第413話 互いの相談事

 フィオーレが喜びの舞を踊っているのを見ていると、背後からノックする音が聞こえた。何かと思えば、窓の外からベルンヴァルトが呼んでいるようだ。この後に使うため、庭の準備を頼んでおいたのだが……窓を開けると、門の方を指差して来客を告げた。


「おおい、お嬢様の馬車が来てるぞ」

「ん? まだ8時なのに早いな? っと、みんな! 出迎え準備に掛かって!」

「やばっ! ミーアが着替えてないよ! 出来るだけ急いで着替えさせるから、出迎えはザックス君お願い!」


 フロヴィナちゃんは大慌てで椅子から立ち上がると、キッチンに走り込んで行った。いつもなら10時くらいの来訪の筈なので、9時までは料理タイムの予定だったからだ。

 しかし、急な来訪とはいえ、貴族で後援者であるヴィントシャフト家をお持て成しするのに、不備があってはいけない。矢継ぎ早に指示を出す。


「フォルコは応接室のチェックとお茶の準備、ヴァルトは門を開けて馬車の誘導を頼む。スティラちゃんは俺と一緒に玄関で出迎えね。フィオーレは……踊るのを止めて、リビングで待機」

「ええ~、アタシもアピールしたい!」

「紹介する時に呼ぶから、それまで大人しくしてろって……ギターを弾くのも駄目だぞ」

「ぶ~」


 一瞬だけ、お茶会BGMを弾いてもらう事も考えたが、ダンサー用衣装姿を見て思い直す。ソードダンサーの伝手をお願いするのだから、楽師の仕事をさせていてはややこしい事になる。フィオーレには大人しくしているように言い含めてから、スティラちゃんと一緒に出迎えに出た。

 早く来た理由は分からないが、取り敢えず、スティラちゃんお気に入りの義妹が居れば大丈夫だろう。



 玄関を出ると、丁度ベルンヴァルトが馬車を誘導してきたところであった。ただ、騎乗した護衛騎士の人数も多い。いつもなら、白馬のルティルトさんの他に、女性騎士が2名付くだけなのだが、倍の4名いる。ついでに、ルティルトさんもヴィントシャフト騎士団の緑色の隊服ではなく、白いブレザーのような服を着ている。白馬に乗ると、金髪も相まって王子様っぽく見えなくもない。そんな王子様が下馬をして、馬車のドアを開ける。すると、姿を見せたソフィアリーセ様もドレス姿ではない。白を基調とした豪華なブレザーとプリーツスカート……一見すると、お嬢様学校の制服のようだ。

 よくよく見ると、ルティルトさんはズボンスタイルなだけで、ブレザーは同じである。なるほど、噂の学園の制服に違いない。ズボンなのは、騎士だからとか、馬に乗る様なのだろう。


 そんな王子様のエスコートで馬車を降りる姿は、美少女同士で絵になる。

 おっと、見惚れている場合ではない。馬車の前で貴族の礼を取り、挨拶を行った。


「光の祝福により、再び絆が紡がれた喜びを神に捧げましょう。ソフィアリーセ様、お待ちしておりました。今日も語り合いたい事が沢山有ります」

「ええ、わたくしの闇の神。秘めたる思いを胸に、語らえるのを楽しみにしておりました。

 ……スティラも、おはよう。貴女も元気そうね」

「はい! ソフィお姉ちゃんに会えるのを楽しみにしてたにゃ!」


 スティラちゃんの頭を撫でる様子は、普段と変わらず、優しく微笑んでいる。どうやら、緊急性は無い様だ。取り敢えず、外は寒いからと、エスコートして応接間へと案内した。




 最近は冷え込んできたので、今日は朝から暖房が入っている。念願の煉瓦の暖炉に火を入れた……訳ではなく、煉瓦の魔道具に魔水晶を投入して、起動したのである。

 うん、あの暖炉、偽物だったんだ。今朝、フォルコ君に言われるまで気が付かなかったのだが、家の屋根に煙突無かったんだな。

 暖炉風魔道具は、中に照明の魔道具も仕込んであり炎の様に赤く光るけど、実際火は付かない。代わりに床暖房が起動する魔道具なのである。1階~3階までの全部の床を暖めてくれるので、魔水晶の消費は多いが、結構暖かい。暖炉がある部屋だけが暖かくなるのに比べ、床暖房の魔道具なら何処でも暖かいので人気らしい。

