第418話 キノコカレーと王子様

 完成した昼食をストレージに預かり、応接間へと戻る事にした。立哨している女性騎士さん達にも、リビングに賄いを用意したので、交代で昼食にするよう伝えてから中に入る。既に音楽が流れていない事にホッとするが、ソファーで談笑していたソフィアリーセ様は、俺の顔を見るなり笑みを見せた。お上品に口元を手で隠しているが、目は微笑ましい物でも見たかのようだ。


「あら、ザクセスさん、お帰りなさい。イミテーション・ダイヤモンドの調合ご苦労様。ルティに聞いたけれど、また面白い方法を使った様ね。

 ……あの、ザックス、そのような顔をする必要はありませんよ。わたくしは以前にレスミアから馴れ初めを聞いていますからね」

「そうですよ。ちょっと、脚色が入って大袈裟になっているだけですよ」


 レスミアもフォローしてくれているが、そんなに顔に出ていただろうか? 〈営業スマイルのペルソナ〉で笑顔を作っていた筈なのに、女の感は恐ろしいな。新興商人ジョブを外し、作り笑顔を止めて不満を露わにしてから、改めて自前の笑顔で話をズラす。


「いえ、そんな事よりも、フィオーレの踊りはどうでした? レッスンの紹介をして貰えますか?」

「もう……仕方ないわね。

 踊りに関しては、貴族の子供レベルにギリギリ達しているでしょう。感情を踊りで表現出来るようになれば、もっと良くなると思うわ。

 個人的には、ギターの方が上手なので、楽師を目指した方が良いと思うのだけど……」


 テーブルの端で書き物をしていたフィオーレに目を向ける。例の『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』を披露して好評を得たのだが、終わった後にソフィアリーセ様から表現がおかしい部分を沢山指摘されたそうだ。

 しかし、めげずに台本を書き直していたフィオーレは、自分の話題に顔を上げて反論する。


「いえ、両方頑張ります! ザックスだって、ダンジョンで呪いの踊りが要るって言ってたからね!」

「まぁ、選択肢は多い方が、潰しが効くからな。では、レッスンの紹介をお願いします」

「ええ、既に手配しておいたわ。午後からは皆で劇場に行きましょう。

 スティラ、今度は本物の劇を見せてあげますわ」

「わぁ! ソフィおねえちゃんありがとう!」


 観劇という言葉に、部屋の中に居た者から感嘆の声が湧き上がった。

 いつの間に先触れを出したのかと思いきや、護衛騎士の一人を連絡要員として使いに出したそうだ。そう言えば、朝に来た時は4名だったのに、1名少ない。立哨をしている2名に、マルガネーテさんと一緒に王都に行った1名しか見ていなかったよ。

 てっきり紹介状を書いてもらえるものだと考えていたので、ソフィアリーセ様自身が同行して頂けるのは、話が早くて助かる。劇団関係者も貴族に関わり合いのある人だろうから、平民の俺達だけでは、ちょっと心配だったのだ。


 皆で喜ぶ中、スティラちゃんと一緒に万歳して喜ぶフィオーレには、釘が刺された。



「フィオーレは、わたくし達が観劇している間に、劇団コーチの面談と実力テストを受けてもらいます。観劇は出来ませんよ」

「ええっ! 貴族向けの劇なんて始めてだから楽しみにしてたのに!

 「フィオーレ、敬語」あ、いえ。テスト頑張りまぁす」


 なかなか、貴族を敬う態度が取れないフィオーレは、馴れ馴れしい態度を取ってしまい、レスミアに注意されるのだった。




 午後の予定が決まったので、移動時間も考えて少し早めの昼食となった。今日のメニューのメインは、キノコがたっぷりと入ったキノコカレーである。具材だけでなく、キノコ飴も使われているので、旨味がたっぷりと詰まっており、美味しいと言う感想しか出てこない。

 ついでに、副菜もキノコである。薄切りにしたエリンギの天ぷらや、踊りエノキと玉ねぎとニンジンのかき揚げ。他にもキノコだけでなく、秋の味覚であるカボチャやレンコンなどの天ぷらも揚げられていた。もちろん、肉要員としてコカ肉の唐揚げもある。



