第417話 心への一刺しと獄炎ソルト

 イミテーション・ダイヤモンドを2個作成し終えてから、ダンジョンを脱出した。MPは減ったままだけど、〈MP自然回復量極大アップ〉を付けておけば、そのうち回復するだろう。日常生活するだけなら、そんなにMPは使わないので時間優先である。

 現在時刻、11時15分。30分にギルドの受付で待ち合わせだったのだが、まだマルガネーテさんは来ていないようで姿は見えない。どの道、家からギルドまでは1本道なので、擦れ違う可能性は無いと判断して、帰路につく事にした。



 帰り道を歩いていると、前方から騎乗した騎士がやって来るのが見えた。邪魔にならないよう、道の端に寄ると、乗っている人の顔が判別出来る距離になる。2人乗りをしているようで、後ろには見知った顔が乗っていた。マルガネーテさんも、こちらに気が付いて手を振る。


「ルティルト、約束の時間よりも早く帰っていると言う事は、調合は終わったのですか?」

「ええ、ザックスらしい変わったMP回復方法で、面白かったわ。

 後は、王都までの納品をお願いね。護衛騎士が居るとはいえ、道中気を付けるのよ」


「……毎週の事だもの、大丈夫よ。カードの納品も合わせて行ってきますから、帰りは夕方以降になるでしょう。それまでは、側近が貴女一人になるので、手が足りないようであれば、伯爵邸に応援を呼びなさい」

「明日の朝には学園に戻るのよ? マルガネーテこそ、向こうの寮で一晩くらいのんびりしてきたらどう?」

「うふふ、休日の夜はソフィアリーセ様のお喋りに付き合う約束をしていますからね。最近は惚気話が多くて楽しいのですよ」


 そう言って、視線が俺に向けられた。ルティルトさんも釣られて俺の方を見て「ああ、なるほど」と頷く。

 その反応で、何となく察する事は出来たけど、敢えて気付かない振りをしてマルガネーテさんにダイヤモンド入りの革袋を差し出しておいた。藪を突いて、揶揄われる気がしたからだ。


「あら? 注文の宝石以外に銀カードが入っていますよ?」

「はい、差し入れです。王都までの往復は大変でしょうから、使って下さい。いつもの〈ライトクリーニング〉に、トランスポートゲートの移動に使える〈ゲート〉、後は軽い傷を治す〈ファーストエイド〉です。水仕事とかで手が荒れた時に、ポーションを塗り込んで治すらしいじゃないですか? それよりも、臭いも無く、早く治るのでウチの女性陣には好評なんですよ」


 傷を癒すだけならば〈ヒール〉でも良いのだが、〈ファーストエイド〉の方がMP消費は少ない。更に、低レベルで覚える回復の奇跡な為、銀素材のカードでも使用回数が多いのが利点だな。ウチの女性陣には、銀カードで色々スキルを試してもらっているが、〈ライトクリーニング〉に次いで人気なのが、これなのだ。

 ただ、実際に売るとなると、安いポーションと比べて割高感がある。〈ライトクリーニング〉の銀のカードの売れ行きが落ちた時に、新商品として出すくらいか? 現状では僧侶の解放条件にも絡むので、平民向けに売るのは自粛した方が良いだろうけど……流行は貴族から流すものなので。


「それは、訓練で生傷が絶えない騎士向けではないか?!」

「そうですよ。訓練が終わった後に、肌のお手入れは欠かせないのです!」


 何故か、ルティルトさんだけでなく、馬に乗っていた護衛の女性騎士さんまでもが喰い付いた。2人(+馬)に詰め寄られて、〈ファーストエイド〉をプレゼントする羽目になってしまったが、まぁお近づきの印と考えれば安い物だ。




 マルガネーテさんを見送り、帰宅した。応接間の前には女性騎士が立哨していたので、彼女達にもルティルトさんを通して、銀のカードを差し入れしておいた。いや、先程の馬に乗っていた女性騎士だけでは、後々不公平になりそうなので……


 そんな事よりも、応接間の中から聞こえてくるギターの音の方が気になる。応接間だけあって、多少の防音が効いているのか、歌声を聞いても何を歌っているのか判別出来ないが、盛り上がっているのは分かる。このパターンは読めたので、諦観ていかんの面持ちでノックをした……が、中の音でかき消されているようだ。仕方なく、そのまま扉を開けると、フィオーレの熱唱がダイレクトに心臓に刺さった。


「ミーアの事が好きだ!

