると、受付で話していた店員のおじさんがこちらに気付いた。最初に錬金釜を買った時の店員さんだな。白銀にゃんこ用の大型冷蔵庫を購入する時も相談させてもらったので、上客と認定されたようだ。ソフィアリーセ様だけでなく、俺にも笑顔で話しかけてきた。


「これはこれは、ソフィアリーセ様に、白銀にゃんこのザックス様、ようこそお越し下さいました。本日はどのような魔道具をお探しですかな?」

「いえ、今日は魔道具ではなく……」「ああ、来年結婚する予定であれば、そろそろ新居を立てては如何でしょう? 当店の魔道具を設置するだけでなく、熟練の建築家も擁しておりますので、夏でも涼しく冬は暖かい、快適な家作りをお約束いたし……」「今日はレシピを買いに来ました!」

「おお、そうでしたか!? では、レシピ販売のカウンターへご案内致します」


 セールストークが止まらないので、強めに要求して言葉を遮った。こうでもしないと、延々とお勧めされるからな。

 ただ、レシピ販売カウンターへ行く間にも、話は止まらない。今度はレシピに関する事で話を広げてくる。


「そう言えば、白銀にゃんこで販売されている例のカードですが、大層な人気だと伺っております。まだまだ、独占して売りたい時期だとは思いますが、もっと幅広く売りたい場合は、当協会でご相談下さい。もちろん、レシピ登録をして頂けるならば、1種類に付き5千万円、浄化のカードであれば1億円は下らないでしょう」

「銀カードは伯爵様と相談して、販売計画を立てていますので、他所に売るつもりはありません」

「そうね。仮に量産するとしても、お母様の派閥がありますから、その後になるでしょう」


 レシピの値段に驚いたが、消耗品なので長い目で見れば、1億円でも採算が取れるという判断なのだろう。大型錬金釜が買える値段には、ちょっとだけ心が揺れるが、元より売れる様なレシピではないので、即座に断っておいた。ソフィアリーセ様も後押ししてくれたので、これ以上セールスしてくることは無くなった。

 錬金調合で作っているのはカードだけで、本体の魔法は〈フェイクエンチャント〉で付与しているのだから、レシピなんて意味が無いのだよな。魔道具として売っているので、勘違いされているだけだ。




 レシピ販売カウンターで、キツネ耳の店員さんにバトンタッチして、おじさん店員は戻ろうとする。そんな時、スティラちゃんが「どんな魔道具があるのか見て来たいにゃ!」と、ワガママを言った。レスミアはそれを嗜めるが、ソフィアリーセ様は「レシピよりも、実物が気になるわよね?」と理解を示し、護衛騎士の一人を付ける事で許可を出す。

 おじさん店員も「それならば、2階の魔道具をご覧にいれましょう。この街の最先端の魔道具が揃っていますよ」と、案内を買って出てくれた。レスミアも付いて行こうか迷っていたが、護衛騎士に店員さんも付いてくれるという事で、残る事にしたようだ。

 2階へ行くスティラちゃんを見送り、改めてレシピ販売カウンターに向き直った。

 レシピ販売担当の小麦色の髪をした狐人族のフィナフィクスさんは、何度か買いに来ているので、顔見知りである。軽く挨拶を受けた後、席を勧められ商品一覧のカタログ本を差し出された。既に開かれたページの商品の一つを手の平で指し示し、フィナフィクスさんは笑顔で勧めてくる。


「ザックス様がお探しのレシピはこちらではありませんか? 街で流通している素材で作れますから、男女問わずに人気なレシピですよ」

「いや、まだ何も言ってないのに、何を……んん??」


 そこに乗っていた商品の名前を見て驚き、慌ててカウンターに腕を乗せて隠した。

『No77 ムスケルナート精力剤×5本 精力増大。ムスケルナート+踊りなめこ+スタミナッツ+薬瓶』


 名前こそ違うが、以前ムッツさんから貰ったような精力剤だろう。婚約者と婚約者候補とはいえ、女性陣に見せるのは、はばかられる。

 フィナフィクスさんに避難の目を向けるが、口角を上げてニンマリと笑う様子は、完全に楽しんでいるようだ。そして、声を潜めて囁いて来る。


「(伯爵令嬢と婚約しているのに、ひと月もしないで愛人を二人も増やす人には、打って付けでしょう?)」

「(いや、それは順序が逆というか……一人は妹猫だから)」「ザックス様どうしたんです?」「何を隠したのかしら? 見せてみなさい」


 両隣に座った2人が、カタログを見ようと幅寄せしてきた。それを見たフィナフィクスさんは、『揶揄い甲斐があるわね!』とでも言いたげに笑顔を深めると、俺の腕を掴んで持ち上げた。


「ムスケルナートと言う栄養豊富なホウレン草を使った精力剤でございます。効果は薄めですが、若い夫婦を燃え上がらせるには十分な品物ですよ。夫婦の夜の生活にお一つ如何ですか?」

「……お母様に聞いた話では、こういった類の物は、錬金術の店では定番の売れ筋と聞くわね。レシピの一つでもあった方が良いのではないかしら?」

「あっ! えーっと、そうですよね。若いメイドのお客さんも多い事ですし、白銀にゃんこの商品を充実させるのも良いですよね!」


 左右を順番に見ると、どちらも顔を外に向けていた。ただし、こちらから見える頬や耳が赤くなっている。これは、許可が下りたという事か? いや、ソフィアリーセ様は結婚まで手を出す訳にもいかないし?


「お嬢様方は、こう仰られていますが、どうしますか? こちらのレシピは1個100万円でございますよ~」


 いつの間に用意したのやら、レシピと登録用の完成品……赤い栄養剤のような瓶……を乗せたトレイがカウンターの上に置かれた。そして、営業スマイルを浮かべたフィクスさんが楽しそうに勧めてくる。完全に楽しんでいるな!


 3人に囲まれた状態で抗える筈もなく、購入するハメになるのだった。



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 業務連絡です。

 一つ相談です。

 本作は400話を超えて、ジョブやスキルの数が膨大になって来ました。

 作者の私はエクセルでデータ管理していますが、読者の皆様は把握するのが大変じゃないのかと、心配になります。

 一応、作中でも久し振りに登場したスキルやアイテム等は、鑑定データを再掲載したり、主人公に「○○だったよな」みたいに入たりして、フォローをしているつもりではありますが……1章の最後に入れたようなデータ集(162話みたいなの)を、定期的に入れた方が良いのでしょうかね?


 取り敢えず、案としては、

 ①本作とは別枠で、データ集用の作品『シュピルフィーア攻略本』を立ち上げる。(ネタバレ防止に、レベルごとや進行別に分けるので工数が掛かる)

 ②現時点のデータで良いから、本編にデータ回として追加する。(レベル35が出揃った辺りで、入れるだけなので、そこまで手間でもない)

 ③別段、そこまで気にしないから、要らんよ(私は楽)


 こんな所ですかね?

 ①か②が良いと言う人は、コメントに残してもらえると参考になります。

 ③の人はスルーで良いですよ。


 ご意見、お待ちしております。

 

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