【食品】【名称:秋の味覚たっぷりキノコカレー】【レア度:C】

・キノコ類と各種野菜をじっくりコトコト煮込み、旨味を凝縮させたカレー。隠し味としてキノコ飴が少しだけ使われており、旨味とバフ効果を跳ね上げている。ジューシーコカもも肉も、ごろっと大き目に煮込まれており、食べ応えも十分。

・バフ効果:MP自然回復力中アップ、HP中アップ、筋力値中アップ、耐久値中アップ

・効果時間:60分



 エリンギことマージキノコを使ったためか、MP回復効果が強い。そして、軒並みバフ効果が中アップで、効果時間も長いのはキノコ飴のお陰らしい。昨日の夕飯だった具沢山キノコスープも似たような効果だったからな。ただし、2回使っただけで、既に半分しか残っていない。これだけ効果があって、美味しいのだから、追加で欲しいくらいである。


「今日のカレーは、以前と別物ではありませんか?

 ええ、この味ならば、学園長も満足して頂ける事でしょう……敢えて言うのならば、初めて食べる人向けに辛さを抑えた方が良いわね。わたくしには丁度良い辛さですが、ルティルト並みに弱い人も居るでしょうから」

「ありがとうございます。ウチの料理人も喜びます」


 ソフィアリーセ様のお墨付きをもらう事が出来たので、給仕をしていたベアトリスちゃんに目を向けると、小さく手を握りしめていた。仕事中なので反応は控えめだが、内心は大喜びしているだろう。

 そして、辛い物が苦手なルティルトさんの手が止まっていることに気付いた。こちらは牛乳を追加して、辛さをマイルドにしてある筈なのに。


「ルティルト様、どうかしましたか? まだ、辛いですか?」

「いや、十分に美味しい……ただ、この旨味が、どこかで食べた事があるような気がするのよね?」

「ああ、それならキノコ飴の旨味じゃないですか? カレーの風味で隠れていますけど、コクとして味に深みを与えてくれていますから」

「……ああ! アレか! 伯爵家が独占していると言う。私もソフィの護衛になって初めて食べた衝撃は覚えているよ」

「ルティ、幾ら身内しかいない場だからと言って、独占とか人聞きの悪い事は言わないで頂戴。専属契約したキノコ採り名人のお爺さんが、偶に納品してくれているだけなのよ」


 流石にお膝元のダンジョンで採れる素材なだけあって、キノコ飴の入手ルートはあるらしい。ただし、そのキノコ採り名人のお爺さんが、ダンジョンから取って来る以外は分かっていない。どうやら、お爺さんが情報を秘匿しているようだ。

 俺達が入手できたのも偶然だからな。歩きマージキノコから採れるという話は、大いに盛り上がった。



 美味しい昼食を取りながら、来週に関しても軽く打ち合わせをしておいた。学園長とエヴァルト司教がジョブに関する事で色々と話があるそうだ。最初に家庭教師として色々教えてくれたエヴァルトさんと会えるのは久し振りである。手紙では数回やり取りをしたけど、地下書庫で何か発見があったのか聞けるはず。

 当日は2名の他に護衛騎士と文官、側仕えが付いて来るので、総数は15名ほど。今日の料理で充分であるが、若者や護衛騎士には肉料理を増やしいて欲しいなんて、要望もあった。まぁ、ウチにも大食漢が2名いるので、それくらいならばお安い御用である。




 昼食後、馬車2台に分乗して劇場へと向かう。ウチの馬車には俺とフィオーレ、御者のフォルコ君のみである。レスミアとスティラちゃんは、ソフィアリーセ様の豪華な馬車に乗っているのだった。男は同乗NGだが、女の子は特に問題ないらしい。


「それにしても、ヴィナはちょっと可哀想だったね~。『貴族の特等席で観劇出来る~』って喜んでいたのに、来られないなんてさ」

「それは店番があるのでしょうがないですよ。だから、『御者の仕事も覚えては?』と、以前アドバイスしたのに……」

「まぁ、御者が出来るもう一人は、かなり酒が進んでいたから、手綱を任せるのは怖いからなぁ。もちろん、酔った状態で店番させられる訳もないさ」

「アハハ! ヴァルトがお菓子屋の店番なんてしてたら、子供が怖がって逃げちゃうって!」


 ベルンヴァルトの酒が進んだのは、俺の作った獄炎ソルトを掛けたポテトチップスのせいである。ただ、辛さが病み付きになって、パクパク食べては酒を飲んだのは自業自得だけどな。