 これからも俺について来い! これからも毎日レスミアの料理が食べたいから、大歓迎だ!」

「「「キャーッ!!」」」


 扉をそっと閉じた。





 結局、中に入って完了報告するのはルティルトさんに任せて、俺はキッチンへと逃げ込んだ。いや、先程まではリビングに居たのだが、酒を飲み始めたベルンヴァルトに揶揄われて、住処を追われたのだ。


「いや、諦めは付いたとは言っても、目の前で自分の告白をネタにされたら、心にグサッとくるんだよ」

「……貴族になるのですから、有名税と言ったところではありませんか? あまり、気にしない方が良いですよ。

 それは兎も角、手が空いているのでしたら、ジャガイモの皮でも剥いて下さい。薄切りにしたら、ポテトチップスにしてあげますから」


 お昼の準備を終え、ケーキ作りに勤しんでいたベアトリスちゃんに愚痴ったら、ジャガイモと包丁を渡された。作業に没頭して忘れろという、優しさだと思いたい。言った当の本人は、さっさとケーキ作りに戻ってしまったが。チーズケーキを生クリームでデコレートした商品は一番人気なので、数も多いから仕方がない。アドラシャフトの濃厚なミルク感とチーズのコクを一遍に味わえるので、リピーターも多いそうだ。


 ジャガイモの芽を取ってから、自作のピーラーで皮を剥く。料理人と違って、包丁で皮を剥くのは面倒なので、文明の利器に頼るのは間違いではない。最近は内職が忙しくて料理も手伝っていないからね。レスミアと一緒に料理をしていた村時代が懐かしい。ほんの2カ月前なのに、2年くらいたった気分である。


 それにしても、料理人ジョブがレベル33もあるのに、包丁使いへのサポートが無いのはダンジョン向けではないからだろうか? 〈剣術の心得〉を付けてもサポートしてくれず、手を斬らないよう慎重にジャガイモを薄切りにするのだった。



「そろそろお昼なので、揚げ物を始めますね。先にそっちのジャガイモを揚げましょうか……ザックスさんは味付けを何にするか決めても良いですよ。香辛料棚から選んでおいて下さいね」


 切ったジャガイモを水にさらしてザルに上げていると、ベアトリスちゃんが魔道コンロに火を点けた。揚げ物用に作った天ぷら鍋には、オリーブオイルが熱せられており、良い香りを出し始める。揚げる油はラードでもカラッと揚がって美味しいのだが、冷めると少しくどくなる。それに、この街のダンジョンで採れるため、安く出回っているオリーブオイルも良く使われるのだ。

 揚げたてなら、どっちも美味しいけどな。


 ポテトが油の中投入され、小気味よい音を奏でた。それを聞きながら、瓶に入れられた粉末フレーバーを選ぶ。基本の塩や、オリジナルのカニ蜘蛛コンソメだけでなく、各種ハーブを使ったハーブソルトも何種類もあるから結構悩む。パララセージとかお喋りタイムとか、単品でも美味しいけど、ブレンドしても香りが複雑化して良い。今日のところは、気分を和らげてくれるパララセージかな?

 などと、迷っている内に、揚げられたポテチが網付きトレイに上げられていく。


「そうそう、半分くらいはヴァルトさんのお摘みに回しますから、味は濃い目にして下さいね」


 ベアトリスちゃんは次のジャガイモを油に投入しつつ、そんな事を言った。

 それを聞いて、ふと悪戯心が湧きおこる。

 ……先程、揶揄われた仕返しくらいはしても良いよな?


