第412話 検証の続きとフェアリーチュチュ
「〈アシッドレイン〉!」
大部屋に居た牛頭鬼に対して使用したところ、体育館2個分程の広さの部屋内全てで、雨が降り始めた。ここまで、広範囲と言いつつ小部屋や通路では実感できなかったが、確かに広範囲だな。点滅魔法陣が天井全てを覆う大きさなのも圧巻であった。そこから黒い雲が現れて、ざあざあと雨を降らせている。雨足は強く傘がないと、しとどに濡れるのは間違いない。
ただし、俺達は見えない傘……結界で守られているようだ。敵味方識別効果だな。ついでに、地面に落ちた雨も水溜まり等は作っていない。降り注ぐ雨は、地面を濡らすことなく消え失せているからだ。
例外は敵の周りだけ。部屋の中央に居た牛頭鬼と小角餓鬼は、強酸の雨を浴びて狂乱の場と化していた。小角餓鬼達は喜び庭駆け回り……もとい、逃げ惑い。牛頭鬼は怒りの咆哮を上げていたのだが、次第に蹲って大盾を掲げて動かなくなってしまった。傘替わりにして耐えているのだろうが、この雨足だと防ぎきるのは無理だろう。薄っすらと煙が上がっているのは、強酸が反応しているに違いない。溶けているのは装備品か、肉体か……
この魔法も1分程で終了した。水属性は弱点ではない為、3匹とも健在であるが、副次効果の強酸性の雨はキツかったようで、小角餓鬼は転がったまま動いていない。いや、片方は半分に折れた杖を掲げて、白い魔法陣を展開し始めた。確か、アレは僧侶餓鬼の回復魔法。回復の奇跡とは魔法陣の形が違うので良く分かる。
健気にも、リーダーである牛頭鬼を癒そうというのだろう。その牛頭鬼も荒い息を吐きながら立ち上がる。身に着けていたチタン製の鎧や金棒はボロボロに劣化していた。
記憶が確かなら、チタンは耐食性があったような気がする。強酸性と言いつつ、魔法由来で溶けている可能性はあるかも?
ベルンヴァルトには、敵の装備品の強度が落ちているか、装備破壊出来るか、という観点で攻撃してもらったところ、飢餓の重棍の一撃で金棒をへし折り、チタンタワーシールドも攻撃をする度に崩れて小さくなっていく。鎧や兜も同じだ。
防御力が無くなった牛頭鬼は、程なくして一方的に殴り倒されるのだった。
「〈グランドファング〉!」
最後の土属性は、通路で出会った馬頭鬼(魔道士の方)に使用した。牛頭鬼も小角餓鬼も、土属性には耐性があり、一撃では倒せない筈……だったが、良い方で裏切られた。
地面が揺れ、敵の足元から岩の牙が無数に突き上がる。ここで、足を貫かれたり、体勢を崩して倒れたりすると後が逃げられなくなる……馬頭鬼は後者のようだった。
天井から岩の牙が生え、馬頭鬼の上に落下した。それは、傍から見ていると、通路そのものに喰われたようだ。
俺達が受けたのは砂漠フィールドで天井が無かった。その為、上から降って来る岩の牙の、タイムラグが大きかったのだろう。下の攻撃を受けきって、上の攻撃に備える時間があったが、通路だと猶予時間が殆ど無い。
倒れた馬頭鬼は上顎の牙に押し潰されたのか、〈敵影表示〉の光点が消えていった。
土属性は『魔法なのに、物理攻撃でもある属性なので、魔道士に被害が出やすい』なんて聞くが、土属性耐性持ちの魔道士まで倒してしまうとは……多分、牛頭鬼の方が物理で耐えそうだ。
この魔法も1分程で終了し、岩の牙が消えていった。残されたのは『のしいか』状態にぺしゃんこになった敵だけであった。
ランク7の広範囲魔法を試してみたが、充填時間もMPも格段に多く掛かるが、威力と範囲は素晴らしい。牛頭鬼に〈エクスプロージョン〉、馬頭鬼に〈グランドファング〉で完封出来る程だ。小角餓鬼だけの場合は、MPを使わずたおせば、箸休めになる。うん、かなり楽になった。
ただ、その強さが逆に怖くもある。
砂漠のレア種サソリが使ってきたように、深層に行けば敵も使ってくる事は想像に難くない。今でもランク3の範囲魔法でも直撃を受けるとしんどいのに、ランク7を耐えられるか?