 ただし、大量の魔道具を床下に設置する&配線で繋げる必要があるので、新築でしか付けられず、貴族でも持つことがステータスなのだとか。

 それに対し、平民の家はダルマストーブのような暖房の魔道具が一般的である。俺が期待していたような薪を燃やす暖炉は、都市部ではあまりないらしい。錬金工房や鍛冶場でもそうだが、密集した住宅地なので煙突から煙を出す設備は規制されているのだ。薪だって、木材がダンジョンで採れるとはいえ、都市全体を賄うのは厳しい。ランニングコスト的に、魔水晶を使った暖房の魔道具の方が、効率が良いらしい。


 因みに、コタツもこの国では一般的でない。基本的に土足で生活しており、床に座る文化圏ではないからだ。ただ、お隣の猫の国ドナテッラにはあるらしいので、レスミアと相談して、コタツを導入しようとリスレスさんに発注を掛けてある。レスミアの部屋は広いので、一角にラグマットを敷いて土足禁止エリアにし、コタツを設置しようかなと……床暖房とコタツのコンビは過剰な気もするけどね。




 応接間に案内し、お茶を出してから、それとなく話を振ってみた。いつもより早い時間、学園の制服、増えている護衛騎士と、気になる事が多い。何かあったのかと推測していたが、返って来たのは笑顔である。


「少し学園の方が忙しくて、昨日帰って来られなかっただけですわ。今朝は学園から直接来たのですよ。転移ゲートの出口が街の中央にあるから、ここの方が近いのです。護衛騎士も、学園用の護衛を一緒に連れ帰って来ただけですからね」


 ティーカップをテーブルに置いたソフィアリーセ様は、殊更笑顔を浮かべて、スティラちゃんを撫でている。営業スマイルは見慣れて来た俺でも、一流のお嬢様の笑顔の仮面から、感情を読み取るのは至難の業だ。

 何か問題を隠しているのか、心配させまいとしているのか、只の妹ネコチャンカワイイ!なのか。


 ……いや、もっともらしい理由ではあるが、朝一に来る理由には、なっていないな。何も問題が無いならば、朝ゆっくりして、10時にこちらへ付けば良いだけの話なのだ。つまり、早くウチに来る必要があった?

 ここで、『俺に会いたかったから』なんて自惚れるつもりは無い。むしろ、『スティラちゃんに会いたかった』の方がしっくりくるが、現状撫でているだけなので、違う気もする。


 ……うん、身内(予定)と腹の探り合いをするのも面倒だ。こっちにも頼み事があるのだから、それで相殺と言う感じに持っていくか。多少の不利益があったとしても、婚約者候補としての度量を見せるところだろう。

 ストレージから、お茶の葉の瓶詰を取り出して、テーブルに置く。


「確か、学園ではテストの真っ最中でしたよね?

 丁度、35層まで到達して、加速草智を沢山採取してきました。お茶にすると勉強が捗ると聞きましたので、お裾分けします」

「まぁ! もう35層に付いたのね! 

 残りは5層分よ、頑張りなさい」


 スティラちゃんを撫でていた手が伸びて来て、俺の頭を撫でた。少しこそばゆいが、悪い気はしない。マルガネーテさんが後ろで「以前も注意したのに」と言いたげな呆れを見せていたが、何も言わないのでセーフ。


 乾燥させた加速草智のお茶は、学園でも出回っているそうで、特に驚きはされなかった。逆に、加速草智単品では飲み難いので、香りと味が合う紅茶の銘柄を教えてもらったくらいである。俺は茶葉に詳しくないので、フォルコ君に聞いておくように頼んでおく。そのついでに、スキルを付与済みのゴールドカードのセット(宝箱入り)を納品し、代わりに来週分のゴールドカード入りの宝石箱を受領した。中には、何のスキルを付与して欲しいか書いた発注書が入っているので、それを見ながら、空き時間に〈フェイクエンチャント〉を施すのである。



「このまま近況報告と行きたいところですけど、先に2つ相談をさせて貰えませんか?

 もちろん、対価はお支払いしますし、ソフィアリーセ様の方でも何か問題があれば力になりますよ」

「……ええ、構わないわ。話してみなさい」


 これも笑顔で返されたけど、ちょっとだけ口ごもったような?