 丁度、試したい事があったのだ。先ずは空の鍋を取り出して、ストレージからゴーストペッパーを1つ取り出す。それを〈フォースドライング〉で乾燥させて、〈パウダープロセス〉で粉末化する。



【素材】【名称:ゴーストペッパーの粉】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで辛さを強化されたトウガラシを粗削りした粉。一粒でも悶絶する辛さであり、常人では耐えられない。

 辛みは油に溶けだし易い為、用途によって薄めれば使えなくもないが、流通する殆どは食用にはならず、主に錬金術で薬品へと加工される。



 ……うん、駄目っぽい。一粒でも悶絶するのは、流石に試す気にならない。いや、〈パウダープロセス〉に使う魔力が少なくて、粗削りなのがいけないのか? もっと魔力を使って、長目に掛けて細かくすれば。

 再度、〈パウダープロセス〉を長目に掛けてみると、小麦粉のようなサラサラの粉末へと変化した。

 しかし、このままでも辛いのは変わっていないので、何かと混ぜて薄める必要がある。目を付けたのはハーブソルトに使っている小瓶の塩である。こいつも〈パウダープロセス〉でサラサラの粉末にしてから、ゴーストペッパーの粉末をティースプーンの先に少しだけ……八分の一くらいか……小瓶に混ぜた。後は蓋をしてから振り混ぜるだけである。



【素材】【名称:獄炎ソルト】【レア度:D】

・少量のゴーストペッパーの微粉末を、塩に混ぜたスパイス。その名の通り、舌が燃える程の辛さを誇るが、量を加減すれば、食べられなくもない。



 ……良し! 食べられる表記に変わった!

 ついでに名前も変わったが、『ハズレの獄炎スパイス』に近いような気がする。塩の量と比較すると、50倍から100倍くらいには薄まっているだろう。

 早速、これを揚げたてのポテチに……ほんの少しだけ振り掛けて食べてみた。いや、鑑定文にも量を加減しろってあるからね。しかし、振り掛けた量が少なすぎたのか、口に入れた直ぐは味を感じない。何度か噛んでいると、口の中を刺すような痛みが走る。


「……ん? あんまり辛くない……いや、かっらいっ! 後から来るな!」

「はい、全部揚がりましたよ……って、辛い? カレー粉でも掛けたのですか?」

「あ~、いや、ゴーストペッパーを粉末化して、新しく作ったフレーバーだよ」


 掻い摘んで話し、カレー粉の辛み成分である獄炎部分と教えておいた。何を隠そう、ウチのメンバーの中では、俺に次いで辛さ耐性があるのがベアトリスちゃんなのだ。カレーを色々作って味見を繰り返している内に、辛いのも美味しく感じるようになって来たそうだ。ただし、今回はやんわりと断られた。


「いえ、これから昼食を仕上げて味見をしますから、辛さで味覚がブレるのは避けたいのです。

 後で頂くので、私の分は残しておいて下さい。

 あ、味見ならあっちにしてはどうですか? 辛い物もお酒に合いますし」


 ベアトリスちゃんが指差したのは、キッチンの入り口から入って来るベルンヴァルトである。空のピッチャーを持っている辺り、キッチンの片隅に置かれた酒樽から、お代わりを注ぎに来たのだろう。そして、ポテトチップスの匂いにひかれたのか、こっちへやって来ていた。


「おお! 美味そうなポテトチップスじゃないかぁ。摘まみに少しくれよ」

「丁度揚げたてだから、一番美味いぞ。ついでに、新しい味を作ってみたから試してくれ」


 先程と同じくらいに獄炎ソルトを振り掛けた皿を指差して、誘導する。ついでに、俺も一枚口にして、美味しそうに食べて見せた。それを見ていたベルンヴァルトは、一度唾を飲み込み、ポテトチップスへと手を伸ばす。


 ……掛かった!

 家でもカレースープが食卓に上がる事は多いのだが、辛さ的にはピリ辛程度である。俺からすると、只のスパイシーなスープだな。なので、必然的にベルンヴァルトの辛さ耐性も低い。


「ん?! なんか薄味じゃねえ…………かっっれえぇわ!! 水くれ! 水!!」

「いやいや、これくらいの辛さが美味いんだぞ~」


 ふっふっふっ、ちょっとだけスッとした。

 ささやかな復讐はこれくらいにして、牛乳をコップに注いでやるか。

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