司祭の〈アリベイトマジック〉みたいに軽減するスキルも出てきているが、そろそろ装備品に付与スキルを追加する時期なのかもしれない。特にベルンヴァルトは魔法ダメージが大きいからなぁ。手持ちの『付与の輝石』を消費して、精神力アップを〈スキルエンチャント初級〉で永続付与する事も検討しよう。
検証をしているうちに階段へ辿り着いた。35層へ降りたところで、既に夕方である。今日はここまでだな。
本日のレベルアップは以下の通り。
大体レベル33止まりなのが、午前中に33層で育てた奴である。午後の34層では、戦闘系のジョブばかり着けていたからな。ランク7魔法を覚えた事であるし、明後日は残りのジョブもレベル35にして、新スキル獲得を目指そう。
・基礎レベル33→35 ・アビリティポイント46→47
・騎士レベル32→34 ・トレジャーハンターレベル33→35
・司祭レベル33→35 ・魔道士レベル33→35
・重戦士レベル30→33 ・軽戦士レベル32→34
・魔法戦士レベル31→34
・賭博師レベル30→33 ・罠術師レベル32→34
・料理人レベル30→33 ・熟練職人レベル30→33
・植物採取師レベル30→33
翌日、朝の営業を無事に終えた。
朝食後のお茶を飲みながら、昨夜聞きそびれたフォルコ君の報告を聞く。
懸念していたケーキ作りであるが、新しく雇った女性……デボラさんのお陰で、余裕が出来たらしい。彼女はナールング商会の従業員の奥さんであり、子育てが一段落したので、趣味のお菓子作りを活かせる仕事を探していたそうだ。
ただ、昨日一緒に作業をしたベアトリスちゃん曰く、お菓子作りが得意と言っても平民の家庭料理レベルであり、貴族向けの細やかな技術は無いそうだ。それでも、デコレーション以外の任せられる仕事も多いので助かったらしい。
ついでに、娘さんも見習い先を探していたので、下働きとして一緒に雇った。スティラちゃんと同じく、バイト枠だな。
「ソフィアリーセ様は10時くらいに来るから、その前にどんな人か挨拶くらいは出来そうだな」
「いえ、デボラさんと娘のビーネは、祝日は休みにしました。祝日はソフィアリーセ様を始めとした貴族が出入りしますので、部外者は入れない方が良いと判断したまでです。祝日ならレスミアさんが居るので、ケーキ作りも大丈夫でしょう。
デボラさんも家事があるので、週休二日制は喜んでいましたよ」
「それもそうか……まぁ、銀カード関連を始めとして聞かせられない話は多いから、用心するに越した事はないな。
了解した。白銀にゃんこはホワイト企業だから、ちゃんとした休み《週休二日》は必要だ」
「ホワイト? 確かにマスコットは白銀ですけど?」
ただ、肝心の料理長であるベアトリスちゃんがブラック体質なんだよな。そろそろケーキ完売の興奮も覚める頃かと思ったのだが、昨日持ち帰ってきた『キノコ飴』で再点火してしまったのだ。今も朝食を食べた後直ぐに、レスミアと二人でキッチンに籠って料理に励んでいる。ソフィアリーセ様に出す昼食用に、特性キノコスープを作るそうだ。
ソフィアリーセ様は、伯爵令嬢なだけあって舌が肥えている。その為、カレーや揚げ物のような物珍しい料理以外は、及第点レベルの反応しかもらえていない。珍しい食材が手に入ったので、今度こそ!と奮起している訳である。実際、昨夜の具沢山キノコスープも絶品だったので、アレで良いような気がするのだが、料理人的には改善点があったらしい。
不意に階段を駆け下りてくる音が響いた。妙にリズミカルな足音が段々と降りて来て、リビングに回転ジャンプをしながら入って来る。誰かと疑問に思う必要も無い。初めて見る衣装をまとったフィオーレが、スカートを躍らせながら華麗に着地しポーズを決めるのだった。
「ヴィナに作って貰っていた衣装が完成したよ! どう? 似合う?」
30層のボス素材『花乙女の花弁』を使った装備品……の筈だ。見た目が花弁のようなスカートのドレスなので、ダンジョンには似つかわしくないけど。
【武具】【名称:花乙女のフェアリーチュチュ】【レア度:C】
・アルラウネ種の花を使い、仕立てたダンス用ドレス。防御力を持ちつつも、ダンスの負担にならない軽さを誇る。
幾重にも重ねられた花弁状のスカートは見る者を魅了し、見る魔物へデバフを掛けること請け合いだろう。
・付与スキル〈花粉毒耐性 小〉
劇場で見た女性ダンサーが着ていたドレスと似ているが、チュチュと言うのか。薄いエメラルドグリーンなドレスであり、膝上丈のシースルーな布が重ねられたようなスカートが印象的である。そして、下半身がボリューミーなのに反し、上半身はスッキリとしていた。身体の線がぴっちりとしたドレスであり、フリルが少ない。刺繍が多いので地味と言う訳では無いけど……
「上半身にフリフリが多いと、演奏をする時に邪魔になるからね。ヴィナにお願いしてスカートに全振りしてもらったんだ。
それで、感想は?」
「ああ、可愛いんじゃないか?
それより、ダンジョンで使うとなると、その薄さはちょっと心配だな。いや、それ以前に太腿とか二の腕の露出しているのが、無防備過ぎて心配になる」
「……ザックスって、ミーア以外には淡泊だよねー。まぁ、いいけどさぁ
それと! 本当は露出した方が可愛いけど、ダンジョン用も兼ねているから、露出しているように見えるだけだよ! ほら!」
フィオーレが二の腕を引っ張ると、ビヨンと皮膚が伸びた。いや、肌色のタイツだったようだ。レスミアのドレス装備を思い出すが、あっちは特殊加工でシースルー化させているので、少し違う。こっちはフィオーレの肌色に合わせて、染色をしたらしい。
なるほど、ドレス側はフリルと刺繍で、袖口や襟ぐりに見えるように加工されているので、肌色部分を素肌と錯覚してしまうのか。
「どう~? この間見に行った劇のダンサーを参考にしてみたの。我ながら可愛く出来たと思うよ~」
「うん! ヴィナ、ありがとね!」
今日はフィオーレを紹介して、ソードダンサーとしての戦い方を教えてくれるビルイーヌ族との伝手がないか聞く予定である。多分、劇場を運営しているヴィントシャフト家ならある筈だ。
その為、ソフィアリーセ様への印象を良くなるようにと、フロヴィナちゃんが夜なべして完成させてくれたのである。白銀にゃんこの営業もあるのに、数日で衣装を作ってしまうとか、ウチのメンバーは働き者ばかりだな。
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