 そして、フィオーレは笑っているが、ベルンヴァルトは体格がゴツイだけで、顔はイケメン寄りだからな。意外と奥様方は喜ぶかも? 本人が店番なんてやりたがらないだろうけど。


「フロヴィナさんから『次の店の休みの日に、私も観劇しに行くから、チケット買って来て』なんて、頼まれましたから大丈夫ですよ。どうします? 皆さんの分も予約しておきますか?」

「俺は遠慮しとくよ。今日見て、4日後にも見に行くほど観劇好きでもないからな」

「私もレッスンを入れるつもりだから、いいや~」



 そんな雑談をしている内に劇場へと着いた。


「うっわ~、噂には聞いてたけど、でっかい劇場!」


 いの一番に降りたフィオーレが劇場を見上げて、口をポカンと開けていた。外見だけでなく中身も豪奢なので、流石に気後れするかと思いきや、感極まって踊り始める。流石に降車場で踊るのは目立ちすぎるので、慌てて止めるのだった。いや、着ている服がダンス衣装のフェアリーチュチュのままなので、目立つ目立つ。

 あ、子供が勘違いして手を振ったからって、関係者みたいな顔して手を振り返すんじゃない!


 フィオーレの世話をフォルコ君に押し付けて、俺はソフィアリーセ様をエスコートする。今日は2階席なので、入り口に行くのにも階段を登らなくてはならないからな。まぁ、今日のソフィアリーセ様はドレスではなく、学園の制服なのでエスコートは必須じゃないにしろ、淑女の体面的には必要である。流石に両手でエスコートは出来ないので、レスミアはスティラちゃんと手を繋いで行く事になった。


 2階の受付をソフィアリーセ様の顔パスで通り、赤い絨毯の廊下を進む。そして、前回と同じ、スポンサーであるヴィントシャフト家用の個室へと案内される。中には、給仕のメイドだけではなく、執事服を着た2名の男性が待っていた。彼らは優雅に貴族の礼を取り、挨拶をする。


「お待ちしておりました、ソフィアリーセ様。本日は座長が王都に行き不在である為、副支配人である私がご対応させて頂きます。先ずは、席へどうぞ。開演には少し時間がありますので、レッスンについて相談致しましょう」


 ソファーへ案内され、交渉が始まる。尤も、先触れに持たせた手紙に事情を書いて知らせていたのか、劇団側もコーチを選定していてくれたようだ。ソフィアリーセ様と副支配人さんが、やり取りをして齟齬がないか確認し合う。そして、改めて、フィオーレが紹介された。


「わたくしが後援している探索者パーティーのメンバー、フィオーレですわ。彼女にソードダンサーとして戦える術を、教えて下さいませ。ここの見習い程度には踊れると、わたくしが保証いたしますわ」

「フィオーレです! よろしくお願いしまっす!」


 フィオーレはソファーから立ち上がり、元気よく挨拶する。すると、向こうの副支配人さんは、合点がいったように頷いた。


「ああ、何故外でチュチュを着ているのか疑問でしたが、その生地は『花乙女の花弁』でしたか。ダンジョン用の装備だからといって、チュチュにする必要もないのですが……まぁ、可愛らしいので良いでしょう。

 当劇団から紹介するのは、踊りの指導や振り付けを担当している、こちらのクヴァンツです」


 そう言って紹介されたのは、副支配人さんの後ろに控えていたアラサーくらいの男性だ。こげ茶色の短髪であり、細身ながら筋肉をアピールするように、決めポーズを取った。


「俺がコーチをしているクヴァンツだ。40年くらい前には、サードクラスの『剣舞王子』で魔物を切り刻んでいたからな! ソードダンスなら任せたまえ!」


 40年前?と思ったが、この暑苦しそうな人もビルイーヌ族か。そして、新たに判明したサードクラス『剣舞王子』。ソードダンサーの上らしいけど、女性の場合は『剣舞姫』になるらしい。

 それを聞いた途端、フィオーレは安堵の息を吐くのだった。流石に王子は嫌だったらしい。




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