 まぁ、取り敢えず、簡単な方の相談として〈ランスチャージ〉が刺さり過ぎる件について話した。ハルバードが刺さり過ぎて、抜けなくなるやつな。

 ソフィアリーセ様はピンと来ていないようだったが、スティラちゃんを挟んだ反対側に座るルティルトさんに目配せをする。


「ルティ、貴女なら分かる?」

「ああ、手首の使い方にコツがあってね。教本にも載っている程度の話だよ。騎士団でもハルバードを持ちたがる男性騎士が練習している」


 やはり、騎士団なら教わる事だったか。扉の前で立哨させていたベルンヴァルトを手招きして呼び、再度ソフィアリーセ様にお願いをする。ここで間違えてはいけないのだが、ルティルトさんにお願いするのではなく、上司のソフィアリーセ様を通すのが筋である。一応、護衛任務中だからね。


「それなら、ウチのベルンヴァルトにご教授頂けませんか? 庭に的用の丸太を準備してありますから、実技指導をして頂けると助かります」

「今日は護衛騎士も多いから大丈夫よ。ルティ、頼めるかしら?」

「……分かったわ。来年にはパーティーを組むのだから、指導しておくのも良いでしょう」


 ルティルトさんはソファーから立ち上がると、ベルンヴァルトの方へ歩いて行き、値踏みするように見るのだった。女性にしては長身な方だが、並んで立つと鬼人族の大きさが際立つな。身長差は大人と子供、同じ騎士ジョブとは思えない程だ。

 しかし、ベルンヴァルトが慌てたように貴族への礼を取り、軽く頭を下げ挨拶すると、ルティルトさんは満足げに頷いた。


「鬼人族のベルンヴァルトだ……です。まだ騎士ジョブに就いて4日ですが、パーティーの盾に成れるよう頑張る所存であります。

 ええと……盾が2枚も要らない場合はジョブを変え、鬼徒士で攻撃も担当します。あっちの方が、攻撃力がありますから」

「ええ、優れた体格の鬼人族のようですね。パーティーの矛として戦う事を期待します。

 ……ただし、敵の構成如何では、騎士2名編成になる事もあるでしょう。その時の為に、先達の騎士として、手解きをするのは、吝かではありません。

 さあ、外に出なさい」


 珍しくベルンヴァルトが敬語で挨拶をしたと思ったら、ルティルトさんは思いっきり上下関係を叩きこみに来た。うん、体育会系って感じだ。まぁ、身分でも年齢でも上なのだから、こんなものか。


 そして、ベルンヴァルトに続いて部屋を出ようとしていたルティルトさんが、不意に振り向いた。少しだけ口角を上げて、笑顔を浮かべている。先程までの騎士みたいな口調ではなく、何度か見たプライベートの女の子同士の顔だ。


「ソフィ、時間が無いのだから、早く話してしまいなさいよ。『ザックスはわたくしに、べた惚れなの』なんて自慢をしているくらいなんだから、多少の無茶なお願いでも聞いてくれるでしょ?」

「ルティ!?」


 爆弾発言をしたルティルトさんは、直ぐさま部屋を出て行ってしまった。残されたソフィアリーセ様は、少し頬を赤らめている。学園で俺の事が話題になったのだろうか?

 気になる話ではあるが、時間が無いと言う事の方がより気になった。


「べた惚れとまではいきませんが、多少の無茶なお願いくらいならば聞きますよ?

 一応、婚約者候補なので、自慢されるのも悪くありませんし……」

「そんなに吹聴して回っている訳ではありませんわ!

 物の弾みというか、反論に言ってしまっただけで……」


 珍しく慌てたソフィアリーセ様は、可愛く見える。暫し、逡巡して迷う素振りを見せ、照れ隠しなのかスティラちゃんを撫でまわして、漸く落ち着いたようだ。スティラちゃんを抱っこし、猫耳で顔を半分隠しながら、ソフィアリーセ様は真っ直ぐ真剣な目を向けてくる。いや、猫耳がピコピコして視線が途切れるんだけど……


「今回のお願いは、納期が短すぎるので断っても結構よ。

 それでも受けるのなら……イミテーション・ダイヤモンドを3個、までに準備して下さいませ」


 錬金調合なら、お安い御用と答えようとして、止まってしまった。

 1個作るのに、MPが8割要るんだけど……納期が短すぎる!

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